第44話 変化

 目が覚めた時、何も無い部屋の地面に横たわっていた。


「……俺が一番最初か」


 周りを見れば、四人はまだ眠ったままだった。


 記憶はある。カタログを開けば、新しい三本の刀と出せなくなった無銘刀。そして、腰にはベルトが巻かれている。意識しなければベルトに差し込まれる、か。出すのは雲水――なるほど。左腰に二刀。刀に合わせてベルトの形も変わるわけだな。


 どれだけの時間意識が飛んでいたのかわからないが、体の怠さや眠気が無くなっている。代わりに腹が減っているが、ステラが起きるまでは我慢するしかない。


「んんっ――フドー、さん」


「起きたか、ヨミ」


「あの……私は私を、理解……しました」


「変な気分だよな?」


「はい。とても」


 自己対話。ドリフターである俺と、元よりこの世界で生きてきた者とでは意味が異なるのだろう。


「ん~――にゃあっ!」飛び起きたネイルはグゥと腹を鳴らして、地面に座り込んだ。「お腹空いたにゃ~」


 雰囲気は変わっていない。が、わかる。強くなっているな。


「おはよう、ネイル。メシはステラが起きるまで待て」


「うんにゃ~……あ、フドーの刀が変わってるにゃん」


 雑に見えてよく気が付く。


「っ――うおぉおっ! このっ、クソッタレがぁああっ!」


 グランの発狂に、誰一人として驚かない。能力と向き合うのは、誰がそうなってもおかしくなほどにキツいものだ。まぁ、俺が言っても説得力は無いが。


「グラン、平気か?」


「ふぅ、ふぅ――はぁ……ああ、大丈夫だ。問題ない」


 そうは見えないが……あとはステラだけか。


 おそらくそう時間は掛からない。今にも目を覚まし――た。


「……おはようございます」


「おはよう、ステラ。調子は?」


「調子は……良い、です」


 体を起こし、自分の掌を見下ろしながら開いたり閉じたりを繰り返すステラの表情は穏やかだ。


「ステラ~、ご飯にするにゃ~」


「そうですね。ステもお腹が空きました」


 ネイルに向ける笑顔――それに違和感を覚えたのは俺だけのようだ。《刀収集家》の話が事実であれば、おそらく最も大きな変化が起きたのはステラに違いない。後に引き摺るようであれば、それとなく気に掛けてみるか。


 食事をしながら四人の様子を窺う。

 ネイルは雰囲気こそ変わっていないが、敢えて形容するならオーラが違う。理屈はわからないが、重心も変わっている。能力無しでも、俺が勝てるかどうか怪しいな。


 ヨミは前よりも落ち着いたように見える。元々視野が狭かったわけではないが、能力との対話を経て、自信が付いたのか役割を理解したのか。どちらにせよ良い兆候だ。


 ステラは妙に穏やかな顔になった。おそらくは二つ目の能力の存在を自覚したんだと思うが……能力に関して俺にはよくわからない。


 グランは変わらず表情を歪めている。能力と折り合いが付かなかったのかもしれないが、今ここで俺たちと一緒に飯を食えているということは真髄は知れたということ。


 四人それぞれに変化が起きた。それも内面的に。


 ……いや、根本的には変わってないな。


「さて、飯も食ったし、各々装備を整えたら進むとするか」バラバラに装備を確認し始めたところで、ステラに近寄っていく。「ステラ。まどろっこしいのは無しだ。新しい能力とやらはどうだった?」


 問い掛ければ、ステラは驚いた顔をして静かに息を吐いた。


「やっぱり、フドーさんは知っていましたか。ステの中には、確かに二つの能力が混在していました。《底無し沼》ともう一つ……ですが、ステは出来る限りその能力を使いたくありません」


 どんな能力なのか興味が無いと言えば嘘になるが、そこは俺の踏み込む領域じゃない。


「なら、別に使わなくてもいいんじゃないか? そもそも俺たちにとっては倉庫系の能力というだけで十分に助かっている。そりゃあまぁ、本当にマズい時にその能力を使えば助かるって時があれば使ったほうがいいが……最終的に決めるのはステラ自身だ。自分の能力は自分のために使うといい」


 そう言えば、ステラはローブのフードを深々と被って俯いた。


「はい……そうします」


 とりあえず一つ目の不安要素は取り除けた。あとはグランだが――性格的に、自分から口を開くか目に見えて問題が浮き彫りになるまで俺から口を挟まないほうがいいだろう。


「準備完了! 出発にゃっ!」


 微かな不安を残しつつ、地下二十六階へ。


 一面緑の丘――草? いや、肌に張り付くようなこの湿気だ。しゃがみ込んで触れてみれば……苔か。


「苔の丘ね。下手に踏み込むと足を滑らせるから、全員気を付けろよ」


 慎重に進んでいくが、それでもモンスターが出てくることに変わりはない。


「あれは……リザードマンですね」


 二足歩行のトカゲか。しかも槍を持っているのが五体も。


「ここはボクに任せるにゃ!」


「一人で? 平気か?」


「にゃっはっは! 昨日までのボクとの違いを見るといいにゃん!」


 そう言って尻尾を立てた瞬間――透明な力の膜が可視化されて、ネイルの体は一回り大きな猫に模られた。


 手足を包むオーラから伸びた鉤爪によって地面の苔も関係なく駆けていく。


 リザードマンの振る槍を屈んで避けて懐に入り鉤爪で体を裂き、横から来た二体目は尻尾で弾き飛ばし、三体目四体目を手と足の鉤爪で斬り裂いて、最後の五体目の体を腕が貫いた。


「ネイルがいる限り、手前等の出番は無いかもしれんな」


「それはそれで有り難いが、そうも言っていられないのが無限回廊だろう。それぞれがいつでも戦えるよう――グランの場合は守れるように準備しておけよ」


「そのつもりでは、あるがな」


 別に本気で言っているとは思っていないが、それでも一瞬の気の緩みでどうなるのかわからないのが無限回廊だ。散漫になるよりは、常に気を這っているくらいが丁度いい。


「みんな見てたかにゃん?」


「見てはいましたが……どういう変化ですか?」


「んにゃ~……簡単に言うと、今までは流動的だった水をギュッと体の周りに固めた感じにゃん」


 あくまでも得たものの一つ、ということだろう。元々、戦いに関しては頭一つ抜けていたし、手札が増えてより遊べるようになったって感じだな。


「ステラ、回収は終わったか?」


「はい。終わりました」


 リザードマンか。二十五階が鬼門で、それ以降が格段にレベルが上がるのならばモンスターも強くなっていて然るべきはずだが、これでは実態が掴めない。まぁ、苦戦しないに越したことは無いのだが。


「次はフドーが新しい力を見せる番にゃ」


「いや、残念ながら俺の能力は何も変わっていないんだよ。次を期待するとすれば――グランだろうな。やってみるか?」


 問い掛けながら視線を飛ばせば、グランは静かに肩を落とした。


「そもそも手前は守るために――……いや、ここまで来ておいて今更だな。戦うのは構わないが、あまり期待をしてくれるなよ」


「グランさんも能力の別の力を使えるようになったんですか?」


「別の、と言えるのかどうかはわからんが……まぁ、見ればわかる」


 聞く限り能力云々というよりも、対話した《暴食》との相性が悪かったってところか? それでも、根幹部分が似ていてお互いを理解しているはずだから、否定することもできなくて受け入れ難い、とか? やはり内面的なことはよくわからない。


 とりあえずは口数の少ないステラが眺める地図を頼りに、進むとしようか。

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