第45話 それぞれの実力
地下二十七階――上と変わらぬ苔の丘。
そして、出てくるのも同じリザードマンだが、今回は巨体の三体だ。
「さて、では手前に任せてもらおうか」
巨体とはいえ、大きさはグランと変わらない。
ゆっくりと歩み寄りながら、間合いに入った瞬間に突かれた槍を盾で受け、抜いた剣で片腕を斬り飛ばした。
戦い方自体は変わっていないが、踏ん切りが付いたようにも見える。そもそもヨミやステラを守るために付いてきてもらった前提があるわけだが、今のグランは守る以上をすることにしたらしい。
「んにゃっ」
斬り飛ばしたリザードマンの腕を掴んで――それに噛り付いた。
食べたものを消化しブレスとして吐き出せるのがグランの能力だが、モンスターを食べればどうなる?
片腕を失っても関係なく襲い掛かってくるリザードマンの体に剣を突き刺し、向かってきた二体目は小さくした盾で顔面を殴り飛ばし、突っ込んできた三体目の首根っこを鷲掴みにした。
「すぅ――《
吐き出された衝撃波を近距離で受けたリザードマンは、皮膚が焼け爛れてそのまま倒れ込んだ。
そして、盾で殴った二体目が再び戻ってきたところに巨大にした盾を振り下ろして圧し潰した。
さすがは一人で地下九階のケルベロスを倒しただけはある。強いことはわかっていたが、この階層のモンスターを一人で倒せるのは頼りになる。
「今のは何をしたんだ?」
「手前の能力は《暴食》――食べたものをブレスとして吐き出すことができる。つまり、モンスターを食べて消化すれば、それに対したブレスを吐けるわけだが――逆に言えば、反対の弱点になる属性もわかる。それをこれまで蓄えられているものの中から作り出してブレスとして吐き出した。とはいえ、あくまでも再現だ。威力は低いし、遠くまで届くわけでもないが、近距離ならば関係は無い」
理屈はわかる。しかも、食べたモンスターはまた蓄えられる、と。良い能力だが――その力を使うことに抵抗があるようではなかった。
「力はわかったが……どうして不機嫌だったんだ?」
「それは……」俯き目を閉じ、静かに息を吐いた。「《暴食》と折り合いが付かなかっただけだ」
「折り合い、とは?」
そこは訊かないのが暗黙の了解だと思うが、ステラにはそんなことも関係なしか。
「折り合いというのは……地下九階での戦い――手前は守りに徹していた。それが役目だから、と。しかし、奴は守らず戦えば誰も死なずに勝てた、と。そこから言い合い殴り合い殺し合い……終ぞ理解し合えることは無かったが、無限回廊には認められたようだ」
確かに。経緯がどうであれ、二十五階を越えられたということは能力の真髄を知ったということ。大事なのはそこだ。……まぁ、本人にとってどうかはわからないが。
「では、次はフドーの番だな」
「いや、だから、俺は特に何も変わっていないんだが」
「でも刀は変ってるにゃん」
「そうですね。形だけなら未だしも、一刀から二刀ですし」
「ステも、興味はあります」
逃げ場が無くなった。
「まぁ、次の階にもモンスターがいればな」
そして、地下二十八階――相も変わらず苔の丘。
そもそもこの辺りの階層は実力を確かめる、みたいなことをするには少しモンスターが強過ぎる気もするが。
「んにゃ……来るにゃ」
巨体のリザードマンが一体。だが、今回は剣持ち丸盾持ちで、鎧も装備している。二十六階が斥候、二十七階で本隊、ここにきて大将ってところか。
一対一なら俺よりネイルのほうが相性が良いと思うが、やると言ったからにはやるしかない。
「はぁ……仕方ない」
足場、は踏み込んでも大丈夫そうだが、踏ん張りは効かなそうだ。なら、昔ながらのやり方をするか。
「フドーさん、何を……?」
ブーツを脱ぎ、靴下を脱いで裸足に。このほうが地面に指が掛かって動き易い。
「預かっていてくれ。すぐに終わらせる」
わざわざ待ってくれているとは律儀だな。いや、単純に数の差を見て突っ込んできていないだけか。
二刀流の経験が無いわけではない。長物なら何でも武器にできるという言葉通りに、子供の頃は角材二本でじいちゃんに挑んだこともあった。勝てはしなかったが「それもまた不動流だ」と教えられた。
剣を構えるリザードマンと向かい合い――こちらは抜いた一刀をその顔目掛けて放り投げた。
その刀を盾で防いだおかげで出来た死角に潜り込み、二刀目で腹を裂いた。
「っ――硬ぇな」
隙間を狙ったつもりだったが、鎧の分だけ阻まれた。
再び距離を取ったが、追ってはこない。一刀目が奴の足元に転がっているから同じ手は無いと思っているのだろう。なら、それを逆手に――持っていた二刀目を放り投げた。
そして、再び盾で防がれた死角に――入り込む直前で切り返せば、目の前でリザードマンの剣が空を切った。
「こっちだよ」
言葉に反応するよりも先に雲水から黒刀へと持ち替えて、背後から鎧の無い首元を貫いた。
この感じだと、やはり岩竜やイフリートが異質の強さだったのだろう。そもそもイフリートはどっかの冒険者の召喚獣だし。
「やっぱりフドーは強いにゃ~」
「これくらいのモンスターなら、別に俺じゃなくともって感じだけどな」
「倉庫系の能力持ちがそれを言えること自体、異常なのだがな」
そこに関しては今更な気もするが。
「二本の刀はそういう使い方も出来るんですね」
「ダメなほうの使い方だけどな」
「ダメでしたか? 効果的だと思いましたが」
ヨミの視点も間違いではないが、観点が違う。
「知恵のあるモンスターが一体だけの時はあれでもいいだろうが、二体三体それ以上になった時、刀を二本持っている敵と認識されているのと、いくらでも刀を出せる敵と認識されるの、どちらが厄介になるかは考えなくともわかるだろう?」
「なるほど、確かに。フドーさんの場合は能力の示唆になることは極力しないほうがいい、ということですね」
「だな。まぁ、今回は試したいこともあったし、あれで良かったんだけど」
リザードマンの反応、あれは知恵のある動きだった。一回目の攻防で学び、二回目でそれをなぞって反撃していた。まぁ、その可能性を考えていたから裏を取ることができたわけだが。
靴下とブーツを履き直して、次の階へ。
地下二十九階――濃霧。
「モンスターはいにゃさそうにゃん」
「だが、警戒しておくに越したことは無い。俺とネイルを先頭にして――ステラ、ロープを出してくれ」
「はい」
受け取ったロープをネイルの体に巻き付けて、最後尾を任せるグランに端を握らせた。
「とりあえず、全員離れないようにロープを掴んでおけよ」
一メートル先も見えない霧の中を慎重に進んでいく。
この中での階層ボス戦は中々に厳しいものがあっただろう。無限回廊がいつから存在しているのかはわからないが、現状で到達しているのが六十九階ということを鑑みれば、何度も戦い挑戦して、何人もの犠牲の上で倒せるものだ。まぁ、それはボスのいる階層に限ったことではないと思うが。
実際のところ、強さを示す指標が無いのが厄介だ。レベルやランクの概念が無いせいで、今の俺たちの力がどの階層まで通用するのかがわからない。……行ってみればわかる、の一言で片付くけれど。
この霧、どうやら空気に干渉していない。つまり、視覚的な阻害だ。おかげで俺は上手く空気を読めないが、その点に関してはネイルがいる。野生の勘を阻むものはないからな。
そして、何事も無く下へと続く階段に辿り着いた。
「拍子抜けにゃん」
「おそらくは上の階にいたようなリザード系のモンスターがいたんだろうな。霧の中を縦横無尽に動くような……何度でも言うが、戦いが無いに越したことは無い」
「同感です」
ヨミの同意も得られたところで――いざ地下三十階へ。
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