第43話 地下二十五階

 辺りには地面に突き刺さる無数の刀――刀の墓場、か?


 この場にいるのは俺だけで、ネイルもヨミもステラもグランもいない。聞こえてくるカンカンと鉄を打つような音……何者かはいるようだが、ここが二十五階か?


「たしか……階段を下りたことは覚えているが……」


 刀は手にある。戦うことになっても問題は無いが―――音のするほうへと近寄っていけば、作務衣を着て頭に巻いたタオルから束ねた長い髪を垂らす背中が見えてきた。気付かれないように息を殺しながら摺り足をしていれば、不意に振り下ろしていた小槌の手を止めた。


「ようやく来たか。不動蔵人」


 立ち上がり振り返ったその顔は中世的だが、体格と声で女性だとわかる。


「……お前は?」


「殺気を仕舞え。俺はお前で、お前は俺だ。俗に《刀収集家コレクター》とも呼ばれている」


 一人称こそ俺だが、いま気にするところはそこではない。


「《刀収集家》……なるほど。ここは俺の心の中――いや、精神世界とでも言うべきか」


「話が早いのは助かる。座って話そうか」


 雰囲気でわかる。敵ではない。今この時この場が才能を知るという試練のようなものならば、断るわけにもいかない。


 先程まで刀を打っていた鉄床を挟んで、いつの間にかそこにあった木箱に腰を下ろせば、女らしからぬよう開いた脚の膝に両肘を着いて前のめりでこちらに視線を送ってくる。


「それで? ここは無限回廊地下二十五階で、俺自身の精神世界の中で、お前は《刀収集家》、と。話によれば、この階如何で下に進めるかどうかが決まるらしいんだが」


「うん。まぁ、正直そういう説明をするのは苦手なんだが一から話させてもらう。まず、ここがお前の精神世界であり、この場所で能力の真髄を知らない限り先に進めないというのは事実だ」


「つまり、真髄を知らなければ絶対に先へは進めない、と。どうすればいいんだ?」


 ウォルフの言を信じるのであれば、この場を乗り越えられなければ絶対に先へは進めない。どんな無理難題を吹っ掛けられようとも、必ず成し遂げるだけの決意はある。


「いや、お前はすでに真髄を知っている。《刀収集家》の能力については理解しているだろう?」


「刀の収集……管理と、複製、だろ?」


「そう。管理と複製、それだけだ。それだけであり、それ以上でも以下でも無いことを知っている。故に、素通りだよ」


 能力の熟知。万能ではないことを知れ、ということか? そもそも俺自身に欠点だらけなわけで、能力があるからといって強気になるはずもない。というか――


「お前、何者だ? 《刀収集家》という能力であり、俺自身だと言うのなら鏡写しであるべきじゃないのか?」


「俺は元々、ここではない別の世界の人間だよ。その世界では武士であり、刀鍛冶であり、刀の収集家でもあった。この場にある刀は、俺が生前に集めたコレクションだ」


「別の世界? ……よくわからないな。俺はドリフターとしてこの世界に来たが、お前は――いや、は違うのか?」


「ドリフターであるお前らは生きたまま転移してくるが、俺たちは死んだ後に魂の状態でやってくる。元々この世界に生まれ落ちた者には一定の確率で魂が重なるが、ドリフターには魂の相性によって振り分けられる」


「それがつまり、潜在的に求めているものってわけか」


「ある意味では、そうだ」


 含みがあるな。しかし、目の前にいるのが俺自身だからか、話しているストレスは無い。


「無関係ではないにせよ、真実ではないって感じか?」


「それは何を真実とするかにもよる。この世界の者――ネイルやヨミと言ったほうがわかりやすいか? 彼女らは能力は潜在意識が欲するものだと教え込まれ、そうだと信じて――それが事実になっている」


 気付かぬうちの洗脳、は言い方が悪いな。思い込み――刷り込み――ある意味では卵が先か鶏が先か、ってところか。


「ドリフターは違うのか?」


「さっきも言ったようにドリフターは魂の相性によって能力が決まる。不動蔵人、お前は生まれてからこれまで刀を集めたいと思ったことがあるか?」


「……無ぇな。そもそも俺は剣術こそ好きだが、刀が好きなわけじゃないしな」


「だが、俺がお前の中に納まったということは、つまりはそういうことだ」


 相性が良い、なんて抽象的な言葉に意味があるのかはわからないが、《刀収集家》の能力が俺にとって有用的である事実は揺るぎない。


「まぁ、深く聞いたところで意味は無いな。で? 素通りと言いつつここにいるってことは、何かあるのか?」


「この場で能力の真髄を知れば、能力はもう一段階上に行く。だが、何度も言うように俺は《刀収集家》だ。それ以上も以下でも無い。複製と管理しかできない。悪いがな」


「別に求めてねぇよ。今でさえ感謝しているんだからな」


「ふっ――やっぱりお前は俺だな。お前をここに呼んだのは話をするためと他との時間調整。そして、能力を向上させることとは別のものをやるためだ」


「別のもの?」


「ああ、能力はそのまま変わりようがない。だから、代わりに――この場所にある千本の刀のコレクションの中から三本をお前にやろう。どんな刀がお望みだ?」


「どんな刀……なら、守れる刀だ」


「守れる、か」呟きながら立ち上がった《刀収集家》に付いていけば、地面に突き刺さる刀の中の一本を抜いた。「守れるかどうかはさて置き、この刀なら壊れることは無いだろう」


 受け取ったのは蛇腹のように重なる刀。一応は刃が付いているようだが、触った感じは固いバネのように感じる。


「これは、刀か?」


「紛れも無い刀だよ。形としては挽いて断つ刀だ。振ってみればわかる」


 上段構えから振り下ろせば、蛇腹が開くように撓り、刀を止めればカチカチと刃が重なり元の形へと戻った。なるほど。たしかに刀だ。硬い上に、固く撓るから折れないのもわかる。相手によっては、これで削り斬るのも有りだな。


「この刀の名は?」


「見たまま。読んで字の如く、蛇骨刀と云う。可愛がってくれたまえ」


「ああ、大事に使わせてもらう」


 癖があるから慣れる時間が必要だが、さすがは《刀収集家》と言うべきか握っているだけで逸品であることが伝わってくる。


「あとの二本は好きに見て回るといい」


 なら、品定めといこう。


 最初こそ刀の墓場と揶揄したが……まぁ、否めない。曲芸的というのか変な形の刀も多いし、極端に小さい刀も、大き過ぎて持ち上げられそうにない刀もある。時間があるならのんびりと探すとするが――


「《刀収集家》、他の四人の状況はわかるのか?」


「ん? ああ、わかるよ。そうだな……ネイルは《大物食らい》と戦闘中だ。お互いに楽しんでいるようだし、真髄に辿り着くまでそう時間も掛からないだろう。ヨミは《空白の目録》と対話中だ。不動のせいですでに能力は一段階上に行っているし、知識の共有やすり合わせが済めばお仕舞いだ」


「俺のせい?」


「そう。お前のせいだよ。そのおかげで《空白の目録》とは少し揉めたが、まぁ大した問題では無い」


 能力に人格があり、自意識があるのならば、能力同士で話し合えるのは当然――か? そこは腑に落ちないにしても異世界である以上は俺の中の常識など有って無いようなものだ。それと、ヨミの能力の一段階上とは……もしかしなくとも、力同士の掛け合わせだろうな。そこの気付きを俺が潰したと言われれば否定はできないが、ヨミ自身が気が付いた可能性も大いにあるわけだし、責められる謂れは無い。


「あとの二人は?」


「グランは苦労しているようだ。元より好戦的な《暴食》と盾遣いのグラン、根本的には似た者同士だが、現状ではなんともね。あとはステラか。彼女の《底無し沼》は俺と同じように次の段階は無いし、自然と真髄を理解している。……《底無し沼》は、な」


 その言い回しと含みから想像するに、ステラが二種族混成の白堕だから能力も二つ持っているが、《底無し沼》以外の能力はまだ自覚していない、というところか。


 グランにせよステラにせよ、この場から俺が出来ることは無い。


「この刀――直刀だな」


 柄が無く白い鞘で、一見すると杖のようにも見える。


「それは居合用の刀だな。でないところがお気に入りだ」


 居合構えから、抜刀。……なるほど。反っていないことに加えて、鞘の材質のおかげか摩擦が限りなくゼロに近く力をそのまま伝えることができる。


「じゃあ、二本目はこれにしよう」


「お目が高い。さすがは俺だ」


「そんで、最後の一本か」


 意識すると途端に選ぶのが難しく感じるが、結局は感覚だ。フィーリングが合えば、それでいい。


「不動蔵人――お前がこれまで集めた刀は中々に面白いものばかりだ。蜘蛛の牙はそもそも刀と捉えていいのかは怪しいが、虫型のモンスターにだけ斬れ味が増すのは興味深い。黒刀の硬度はおそらく蛇骨刀の次くらいに数えてもいい。つまり、普通の刀としては最高硬度だ。鈍刀は、刀としてはお粗末もいいところだが、付与されている効果が素晴らしい。斬った相手の動きを遅らせる。刺した地面に沼を出現させる。コレクションとして、十分に満足させてくれている。だが――だが、無銘刀。それだけは駄目だ」


「そうか? 個人的には長さも変えられて扱いやすいが」


「いいや、未完成にも程がある。不出来な上に不格好。ゴミだ」


 それだけこき下ろす理由は、俺なら一つしか浮かばない。


「武士であり収集家であり刀鍛冶でもある、と。つまり――無銘刀を作ったのはお前か。《刀収集家》」


「如何にも。それは俺の最後の作品になるはずだった。が、志半ばで俺は死に、作り掛けだったその刀はどういう経緯かこの世界に流れ着き、適当な職人が適当に完成させた。お前がその刀から感じ取ったのは、俺の未練と恨みだ」


「なるほど。無銘刀が無銘なのは、完成していないということか。それなら……この刀は返そう。製作者がお前自身なら、この場所でも完成させられるんじゃないか?」


「それは可能だが……いいのか?」


「代わりに三本も貰うわけだからな。完成したら、その時にまた渡してくれればいい」


「……じゃあ、そうしよう」


 無銘刀を差し出せば、受け取った《刀収集家》の体の中に吸収されていった。


 さて、残り一本。


 選択肢があり過ぎて困るのは有り難いが、せめて何か取っ掛かりが欲しい。


「ん? この刀は――」


 目に付いたのは柄の短い刀。形はナイフのグリップのようで、片手でしっかりと握れば目一杯だが、刃は打刀と同じ長さだ。そして、それと同じ刀が二本ある。


「それは二対一刀だ。所謂、双刀というやつだな。その刀だけは、二本を同時に出すことができる」


 つまりは二刀流か。不動流では刀を扱う上で片手も両手も無いし、どちらの手でも型を行える。折れない限りは何度でもタイムラグなしで刀を取り出せるが、この先のことを考えれば常時帯刀しておくのは一本よりも二本のほうが安心かもしれないな。


 ……昔、じいちゃんから不動流の秘伝書とやらを見せられたことがあった。そこに載っていた刀の絵は、片手握りで包丁の刃を伸ばしたような形をしていた。詰まる所、期せずして最も然るべきところに行き着いた、と。


「この双刀の名は?」


「二刀合わせて雲水と云う。俺の傑作の一つだ」


「お前かよ。道理で手に馴染むわけだ」


「そう言ってもらえると嬉しい限りだ。ああ、それとこれはおまけだ」指を鳴らせば、俺の腰に刀を差せるベルトが付いた。「いい加減、手に持つのも苦労だろう。それはお前と一心同体で、意識しない限り刀はそこに出る。そして、邪魔にもならない」


「そりゃあ至れり尽くせりだが、色々と貰い過ぎじゃないか?」


「他の奴らは能力の質が変わるんだ。それに比べたらこんなもの――ただの物だ」


 頭の中のカタログを確認してみれば、蛇骨刀に居合用の杖刀。そして、雲水が記されていた。代わりに無銘刀には複製不可の文字が重なっている。


「うん。まぁ、こんなもんか。……そろそろだろ?」


「ああ、そろそろだ」


 感覚でわかる。この場から、俺の意識が遠退こうとしているのが。


「なぁ、《刀収集家》。また会えるのか?」


「またも何も、俺はお前だ。不動蔵人」


 重なり合っている魂は、常に共に在り続けるか。


「そうか。じゃあ……また会おう。俺」


「ああ、いつでもな。俺よ」


 まるで旧知の仲のようで、親友のようで、兄弟のようで――また明日、と軽く手を振り合う。


 白む視界の中心で消えていくを眺めながら、微睡む意識に包まれた。

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