第42話 伝承のような言い伝え
召喚獣討伐から二時間後――俺たちはウォルフも交えて食事をしていた。
岩竜の肉に、保存食。二十階で手に入れた食材に加えて、飲み水は川からいくらでも補給可能。一人増えたせいか口数の少ない中で、不意にヨミが口を開いた。
「それで、ウォルフさん。女帝・クエイク――チームの仲間はどうしたんですか?」
「……まぁ、お嬢のお気に入りのテメェらになら話しても問題ねぇか」一瞬だけ俺のことを睨んだ気もするが、水を飲んで一息入れた。「オレたちぁ新階層到達を目指していた。次は六十九階。つまり階層ボスだなぁ。階段を下りていったところに扉があって、それに触れた瞬間におそらくその場にいた全員が飛ばされた、ってのが現状の認識だ」
「ちなみに何人だ?」
「扉の前に六人。待機に六十八階に居たのが五人。待機していた奴らはその場に残っているだろうが、無限回廊内で何かがあってバラけた場合は地下三十階に集まることになっている」
「にゃら、そこまでは一緒にゃん」
「いやぁ、それはねぇだろうなぁ」
「……? どうしてですか? 向かう先が同じなら、共に行動したほうがいいと思うのですが」
ヨミの疑問符に、ウォルフは俺以外の三人の顔を見回すと「ハッ」と嘲笑う声を漏らした。
「違ぇよ。テメェらがどうのってわけじゃあねぇ。まぁ、これはアドバイスっつーか忠告っつーのか……地下二十五階。そこで必ずオレとテメェらは分かれることになる。だから、行けるとすれば二十四階までだなぁ。三十階でまた会えるかどうかはテメェら次第だ。来れる奴は来れる。が、来れねぇ奴は一生来れねぇからなぁ」
「それは一体全体どういうことだ? 無限回廊で生活してそこそこの年月だが、そんな話は聞いたことも無い」
グランの知らない話か。だとすれば眉唾ではあるが。
「オレに聞くよかぁ、そっちのシルキーに聞いたほうが早ぇだろうよ。まさか、ってぇ面してるぜ?」
その言葉にヨミを見れば、顎に手を当てて考えるように俯いていた。
「ヨミ、何か知ってるのか?」
「いえ……知っている、とは違いますが……いわゆる伝承のような、言い伝えのような……『無限回廊に挑む者、地下九階で力を試し、地下二十五階で才能を知り、地下五十階で命を懸けて、地下百階で願いが叶う』と。今にして思えば、地下九階もその通りでしたし真実なのかもしれませんね」
「だとしても才能を知るってにゃんのことにゃん?」
ネイルの疑問符に、ウォルフに視線が集まる。
「ハッ、そこまでは教えらんねぇなぁ。知っているだろ? 無限回廊内のことは外には話せない。その階層まで辿り着いていない奴らに、教えることなんてねぇのさ」
その点においては否定しない。知らなければ求めることも無いと思うが――それでも、冒険者は進もうとするんだろう。
「まぁ、二十五階については行ってみればわかるとして……ウォルフ、一つ訊いてもいいか?」
「質問にもよるがなぁ」
「早過ぎないか? 六十九階まで辿り着くのが」
そう言えば、ヨミもハッとした顔をしてウォルフに視線を送る。
「ああ、そのことかぁ。チッ――どうすっかなぁ……別に隠すことでもねぇが、簡単に言やぁうちには専属の梯子屋がいるが、うちのチームのメンバーじゃあねぇ、って感じだな」
疑問符を浮かべているネイルやグランは一先ず措いといて。俺の代わりにヨミが口を開く。
「それは、『ドゥオ』に所属していればどちらからでも行き来が可能な転移陣を作れる、ということでしょうか?」
「そこまで便利なもんでもねぇな。確かに行き来はできる。但し、無限回廊内に二つは作れねぇ。つまり、一度作った梯子も、新しい梯子を作れば使えなくなる。そんなところだ」
クランのギフトか。故に、チーム専属の梯子屋ではあるが、冒険者ではないからメンバーではない、と。口振りからして人型なのは間違いないだろうが、そういうのもあるんだな。
「なるほど……俺たちには地図がある。辿り着いた階の入口から出口まで、全体を把握できる地図だ」
「ハッ! そういうカラクリだったかぁ。道理で早ぇわけだ」
明確では無いにせよ、これでお互いに貸し借り無しだろう。
「さて、休憩も済んだところで――そろそろ行くか」
「にゃん!」
「二十四階までは付き合ってやる。テメェらがもしもその先の三十階まで辿り着くことができた時には――特異点、テメェとは決着を付けねぇとな」
なぜ唐突に敵対視されているのか。
「御前試合なら断るぞ? あんなのは二度とごめんだ」
「御前試合は所詮見世物だからなぁ。まぁ、期待しておけよぉ」
期待も何も、迷惑以外の何ものでも無いのだが。
一先ず謎の敵対視は気にしないことにして――地下二十一階へ。
灰の丘――色が無く、くすんだ階層でモンスターは見当たらない。勝手知ったる如く進むウォルフの後に付いていきながら地図を確認すれば、最短距離で次の階への階段に向かっていた。道を覚えているのか、獣人の野生の勘的なものなのか……どちらにせよ、有り難い誤算だな。
俺たちの第一の目的はヨミの父親を捜すこと。より深い層へ潜り、そこに暮らす冒険者に会えば情報を得られるし、底を目指せば……生きていれば、出会える可能性も無いわけじゃない。
誰にとってもプラスになる状況なわけだが――何か違和感が残る。それを突き止めたいところだが、いつモンスターが出てきても可笑しくない状況で思考を取られるのはマズい。頭の隅に置いておくことにしよう。
地下二十二階から二十三階――ネイルに加えてウォルフも前衛で戦闘好き。そのおかげかスムーズに進んでいく。
スムーズなのは良いこと、だと思いたいが……それをフラグだと感じてしまうのは俺の悪い癖だ。
その証拠に、イフリートで悪い運を使い果たしたのか何事も無く二十四階へと辿り着いた。
「そういえば、ウォルフさん。どうして集合場所が地下三十階なんですか? 集まるのであれば地上か、別れた時に最も近い六十階にすべきでは?」
「そんなもん当然――ああ、いや、それは三十階に着いてから自分たちで確認するんだなぁ」
「そう、ですか……わかりました」
そればかりだな。ヨミが腑に落ちていない表情なのもわかるが、少なくとも二十五階を超えた先はこれまでの比にならないことが待ち受けているのだろう。
「んにゃ――来るにゃ!」
変わらぬ灰の丘で、中身が空とわかるほどの軽い音を立てながら鎧の騎士が隊を成して向かってくる。この数だと俺も戦ったほうがいいな。
「《空白の目録》――お二人に攻撃力と防御力を付与します」
「行くにゃ!」
「邪魔だけはすんじゃねぇぞ!」
「はぁ……まぁ、俺は俺で」
無銘刀を手に、分散した鎧騎士へと斬り掛かる。
胴を斬り、振られた剣を避けて腕を落とし、首を刎ね飛ばす。やはり中身は空か。有限回廊の時のように復活するわけでもないし、岩竜やイフリートと遭遇し戦ったことを思えば大して苦労も無い。
「ハッ! やっぱこの辺りの階層は大したことねぇなぁ」
客観的に見て、ネイルもウォルフも実力はそれほど変わらないように見える。あるのは経験の差と、能力の差か。
「どうかしましたか? フドーさん」
「いや、どうもしてねぇよ。ステラは……出会った時に比べて笑顔が増えたな」
「そう、ですか? だとすれば、それはフドーさんたちのおかげです。ステラが白堕ということを気にも留めることが無く、それでいて強いです。だから、笑顔で居られます」
そうか。白堕の中で能力を持っていたから冒険者として働いていたが、過去に組んだチームはステラを残して全滅している。滅多なことでは死にそうにもない俺たちと行動を共にするだけでも綻ぶものか。
「おい、件の階へと続く階段に辿り着いたぞ」
地図を進むに連れて、後方からのモンスターの接近に警戒するため前衛と後衛が入れ替わっていれば、グランが声を上げて足を止めた。
「そんじゃあオレはここまでだなぁ。テメェらはのんびり来ると良い。オレぁ先に行ってるぜぇ」
そう言って、後ろ手を上げながらウォルフは階段を下りて行った。余韻も無しか。まぁ、敵とは言わないまでも底を目指すライバルではあるわけだから、慣れ合うのもおかしな話か。
「さて……どうする? 二十五階に何があるにせよ、このまま向かうか休んでから向かうか」
「決まってるにゃ!」
ネイルの言葉に他の三人の顔を見回せば――全員が賛成のようだな。個人的にはそろそろ眠りたいんだが、流れを切らないほうが良いほうへと転ぶかもしれない。
「じゃあ、行くか」
「あ、あの! その前に、フドーさんにお渡ししたいものが……」
おずおずと宙に浮かぶ《底無し沼》に手を入れたステラは、中から何かを握り締めながら取り出した。
「……なんだ?」
「これを、どうぞ」
差し出されたのは布。いや、これは――
「ヘアバンド?」
「はい。いつか、フドーさんの予備のためにと用意していたのを忘れていました」
首を通し、額へと付ければ邪魔だった髪が固定される。燃やされた時は諦めたが、これは有り難い。……ニヤつくネイルとヨミを視界の端に捉える前から入れ知恵だろうことはわかっていたが。
「ありがとう、ステラ。助かる」
「いえ、そんな……フドーさんは、そのほうが似合います」
「んにゃ~、早く進むにゃん」
そして、急かされるように――才能を知る、地下二十五階へと向かう。
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