第34話 意地、と、仲間

 ネイルと場所を入れ替わって取り出した弓を準備するステラに、前に立ったグランは静かに大盾を構え直していた。


「やらせていいのかにゃん?」


「グランがいいと言っている以上は止める理由がない。ステラも思うところがあるんだろう」


「でも、止めるんですよね?」


「場合によってはな」などと話していると、二人の視線がこちらに向けられた。「それじゃあグランには連戦で悪いが、ルールはさっきと同じ――始めっ!」


 その瞬間にステラが矢を放つと、グランは悠々と盾で弾いた。


 しかし、駆け出していたステラが、構えている盾に蹴りを入れるとその衝撃でグランが倒れた。ネイルの一撃でも倒れなかったことを思えば、随分と気を抜いているようだ。


「ステは、戦えないわけじゃない。だから、本気で戦ってください」


「そうか。そいつは悪かった――なっ!」


 盾でステラを弾き飛ばせば、素早く立ち上がって剣を構えた。距離を取ったステラが弓を引いて矢を射り、グランが剣で弾いたところに飛び掛かって蹴りを食らわせるヒットアンドアウェイ。


「……というか、ステラってあんなに動けたか?」


「白堕は外見の混成種――だけだと思われていますが、実際は少し違います」


「種族による特徴も、か?」


「はい。エルフであれば僅かに長命で五感に優れ、ドワーフであれば手先が器用で熱に強く――鬼族であれば力と、凶暴性が」


「力はわかるが……凶暴性? そんな素振りも無かっただろ」


「白堕がその特性を発揮する時は二通りあります。一つは怪我をした後に能力や薬で急速に回復して体内の血が増殖した時で、もう一つは感情が大きく揺さぶられた時、ですね」


「ってことは、感情が揺さぶられる何かがあったってことだな」


 こういう会話をしている間もステラはヒットアンドアウェイで戦い続けている。とはいえ、グランは先程よりも余裕そうに――余裕そう、じゃない? ネイルの時よりも苦しそうな顔をしている。


「ステラは上手いにゃ~。あのタイミングで仕掛けられると休めないにゃん」


 つまり、凶暴性が増しているとはいえ理性を保って戦っている、と。


 すでにグランの強さはわかっているし、いざという時はステラが戦えることも知れた。こちらとしてはすでに十分なんだが……もう少しやらせてみるか。


 矢を弾き、蹴りをお見舞いして距離を取るステラに痺れを切らしたグランが駆け出すと、それを予期していたのか構えていた弓を引いた。


「良い読みだ!」放たれた矢を盾で弾かずに横から掴んだグランは、その矢を噛み砕いて飲み込み、大きく息を吸い込んだ。「すぅ――《矢の息アローブレス》!」


 いくつもの矢が含まれたブレスが吐き出された瞬間、ステラは弓を肩に掛けて両手を前に出した。


「《底無し沼》」


 生物以外を収納できるステラの能力が、グランのブレスを呑み込んでいく。なるほど。能力でも関係ないようだが――


「フドー! 止めるにゃ!」


「わかってる」


 二人同時に駆け出して、俺は次のブレスを吐こうとしているグランの体を倒し、ネイルは血を吐いて膝を着くステラの体を支えに行った。


「悪いな、グラン」


「っ――はぁ……いや。手前も熱くなった。止めてくれて感謝する」


 グランを起き上がらせて振り返れば、ネイルとヨミが咳込みながら血を吐くステラを抱えていた。


「ヨミ、ステラはどうだ?」


「外傷が原因では無さそうなので、おそらくは能力によるものですね」


「手前のブレスにそのような力は無いぞ」


「ということは自分の能力の反動か? とりあえず薬を飲ませて寝かせるんだ」


「はい。ステラさん、口を――」


 ネイルの抱えるステラの口の中に無理矢理飲み薬を流し込めば、咳が止まって顔色が良くなってきた。相変わらず凄い効き目だな。


「っ――ゴホッ……すみません……どうやら、他人の能力を呑み込むと体内へダメージが入るようです。ステも初めて知りました」


「とりあえず知れて良かったってことで……テントを張ったところに戻ろう」


「手前が、運ぼう」


 グランがステラを抱えて、キャンプ地へと戻ってくる頃には――鬼族としての血で暴れ疲れたのかステラは眠りこけていた。


「寝かせておくにゃん」


 テントの中にステラを寝かせて、俺たちは再び焚き火を囲む。


「済まない。手前のせいで……」


「いや、むしろこのタイミングで知れて良かったんじゃないか? 多少手加減をしたグランの能力じゃなかったらもっと酷い怪我だっただろうしな」


「はぁ……やはりバレていたか」


「そりゃあな。たぶん、俺だけじゃないと思うぞ?」


「んにゃん」


「私たち、というか――ステラさんも気が付いていたとは思いますけどね」


「そうか。手前もまだまだだな」


「結構楽しかったけどにゃ」


 ネイルが楽しかったのであれば、それだけグランの強さが窺える。


「それじゃあ、改めて訊こうか。グラン、俺たちと一緒に来てくれるか?」


 問い掛ければ、グランは静かに頷いた。


「ああ、同行させてもらおう。クランに入るかどうかはまた……少し考えさせてもらうが」


「私たちの目標は三十階なので、その時にまた決めていただければ」


「そうしよう」


 こうして盾役の五人目の仲間が増えたわけだが、その代わりにステラが怪我をしたようなものだから、すぐに出発はできない。


「出発は二日後、くらいですかね?」


「そうだな。ステラの様子を見つつ、二日後には下に行くことを目標に準備するとしよう」


「んにゃっ! フドー! 特訓にゃ!」


「……さっきは止めた。だが、特訓という名目なら止めはしない。なぁ、グラン」


「では、手前がお相手しよう」


「にゃははっ、続きにゃ~」


 訓練場へ向かった二人を見送って、焚き火に新しい木をくべた。


「私たちはどうしますか?」


「ステラを一人で置いておくわけにはいかないが、やっぱり下の階の情報は欲しいよな」


「そうですね。では、私が残っておくので、フドーさんが行きますか?」


 まぁ、男の俺が残るよりはヨミが残っていたほうがいいか。


「じゃあ、ステラのことは任せた。俺は情報集めに行ってくる」


「はい。いってらっしゃい」


 ヨミに見送られて――さて、どうするかな。


 そもそも俺はそれほど対人スキルが高いわけでもないんだが、食堂やら詰所やらで集められるだけの情報は集めていこうか。

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