第33話 拳で
予定通りに食事をしているのだろうと唯一ある食堂へ行ってみれば、そこにネイルたちの姿は無かった。ということはキャンプのほうだな。おおかたステラのことを気遣ってだろうが……グランがどういう反応をするのかは、実際に会わせてみないとわからないな。
「お、やっぱりここにいたか」
テントの前で焚き火の周りに座り込む三人がこちらに気が付くと、ステラは無言のままフードを被った。
「んにゃ~、フドー。……誰にゃん?」
「新しい仲間――の、候補だ。自己紹介を」
「獣人のネイルにゃん」
「シルキーのヨミです」
「……ステラです」
「手前はドワーフのグラトニーと云う。フドーに頼まれて会いには来たが――子供ばかりではないか。それに……白堕を連れているとは、正気では無いな」
棘のある言葉ではあるが、心底嫌厭しているようには見えない。説き伏せる、というよりは理解してもらうほうが早いか。
「とりあえず、飯にしよう。ステラ」
「え、あ、はい。何にしますか?」
「フロッグの肉がいいにゃ~」
「私はスープをお願いします」
「グランは? ついでだし、付き合うだろ?」
「……酒はあるか? あるなら、貰おう」
「では――」
ステラが地面に手を着くのと同時に広がった沼の中から肉と、水筒に入ったスープと、酒の瓶を取り出して、それぞれに振り分けた。
「……倉庫系か」
グランの呟きは好意的なものだと思いたい。
「フドーさんはどうしますか?」
「俺は豆と干し肉でいい」
「どうぞ」
団欒――とはいかないまでもようやく無限回廊に入ってから初めてのんびりとした食事を済ませて、居直った。
「さて――じゃあ、改めて。グラン、あんたも白堕に偏見があるのか?」
「偏見、とまではいかないが……冒険者とは
ムッとしたネイルに掌を向けて、言葉を制した。
「不安要素は白堕であること、か? 能力としては容量制限の無い倉庫系で、今ここに居る。つまり、ジンクスも何も無い。まぁ、そもそも白堕がいるからどうのではなく、冒険者の実力次第だと思うのだが……どう思う?」
「それは同感だが……白堕かどうかはこの際どうでもいい。手前はフドーから守るように頼まれ、会うだけは会った。が――現状で、その気は無い」
「フドーさんがスカウトしたということは、私達もその想いに応えなければなりません」
「にゃら、戦ってみるにゃん!」
そういう流れになるのは想定内だ。いや、ネイルがいる以上は必然か。
「俺とネイルが前衛で、ヨミとステラが後衛だ。少しでも試してみたいと思うなら、誰でもいいぞ?」
と言いつつも、グランが誰を選ぶかはわかり切っている。
「……後衛と戦う意味は無い。ドリフターとも割に合わん。ならば――一人しかいない」
「にゃははっ、やるにゃん」
「場所は詰所の外にある訓練場でいいだろう」
意外とやる気のあるグランに連れられて詰所へ。
ここまではあらかた予定通りだが、あとは流れに任せるとしよう。
訓練場で向かい合って準備運動をする二人を眺めながら、囲む柵にヨミを座らせた。
「フドーさんはどちらが勝つと思いますか?」
「そりゃあ、十中八九ネイルだろうな」
「グラトニーさんも強いんですよね?」
「強い、と俺の勘が言っているが――能力的な相性もあるし、戦ってみないことには何とも」
「……この戦いの勝敗で、何かが変わりますか?」
白堕であるステラにとっての心配もわかる。
「根本的には何も変わらないだろうな。まぁ、五年間もここにいたことを思えば、少し古い考えのままなのも仕方が無い。とはいえ、そこまで頭が固いわけじゃないと思うから、とりあえず見守るとしよう」
全身を隠すほどの大盾を片手で軽々構えたグランと、準備運動を終えたネイルの視線が俺に向けられた。
「準備万端にゃ!」
「こちらも」
「それじゃあ――ルールは無い。どちらかが負けを認めるか、危険だと判断して俺が止めれば終わりだ。いいか? 始め!」
言葉と同時に、ネイルの能力が発動したのがわかった。
「先手必勝にゃ!」
力を込めた拳で殴り掛かりに行けば、防いだ大盾が衝撃を受けて轟音を響かせた。ネイルの力も然ることながら、それを受け止めるグランもさすがだな。
「パワーはそこそこ。回避はどうだ?」
その瞬間、大盾の裏から取り出した剣を振れば、ネイルは宙を蹴って飛び退いた。そういえば、そんなことも出来るんだったな。原理不明の空中キック。
「にゃははっ――ちょっぴり速度を上げるにゃん」
周囲を飛び跳ね回りながらネイルが拳を振れば、グランの持つ盾は小さく収縮し、受け止めながら剣を振る。
拳を受け止め、剣を振るかが避けられて――その繰り返し。俊敏性はネイルのほうが上だな。
「あの盾、ころころ大きさが変わるのは何か仕掛けがあるのか?」
「おそらく有限回廊踏破で手に入れたものなのだと思います」
「俺の黒刀や、ヨミのローブのように?」
「はい。そう考えれば特別な力があるのも当然なので」
……俺の刀は頑丈なだけなんだが、壊れないってことも考えようによっては特別な力なのか。
再び距離を取った二人――ネイルが腕に力を込めていると、グランが落ちていた石を拾い上げて口に含むと、噛み砕いて飲み込んだ。
力を込めた腕を振り被るネイルに、グランは大きく息を吸い込んだ。
「すぅ――《
「んにゃっ!」
吐き出した息には石が混じっていて、防いだ腕を傷付けながらネイルを吹き飛ばした。
「今のがグラトニーさんの能力、ですか?」
「ああ。《悪食》――食ったものをブレスとして吐き出せるらしい。これほど守りに適した能力も無い」
「守りに適して……?」
「まぁ、ネイル相手じゃあわかりにくいかもしれないけどな」
腕から血を流すネイルが握った拳同士を打ち付けると、グローブが拳を包み込んだ。
「にゃっははっ! 悪くにゃいにゃ!」
「こちらもだ! 悪くないっ!」
そこから始まる笑顔での殴り合い――いや、より正確に言えば――殴っては盾で防がれ、剣を振れば避けられての応酬。この場だけを切り取ってみれば嫌にスポ根だな。
「泥沼――というより、泥臭い、ですかね」
ネイルは未だしも、確かにグランまで泥臭い戦い方をする。やはり、そもそもが対人向きの能力じゃないってことだろう。
「……そろそろだな」
「停めるんですか?」
「ああ。もう十分だろ。おい、その辺で――」
「にゃははっ!」
「っ――これならどうだ!?」
声が届いていない。どころか、こちらを見向きもしない。
「お~い、もうこの辺りでお仕舞いに――」
「今度はこっちにゃ!」
「ふんっ、甘い!」
「……聞こえていないようですね」
「みたいだな。はぁ――」二人の中心に駆け込み、グランの振る剣を刀で受け止めてネイルの拳を地面へと受け流した。「終わりだよ。もう満足しただろ? 二人とも」
問い掛ければ、二人は静かに戦闘態勢を解いた。
「んにゃ……一先ずは満足にゃん」
「手前も、実力は十分に知れた」
「それで? 仲間になるかどうか――決まったか?」
「……それだけの力があるのであれば、手前が付いていく必要性を感じないのだが」
「ある意味で問題はそこにある。俺やネイルは前線で戦いに集中しているせいで後ろにまで気が回らない。だから、グランの力が必要なんだ」
「故に守る力が、か……なるほど。わかった。では――」
「ちょっと待ってください」
決まり掛けていたところで、ステラが口を挟んだ。
「どうした? ステラ」
「次はステとも戦ってください」
ああ、この展開はさすがに――予想外だ。
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