第35話 虫の森

 地下十階に着いて三日目の朝――それぞれに準備を整えて、下へと続く階段の前に集まっている。


「んにゃ~、やっと出発にゃん」


「すみません、ステのせいで」


「いえ、能力について知っていくのは大切なことです。それと同様に十分な休息も」


「ここから先は手前がいる。守りは任せてくれていい」


「まぁ、気負わずに進むとしよう。先は長いんだ」



 地下十一階から十三階――虫の森。ここからは同種のモンスターが出る階層が続くらしい。


 先人たちの道筋を辿りながら、迫るモンスターに身を隠しながら進んでいく。


「それほどモンスターの数も多くないようですね」


「今はまだ、な」


 情報によれば、虫の森は巨大な昆虫が生息しているらしいが、今のところは気配を避けているせいか目撃すらしてない。地球であればサイズを合わせれば最強と言われるのが虫だ。出くわさないに越したことはない。


 そして――何事もなく下へと続く階段へと辿り着いてしまった。


「んぬぬっ……」


 フラストレーション溜まりっぱなしのネイルは別にしても、戦いが一度も無いというのはそれはそれで不穏だ。


「手前も来るのは初めてだが、思いの外に大したことが無いのだな」


 ……それがフラグにならなければいいのだが。


「では、先に進みましょうか」


 地下十二階――変わらぬ虫の森。だが、薄暗い。元より日が沈む概念の無い無限回廊内だが、階層によっての明るさの違いはある。


 まぁ、視界が悪くてもネイルの鼻や俺に影響は無い。


「っ――」


 反応せず踏み込もうとしたネイルの鎧を掴んで引き寄せれば、ギリギリで間に合った。


「んにゃ……フドー?」


「足元を見ろ」


 地面に張られた粘着質な糸――見覚えがある。


「フドーさん、これは……蜘蛛、ですか?」


「だろうな。しかも――大蜘蛛だ」


 薄暗い森の中に光る複眼が、その数を物語る。一匹や二匹じゃない。もっと多く――群れだ。


 息を殺しながら、しゃがみ込んで地図を確認するステラに視線を向けた。


「……どうやら、この道しかありませんね」


「フドーが倒した時は火だったかにゃ?」


「正確には爆発と火、だな。今はその道具も無ければ数が多過ぎる。だが――ネイル、ヨミ、今ならイケるだろ?」


「……はいっ」


「にゃははっ、狭くなければボクが勝つにゃん」


 俺も、あの時とは違って今は刀を振れる。


「よし。グラン、ステラを頼んだぞ」


「心得た」


「ノルマは一人当たり四から五匹ってところでしょうか?」


「ああ。だがまぁ、ネイルとヨミは二人で行動したほうがいいだろう」


「……つまり?」


「これまで通りってことだ。ノルマとか考えずに、目の前のモンスターを倒す」


「お先に行くにゃん!」


 独断専行で飛び出すネイルはいつものことだ。


「私が。《空白の目録》」


 ネイルを追っていったヨミを見送って、無銘刀を鞘から抜いた。 


 一対一に秀でるネイルと、多対一に向いているヨミ――俺と会うよりもずっと前から二人で戦ってきたんだ。任せたほうがいい。


 こちらは一人で大蜘蛛を五匹か。無限回廊で出てくるレベルのモンスターが有限回廊で出ていたのなら、大抵の冒険者が踏破できなくて当然だ。


「無銘刀――伸びろ」


 すると、脇差の長さだった無銘刀の刃が伸びて太刀へと変化した。


 地下十階で丸一日を過ごした昨日――そもそも、成長する刀、という一文はずっと違和感を覚えていた。血を吸うだけで変化が無い。切れ味の良さは変わりないし、ならば? と考えながら素振りをしていたら、気が付いた時には伸びていた。おそらくは俺の手に残っている木刀の感覚を読み取って重さと長さを変えたのだろう。


 詰まる所――鬼に金棒だ。


 突き立ててくる大蜘蛛の脚を斬り裂き頭を落とし、突き刺し、斬り放し――最後の一匹は上段振り下ろしで真っ二つに。


「……狂人だな」


「聞こえているぞ、グラン。武士と呼んでくれ」


「剣士のことか? だとすれば、狂剣士だ」


 どちらにしても狂っていることに変わりはないのか。まぁ、別に良いけど。


 さて――ネイルとヨミは?


「にゃっはぁ、ボクも強くなってるにゃん」


「修行も無駄では無かったということです」


 それは何より。


 数匹倒して開いた道を駆け抜けるつもりだったが、残っていた大蜘蛛は逃げ去っていった。モンスターにも死ぬ恐怖があるってわけだな。


「こちらは収納終わりました」


「じゃあ、行くか」


 階段の手前で小休止を挟み、十二階から十三階へ。


「っ――」


 刺すような気配に、息を止めた。


「何か、いますね」


 俺とネイルだけじゃなく、ヨミたちも気が付いたか。つまり、それだけのモンスターがいるということ。


「ですが、階層ボスがいるのは各九階では……?」


「そう思わせるほどに強いモンスターが普通の階層にいるのが無限回廊ってことだな。地図を見ながら慎重に進むとしよう」


 まずは安全で、次に最短で――それが最善なはずなのに、やはりさすがは自然の生物、擬態の名手と言うべきか。すぐ目の前に来るまで察することができなかった。


「これは……引き返したほうが良いのではないか?」


「うんにゃ。襲ってきてにゃいだけで、背中を向けた瞬間に殺られるにゃん。フドー」


「わかってる。グラン。ヨミとステラを頼んだ」


「ああ、任された」


 木を挟んだ向こう側にいるのは、大甲虫と大蟷螂。


 どちらと戦うのかは言葉を交わさずともわかっている。


 ネイルは森の王者、カブトムシと。


 俺は森の狩人、カマキリと。


 異世界に転移してきた最初に大蜘蛛と遭遇した時点で予想はしていたが、やはり無限回廊は規格外だな。


 元の世界のサイズなら虫も苦手では無いんだが、さすがに見上げる大きさともなると背筋が震える。


「さぁ――やろうか」


 圧倒的な捕食者対人間。


 首を狙う鎌の一振りを避けて懐に入り込み、刀を振る――が、硬いな。外皮を撫でただけで傷も付けられず、次いで振り下ろされる二振り目を飛び退いて避けた。


 野性的でシンプルで、故に強い。


 大きさイコール強さの方程式が正しいとは思わないが、現状に置いては目の前の巨大なカマキリが強敵だと言わざるを得ない。


 さて、斬れない敵とどう戦う? 無銘刀は今のところ長さや重さが変わるだけで斬れ味は変わらない。黒刀は頑丈なだけで、鈍刀はそもそも斬ることに向いていない。となれば、俺の手持ちではどうにも――いや、一つだけある。


 虫には虫を――無銘刀を仕舞うのと同時に、蜘蛛の牙を。


 振り下ろされる鎌を弾けば、しっかりとした手応えがある。蜘蛛の牙なら、カマキリに傷を付けられる。はずだ!


「不動流――地の型」


 脇構えから、一振り目の鎌を屈んで避けながら距離を詰め――二振り目の鎌を関節から切り落とし、振り上げた刀で首を刎ねた。


 なるほど。モンスターに合わせて使う刀を変えられるのが、俺の能力の使い方か。だとすれば、まだまだ刀が足りないな。


 ネイルのほうは――カブトムシの角を掴んで持ち上げてひっくり返し、拳を叩き込んでいた。


「危な気なく、だな」


「フドー! 後ろだ!」


 グランの声に、振り向き様に刀を振り抜いた。


「っ――」


 刀を空を斬り、受けた衝撃に視線を下ろせば、斬り落とした大蟷螂の鎌が腹に突き刺さっていた。ああ、そうか。そういえば昆虫は――節足動物は、体が切り離されても動けるんだったな。


「フドーさん!」


 痛みじゃない。熱い。腹部に広がっていく熱が、体の自由を奪っていく。


「フドー! 抜いたらダメにゃ!」


 言われなくても、抜けるだけの力が入らない。


 膝を着き、倒れそうになる体を刀を杖にしてギリギリで支えている。


「悪い。グラン……三人のこと、を――」


 意識を失う直前で感じたのは体を包まれる感覚――それと、熱さの中にある冷たさ。痛みを感じるのは、本当に久し振りだ。

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