第16話 出発

 怒って出て行ったネイルが戻ってきたのは夜のことだった。


「……その手のはなんだ?」


「にゃはっ、ムカつく奴の髪の毛を毟り取ってきたにゃ」


 いや、怖いな。やっぱりネイルのことは怒らせないようにしないと。


「満足しましたか?」


「にゃ~……まぁでも、もう中央へ行くからにゃ~。気にするだけ無駄にゃ」


 その割には髪の毛を毟り取ってきたわけだが、それで気分が落ち着いたってところか。


「まぁ、それはそれとして――いつ中央都市に行くのか決まったのか?」


「本当は明日の朝でも良かったんにゃけど、どうせにゃらこれから出るにゃん?」


「これから? それは……俺というか、二人はどうなんだ?」


「私のほうは問題ありません。いつでも発つ準備は出来ています」


「ボクも行けるにゃん。元々、家族との話は付いてるからにゃ」


 言ってみれば上京するようなものだと思うが、そういうところがドライなのはこの世界特有の感覚なんだろう。


「それなら――じゃあ、行くか」


「では、私は馬車の手配を」


「ボクはお弁当持ってくるにゃん!」


 そして取り残されたわけだが――馬車、か。ここまで突っ込まずに来たが、疑問はこの世界の移動手段についてだ。


 街中に車は走っていなかった。当然だな。とはいえ、馬も荷車的なのも見掛けなかったから、そういうもの自体が無いんだと思っていたが、これまで聞いた話からすると、長距離移動をするのは商人とか一部の冒険者だけのようだし、そもそも需要も少ないか。


「あ、フドーさん。積み込みを手伝っていただけますか?」


 ドアから顔を出したヨミに連れられて外に出れば、そこに馬車が停まっていた。


「……馬? どっちかと言うと牛だな」


 馬よりも大きく、筋肉質で巨大な二本の角が生えていて、たぶん……いや、絶対にモンスターだろう。


「タヴと言うモンスターです。温厚で人間に危害を加えることが無いので、飼われています。ミルクも獲れますがこれはおすなので、主に搬送や運搬に利用されていますね」


「へぇ。御者はいないのか?」


「はい。タヴは頭が良いので、一度訪れた場所を覚えていて二度目は単独で行動できます。もちろん、休んだり食事をしたりも自分の意思で行うのでのんびりな旅路になりますが、そのほうがストレスが無いので。では、ここにあるのを積み込みましょう」


「おう」


 水や食料と、寝袋にいくつかの木箱を荷車に積み込めば、ネイルが戻ってきた。


「お待たせにゃん!」


「揃いましたね。では、乗り込みましょう」


 ネイルがヨミを抱き上げて、最後に俺が乗り込めば――ヨミがタブに繋がる縄を弾いて馬車が動き出した。


 馬車ってのは、あくまでも俺の頭の中で都合よく解釈されているだけっぽいな。読めない文字が理解できるように、言葉すらも理解できるように変換されているのだろう。


 動き出したタヴの動きはのんびりで、まさしく牛歩って感じだが変に酔わなくていい。


「この速度で、どれくらいで中央都市に着くんだ?」


「んにゃ~……二日、は掛からないはずにゃ」


「調子が良ければ明日中には着くと思いますよ」


「結構掛かるな。見張りとかは必要か?」


「いえ、中央都市までの道は確立されているので特に警戒する必要はありません」


「そうか。んじゃあ、一眠りさせてもらおうかな」


「にゃっ!? お弁当は!?」


「起きたら食うよ」


「にゃらいいにゃ。お休み~」


 丸めたままの寝袋を枕に、ゆっくりと体を沈めていく。


 思い返されるのは、ギルドにいた冒険者たちの眼――あれには見覚えがある。俺のことを見る後輩たちの眼だ。弱いお前が何故そこにいるのか、という視線。羨望と嫉妬と、そして怒り。


 そういう視線に慣れてはいるが、あまり気分の良いものでは無い。


 ドリフター――放浪者か。侮蔑的な視線を向けれらるには、あまりにも適した呼び名だと改めて確信したよ。



 中央都市へ向かう歩みはのんびりで、むしろ自分たちの足で歩いたほうが早いんじゃないかと思うほどだが、この世界の習わしには従っておくべきだ。


「……そういえば、この寝袋とか食料はわかるんだが、そっちに置いた木箱はなんだ?」


「これはお兄の商品にゃ。中央へ送るのに丁度いいからって相乗りさせられたにゃん」


「へぇ。ちなみに中身は?」


「ボクらが回廊の頂上で見つけた鉱石や宝石って言ってたかにゃ?」


「加工するためですね。地方にある街よりも中央のほうが腕の良い職人がいるので」


 都市のほうが発展していくのは当然として……ん?


「おかしくないか? 無限回廊に挑戦できる冒険者は各地の有限回廊を踏破した者だけなんだろ? 無限回廊の中ではお宝や高値で売れる鉱石やらモンスターの素材が手に入るとして、難易度が高いってことはそれだけの冒険者も死んでいるはずだ」


「……何かおかしいですか?」


「有限回廊を踏破して中央都市に行く人数と、無限回廊に挑戦して帰ってくる数。これは多分釣り合ってないだろ?」


「それって確かクランの話にゃん?」


「クラン?」


 新しい設定か?


「それについての説明は中央都市に着いてから話そうと思っていましたが、丁度いいのでクランについて話しましょうか」


「クラン――パーティーとかチームって意味だよな?」


「はい。ですが、クランと呼ぶときは規模が大きくなります。クランの中にチームが複数存在している、という感じです。そして現在、中央都市には十二のクランがあり、冒険者のほとんどはそのいずれかに所属している状態です」


「それは、ギルドとは別に?」


「別、と言うと少し違うかもしれませんが――簡単に言えば、溢れ返る冒険者をひとまとめに管理するのがクランです。十二あるクランにはそれぞれ贈与者ギフターズと呼ばれる管理者がおり、その管理者によってクランの目的が変わります」


 情報増し増しだが、まぁ理解できる範疇だな。


「つまり、俺たちもそのクランのどれかに所属するってことか?」


「はい。無限回廊の踏破を目指しているクランは三つありますが――」


「ああ、いや。その説明はあとでいいとして、今は数の話だ」


「あ、はい。わかりました。冒険者の数――確かに無限回廊に挑戦して命を落とす者は後を絶ちません。なのに何故人が集まり、発展するのか――発展したのか。無限回廊に挑戦するには有限回廊を踏破して踏破者の称号が必要だという話は何度もしましたが、もう一つだけ方法があります。それが――」


「クランに所属する、ってことか」


「そうです。踏破者であれば大抵は無条件ですが、それ以外の冒険者は厳しい試験を経てクランに所属できると聞きます。踏破者三人に付き冒険者一人を連れて行けるようですが、それでもダンジョン内で出来るのは後方支援のみ。私の目的は、後方支援では果たせません。ですが――」


「それでも、無限回廊に挑戦することには意味がある、か。たとえ後方で、命懸けだとしても」


「ハイリスクハイリターンで、何よりも恩恵は冒険者以外にも齎されます。故に、人が集まり続ける、ということですね」


「……なるほど。理解した」


 レベルアップなどの概念が無いってことは、体と能力を鍛える他に、装備を整える必要がある。そして、そのためには金が要る。無限回廊踏破を目指しているクランが三つだけだとすると、むしろ商店や鍛冶屋からの依頼で素材を持ち帰って、その報酬でより強い武器を、より強い防具を、ってところか。


 実力さえあれば適度なスリルを楽しみ、金を手にして遊んで暮らせる。いや、実力が無くとも数で囲んで戦えば、強いモンスターも倒すことは出来る。そうなると、クランで冒険者を管理するってのも理に適っているんだろう。


「ボクは自由に楽しみたいにゃ~」


 ネイルの呟きに激しく同意だ。面倒なしがらみやら仕来しきたりやらとは離れて冒険者としてのんびり――いや、語弊がある――ヨミの父親を探しながら、目立つことなく静かに無限回廊に挑みたい限りだ。


 まぁ、それが無理なことくらい、なんとなく気が付いているのだけれど。

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