第15話 愚者の思考

「ギルドに行く前に昼食がてらお茶にしましょうか」


 ヨミのその一言で、ネイルのお姉さんがやっているお店にやってきていた。


 メニューにはすでにパンケーキの文字があった。仕事が早いな。まだ売れてはいなさそうだが。


 昼食がてらと言う割に、お互いに頼んだのは飲み物だけで――コーヒーがあったのには驚いたが、飲み慣れたものがあるのは有り難い。


「思ったんだが、今の俺たち――というか、ヨミとネイルはどれくらいの強さなんだ?」


「強さ、ですか? それは無限回廊でもやっていけるのかどうか、という意味の?」


「そんなところだ」


「難しいですね……有限回廊を踏破した時の権利で無限回廊に挑戦できると話しましたが、どの有限回廊でもその権利を得ることができます」


「どの、ってことはダンジョンによって難易度も変わるってことか」


「はい。有名なのは四方に位置する東西南北の回廊です。私たちはその中で最も難易度が高いと言われていた西の回廊を踏破しました」


「……あれで?」


「まぁ、言いたいことはわかります。以前の踏破から――そうですね。約三十年でしょうか。それだけの期間、踏破されなかったことには理由があります」


「大蜘蛛だろ?」


「そうです。あの狭さにあの大きさで陣取られれば数で攻めても勝てない可能性が高い。そして、その生き残りが回廊を下りて風潮する――『ここの回廊はマズい。大蜘蛛には勝てない』と。それでも挑戦する冒険者は居たでしょう。しかし、踏破されず、冒険者も帰ってこない。次第に挑戦する者も減っていき――そして、今の――いえ、昨日までは踏破されることもなく、素材や鉱石集めにだけ使われてきたわけです」


「まぁ、その経緯はさて置き。つまり、生まれたての簡単な有限回廊を攻略しても、同じように権利を与えられるってことか」


「というか、そちらが本流です。無限回廊に挑戦したい冒険者は簡単な回廊を探して踏破者の称号を得て中央へ赴きます。なので、称号を持っている冒険者が必ずしも強いというわけでもありません」


「つまり、行ってみなけりゃ何もわからないってことか」


「はい。残念ながら」


 冒険者にランクが無いってことは、互いの強さを測る指標が無いってことだ。まぁ、ネイルのようにレベルが見えていればわかるのだろうが……そもそも人間同士で戦うってことを前提としていなけば、わざわざランク分けする必要も無い、か。


「こちらサービスで~す」


「ん、サービス?」


 店員さんはこちらの言葉も聞かずに去っていった。


「たぶんお店側からですね。昨夜もお話ししたように有限回廊を踏破したことによってもたらされる恩恵が大きいので、自然とこういうことも起こります」


「へぇ。そういうもんか」


 サービス――っていうか、これ多分パンケーキの試作品だな。


「それを食べ終えたらギルドに向かいましょうか。フドーさん」


「だな。……そういや、この世界の金ってどうなってんだ?」


「基本的には――これです」


 転がされた二種類の硬貨。


「銅貨と銀貨か。価値は?」


「銀貨一枚で銅貨百枚分です。それ以上の額になると、冒険者の場合はギルドのほうにお金を預けているのでそちらから引き落とされます」


「なるほど。さっきの装具屋でのやり取りはそういうことか」


「はい。一応、私とネイル、フドーさん共有のお金があるので」


 そして、軽い昼食を終えてギルドへ。


「ギルドで何をするんだ? 諸々の手続きはネイルのほうで済ませるんだよな?」


「今日はダンジョン踏破までの詳細な報告をしに」


「そういうのも必要なのか。案外面倒なんだな」


 などと思うのは俺だけのようで、ヨミからすればいつも通りの手順なのだろう。理由はわかる。この後に続く冒険者のためだ。少なくとも俺たちは三十階までの有限回廊を踏破したわけで、これまで誰も戦ったことが無かったであろうモンスターとも遭遇した。その情報を共有するわけだ。


 ギルドの中に入れば、何やら噂するような声が聞こえてくるが……無視でいいか。


「では、フドーさん。私は報告をしてきますが、一緒に来ますか?」


「あ~……いや、適当にそこら辺で時間を潰してるよ」


「わかりました。……気を付けてくださいね」


「お、おお」


 不安になるようなトーンで言って受付の奥へと入っていった。


 さて――ギルド内を見回せば何人もの冒険者と目が合うが、近寄ろうともしないのなら気にする必要も無い。


「……依頼書はあるのか」


 壁一面に貼られた紙。相も変わらず文字は読めないが、何が書かれているのかはわかる。


 基本的にはダンジョン内で手に入る素材などが多いようだが――こっちは討伐だな。それも、ダンジョンでの。まぁ、普通に考えればモンスターのいる世界で、そのモンスターが一所に収まっていると考えることが不自然か。


「よう、あんた。ドリフターのフドーだろ?」


 振り返れば狼っぽい獣人の男が二人。


「なんだ? 喧嘩なら買うぞ?」


「おいおい、ただ話したいだけなんだ。喧嘩腰になるなよ」


「だったら敵意剥き出しで近付いてくるんじゃねぇよ。条件反射で殺されても文句は言えねぇぞ?」


「へぇ、ドリフターってのはそういうのもわかんのか」


「ドリフターだからかどうかは知らねぇが、少なくとも俺はな。で、なんの用だ?」


 居直って問い掛ければ、二人はニヤケ面のままこちらを見下ろしている。


「いやなに、ご教授願いたいと思ってね。どうやってネイルとヨミに取り入ったんだ? やっぱそういうことをしたわけか?」


 意味はよくわからないが、下品な笑い方をしているってことは、そういうことを言いたいんだろう。というか、俺がドリフターってことは知っているくせに、転移してきたのがダンジョン内ってことは共有されていないんだな。


「ん? ネイルとヨミってそんなに有名なのか?」


「そりゃあそうだ。何十年も踏破されていなかったダンジョンを本気で登り切ろうとしていたバカはあいつらくらいだからな」


「なるほど。真面目にこの世界で生きている奴はバカ、か」


「ああ、その通りだ! ここにいる奴らの大半が思ってるぜ! どうせ中央に行ってもすぐに死ぬってなぁ!」


「へぇ……そうか」


 バカ笑いをする二匹の獣人。未だに敵意は向けられたまま。


 ……二人には恩義がある。今ここで二匹をすのは有りか? 有りだよな? 不意討ちなんかしない。目の前で、一瞬で片を付けてやる。


「あ、フドーさん」


 その声に、カタログを開き掛けていた頭が引き戻された。


「……ヨミ。どうした?」


「いえ、大蜘蛛を倒したのはフドーさんなので、その時の報告はフドーさんから聞かないといかず――」


「なにっ? お前が大蜘蛛を……?」


「何か問題か?」


「いや……気にするな」


 それだけ言って獣人二匹は去っていった。無駄絡みだったな。


「いいですか? フドーさん」


「ああ、行こう」


 受付の奥に入り、大蜘蛛を倒した経緯――ほぼ運が良かっただけだが――の説明をして、その後も二十九階の鎧のモンスターまでの話に付き合って、報告を終えた。


「すみません、フドーさん。結局最後まで付き合って頂いてしまって」


「いや、別にいいよ。外に居ても変に絡まれるだけだったし」


「その点については私の認識が甘かったです。嫌な思いさせてしまってすみません」


「そこまででも無いな。五秒もあれば殺せる奴らを相手に、本気でどうこう思うことはねぇよ」


「ギルド内であまり物騒なことを言わないでください、フドーさん。受付をしている私としては注意せざるを得ないんですから」


 報告書を書いている受付嬢さんがいることを忘れていた。


「まぁ、実際その気は無いので」


「当たり前です。まったく本当に……どうしてドリフターの方はこうも血の気が多いのか……」


 理由は簡単。この世界が他人事だからだ。存在を許されたとしても、よそ者には変わりが無い。だからこそ――俺が、俺なのに、殺すという言葉が簡単に口走れてしまう。


「では用事も済んだのでネイルの家に戻りましょうか」


「もういいのか?」


「はい。本当はこの後、酒場に行って冒険者にお酒の一杯でも奢るつもりでしたが、先程のフドーさんに対する態度を知れば私よりもネイルのほうが怒ると思うのでやめておきましょう」


「俺は気にしないけど……確かにネイルは怒りそうだな。なんとなくだけど」


 冒険者がどれだけ周りから感謝され尊敬されている職業だとしても、全員が全員良い人とは限らない。そういうのはどの世界も同じだな。悪徳警官やら悪徳政治家やら……まぁ、そんなもんだ。善人だけの世界など、存在するはずもない。


「とりあえず……帰りましょうか」


 ヨミと一緒に行動すれば、さっきのような獣人とは違い友好的に近付いてきて一言交わして去っていく冒険者が多い。つまり、問題は俺か。存在感なのか覇気が無いのか……強い奴は自然と纏う雰囲気が違うというが、そういう点で弱い俺はどうしようもない。


 どうやら異世界に転移して、何故だか俺の性格が変わりつつあるようだが、おそらくはそれこそが本当の部分なのだろう。別の世界があることすら受け入れられたんだ。自分の中の変化くらい、簡単に受け入れてみるとしよう。

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