第14話 旅支度
目が覚めた時、テーブルに置いていた腕時計を確認すれば朝の五時半だった。どれだけ疲れていたとしても部活をしていた時の癖は抜けないな。
部屋を出て、風呂場にあった洗面所で顔を洗った後――ネイルと出くわした。
「んにゃっ……早いにゃ~、フドー」
「おはよう。早起きは癖でね。ネイルこそ早いな」
「色々とやることがあるからにゃ~。これから朝ご飯も作るにゃ」
「朝飯か……なら、俺が作ろう。材料さえあれば、前にいた世界の料理を振る舞わせてもらう」
「異世界の料理! それは楽しみにゃ!」
キッチンへと案内されて、食材を並べて置かれた。肉、魚、野菜、果物――色々とあるが米は無い。粉の入った袋……文字は読めないが意味はわかる。小麦粉か。パンがあるのだから小麦粉はある。そしてベーキングパウダーも。
「それじゃあ……パンケーキでも作るか」
「ケーキにゃん?」
「ああ。ものは試しだ」
小麦粉とベーキングパウダーに水と、何が産んだのかわからない卵を合わせてさっくりと掻き混ぜ、熱したフライパンに垂らす。
料理自体は子供の頃からずっとやってたし、器具や食材さえあれば作れる。
「何人前いる?」
「んにゃ~……全員だから、フドーのも合わせて七人分にゃ」
家族分もか。
「口に合うかどうかの保証も無いが、七人分だな」
一人二枚として十四枚。生地を焼きつつ、付け合わせの果物を切って飾り付けていく。
「よしっ。まぁ、こんなもんだろう。あとはここに……この瓶に入っているのは蜂蜜か?」
「にゃん」
「この蜂蜜をお好みで掛けて、完成だ」
「じゃあ皆を起こして来るにゃ~!」
そんなに期待値高めに設定されても困るんだが、ネイルが家族とヨミを起こしている間に、パンケーキをテーブルに運ぶとしよう。
最初にテーブルに着いたのはヨミだった。そこから続々と家族が集合し――未だ微妙に寝惚けたままでも、俺が緊張しているのは仕方が無い。本当に獣人はネイルだけで、他は人間なんだな。
「ほら皆起きるにゃ! フドーが作ってくれた異世界の料理をいただくにゃ! はいっ、いっただっきま~す!」
「〝いただきます〟」
各々で声を出し、ナイフとフォークを手に取った。
「フドーさん。これはどうやって?」
「好きなようにって感じだが、蜂蜜を掛けたほうが美味い。圧倒的に美味い」
そう言うと、瓶を回しながらそれぞれがパンケーキに蜂蜜を掛け――実食。
……うん。想像通りの味だ。普通に美味い。
「んにゃっ!? パンみたいにゃ見た目にゃのに、全然違うにゃ! 柔らかく甘くて美味しいにゃ!」
それは何より。ヨミもネイルの家族も顔が綻んでいるが……唯一、眉を寄せているのが一人。
「……ちょっとこれ……フドーくん? これは、小麦粉で作ったのよね?」
ネイルのお姉さんの眼光が鋭くなる。
「そうですね。主に使っているのは小麦粉です」
「小麦粉……この料理、うちの店で出してもいいかしら?」
「え、ああ、はい。それは別に構いません。では、あとで作り方を教えましょうか?」
「ええ、よろしくお願いするわ!」
おお、ぐいぐい来る感じはネイルとの血の繋がりを感じる。
食事を終えて一息吐いたところで――不意にネイルの父親が口を開いた。
「ネイル。今更だがダンジョン踏破おめでとう。ヨミくんも、フドーくんにも感謝する。それで、いつ発つかは決めたのか?」
「出来るだけ早くがいいからにゃ~、可能にゃら明日かにゃ?」
「では、こちらも準備を進めよう」
「んにゃん。にゃら今日一日、ヨミはフドーにこの街を案内しにゃがら必要にゃ物を買い揃えてもらえるかにゃ?」
「フドーさんがそれで良ければ、ですが」
「構わねぇよ。俺も街を見て回りたいと思っていたし」
「じゃあ、決まりにゃ!」
とはいえ、まずはお姉さんにパンケーキのレシピと作り方を教えてから。
「行く前に、フドーさん。これを」
「これ、服か?」
「はい。報酬の中にあった反物でネイルが作りました。フドーさんの服装は目立つので」
「……ワイシャツとスラックスは目立つか」
「はい。あとそのバッグも。細かい装備はお店で見るとして、今は着替えてください」
「了解」
頑丈そうな二重構造のズボンに、前の世界で言うところのコンバットシャツのような――友達にサバゲ―好きが居たからな。
採寸もしていないのにサイズはピッタリだ。
部屋を出てヨミと顔を合わせたわけだが……今更ながら。
「そういえば顔出してるな。ヨミ」
「え、ああ、はい。今朝からですけどね」
「あまりにも普通で気付かなかった。美人顔だな」
「……慣れないことを言われると反応に困ります」
恥じらい、ではなく困惑か。まぁ、口を突いて出ただけで反応が欲しかったわけでは無いが。
「じゃあ……行くか」
「はい」
屋敷を出て街の中へ。
「……ネイルの屋敷もだが、レンガ造りがほとんどなんだな」
「珍しいですか?」
「いや、そうでもねぇな。数は少なかったけど俺の居た世界でもあったし……今更だが、なんか諸々のこと、ネイルだけに任せて大丈夫なのか?」
「問題無いと思います。ネイル、というかご家族を含めて色々と手続きを済ませてくださるのだと」
「手続き?」
「はい。ダンジョン踏破の権利の行使や、中央へ向かう馬車の手配。登録ギルドの変更など、ですね。他にも細々としたことがありますが、ああ見えても影響力のある方々なので」
「へぇ、そういうもんか」
話もそこそこに、人通りの多い道へと入ってきた。
「一度ギルドのほうに顔を出したいのですが、この時間は人も多いので先にお店に行きましょう」
今のところ、昨日言われたように誰もが俺を知っている状況では無いようだが、そのほうがいい。
ヨミに連れられ辿り着いたのはレンガ造りの中で目立つ木造の建物。
「デカいな。何屋だ?」
「武器や防具、装備品なら一通り揃います。専用の装備が欲しいのなら鍛冶屋に行く必要がありますが、一先ずはこの装具屋で」
「んで、何を見ればいいんだ? あと、一文無しなんだが」
「お金の心配は大丈夫です。フドーさんは腰嚢と防具を。私は他に必要なものを見繕ってきます」
「別行動ってわけだな」
「はい。では、またあとで」
店の中に入れば、ヨミは一人でどこかへ行ってしまった。まぁ、適当に見て回るとしよう。
武器は槍や両刃の剣、弓が多くて刀は少ない。戦闘に関しては剣のほうが有利なのは間違いない。頑丈だし、何より振って当たればそれなりにダメージが通る。……おそらくだが。
次は防具。胴当てに、脛当てに、籠手に盾。あまり動きが制限されるのは困るんだが、これから向かう無限回廊が有限回廊より難易度が高いのなら有ったほうがいい。
「あ、すみません。ここにある防具って試着できますか?」
通り掛かった中年の店員に問い掛ければ、こちらの顔を見て片眉を吊り上げた。
「ああ、もちろん出来るが――あんた昨日ダンジョンを踏破したドリフターのフドーだな?」
「そうですが……どうして俺だとわかったんですか?」
「そりゃあ簡単だ。ドリフターの奴らは纏う雰囲気が違う。んで、この街で見覚えの無いドリフターと言やぁ、いま絶賛話題になってるフドーだってのはすぐにわかる」
「話題になってるのもどうかと思いますが……それはそれとして。おすすめの防具とかありますか?」
「そうだなぁ、お前さん案外細身だし――これなんかどうだ?」
差し出された胴当てを着けて、脛当て、籠手を着けるが……しっくりこない。
「イマイチですね」
「誰にでも合う万能タイプではあるんだがな。どういう戦いをするんだ?」
「接近で、刀です」
「ってことは動きを制限されるのを嫌うタイプだな。だとすれば、どんな鎧も防具も合わねぇだろ。そういう冒険者にはこっちを勧めてる」
次に差し出されたのはぺらっぺらの服だった。
「これはインナー、ですよね?」
「ああ。耐久力は若干落ちるが、耐熱防寒に加えて何より動き易い。中央に行けばもっといいものがあるだろうが、一時凌ぎとして買っておくのも有りだ」
「……じゃあ、着てみます」
カーテンで仕切られている中に入り、上下ともにインナーを着込んでみた。
剣道部だったせいかこういうものを着るのは初めてだが、これは良いな。体に張り付くから違和感は無いし、何より筋肉の収縮がわかる。俺にとってはプラスに働く。
「おう、どうだ?」
その声にカーテンを開けた。
「これ、いいですね」
「それにするか?」
「はい。お代は、あとでヨミと合流するのでその時でいいですか?」
「おお、なんだ、嬢ちゃんも来てんのか。つーことは、こりゃあ旅支度だな。他に何が必要だ?」
「あとは腰嚢を買うように、と」
「バッグか。なら、そっちも俺が付き合おう」
「それは助かります」
そして、バッグ売り場に移動して。
「お前さん、武器は刀って言っていたな? どこで持ち歩く? 腰か? 背中か?」
ああ、そうか。俺は能力で刀を出し入れできるけど、ネイルやヨミ曰く他人には能力を教えるものじゃないらしいから、常に持っていたほうが能力の示唆にはならないか。……だとすれば。
「手です」
「手?」
「はい。常に、手に持っています」
「……なるほど。とはいえ、動きが制限されたくねぇってんなら、選択肢は少ねぇな。背負うタイプや、肩掛けは無しだろ?」
「そうですね。できる限りバランスを崩さない感じが良いですね」
「なら、これだな。ベルトに付けるタイプの腰嚢だ。体に密着するし、多少の重さなら感じないだろう」
渡されたポーチをベルトの腰側に付ければ、邪魔にもならないし悪くない。ダンジョン内で持ち歩くのが携帯食の大豆や小瓶の薬程度なら、この大きさも問題ないのだろう。
「じゃあ、これにします」
「ん、おお、良いのか? そんなに即決で」
「こういうのは感覚で選ぶものですから」
「そうか。まぁ、当人がそれでいいなら何も言わねぇよ。他には? 何か欲しいもんねぇのか?」
「他にですか……あ~、一つだけあります。帽子、というか、バンダナ、というか――こう、髪が邪魔にならないように固定するようなものありますか?」
「髪か……ヘアバンドならあったかもな」
呟きながら店の中を進む店員の後を追っていけば、墨色っぽいヘアバンドを差し出してきた。受け取り、髪を上げて頭を振れば――うん。いいね。
「じゃあ、これも買います」
「いや、それはオマケだ。元々買い手も付かなくて置いてあっただけだからな」
「売れ残りですか。まぁ、俺にとっては有り難いです」
服と腰嚢、そしてヘアバンド。個人的には満足だ。
「あ、フドーさん。ここに居ましたか」
「ヨミ。買い物は終わったのか?」
「はい。買った物はネイルの家に運んでもらうことにしました。フドーさんも必要な物は選びましたか?」
「ああ。インナーと腰嚢を」
「では、あとでギルドほうへ請求してください」
「おう、ネイルんとこだよな? 少し早いだろうが、中央に行っても元気でやれよ」
「はい。ありがとうございます。では行きましょう、フドーさん」
「ん、おお。じゃあ、色々とありがとうございました」
店員に頭を下げて、ヨミの後を追って店を出た。
生まれ育った街を離れるってのに随分とさっぱりしているものだが、元の世界に帰れないことを憂えない俺に人のことをどうこう言う資格は無いな。
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