第13話 異世界生活

 ネイルの家を形容するなら――お屋敷だな。


 使用人こそいないものの、居てもおかしくないほどの広さで、今は応接室みたいな部屋でヨミと共に一つのソファーに横並びで座っている。


「思っていた以上に豪邸だが、これは親が金持ちってことなのか?」


「そうですね。ネイルの両親は元々この土地に住んでいた地主で、兄は商人で姉は食事処を営んでいます。婚約をするまでは家にお金を入れるのが基本なので、お金があるのは間違いないですね」


 この世界の普通か。前の世界と然程違うような気もしないが。


「獣人だとか人間だとかは関係ないんだな。差別とかさ」


「……? 種族による差別はありませんが、ネイルの家族はネイル以外人間ですよ?」


「ん? じゃあ、ネイルは養子とかか?」


「いえ、普通に血の繋がった家族です。ああ、そうですよね。では、説明します。この世界で種族は大きく分けて六つ。人間、獣人、シルキー、エルフ、ドワーフ、鬼族です。別々の種族で結婚して子供を儲けた場合、どちらの種族が生まれるかは半々です。私の場合は父が人間で母がシルキー。ネイルの場合は父の祖父の、そのまた祖父の相手が獣人だったようなので、その血を引いたことになりますね」


「隔世遺伝ってわけか。珍しいのか?」


「そうですね、ですが、特に問題があるという話は聞いたことがありません。家系図の無い家ならいざこざもあったかもしれませんが、さすがにここの名家ではそれも無いでしょう」


 名家で、どれだけ金があっても冒険者になるのは名誉ってことだな。前に聞いた、冒険者になれなかった者が他の職業に就く、というのが真実なのだと思い知らされる。やりたい仕事を出来るか否かとか、そういうこと以前の価値観の違いだな。


「異世界って感じだな」


「お互い様のような気もしますが……そういえば、フドーさんの能力はどうでした?」


「倉庫系ってものらしい。限定的で、刀だけだが」


「倉庫系ですか。ダンジョンを踏破するには重要な能力ですが、限定的なのは珍しいですね」


「らしいな。あまり有用的とは言えないが、俺にとっては有り難い能力なんだろう」


「深層心理で欲している能力なので、徐々に馴染んでくると思いますよ」


「だと良いけどな」


 会話の途切れ目で、不意に部屋のドアが勢いよく開かれた。


「お待たせにゃ! ご飯にするにゃん!」


 装備を外してラフな服装でやってきたネイルは意気揚々と俺たちを連れて、食堂へとやってきた。置かれているのは三人分。


「家族はいないのか?」


「皆忙しいにゃ~。両親はこれから増えるであろう住人や冒険者の受け入れ準備に、お兄はボクらが持ち帰ってきたものの買い取りに、お姉もこれから増える冒険者のために食材調達やお店の管理にてんてこまいにゃん」


 二人が先に席に付き、余った場所に腰を下ろした。


「ああ、そうそう。ダンジョンを踏破しちゃったわけだが、大丈夫なのか? 冒険者が増える?」


「んにゃ~……どこから説明すればいいにゃん?」


「初めからでしょう。では、食事をしながら話しましょうか。いただきます」


「いっただっきまーす!」


「……いただきます」


 話は措いといて――まずは食事か。サラダと、何かわからない肉のステーキ。あとはパン。器は陶器で、ガラスのコップに入っているのは水か。そして、銀のナイフと銀のフォーク。文明レベルは変わらない気もするが、単純にネイルの家が金持ちだからかもしれないな。


 味は……うん。サラダも肉も、まぁ食える。パンも硬めだが食えないことも無い。水は美味い。携帯食の大豆から考えればこんなものだろう。


「では、フドーさん。この世界についてお話します」


「ん、おお。よろしく頼む」


 唐突に始まるな。


「この世界にある中央都市――そこには無限回廊と呼ばれるダンジョンが存在しています。私達が踏破した有限回廊と違い地下へと伸びている回廊で、各地の有限回廊は地中を通り地上へ飛び出しているのでは、と言われています」


「それこそ魔法的な力によって、か。無限と有限の違いは地下か地上かってだけか?」


「そうですね。極端に言えば、ですが」


「もう一つの違いがあるとすれば有限回廊は踏破する度に階数が増えるにゃ! 無限は無限にゃ!」


「……ああ、なるほど。だから冒険者が集まるのか」


 既存のダンジョンが踏破されれば、また中身が変わる。それを求めて新たな冒険者が増え、素材などで商売する者が増える、と。


「そして、ここからがこの先についての話です。今回のダンジョンの踏破で私とネイルは踏破者マスターの称号を得ましたが、フドーさんはどうでしたか?」


「俺も書かれていたな。で、その称号を得た後のことはネイルとヨミに訊け、と」


「その称号と共に得られる権利が二つあります。一つはこの先に新たに出現した有限回廊の管理者になる権利です。簡単に言えば有限回廊の下に作られるギルドの統括、そして回廊から回収された素材、武具や宝石などに置ける取引の一割が手元に入ります」


「要は残りの人生遊んで暮らせるにゃ!」


「そりゃあ良い権利だが、釣り合わないんじゃないか? そんなにぽんぽんと新しい有限回廊が出てくるわけじゃないだろ?」


「確かにそうですね。ですが、管理者を望む者と有限回廊の出現頻度を考えるとむしろ有限回廊の出現のほうが多いくらいです」


「ってことは、もう一つの権利のほうがより魅力的ってことだな?」


「はい。もう一つの権利とは――何度も話に出ている無限回廊に挑戦する権利、です」


「中央に行く、ってのはそういう意味か。じゃあ、二人は――……あれか。ヨミの父親を探しているってやつ。中央都市の無限回廊の中で行方不明にでもなったから、そのために有限回廊を踏破したってことだな。なるほど。理解した」


「理解の早さは有り難いのですが、問題の話はその先にあります。私達は無限回廊に挑戦する権利を選びます。ですが、フドーさんはどちらを選ぼうとも――」


「いや、俺は普通にお前らに付いていくぞ? 俺がダンジョンを出られたのはネイルとヨミのおかげだし、二人がいなければ死んでいた。つまり、俺の命は二人に費やすものとなった。安い命だが――ヨミの父親を探すのに役立ててくれ」


「それは――」


「それはダメにゃ! ボクらにとってフドーはもう仲間にゃ! だから、ヨミの父親を見付けた後も、ずっとずっと一緒に戦ってほしいにゃ!」


 ヨミの言葉を遮って立ち上がったネイルは鼻息も荒く、真っ直ぐにこちらを見据えてくる。


「……まぁ、戦いに関して役に立てるかはわからないが……最善を尽くそう。それが武士道だ」


「にゃはっ! これでボクらは本当の仲間にゃ!」


「これからもよろしくお願いします。フドーさん」


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 改めて挨拶を交わしたところで、俺の決意も固まった。


「それじゃあご飯はお仕舞いにゃ! 使ってにゃい部屋はいっぱいあるから案内するにゃ。あとは~……お風呂だにゃん」


 水道があって、ガスがある。ならば必然、風呂もあるか。有り難い。


「じゃあ、俺はあとでいいから先に二人が――」


「ダメにゃん! お客が一番、馴染みが二番、家主が三番にゃ!」


「まぁ、そういうことなら入らせてもらうけど」


 そして案内された風呂場。屋敷の大きさとはそぐわない……というか、脱衣所の広さは普通の大きさだ。


「お風呂の説明要るかにゃ?」


「いや、大丈夫だ。俺の世界にもあったから」


「じゃあ、ボクは出てくにゃ~」


 出て行くネイルを見送って――久し振りに風呂に入れる。


 バッグを置いて服を脱ぎ、黒刀はカタログに仕舞う。


「……風呂って言っても、湯船があるとは限らねぇか」


 風呂場に入って、置かれているのがシャワーだけだった。つまみが二つあるってことは昔ながらの旅館みたいな水とお湯を混ぜて温度を調整するやつか。


 なんにしても、汗を流せるのは有り難い。固形石鹸もあるし、至れり尽くせりだな。


 シャワーだけでも十分に体が温まって風呂を出た。タオルまで用意してあって、異世界とはいえ特に困ることも無さそうだ。


 食堂へと戻れば、テーブルに布袋を置いて話し合っていた二人がこちらに気が付いた。


「お帰りなさい。フドーさん」


「ただいま。何を話していたんだ?」


「にゃっ、にゃんでもにゃいにゃ! ほら、フドーの部屋に案内するにゃ!」


「では、私はお風呂に入ってきます」


 わかりやすい動揺だが、あまり突っ込んでも仕方が無い。見て見ぬ振りをしよう。


 案内されたのは多少の埃っぽさは残るもののベッドの置かれている六畳くらいの部屋だった。まぁ、一夜を明かすには十分過ぎるほどだ。


「ここを使っていいのか」


「んにゃん。何も無い部屋で申し訳にゃいけど……明日また起こしに来るにゃん」


「ベッドがあれば十分だよ。じゃあ、また明日」


 去ってくネイルを見送って、床にバッグを置いてベッドに寝転がった。


 ……唯一の違いは室内でも靴を脱がないことくらいか。


 それくらいの差異ならば――眠って起きれば、慣れるものだ。

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