第12話 冒険者登録と生きる資格。

 おそらくは街の中央に位置していて、もっとも大きな建物の中に入ればそこでも拍手喝采で迎えられた。まぁなんとなく、ダンジョン攻略が凄いことってのはわかった。


「……ここがギルドか」


 とりあえずの吉報は人間が居たこと。何を言っているのかはわからないし、ほとんどが武器や装備で身を包む戦士っぽいしで肩身が狭い。他にはネイルのような猫以外の獣人の姿も見える。ヨミのようなシルキーは見当たらないが、耳の長いエルフや、角のが生えた鬼のような種族も居る。まぁ、名称がそのままかはわからないけど。


 連れられてきたカウンターで受付嬢っぽいお姉さんと二人が話しているが、案の定どんなやり取りをしているのかがわからない。


「リリッ!」


 掌を向けてくるネイルに反物の包みと刀を渡せば、笑顔で受け取ってカウンターに乗せた。言葉が通じずとも思うことは伝わるな。


 そして、受付嬢さんが手招きをしている。


「俺、か?」


 指差せば頷かれ、付いてくるように促された。


 カウンターの向こうに入り、奥へと続く部屋の中へ。


 何も無い部屋だが――背中? 服を脱いで背中を向けろってことか。一度、ネイルで同じやり取りをしているからスムーズだな。


 エナメルバッグを置いて、頭に巻いていた手拭いとワイシャツを脱ぎ、差し出された椅子に座って背中を向けた。


 掌では無く紙を当てられたのがわかる。それが徐々に温かく――ん? ちょっと待て。たしかあの時も――


「熱っ!」


 燃えるような熱さに前のめって椅子から立ち上がった。


「え、え? 熱かった、ですか?」


 困惑する受付嬢さんを余所に、ドタドタと足音が聞こえてきた。


「ほら、ヨミ! ボクの言った通りにゃ!」


「そのようですね。受付さん、何があったんですか?」


「え、いえ、私は普通にドリフターさんに行う開門穿孔と冒険者登録を行ったのですが……」


 おそらくはその開門穿孔とやらがネイルのやった穴を開ける、という行為なんだろうが……ああ、言葉が通じているな。


「じゃあ、これ。他のドリフターは熱く感じないのか?」


「そう、ですね。そのような話は聞いたことがありません」


 尚のこと意味が分からない。拒絶反応みたいなものか? だが、こうやって普通に会話が出来ているってことは冒険者登録は済んだのだろう。ワイシャツを着直して、椅子に座ってもまだ背中が熱い気がする。


「まぁ、理由はさて置き――これで、俺はこの世界で生きる資格を得たってことか?」


「にゃっは~」


「冒険者登録が済めば、あとは受付さんからの説明を聞いてお仕舞いです」


「説明ね。あ、そういえば冒険者登録すれば俺が使える能力とかも教えてもらえるんだったよな?」


「それはこちらに」


 そう言って受付嬢さんが差し出してきたのはおそらくさっきまで俺の背中に当てられていた紙だった。


「それじゃあボクらは報酬の分配してくるにゃ!」


「フドーさんの刀も鑑定しておくので、あとで合流しましょう」


「ああ、じゃあまたあとで」


 部屋から出て行く二人を見送って、受付嬢から紙を差し出された。


「能力に加え、冒険者である上で知っておくべき情報が載っていますので」


 要はステータスのようなもの、か。


 受け取った紙に視線を落とすが――そもそも見知らぬ文字だ。にも拘わらず、頭の中では何が書かれているのかわかるという気持ち悪さがある。


 名前と年齢。そして能力……《刀収集家コレクター》? 下に書いてあるのが説明か。


《刀収集家》――入手した刀を管理し、複製できる能力。


「……それだけ? あの、この能力ってここに書いてあるので全部ですか?」


「書いてあるのは一つだけですか?」


「そう、ですね」


「では、それで全部です。ドリフターの皆様に説明するのと同じ説明をしますが、能力には大きく分けて四種類ございます。身体能力を向上するパワー系、空想のものを具現化させるインビジブル系、外側に放出するリリース系、そして、物体を操作するオペレーション系。能力とはその中のいずれかではなく、あくまでも複合として現れます。故に選択できることも多いのですが……」


「なるほど。ってことはネイルの《大物喰らい》はパワー系とインビジブル系の組み合わせで、ヨミはインビジブル系とリリース系の組み合わせ、ってところか。じゃあ、俺のこれはなんだ?」


「どういった能力ですか?」


「《刀収集家》で、入手した刀を管理し複製できる、と」


「倉庫系能力、ですね。それも極めて限定的な……稀ではありますが、ドリフターの方なのにそんな能力が……」


 受付嬢さんは考えるように視線を下げた。


「まぁ、なんとなくわかりますが、倉庫系能力とは?」


「物の出し入れが出来る能力の総称です。要領の違いこそあれ、フドーさんのように限定的なものは極稀ですね」


「つまり、俺は刀を出し入れできるってことか。……どうやって?」


「人によって感覚は違うようですが、頭の中にイメージがある、と。箱だったり、本だったり、そういうものの中から取り出すことを考えて能力を使うようです」


 イメージ――箱――本、か。いや、カタログだな。


 頭の中で本を開く。とはいえ、今はまだ何も――ん? いや、載っている。蜘蛛の牙、か。一度は壊れたわけだが《刀収集家》の能力は管理と複製。ってことは複製も出来る? 手を出し、刀を持つように手を握れば――そこに蜘蛛の牙が現れた。


「おおっ、本当に出てきた。ちなみに、今どれくらい時間が掛かりましたか?」


「時間、ですか? 私の説明の直後、瞬き一つの間くらい、でしょうか?」


 ってことは、頭の中で能力を使っている時はあくまでも自分内での時間しか流れないってことか。


「それで、ドリフターなのに、ってのは?」


「えっと、ですね……ドリフターの方の能力というのはほとんどが攻撃的と言いますか……それそのものが強力なのですが、倉庫系というのは少し……」


「弱い、ってことですね」


「能力としては、そうですね。攻撃的では無い、ですね」


 ハードモードなのは今更として――そうか。やっぱり俺は他のドリフターと違って選ばれたりしてこの世界に転移したわけでは無いようだ。まぁ、転移自体は事故だったわけだし、それは仕方が無い。むしろ、そんな状況なのに冒険者として登録できただけ有り難いと思うべきだろう。


「……これは、どうやって戻すんだ?」


「それも人によって変わるようなので……」


 バツの悪そうな顔をしないでくれ。思ったような魔法と違ったのは確かだが、これでも結構興奮している。


 刀を消す――戻す、か。消えるように思うだけでは無理なようだ。カタログを開いて、返すようにイメージする……それでも手には刀を握ったままだ。じゃあ、刀を鞘に納めるように――と、消えた。


《刀収集家》の能力は色々と試してみる必要がありそうだが、紙の続きを読むとしよう。


 わかりやすく数値が載っているわけではないようだが……体質が、全状態変化無効?


「この全状態変化無効、というのは?」


「それも珍しいですね。状態変化無効というのは稀に聞きますが全状態ということは――おそらくモンスターから受ける攻撃以外にも、味方からの支援なども受け付けないかもしれません」


「ああ、なるほど。だからヨミの攻撃力と防御力付与が俺に効果が無かったのか。これって、冒険者としてやっていくには不利ですよね?」


「それは、まぁそうですね……ですが、それと同時にモンスターからの影響も受けません。麻痺や毒、洗脳などを無効化できます。攻撃力――戦闘に関してはわかりませんが、防御力に関しては装備などで補うことも出来るので、確実に不利になるかと言えばそうでも無いかと」


「使い方次第ってわけか。じゃあ、最後に書いてある踏破者? とは?」


「それはマスターの称号です。有限回廊を踏破した冒険者には等しく送られるもので――ここから先は私よりもネイルさんとヨミさんから聞いたほうがいいと思います」


「……よくわかりませんが、まぁ、わかりました。じゃあ、これで終わりですか?」


「はい。わからないことがあればいつでもギルドを訪れてください。それとドリフターの方には衣食住を支援する用意があるので、必要があればお伝えください」


「それは有り難いですが……とりあえずネイルたちと相談してみます。待っているようなので」


「では、ご案内します」


 受付嬢さんに連れられてギルドのほうへと戻ってくれば、カウンターにいるネイルとヨミがこちらに気が付いた。


「にゃはっ、終わったにゃん?」


「ああ、終わったよ。そっちは?」


「こちらも報酬の分配は終わりました。それと、フドーさんにはこれを」


 差し出された刀を受け取った瞬間、頭の中にあったカタログに書き込まれた気がした。


 黒刀――重いが頑丈で壊れにくい


 と、説明書きまであるのか。カタログ故に、かな。


「鑑定は済んだのか?」


「はい。問題無いようです」


「ヨミのローブは?」


「そちらも、問題ありませんでした」


「そうか。それと報酬についてなんだが、俺は実際には何もしていないしネイルとヨミで分けてくれ」


「にゃっ!? それはダメにゃ!」


「そうですね。ダンジョンで手に入った報酬はチームで等分にする、というのが冒険者の鉄則です。と、まぁそういう部分も含めてフドーさんとは一度深く話したほうが良い、という運びになりまして――」


「今日はボクの家に来るにゃ!」


「お呼ばれか。まぁ、特に用事も無いしな」


「では、決まりですね」


 ネイルの家に行くことになり、黒刀を手に二人の後を追ってギルドを出た。


「おう、ネイル! ダンジョン踏破したんだってな! おめでとう!」


「お前らならいつかはやると思ってたぜ!」


「にゃっははっ! もっと褒め称えるにゃ!」


「ついに中央行きかぁ。行く前に何か奢れよ、ヨミ」


「考えておきます」


 人気者だねぇ。


「とはいえ、俺のことは眼中に無し、か」


「それも今日までですよ。明日になれば冒険者全員がフドーさんのことを知っているはずです」


「へぇ。それは楽しみだ」


 いや、強がりを言った。元々目立ちたいタイプでも無いし、過度な期待をされるのも嫌いなほうだ。できれば静かに放っておいてほしいところだが……そうもいかないらしい。まぁ、明日のことは明日になってから考えよう。


 今日は今日のことを――とりあえず、ベッドで眠れれば満足だ。

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