『ヒヨコの選挙体験で談議ヌス』(ジャンル:国内)

 きょうも平和な一日である。私達はいつものようにカタカタカタとTVをパソコンのモニターで視聴しながら、その放送内容を文章化するという作業を行っていた。そこにヒヨコが、晴れ晴れとした様子でやってきた。そういえば今日は朝から見かけなかった。日本に行っていたのだろうか? 私はイヤホンを耳から取り外して、彼女に訊いた。


「ヒヨコ、どこに行っていたぽこ? そして、なんだかいつもと様子が違うみたいぽこ」


「分かるでーす? 実は、今日の私はいつもの私とはひと味もふた味も違うでーす」


「……ふーん」


 私はイヤホンをつけ直して、モニターに向かった。すると、ヒヨコは驚いたように目を見開いた。


「ちょっとちょっと、それで終わりでーす? それで終わりなのでーす?」


「え?」


 私は再びヒヨコを見た。


「ここは、『どうしたの? 何かあったの?』って訊いてあげるのが、礼儀ってもんじゃないのでーす」


 うざい。とはいえ、心優しい私は、そんな心情は表に出さず、ニコリと微笑んで、訊いてあげた。


「どうしたぽこ? 何があったぽこ?」


「よくぞ聞いてくれたでーす。ふふふ、知りたいでーすか? そんなに知りたいのなら、教えてあげないこともないでーす。やぶさかじゃないでーす」


「……別に知りたくないぽこ」


「実は私、有休を使って日本の参院選挙の投票に行ってきたのでーす」


「なーんだ。そうなんだ。知りたくないと言ったのに、よく話したぽこね。……というか、なんでヒヨコが日本の選挙権を持っているぽこーっ!」


 私はびっくりした。どうやって選挙権を手に入れたのだ。


「知りたいっち。どんな裏技を使ったっち?」


「私も気になるでおじゃる。有休をとって何をしてきたのかと思ったら、選挙に行ってたでおじゃるか! そして、どうやって選挙権を手に入れたでおじゃる!」


「それは企業秘密でーす」


「企業って……。とにかく、お話が聞きたいですわ」


「それじゃあ。みんな、休憩にするでおじゃる。わらわも知りたいでおじゃる。ヒヨコちゃん、教えてほしいでおじゃる」


「いいでーす」


 私たちは仕事をストップし、隣の部屋に移動して卓袱台を囲んで座った。


「しかし、ヒヨコ姉さまが政治に関心があったとは驚きだっち。普段は全く、アウトオブガンチューで、関心がなさそうだったのに、それはブラフだったっちか」


「本当に興味はなかったでーす。日頃、政治関係のニュースが出たら、めんどくさーいと思いながら採録してたでーす。選挙なんて興味がこれっぽっちもなかったでーす」


「だったら、どうして興味のなかった参院選挙に行ってきたぽこ? どうやったのかは知らないけれど、わざわざ日本の選挙権まで取得して」


「小説のネタになると思ったからでーす」


「不謹慎だぽこ! それ以前にまだ一作も書き上げてないぽこ!」


 ヒヨコは書く書くと言いながら一作も書きあげていない、自称小説家であった。


「ところで、日本の投票率ってどのくらいぽこか?」


「世間的には低いと言われているけれど、世界的にみたら普通らしいですわ」


「へー。そうぽこかー」


「ちなみに、義務化している国もあるらしいらしいです。選挙に行くのは義務であると」


「自由じゃないぽこ? 行くのも行かないのも」


「シンガポールでは、もしも選挙に行かなかった場合、どうなるか知ってます?」


「どうなるぽこ?」


「選挙権をはく奪されるのです」


「日本では選挙どころか、国会議員が国会を休んでも、剥奪はおろか、ちゃんと給料をもらえるっち。それに比べたら随分と厳しいっち。一般的な会社でも、会議に出たくないからといって休んだら、クビっち!」


 ラッカセイは前にも思ったが、日本の議員が仕事をずる休みすることが許せないようである。一概にずる休み、というわけでもないらしいが……。


「選挙に関心がない層にとっては、どうでもいいことだけど、かつては選挙権を手に入れるために、血を流す争いもあったでおじゃる。剥奪されるのは困るでおじゃるねー」


「ちなみに、オーストラリアとベルギーでは、罰金があるらしいです。選挙に行く行かないは自由ですが、行かなかった場合はお金を払わなくてはいけないらしいですわ」


「それは厳しいぽこ。そう言えば、投票率をアップさせることについて、選挙の投票用紙に番号をつけて、宝くじにしたらいいと、どなたかが言ってましたわ」


「それは素晴らしいぽこ。速攻で導入するべきだぽこ。選挙って、数百億円も使って行われるらしいから、その中の1億円くらい、宝くじにしたっていいぽこよねー」


 たしか、監督としても活躍されている芸人のビートたけしさんが、言っていたっけ。


「ところでヒヨコちゃんの参院選の体験談をそろそろ聞きたいでおじゃる」


「そうそう。どんな事をしてきたぽこ?」


 私たちがヒヨコに注目すると、ヒヨコは待ってました、と言わんばかりの顔をして、胸をはった。


「まずは前日から話すでーす。私は、今日の選挙日が待ち遠しくて眠れなかったでーす。そんなこんなで夜、結局眠る事が出来ず、朝に寝たでーす」


「結局、寝たぽこかー」


 朝、寝室と休憩場所を兼用しているこの部屋に彼女はいなかった。なので、私たちに起こされないよう、他の部屋に行って寝ていたのだろう。


「昼過ぎに目を覚ました私は、すぐに会場に出発したでーす。投票時間というのは午後8時まで受け付けているそうでーすね。きっと私のように、楽しみ過ぎて夜に眠れず、寝坊した人のためにそんな遅い時間までの受付にしてあるのだろう思ったでーす」


「いやいや、それは違うと思うっち。というか絶対に違うっち!」


 おそらく仕事なんかでお昼に投票できない人のためだろう。


「とにかく私は、昼過ぎに会場に到着したでーす。選挙に必要なハガキみたいなのが事前に住居に郵送されていて、そこに地図が描かれてあったでーす。そこでまず驚いたでーす。てっきり、先入観で役所が投票会場だと思ったら、会場は中学校だったでーす」


「ふーん。あっそう……続けてぽこ」


「恋しい方に今から会いに行きまーす、的なトキメキを感じたでーす。清々しい晴天だったのも、そんな気持ちになれた理由だったのかもしれないでーす。気温は30度。湿度は40度くらいの本当に気持ちの良い夏日の正午過ぎでーす。中学校の木では、蝉が鳴いていて、実に風流だったでーす」


「前置きはいいから、投票した時の事を教えてほしいぽこ! 蝉なんて迷いの森で今もミンミン鳴いてるぽこっ!」


 外からはミンミンとセミの鳴き声が聴こえる。この世界にも日本にもセミは存在する。


「私は校内に入ったでーす。そして、投票場まで続く矢印をたどったでーす。意外だったのは会場だったでーす」


「どうしてでおじゃる?」


「体育館で行列に並んで投票するのかと思ったら、なんと普通の教室のようなこじんまりとした部屋だったからでーす。そして、投票者も3~5人と少なかったでーす」


「それは、色んなところに投票場所が分散されているからだっち。場所によっては、体育館とか行列のできる、投票所だってあるっちよ」


 テレビの中継などでは、選挙時に大きな体育館などが映される場合が多い。なので、投票場所は大きな場所を利用して行われるという先入観をヒヨコは持っていたのだろうが、実際はこじんまりとした投票場も多いらしい。


「私はそこで送付されてきた紙を係員の人に渡したでーす。すると、バーコードを読み取る機械でピッとされて、隣に座っているお姉さんにその紙を渡されたでーす。すると、その人は赤鉛筆を逆に持って、チェック欄に印をつけようとしたでーす」


 逆さに持つ?


「そ、それは何か意味があったのでしょうか?」


「それは単なるドジだったみたいでーす。苦笑いしていたでーす」


「そんなどうでもいい話はいらないぽこー」


 赤鉛筆を逆に持って印を付けようとしてたとか、本当にどうでもいい!


「そして私は専用の紙を一枚渡されたでーす。紙には立候補者の名前を書くところがあって、私はその紙を持って、書くためのスペースに行ったでーす。そのスペースには目の前の壁に、候補者の名簿が貼られていたでーす。とりあえず、私は漠然とどの党に入れようかと事前に考えてはいたけど、手が止まったでーす」


「どうしてです?」


「なんでっち?」


「なぜなら、私が投票しようと思っていた党から2人も出馬していたからでーす。どちらにしようかと迷ったでーす。小説のネタにしようと行っただけでも、どうせならちゃんと投票したいという欲が出たのでーす。ちなみに私は2人の候補者の顔も名前も知らなかったでーす。それで私は名案を思い付いたでーす」


「なんだぽこ。楽しみにしてて寝れなかった割には、全然準備が足りてなかったぽこね」


「1人はおじいちゃんで、もう1人は若い女性だったでーす。おじいちゃんは頭が固くなって、何も新しい事をやらないような気がしたし、若い女性も年齢的に、未熟者である気がしたのでーす。そこで私はスマホで検索したでーす」


「投票所に来てから、ようやく候補者を調べたのですね」


 遅すぎるぞ、ヒヨコ!


「私はスマホで投票者の名前を検索したでーす。まずはおじいちゃんの方から。すると公式ホームページがあったでーす。とりあえず、その人は何をしたいのかと思い、サイトを覗いてみたところ……よく分からなかったでーす。文言が抽象的過ぎたでーす。抽象的過ぎて覚えてもいないでーす」


「確かに、元気な日本を作るとか、元気な日本を取り戻すとかってキャッチコピーで書かれているのを見たことがあるけど、よく意味がわかんないっちね。もっと具体的に○○して××をして、とか詳細に書いてくれないと、何がしたいのか、分からないっち」


「きっと、おじいちゃんゆえに、インターネットに不慣れだったのかもしれないでーす。そして続いて女性の方のホームページを見たところ、案の定というか、子育てや女性の社会進出などについて頑張ります、的な事が書かれてあって、私は悩んだでーす。投票場の係員さんに、ついつい、おすすめの人は誰でーすかー、って訊きそうになったでーす」


「まぁ、訊いたとしても教えてくれなかっただろうぽこ。変人がやってきた、と思われて終いだったろうぽこね」


 誰に投票するか、投票場の事務員さんにオススメを聞くなんて、恥ずかしすぎる。


「私はどうやら優柔不断な性格のようで、一度悩み出すと、結構時間をかけてしまう性分のようでーす。引き続き、スマホで2チャンとかを調べようと操作をしていたところ、係員さんがやってきて、スマホや携帯はここでは禁止されています、と叱られたでーす。私は『すみませんでーす』って頭を下げたでーす」


「怒られたぽこかー」


「なにをやってるっち!」


「でも、どうして、スマホや携帯が禁止されているのでおじゃるか?」


「きっと、投票場から現在の状況とか、そういう『秘密』を暴露されることが心配だったのではないのでしょうか?」


「そんな秘密、あるっち? ただ、人が大勢やってきた時、時間をかける人がいたら、長蛇の列ができるからじゃないっち?」


「結局、私は老獪なおじいちゃんにした方が無難だと感じて、その人の名前を書いたでーす。そしてこの紙を手渡してくれた人の隣に設置されていたボックスに投函しようとした時、私の中でこれでいいのかと、囁いたでーす。年老いた人よりも、若い人の方が活動的なんじゃないのか。何かが変わるんじゃないのか、って。私も日本にお世話になってる一般ピーポーのはしくれでーす。現状維持を望む一方で、変化を欲する気持ちもないわけでもないでーす。しかし、私はもうすでに名前を紙に書いてしまったでーす」


「それで、どうしたぽこ?」


「まずは消しゴムを探したでーす。しかし、鉛筆が台にあるだけで、消しゴムなんてものはなかったでーす。そこで私は策を練ったでーす」


「策?」


「えいやっ! と二重線を引いて、その横に、若い女性の名前を書いて提出したのでーす」


「策でもなんでもないぽこー!」


 ごくごく一般的な修正のやり方である。


「ただ、もしかして、このやり方だと無効になったりしないかと心配になり、一応、投票箱に入れる時、係員の人に確認したでーす。大丈夫だと言われたでーす」


「っで、投票しておしまいってわけっちね」


「しかしながら、あの投票箱はかなりの曲者で、投函する時に折ったりしていれる造りじゃないから、側面から丸見えだったでーす」


「あれじゃないでおじゃるか? 投票結果をカウントしやすいようにでおじゃる。折り曲げてあったらカウントする時に、開く手間がかかるでおじゃる」


「ちなみに箱のすぐ横には係員の人がいて、私の記入した名前をちらりと見られたような気がしたでーす。投函する瞬間、なぜか視線がバチバチっとぶつかったような気がしたでーす。そして、私が書いた名前をチラリと見られた時、ニヤリと嗤われたような気もしたでーす」


「どんだけ自意識過剰なんだぽこ」


「しかし、それが妙に心地よかったでーす」


「露出癖でもあるぽこかー」


「すがすがしい気分になったでーす」


「しかし、投票を終えるだけで、やけに時間がかかったでおじゃるね」


「いや。まだ終わりじゃないでーすよ? 私は事前に、2枚書かなくちゃいけない事を知っていたでーす。でも、係員さんに別の用紙を手渡されようとした時、『え? まだあるんでーすか』としらじらしく言ったでーす」


「そこに何の意味があったぽこ!」


「コミュニケーションの切っ掛け作りでーす。ただ、ここで私の中で一つの混乱が発生したでーす。その用紙には、政党名か候補者名を書くようにと指示書きがあったでーす。私は焦ったでーす。政党名と人物名のどちらを書こうか、と。0・3秒くらい。結局は私の推している政党名を書いて再び別の投票箱に投函して部屋を出たでーす」


「しっかし、長かったぽこな……」


「とはいえ実際は数分で済んだでーす」


「ヒヨコはその体験を小説のをネタにするつもりぽこ?」


「ま、まあ……いつかは……と思っているでーすけど……」


「私は面白いとは到底思えないっち」


「そ、そんな事いわないでほしいでーす。折角、有休まで使って、選挙に行ってきたでーす」


 私たちはズズズズズ、とお茶を飲んだ。その後。ヒヨコは選挙を話題にした小説を書くと意気込んでいたが、結局、まだ書いていないようだ。

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談議ヌスの横やり @mikamikamika

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