『ナポリタンで談議ヌス』(ジャンル:経済)
カタカタカタカ。
先程の休憩の4時間後、本日の仕事が終わった。
「腹が減ったっち。さっき、中国の話をしてたから、中華料理でも食べるっち? 今日は私が食事当番だっち」
「わーい、それはいい案でーす」
「ではラッカセイ、晩飯には中華料理を作るぽこよ」
「足りない食材があれば私たちが、ひとっ走りして買ってきますわよ」
「大丈夫っち。食材は冷蔵庫の中に全て入っているっち」
「楽しみでおじゃる」
私たちは森の女神様も含めて全員でキッチンに行き、ダイニングテーブルを囲んで、食事待機した。ご飯は炊けており5分もしないうちに、ラッカセイが料理を完成させたようだ。
「へい。おまっちー」
目の前にはラッカセイ特製の人数分の『天津飯』が並んだ。
「これが、中華料理、ぽこ?」
「中華料理っちよ?」
「あはははは」
私たちは大笑いした。ラッカセイは狼狽している。
「な、なんで笑うっち!」
「天津飯は中華料理じゃないでーす。これは、日本料理でーす」
「嘘っち! 起源を主張したら、『端午の節句事件』のように『天津飯事件』が起きるっち。中国人が怒るっちよ! 中国の天津市の飯っち。天津市の飯だから、天津飯だっち!」
「いやいや、本当に天津飯は和食なのでおじゃるよ」
「テンシンハンはキコウホウでも有名ですが、和食でも有名なのですわよ? あと、エビチリも中華料理と思い込んでいる人がいますが、そんな料理は中国にはありませんからね」
「いや。これに関しては、ちょっと訂正するぽこ。モデルとなった『乾焼蝦仁』という料理はあるにはあるぽこ」
「ほ、本当に日本の料理っちか?」
その通り。天津飯は日本料理である。
「パスタでいうところのナポリタンみたいなものでーす」
「どういうことっち?」
「ナポリタンって、どこの国の料理か知っているでーすか?」
「ナポリっていうくらいだっち。イタリアの料理っち! イタリアのナポリの郷土料理っち!」
私たちはみんな、にたりと笑った。
「イタリア人から見たらナポリタンって一種の冒涜らしいでおじゃる」
「美味しいぽこけどねー!」
「そういえばハワイかどこかの現地の人がドラゴン寿司を作っている番組を採録したことがあったでーす。海苔の上にご飯を乗せて、具を乗せて巻いて作るでーす」
「ヒヨコ姉さま。突然、何を言いだすっち?」
「それを、溶いた小麦粉に入れて、パン粉で包むでーす。クッキング♪ クッキング♪ らららのらーん♪」
「……っち?」
「それを、高温の油の中にいれてカリッカリに揚げるでーす。はいよー。ヘルシーな『お寿司』、完成でーす!」
「全然ヘルシーじゃないっち! というか、そもそも、それ、お寿司じゃないっちー」
「でも、現地の人はヘルシーなお寿司だと思って、食べているでーす。つまりはそういう事でーす。日本人がドラゴン寿司なる『寿司もどき』を作る外人に対して、寿司を冒とくしていると思ってしまうのと同様に、イタリア人もパスタもどきな『ナポリタン』を作る日本人に対して、パスタを冒涜しているように見ているでーす」
「と、とりあえず作ってみるっち!」
「なにをでーす?」
「まさか、また何かを作るぽこかー!」
ラッカセイは素早い動作で調理を始めた。そして……。
「ヘイ! ドラゴン寿司とナポリタン、どちらも人数分おまっちー」
ラッカセイは料理の才能でいえば姉妹の中で一番高いと思う。15分もかからないうちに2品も作ってしまった。そのうちの1つは、作り方を聞いただけなのに!
「こ、これが例の油で揚げたというドラゴン寿司でーすね……。作り方は知ってたけど、まさか食べることになるとは思ってなかったでーす」
ガブリ。
「くっそー。寿司を冒とくしているのに、うまーいぽこ。ちっくしょー!」
ドラゴン寿司は美味しかった。
「日本では流行りそうにはないっちけどね」
「でも、ファーストフード店とかでなら、案外いけるんじゃないでーす?」
「どうでおじゃろうか。揚げた寿司なんて、一種の挑戦でおじゃるよ。まあ、同じ米を揚げる料理である『揚げ餅』が受け入れられている地域に関して言えば、案外、すぐに受け入れられて、即戦力メニューなるかもしれないでおじゃるなー」
「かもしれないでーす。揚げるのが、もち米か酢飯かの違いでーす」
「でも実験しようとは思いもしないぽこねー。それにしてもナポリタン。やっぱりナポリタンだぽこよー。ずるずる。うっまーいぽこ。さすがは昭和の喫茶店の看板料理だぽこっ! 日本人の得意技はやっぱり魔改造ぽこねー。ナポリタンも十分に魔改造されているぽこ。イタリア人はどうして、こんなに美味しい食べ物を冒涜していると思っているぽこか?」
「イタリア人が、ナポリタンをパスタの冒涜だと思っている点は、トマトソースじゃなくて『ケチャップ』を使っている点らしいでおじゃるよ」
「トマトソースとケチャップって、違うのですか? どこがどう違うのですか?」
「色々なところが違う……じゃないのでおじゃるかな。たぶん……」
「というか、『トマトソース』って何だぽこ? 日本のスーパーでトマトソースなんて見かけないぽこ。普及していないぽこ!」
「私、こういうのを採録した事があるっち。日本のトマトケチャップと海外のトマトケチャップは味が違うらしいっち。海外のトマトケチャップは、不味いらしいっちよ」
「ほほう、なるほど! つまりは味的に、イタリアのトマトソースと日本のトマトケチャップは、同等のレベルである場合も、なきにあらずでおじゃるな。それなら、イタリアでもナポリタンを十分に流行させる可能性が高いでおじゃる! ちょっと挑戦してみようでおじゃる」
「え、何言ってるぽこ?」
冗談だと思ったが、冗談ではなかった。森の女神様は有言実行したのだ。
後日。私たちはイタリアのとあるレストランにいた。どうやら森の女神様は、一時的になら、知り合いの神様が繋げているゲートにも、迷いの森側の裏口を繋げることができるらしい。森の女神様の知り合いの神様は他に6柱おり、日本では紅一点である森の女神様を含めた7柱で1つのグループとされて、崇められている。その6柱のうちの1柱が旅好きの神様で、現在はイタリアにゲートを繋げているらしい。森の女神様が『お供え』を所持できる能力と同じように、好きな場所に自由にゲートを繋げられる能力を持っている神様もいるんだとか。
「ここはレンタルレストランぽこ。だから、あまり、汚すんじゃないぽこよ」
「でもよくもまぁレストランをレンタルできたでーすね」
「シェフが夜しか営業していないお店だからですわ。昼間の間だけ、使わせてほしいと根強く商談した結果、OKをもらいましたー。いぇーい」
「条例とか、大丈夫なのでーす? 法律的に?」
「大丈夫でおじゃる。一応、調理師免許をもっているお爺ちゃんを雇ったのでおじゃる。ほら、あっち」
「うわっ! 気づかなかったでーす!」
店の隅で、お爺ちゃんが読書をしていた。
「店の隅でコーヒーでも飲んでゆっくりしてもらうのでおじゃる。一応、法律的には、これでオッケーでおじゃるかな?」
「かなりグレーな裏技でしょうけれど、法律面では……クリアしていると思いますわ。多分……」
ちなみに、お爺ちゃんの正体はイタリア在住の豆タヌキらしい。森の女神様との知人の神様と親交のある豆タヌキで、イタリアを拠点にして食材の買い出しなどの仕事を任されている。また、イタリア人としての国籍も取得しているらしい。なお、向こうの世界では『蜃気楼の街』と呼ばれる砂漠を移動している『街』に住んでいると言っていた。実年齢は330歳で、見た目はお爺ちゃんだが、私たちのより年下なガキンチョだ。イタリアで国籍を取得するなどした際に、顔写真も撮られたとかで、周りに違和感を持たれないように、人間と同じ速度で外見を老いさせているのだそうな。
「では、今回の主旨を確認してみるでおじゃる。マメマメちゃん、どうぞでおじゃる!」
私の手にハマったぬいぐるみが口をパカパカと開けて、私に話しかけてきた。なお、ぬいぐるみの正体は森の女神様だ。
「どれだけ、ナポリタンをイタリアで売れるのか、それを試してみるぽこよね」
「しかしながら、そのような事を試して、その結果が分ったとしても、私たちに、どういう関係があるのでしょう?」
「ばかもーん。これでおじゃる」
森の女神様でもあるぬいぐるみは、親指と人差し指をつなげて、あくどい顔をした。ぬいぐるみで表情を作るコツが分かってきたらしい。
「……おかね、ですか?」
「その通りでおじゃる!」
「お金なんて稼がなくてもいいではありませんか。私たちは、贅沢はできなくても、それなりに豊かに楽しく暮らせていると思いますわ。貯金もあるのでしょう?」
「ないでおじゃるよ」
「え?」
「ないぽこ」
「なにないっちか?」
「貯金でおじゃる。大きな一発を狙って、ここの開店費用に全ての貯金を注ぎ込んだでおじゃる」
………………。
ちなみに、銀行で日本円をイタリアの通貨に変えたり、イタリアのレストランオーナーとの交渉などを含めた準備全般はぬいぐるみに憑依した森の女神様の指示に従い、全て私が行ったことだ。なので本当に貯金を全額つぎ込んだことを知っている。
「さーて。稼ぐでおじゃる。なーに、ナポリタンというのは日本がかつて貧乏だった時代に考案されたものでおじゃる。材料費が安いのでおじゃる。なので、うちの店では安さと量をウリにするでおじゃる。その戦略名は名づけて『二郎を見習え作戦!』。ソラちゃんが大好きな、あの有名ラーメン店が慶応大学の近くに店を構えたように、我々のターゲットも、お腹が減った大学生でおじゃる。それゆえに大学近くにあるお店を探してレンタルしたのでおじゃる」
「というか、貯金がないとは、どういうことなのですか?」
「そーだっち! どういうことだっち?」
「さあ、みんな。これで、稼がないといけないでおじゃる。背水の陣でおじゃるよー。わーい」
全員もう、後には引けないという事実を認識できた。
「ところで女神様はイタリア語、話せるでーす?」
「いいや。話せないでおじゃる。マメマメちゃんが話せるでおじゃる」
「私はイタリア語を話せるぽこが、深夜に放送される『はじめてのイタリア語講座』的なものを採録して覚えただけで、そんなに流暢には話せないぽこ!」
「何とかなるでおじゃるっ!」
「やけに自信があるっちね」
それから二日後に開店の日を迎えた。語学の件だが、本当になんとかいった。灯台元暗し。イタリア国籍を持つ豆タヌキが当然のごとくイタリア語を話せたので、彼に通訳になってもらった。
二日間。私達は現地の食材市場を見学したり、ビラ配り等をしたり、具体的なナポリタンに入れる具や量なども考えた。尚、大学前でビラを配っていた時に感じたのだが、学生たちは思った以上に興味津々という感じだった。かつて外国人が苦手としていた生魚を扱う料理『寿司』が海外に広まっているのと同様に、ナポリタンも静かに広がっていたのかもしれない。もしそうであれば、これは私たちにとって追い風となるだろう。
「本当に、開店するのでーす?」
「今更やーめたというのは無理っち。女神様が貯金を全て費やしての出店だっち。マメマメ姉さまが女神様の代わりにあれこれやったっちからねー」
うぅ……責めないでくれ。私も反対だったんだ。でも、お布施は女神様のものなので、仕方がなかったのだ。私たちには拒否権がないのだ。
「私、800数年生きてきましたが、こんなにも胃がキリキリと痛くなったのは初めてです。ねぐらを人間に発見され、迷いの森に逃げ込んだ時も多大なストレスを感じましたが、こんなにも胃は痛くなりませんでした」
「まあ、そんな事を言うなでおじゃる。ほら、あそこの小窓から外の様子を覗いてみるでおじゃる」
見ると列があった。大学生たちの。
「半額の力、恐るべし」
「半額に目掛けて人が集まるのは、どうやら日本だけではなくて、全国共通のようですわ。行列嫌いの外国人さんでさえ、寄せ付けてしまう魔法の言葉。それは『半額』!」
本日、初日なので料理は半額にしている。メニューは『ナポリタン』一品。
「にしても、ビラにデカ盛りの写真を載せたのはナイス判断だったぽこ!」
「具体的な量と重さまで書いた点も、高ポイントだったと思うっち」
「まずは、体感してもらう事が大事なのでおじゃる。その為には、ぶっちゃけ無料でも構わないのでおじゃる。広告費として考えれば、高くはないでおじゃる」
「とはいえ、商品の価値が無料に類似するものと認識されても困るぽこ。牛丼なんて本来ならば1000円近くするのに、日本人は300~400円が相場で、それ以上の値段の牛丼は激高いという印象を持ってしまったぽこ」
「よく一杯90円サービスとか、ぶっちゃけたことをするラーメン屋などがニュースの特集で紹介されることがあります。その期間中はたくさん集客できますし、取材もされるけど、期間が過ぎた後、どうなってるのか見に行った時がありました。すると閑古鳥が鳴いていました。値段を下げるキャンペーンはいわば諸刃の剣です。とことんまで値段を下げたハンバーガー屋しかり、100円キャンペーンを連発したドーナッツ屋しかり。それが吉とでるか、凶とでるか……」
「どちらにせよ顧客はこの最初の来店で、決めちゃうっち。この店は次も訪れる価値があるのかどうかを……ぶるぶる。身震いするっち」
「よくテレビ番組で、新装開店するまでの経緯をドキュメントにして最後に初日の売り上げがよかった。ばんざーいでエンディングになるけど、初日なんて売り上げがよくて当然です。勝負はリピートするか否か。つまりは1週間後や1ヶ月後が大事なのですわ」
「ただ美味しいだけじゃ駄目でおじゃるってことね。わらわたちは、料理ではなく、『価値を売るのだ』と思うのでおじゃる。大事なのは『カスタマー満足度』。満足度は、味と料金を天秤に乗せ、食べ終えて店を出た後、総合的に評価されるものでおじゃる」
つまり、退店時に『また訪れたい』の心情になってもらわなくてはいけないということ。
「その為に私は考えたのですわ。人間には600グラムというこの麺の量は苦しのです。食い切るのが苦しいのですわ」
「だったら、もっと量を少なく設定すればよかったっち!」
「駄目なのです。苦しんでもらわなくては、駄目なのです! 頑張って頑張って苦しみながらも、完食し、ナポリタンの山を制覇した時、人間は達成感を感じる脳内物質をドクドクと分泌するのです。そして店を出た後、腹を抱えて苦しい状態でありながら、二度と来ねーぞと表面的には思いながらも、深層心理化で、もう一度この山に登ってみたい。ナポリタンの山に挑戦したい。あの感動をもう一度! という心理になるのです。山が高過ぎてもダメ。低すぎてもダメ。だからこその600グラム!」
「なんだかすごいでおじゃるな。その理論は……わらわも、今回の作戦はソラちゃんがジロリアンであることから思いついたのでおじゃるが、本当に上手くいくでおじゃるか?」
「女神様、不安なら『二郎を見習え作戦!』なんて最初から考えちゃだめぽこ。そもそも、人間の世界で金を稼ごうだなんて、考えないことだぽこ」
「うぅぅ……で、おじゃる」
私の手にはめているぬいぐるみが、ショゲタ。
「大丈夫ですわ。これは人を選ぶ戦略ですが、きっと、みんなに受け入れられなくても、熱狂的なファンができるはずです。ジロリアンの私が言うのですから間違いありません! 私達はこの理論を武器に勝負することに誇りを持ちましょう!」
「う、うぎゃあああああああああ。なんてことでおじゃるか。わらわは勢いに任せてここまできてしまったけど、今更ながら、めっちゃくちゃ後悔してきたでおじゃる。全財産をつぎ込んで、やっちまったのではないのか、と……」
「女神様、やっちまったっちよ! 今更っちか!」
「そうぽこ。女神様はやっちまったんだぽこ」
「だからこそ悲観しちゃだめでーす。もう後戻りは出来ないでーす。さあ、いざ尋常に、勝負でーす」
「開店しまーすぽこ」
その日、私達は懸命にナポリタンを作り、そしてイタリア人の学生たちを中心に提供を続けた。そして3ヶ月後の現在、いつもの部室で、カタカタとテレビ番組の採録の仕事をしている。
「いやあ、古巣に戻った気分がするぽこ」
「私たちは日本に住み慣れた豆タヌキだけあって、日本の方が肌に合ってるっち」
「しかし、ナポリタン。想像していたよりも売れたでおじゃるね。たくさん儲けられたぽこ」
「現地のマスコミの取材にも応じましたわ。行列が出来た店として。イタリア語は分かりませんでしたけれど」
私たちが日本に帰ってきたのは、女神様が『飽きた』からだった。まぁ、ずっと、厨房に腹話術ぬいぐるみとして飾っていただけなので、暇だったに違いない。『退屈』が大嫌いな森の女神様にしては、よく3ヶ月も耐えたといえよう。おそらくは、自身が発案者だっただけに、軌道に乗っているにも関わらず、帰りたいとは言えなかったのだろう。他の神様のゲートに裏口を繋げた場合、一度迷いの森まで戻ったら、再び同じ場所に訪れるようになるまで、3年の月日が必要となるそうだ。なので、折角軌道に乗っていたお店を閉店させるのは勿体無い気がしたが、仕方がない。イタリアでの滞在中、私たちは毎日のようにフライパンを火にかけ続け、野菜を切り続け、皿を洗い続けたりと、仕事の大変さを身を持って感じていた。生まれた時から『傍観者』である私たちは、人間の社会に紛れ込んでの労働などはこれまでしたことがなかった。なので、意外にも新鮮な気分となり楽しく過ごせて、お金も十分にペイできたし、いい思い出が作れたと思っている。
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