「ラーメンで談議ヌス」(ジャンル:生活)

 私たちは日本の門前仲町と迷いの森を隔てる次元の狭間にある、一戸建て住宅『ゲート』に住んでいる。休日の今日、目を覚ますと普段はしない匂いがした。私はキッチンに急いだ。そこでは……。


「あなたたち……」


 ドアを開けてキッチンに入ると、そこには、麺をすすっている妹たちと森の女神様がいた。


「……一体、何を食べているぽこ?」


「見て分らないでーす? ラーメンを作って食べているのでーす」


「どうしてぽこ?」


「ある有名な登山家が、なぜ山に登るのか、と問われた時にこう言ったっち。『そこに山があるからさ』と。つまり、そういうことっち」


「意味が分からないぽこ!」


「私たちも、そこにラーメンがあるから食べているのですわ」


「ふ、ふーん……」


 カップ麺やインスタントを食べていたのであれば驚きはしない。IHクッキングヒーターの上に大きな寸胴と鍋が2つ置かれており、鍋には麺を茹でる為のお湯がはってあった。寸胴には骨らしきものがグツグツと煮えている白濁液の中で、浮き沈みを繰り返している。そして今、森の女神様が茹でていた麺をザルのようなものですくい上げて、パッパッと湯切りした。替え玉を作っていたようだ。


「マメマメちゃんも、ラーメンを食べるでおじゃるよー」


「う、うん。いただくぽこ」


 ………………。


 私も麺を茹でて、スープも作り、ラーメンを食べてみた。


「どうでーす?」


「う……うまいぽこ……」


「それは良かったでーす」


「でも、なんでわざわざ本格的なラーメンを作っているぽこ? ラーメンって家庭でも作れる料理なんだぽこねー」


「私、ラーメンを特集したグルメ番組を採録したでーす。そこで、自分でもラーメンを作ってみたくなったのでーす。昨日、仕事が終わったらすぐに門仲からハナマサまでチャリンコを飛ばして、ゲンコツと鶏ガラを購入してきたでーす」


「そ、そうなの……美味しいぽこけど、家ではスープを作る時、注意した方がいいと思うぽこよ。床とか壁が油だらけになってるぽこ。このスープ、背脂が入っているぽこね?」


「そうでーす……。え? 床が油だらけになってるでーす?」


「本当っち。そういえば少しだけヌルヌルしてるっち」


 私たちは床を手で擦った。若干ではあるが、油っぽくなっていた。


「私、聞いた事がありますわ。というか、私自ら経験した事があります。かの野菜の爆盛で有名なラーメン二郎の床は油で滑るのです。バランスを崩せば転ぶこともあるのです。店舗にもよりますが、あそこのスープは、背脂を乳化現象を起こさせるまで煮込んでいますから」


「詳しいぽこね」


「私、隠れジロリアンなんです。ちなみにジロリアンというのは、ラーメン二郎を愛する者たちの呼称のことです」


 ソラはいつの間にか、日本の人間の団体に所属していたようである。


「乳化ってなんでーす?」


「化学反応の事ですよ。水と油は、相反するものだと言われていますが、煮込み続けると、その相反する水と油が一体化するという科学現象が起きるのです。乳化スープを出している店舗の床は、大抵は脂っこくて滑りやすくなるものなのです」


「うげげ。すぐに火を止めぽこ。ゲートが脂まみれになってしまうぽこっ!」


「えーそんなー。もっともっと煮込みたいでーす。最低、あと1週間は強火で煮込みたいでーす」


 ヒヨコは不満気な顔をした。


「そんなに煮込んでどーするぽこ! 電気がめちゃくちゃ消費するぽこ。ここは太陽光発電でインフラが整っている場所だぽこ。ストック分の電気がなくなったら大変ぽこ」


「わ、分かったでーす。ちょっと自粛するでーす」


 その後、ヒヨコはさすがに1週間こそ煮込まなかったものの、数日にわたってスープを煮込み続けた。


 そして、遂にスープが完成したという。私たちは寸胴の中を覗きこんだ。


「なんだか、この前と比べて色が違うでおじゃるね……」


「煮込み続けたら、こうなるわけですか」


 色だけを見れば、美味しそうだというイメージはわかなかった。


 むしろ、不味そうな感じがする……。


「電気がかかるということで圧力鍋を使ったでーす。弱火なら、そんなに電気代はかからないでーす。私、圧力鍋で煮込み続けたでーす。さらに、豚骨がミキサーで粉砕できるまでに柔らかくなっていることに気づいたので、やっちゃったでーす。ミキサーで粉々にしてやったでーす」


「おお、それはすっごいダシが取れてそうだっち。ミキサーを使うことで、豚骨の旨味エキスを余すことなく全てを出し切っていそうだっち」


「ミキサーで粉砕してからも、さらに圧力鍋で煮込み続けたでーす。もちろん、水が蒸発して無くなるから、時折、圧を抜いて水を足して数日間、私は煮て煮て、煮まくったでーす。そして、このスープが完成というわけでーす」


「どんな味だっち?」


「まだ味見をしてないでーす。みんなでラーメンを頂こうと思って、我慢していたでーす。さーて、前回の自作の中国山椒を用いて作った醤油で、食べるでーす」


「ワクワクしますわ」


「煮込み続けたスープの神髄が味わえるぽこねー」


「早く食べてみたいでおじゃる! ヒヨコちゃんが満足するまで煮込み続けたスープで、さっそくラーメンを食べようでおじゃる」


 私たちは、市販の麺を茹でた後、ヒヨコ特性のスープをお椀の注いだ。


 そして……。


「いただきまーす」


 一口すする。そして……吐き出して捨てた。流しにドシャーっとドンブリごと。ヒヨコは目を丸くしながら私たちを非難してきた。


「なぜ捨てるのでーす! 勿体ないでーす」


「ヒヨコ姉さま……ヒヨコ姉さまもご自分が作ったラーメンを食べてみてください」


「そうだっち!」


「た、食べるでーす。これだけ煮込んだのでーす。美味しいに決まってるでーす。トンコツは煮込めば煮込むほどダシがとれるから、まずいわけ……が……。うげげげげ」


 ヒヨコも麺をすするや、お椀の中に吐き出した。


「渾身の手間と時間をかけたたのに、全部捨てることになるなんて、無念でおじゃるねー」


「す、捨てないでーす。頑張って作ったんでーす」


「ではヒヨコ姉さまは、そのスープ、全部飲むっちか?」


「う、うぅぅ……の、飲むのでーす」


 そう言いながらドンブリに口をつけるヒヨコの目には、光るものが見えた。


「やり過ぎはダメだということが分かりましたわ。圧力鍋が駄目だったのか、ミキサーで粉砕したのが駄目だったのかは知りませんが、とにかく、想像を絶する味でした。私、こんなラーメンを食べたの初めてぇぇー」


「破壊力が抜群な味だったでおじゃる」


「例えるのなら骨の味……とでもいえるでしょうか。ラーメンが大好きな私は、ラーメンブックを片手に門仲を拠点に、日本のありとあらゆるラーメンのお店を巡りました。なので、まずいか美味しいかの評価ぐらいはできるレベルになっております。骨臭い味でした。いやあ。骨くさい味でしたー。ヒヨコ姉さま……星、マイナスみっつぅぅー」


「でも、こうしたトライ&エラーが何度も続いてこそ、本物が生まれると思うでおじゃる。だからヒヨコちゃん、無駄な努力だったからといって落胆してはいけないでおじゃるよ」


 ヒヨコはずるずると麺をすすった。目からは涙が流れている。涙の理由は、森の女神様から優しい言葉をかけられたからか、あまりのまずさのラーメンを無理して食べているからか、真相は不明である。


 それから1時間後。私たちは卓袱台を囲んで、口直しとばかりに世界のチーズを食べていた。


「ラーメンは、今や特別な料理ぽこ。今、行列ができるラーメン店が中心となって、ラーメンは世界に羽ばたいているぽこ!」


 私たちが採録しているニュースによると、世界中のあちこちで日本人が経営するラーメンショップがオープンしているらしい。


「ところで、基本的に外国の人たちって、行列に並ぶのは大嫌いと聞くでーす」


「行列に並ぶのが好きな人なんていないっち」


「しかしながら度を超していない行列であれば、好んで並びたいともまた思うものです。私個人について言えば、逆に行列を見たら並びたくなってしまいます。なぜなら行列は、そのお店の商品のクオリティーを示す信頼度の高いバロメーターでもありますからね。行列が長ければ長いほど、ハズレを引く可能性が低くなるとも言えます」


「行列が出来ていると、日本人は並びたがるでおじゃるね。本能的に」


「国民性ぽこねー」


「一方、外国人は並びたがらないでおじゃる」


「本当っち?」


 私はふと思い出したことがあった。


「エスニックジョークを知ってるでぽこ? 国民性をネタにした、一種のブラックジョークぽこ」


「エスニックでブラックなジョークっち?」


 みんなが私に注目してきた。


「一つ有名どころを紹介するぽこ。とある、豪華客船が火災で沈没しそうになった時に、船員が各国の乗客に、どうやって声をかければ船から海に飛び込んでくれるかについてだぽこ」


「面白そうでーす。教えてほしいでーす」


「どうやって沈没船から乗客を海に飛び込ませるのでしょうか? ブラックということなので、真っ黒なのを期待しておりますわ」


「おじゃるー」


「エスニックジョーク『沈没船から避難させるために乗客を海に飛び込ませたい時に使う船員の言葉』。ロシア人には海を指さして『あっちにウォッカが流れていますよ』。イタリア人には『海で美女が泳いでます。飛び込めばモテモテですよ』。フランス人には『決して海には飛び込まないでください。決してです』。ドイツ人には『規則ですので飛び込んでください』。アメリカ人には『今飛び込めばあなたはヒーローになれますよ』。中国人には『美味しい食材が流れていますよ。海底には赤サンゴが生えてます』。日本人には『みんな飛び込んでますよ。飛び込んでいないのは、もはやあなただけです』。ちなみに、韓国人には『日本人はもう飛び込んでますよ』。北朝鮮には『今が脱北のチャンスですよ』。関西人には『阪神が勝ちましたよ』だぽこ」


 これはネットで有名なエスニックジョークである。私が考えたものではない。


「なるほど。日本人が他人と同じ行動をしたがるのは国民性なのですね。だから、行列を見ると、自分も同じ行動をしなくちゃって思って並んじゃうわけなのですね」


「そういえば、わざわざ行列を作るためにサクラも雇っているところがあるらしいでーす。新規オープンの店とかで」


「一方、外国の人は、人と同じことをしたいという傾向が日本人と比べて少ないぽこ。だからこそ、行列にはそれほど興味を示さないぽこ。並びたがらないぽこ」


「フランス人、そんなに言われた事と反対の事をしたがる国民性なのでーす? 韓国のあれは一体どういう意味なのでーす? 日本人の後追いをしたがる、という意味なのでーす?」


「さあね。このジョークを考えた人に直接聞くといいぽこ。有名なジョークだけど、どこの国の誰が作ったのかは知らないぽーこ。話を戻すけど、私が言いたかったのは、他者と同じ行動をすることで安心感を持ち、行列に並ぶのが潜在的に好きな日本人ではなく、嫌いな外国の人々でさえラーメン屋の行列に並ぶという点だぽこ。ラーメンの力は偉大ぽこ。行列が嫌いな国民性の人々も、並ばせてしまう魅力があるぽこ」


「に、日本の国民食であるラーメンが! いや、それだけではありませんわ。日本のお家芸である、ラーメン行列も広がっているのですね。とても感動的です!」


 ソラは手を組んで、目を滲ませていた。おいおい……。


「ちなみにラーメンは日本食じゃないぽこ。ラーメンは中華料理ぽこ。そこを間違っちゃダメぽこ。あと『ラーメン行列』なんてお家芸はないぽこよーっ!」


 そんなお家芸なんて、聞いたことがない。


「なんだか、もう一度。ラーメンが食べたくなったっち。ヒヨコ姉さま、ラーメンを作ってほしいっち」


「本気を出したラーメンは大失敗でしたけれど、一番最初に作ったラーメンは美味しかったですわ。また、作ってください」


「わらわも食べたくなったでおじゃる。また、ヒヨコちゃんに、ラーメンを作ってもらいたいのでおじゃる」


「あいよ! 私も途中から、もう一度スープ作りに挑戦したいと思っていたでーす。また数日かけて魂のこもった一杯を作るでーす」


「いやいやいや。数日なんてかけなくてもいいぽこ! テレビのラーメン特集で採録した通りの手順でラーメンを作るぽこ!」


「分かったでーす」


 それから2時間後、私たちは美味しいラーメンを食べることができた。鳥ガラでダシをとる場合、それほど時間を要しないという。むしろ時間をかけたらスープが鳥臭くなるとか。


 ヒヨコは、麺の湯きりを、ぱっぱっぱ、とする。


「へい、おかわり用の味噌ラーメン一丁あがりでーす!」


「おおっ! 味噌ラーメンもあるっちか。やっぱり味噌っちね。味噌こそ至高っち」


「ラッカセイは何を言っているのですか。醤油です。醤油こそ食材界の永遠のアイドル! 私は、しょゆゆ推しですっ!」


「塩だって美味しいでおじゃる」


「いやいやいや、塩はないぽこ。塩ラーメンなんて、海水を沸騰させて、麺をぶち込むだけで出来る簡単ラーメンぽこよ」


 私がそう言うと、森の女神様は批難するような視線を送ってきた。


「マメマメちゃんは全国の塩ラーメンファンから刺されるでおじゃるよ! 夜道では背後に、気を付けるでおじゃる!」


 どうやら私に敵が増えたようだ。


「でも、海水ラーメン、一度、食べてみたい気もするっち。ごくり」


「海水ラーメンかぁー。一体どんな味でーすかね。運が良ければ小魚や小蟹などの自然のトッピングがされていそうでーす」


 皆、本当に美味しそうだとばかりに話していた。私はそんな彼女たちに向かってかぶりを振った。


「いいや。止めておくべきぽこな。海水ラーメン? 海にはヘドロやらタンカーから漏れたオイル。洗剤なんかが溜め込まれているぽこ。戦国時代には合戦が行われた際に、川からドザエモンがわんさか流れて海に辿り着いたと思われるぽこ! それでも食べたいぽこ?」


「一気に、食べたい気持ちが失ったでーす」


 結論。醤油も味噌も塩ラーメンも、どれも美味しい。

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