『企画で論議ヌス』(ジャンル:エンタメ)

 カタカタカタとキーボードを打つ音が響く。ここは、迷いの森の最深層部にあり、日本の門前仲町と通じている次元の狭間。ゲートである。そこで働く私たちは豆タヌキと呼ばれる非常にレアな種族である。豆タヌキは食べると寿命が延びるということで、人間たちから狙われている。取引額は国家予算を越えており、かつて捕まった豆ダヌキ1匹の為に戦争まで起きたくらいだ。日本円にすれば私たちはそれぞれ兆の単位の価値が付けられるだろう。血液は、ドラゴンなどを材料として作られるエリクサーと呼ばれる神話級の万能回復薬・同量の約4倍。どの国家にも、私たちを捜索を主とする部署が設置されている。権力を手に入れた人間が次に望むものは『寿命』なのだ。そんな敵の多い私たちを匿ってくれているのが、森の女神様である。森の女神様は日本と私たちのいる世界をゲートで繋げる能力を持っているが、日本の情報などは一旦こちらの世界の者、つまり私たちなどを介さないと認知できない制約も持っている。そんな森の女神様は『退屈』が大嫌いであり、日本からの『お布施』を給料として、私たちに日本のテレビ番組を採録させるという仕事を依頼していた。そして私たちは、9年間ほど、テレビをパソコンのモニターで見て、それをメモ帳に文章化するという毎日を送ってきた。


 この日、いつものように森の女神様が食べ物を持ってやってきた。森の女神様の能力で、『お供え』されることで、お供物も入手することができる。茶菓子は頻繁にお供えされるので、賞味期限の近いお菓子から食べるようにしていた。


「おぬしら、休憩するでおじゃる。珍しい食べ物が手に入ったでおじゃる。カレーパンでおじゃる。森下のパン屋で販売されているめちゃめちゃ美味しいカレーパンでおじゃるよ」


「はーい」


 私たちはそれぞれ仕事を中断した。隣の部屋に移動し、卓袱台を囲んだ。


「ふー。疲れたっち」


「ずっと画面を凝視しながら、タイピングしてますからね」


「どうして、指は凝らないのに、肩が凝るっち? 指にも筋肉があるのに、不思議っち。それ以前に、そもそも私たちは人間の姿に化けているだけなのに、どうして肩が凝るっち?」


「それだけ人間に上手に化けている証でおじゃる」


「私達はタヌキから進化したレアな種族だから。まだまだ、未知なところがたくさんあるでーす。『なぜ、生きているのか。なぜ、生まれたのか。この世界は一体なんなのだろうか。生とは、死とは一体なんだろうか』これらも永遠の謎でーす」


「ヒヨコのくせに、哲学チックな事を言うぽこねー」


 あはははは、と皆で笑い合った。


 先日購入したコーヒーメーカーが、ブザーを鳴らした。私達は順番に出来たてのコーヒーをコップに入れていく。


「ところで、何か面白い番組や企画はあったでおじゃるか?」


 カレーパンをもぐもぐしてから私が答えた。


「あったぽこ。企画自体から立てる、という企画が放送されていたぽこ」


「企画自体から立てる? それはどういう意味っち」


「とある、ディレクターが一から企画を立てて番組を作る様子に密着したテレビ番組ぽこ」


 そう言ったところ、みんなが目を輝かせた。興味を示したようだ。


「へえ、それは面白そうっち。どんな風にテレビ番組が作られるのか、ずっと気になっていたっち」


「この時のディレクターは、どうやって企画を立てたと思うぽこ?」


「それが知りたいのですわ。もったいぶらないで教えてください」


「なんと、過去に放送した数百という番組を見たんだぽこ。局内には倉庫のようなところがあって、そこにこれまでの映像が納められているぽこ」


「おーいおい。冗談はよしこちゃんでーす。過去の番組なんて見てどーするでーす」


「パクるっち! きっとパクる気だっち」


「せこいでおじゃる。テレビ局の人は、企画を作る際に、過去の番組の見て、パクるのですね。これでいいのでしょうか、日本は!」


「いやいや。このディレクターさんがそうした、というだけぽこ。きっと過去に放送した番組を見て、インスピレーションがわくのを待っていたと思うぽこ。こういうクリエイティブな仕事をしている人は、こうやってアンテナを張って常にネタを探しているぽこ」


「なるほどー。私も小説を書いてるから分かるでーす。たしかにネタを探すにはテレビを見るのが一番手っ取り早いでーす。ある作家さんは、電車の中やファミレスなどでの赤の他人さまの会話に耳を立ててネタを探すと聞いたことがあるでーす。けれど、情報量はテレビの方が圧倒的に多いでーす」


「待つぽこ。ヒヨコは小説をまだ『一作』も書いてないぽこ。書いていないくせに小説を書いてる、だなんて嘘つくなぽこ。格好悪いぽこよ!」


 私がそうツッコミを入れると、ヒヨコはあからさまに不機嫌な表情をした。


「ムムム。心外でーす。書いてるでーすよ」


「だったら、証拠を持ってこいぽこ」


「あ……頭の中で書いてるから、証拠なんてないでーす。頭の中で『思いえ書いている』のでーす」


 思いえ『書いて』いる?


「それは、書いてるうちには入らないぽこ!」


「ウグググ」


 ヒヨコは悔しそうに私を睨んできた。


「話を戻すぽこ。そのディレクターさん、ピーンとくるものがなかったからか、過去の番組のビデオを見続けている途中でねっちゃったぽこ」


「ねちゃったのですかー。自分がカメラで撮られていることも忘れて! なんというディレクターでしょうか。それで高給取りだったら納得がいきませんわ」


「いやいや、国会議員の方が納得いかないっち。奴らはサボっても給料をちゃんともらえるっち」


「それって、サボっているのではなく、抗議なのでは?」


 時々、野党と呼ばれる集団が、国会を欠席するというニュースを採録する。最初は、どうして仕事を休むのか理解できなかったが、どうやらこれは『ストライキ』と呼ばれる類のものらしい。自分の意にそぐわぬことがあった場合、こうやって『ストライキ』を起こし、相手を困らせることで、自分たちの意見を聞き入れさせるのだ。


「抗議だとしても、休んだら、その分の給料は引かれるべきだっち! もし私たちが税金を払っていたら、激怒してるっち! 休んだ日の給料ももらえるなんて納得できないっち!」


「いや。私たちも税金を払っているぽこよ。『消費税』という名の税金を!」


「納得できなーーーーいっち!」


 ラッカセイは熱くなっている。彼女は近年、国会中継などを好んで採録している。日本の政治に関心が出て来たのかもしれない。一方、私はドラマやアニメなどを。ヒヨコはバラエティを。ソラは料理番組とスポーツ中継を好んで採録していた。毎日のように森の女神様の能力でパソコンに落とされる番組のデータは時期や局がランダムだが、落とされたデータからは、各自が好きな番組を選択して見ることができる。


「とにかく、この居眠りをしていたディレクターも目を覚ましたぽこ。そして、ついにピーンときたものがあったぽこ」


「結局、そのディレクターさんは、どんな企画を立てたっちか?」


「ウナギについてだぽこ。ウナギって、どうやって誕生するのか、未だに不明なんだぽこよ」


「本当にでーす? 科学が発展している日本なのにでーす?」


「まだまだ、この世の理で分からない事なんて日本にはたくさんあるのでおじゃる」


「例えば何ぽこ?」


「幽霊がいるかどうか……とか?」


「いないぽこ!」


「いいや、いるかもしれないでおじゃるよ!」


「サンタクロースはどうっち?」


「いないぽこ!」


「サンタクロース、私は信じていますわ」


「神様はどうでーす?」


「そんなの、いないぽこ!」


「わ、わらわはこれでも神でおじゃるよー」


「そういえばそうだったぽこ。すっかり忘れていたぽこ。だって女神様は全然、神様らしくないぽこ」


「ガーンでおじゃる」


 森の女神様は本気でショックを受けたようだ。


「そんなこと、どうでもいいっち。それにしても、ウナギの生態がわかっていないのは、きっと、ウナギってすごくシャイだからだと思うっち」


「なるほどでーす。産んでいる姿を見られたくないのでーすね」


「すごく恥ずかしがり屋さんだっち」


「んなわけあるぽこか! ウナギは回遊魚だぽこ。広大な海のどこにウナギの排卵場所があるのかを、突き止められていないだけぽこ」


「きっと、とんでもない方法で子供を産んでいるに違いないですわ」


「だから魚類だから、子供を産むとかじゃなく、卵から還るぽこねー。そこは常識として、間違えないようにするぽこ」


「いいや。きっと、口の中からポンポンと赤ん坊を生み出したりしているに違いないっち」


「ピッコロぽこかー!」


「もしくは分裂したりしているでおじゃる……」


「ウナギは分裂なんてしないぽこよー!」


「こわいでーす。解明されていないから、完全に否定はできないでーす。本当かもしれないでーす」


「いやいや。だからウナギは、卵から孵るって言ってるぽこ」


「いきなり幼生を産む場合もあるかもしれませんわ?」


「魚類は、みんな卵から産まれるぽこ! 口から赤ん坊を生んだり、分裂で増えたりしないぽこー! ウナギはイルカのような哺乳類じゃないから、体内受精での出産も絶対にしないぽこー!」


 魚類はみんな卵から孵る。


 後日、私たちは鰻屋を訪れた。店の外までいい匂いがした。メニューには普段は目にしない程の高額な値段が並んでいるが、私達は笑顔で一番高いメニューを注文した。節約するところは節約するが、使うところには使うのが私たちだ。


「ウナギ、美味しいでおじゃるなぁー。魚のキングでおじゃる」


「そうでーすか? キングはマグロじゃないのでーす?」


「私はムツ派だぽこ」


「クジラはどうだっち? 味に関する『キング』はたくさんいるだろうけれど、体の大きさで言えば、クジラが『キング』じゃないっちか」


「ちなみに、クジラは哺乳類だから魚ではないぽこ」


 クジラもイルカも哺乳類である。


「クジラって昔の日本人の食卓と健康を支えてくれた有能なタンパク質の源だった、よく聞くでーす!」


「外国の人は、クジラを食べる事に反対しているっちね。クジラは頭のいい動物だから食べちゃダメだって。食べたら非人道な動物と、食べても非人道ではない動物、人間はどうやって分けているっち」


「犬や猫を飼っている人が、犬や猫を食べちゃ駄目だと主張するのと同じでーす。自分目線でカワイイと思うかどうか、の違いじゃないでーすか?」


「人間は、たまにこうしたエゴな考え方をするぽこ。クジラを食べたら駄目だと言っている人も豚や牛をしっかり食べているぽこ。逆に、豚や牛を食べてはいけない、とブーメランを返したら、そういう人たちは従うぽこかね?」


「きっと、従わないでおじゃるねー。クジラはダメだけど、豚や牛はダメじゃないって反論するでおじゃるな」


「エゴですわー」


 とはいえ、タヌキを食べたらいけないという主張する者が現われたら、私たちは大賛成するだろう。そういう意味では私たち豆タヌキもまたエゴイストである。


「ところでクジラって養殖できるのでしょうか?」


「技術的に、であれば私は出来ると思っているぽこ」


「そうなのでおじゃるか? あんなに大きいのに?」


「マグロも大きいけど、養殖されているぽこ。すしざんまいを経営している『喜代村』は自社でマグロの養殖をしているぽこ。さらに、その社長さんはソマリア沖の『海賊』にそのマグロの養殖をさせているらしいぽこ」


「か、海賊っち?」


 そう。海賊である。


「海賊は貧しい暮らしゆえに略奪行為をするんだぽこ。逆に仕事を持っていれば略奪行為をしなくなる、という理屈ぽこね。すしざんまいの社長さんは、すごいぽこ。海賊にマグロの養殖をさせて、治安も良くしたぽこ。前代未聞ぽこ」


 ゆえに日本でもニュースとして取り上げられ、私の知るところになったのである。


 ソマリア沖には魚の売り場のような場所がなく、食べ方もよく分かっていなかった。現地の人間は暮らす手段がないので、武装して海賊行為を行うことで生計を立てていた。


「ところで、マグロって具体的にどうやって養殖してるっち?」


「海に大きな網を敷くぽこ。そこでマグロたちを育てるぽこ」


「スペースの規模を拡張すればクジラの養殖も可能かもしれませんね。半ばクジラ様を祀っているクジラ教の団体の方々も、養殖ならば文句を言ってこないのではありませんか。だって、彼らはクジラをとることを反対しているのは、主に『絶滅』を危惧しているためでしょ?」


「どうでおじゃるかな。目的を達成するための手段それ自体を、目的にしている人も多いでおじゃる。反捕鯨に対しての多大な寄付など、営利も関わっているから、理屈抜きで反対しようとするかもしれないでおじゃる」


 当分、『捕鯨』に関するこの国際問題は、解決されなさそうだ。


「ちなみにウナギの養殖についてなにか分かったっちか?」


 先日、ウナギの話題が出てから、森の女神様は『ウナギ』に関する題材を扱った番組をパソコンに落としてくれた。ランダムに落としていると思われたデータも、ある程度は森の女神様のお力で取捨選択ができるようだ。


「先日は、ウナギの養殖は不可能、という話だったでーす。しかし、近年の番組で報じられている情報では、ウナギの養殖は稚魚からなら、可能らしいでーす。ウナギを養殖する時には、稚魚を自然の川に放つらしいでーす」


「自然の川っち?」


「ウナギの成長を、自然に委ねるらしいでーす」


「それを養殖というのなら、天然ものと区別がつかないっち!」


「成長の過程は天然ウナギと一緒でーす。でも、養殖ウナギと天然もののウナギの収穫量を測る必要があるでーす。養殖しようと川に放ったウナギが全滅していたら、養殖費用が無駄になるでーす。だから、川に放つ前のウナギの体にグサリと杭のようなものを刺すらしいでーす」


「えー、可哀相ぽこよ。ハグハグ」


 私は、ウナギをモグモグと頬張りながら、顔をゆがめた。


「わたくしも、ウナギの放流については採録したことがあります。近年ではペイントを目の下に塗るというやり方になっているらしいですわ」


「それも可哀相ぽこねー。知らない間に顔に落書きされるなんて」


「というか、さっきから美味しそうに食べているから、説得力が全くないでおじゃるよー。本当に可哀相だと思っているのでおじゃるか」


「うぅ……言われたぽこ」


 なお、私も新しくうなぎに関しての番組を採録したが、稚魚を自然に戻して育てるやり方だけではなく、『共水うなぎ』のように23度、32度、28度、18度と四季を再現した水温の水槽で、うなぎを4倍のスピードで大きくするやり方での養殖も行われていることも学んだ。さらには不可能とされていた卵から稚魚への養殖も、水産総合研究センターで成功したということも分かった。ただし、仔魚から稚魚に育てるまでが、ものすごく難しいようで、うなぎの完全養殖によって、スーパーに安価なうなぎが出回るのは、まだまだ未来の話になりそうである。

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