『交際前に秘密を告げるか告げないかで談議ヌス』(ジャンル:エンタメ)

 休日の午前中、私がキッチンにお茶を取りに来た時だった。ヒヨコが頭を抱えながらブツブツ言っていた。


「うーん。うーん。吾輩は猫であーる。猫であーーるっ」


「なんか、それ、見た事あるぽこ! また、何か悩んでいるぽこか!」


「ねえねえ、マメマメ姉さま。何かネタはないでーす?」


「ないぽこ……」


「そんな殺生でーす」


「今度はなんだぽこ?」


「次の新人賞に応募したいでーす。そのための、ネタが欲しいでーす」


「だったら、こないだのホラーの続き書けばいいぽこ」


「続き? 私、一ページも、書いてないでーすよ?」


「そ、そうぽこか……一ページぐらいは書いていたと思ってたぽこ。私はもうネタの提供はしないぽこ。しても無駄だと悟ったぽこ。たった今」


「そんなー。無慈悲でーす」


「構想は何かないぽこか? もしくは書きたいワンシーンとかないぽこ? そのワンシーンから話を膨らますというやりかたもあるぽこ」


「あるでーす。整形した女性が、交際する前にその事実を言うか言わないか嘔吐しながら悩むというシーンを書きたいでーす」


 なんじゃそりゃ……。


「そのシーンは別にそこまでの印象には……いや。ヒヨコが書きたいのなら、いいかもしれないぽこね。ちなみに私は事実を言わなくてもいいと思う派ぽこ。話す必要なんてないぽこ。そもそも、なんで整形したことを交際前に話さなくちゃいけないぽこ?」


「え? え? 話すのが普通だと思うでーす。話したら嫌われちゃうかもしれない、でも話さなくちゃいけない。そこに葛藤が生まれるのでーす」


「だから、どーしてぽこ? どうして話さなくちゃならないぽこ?」


「なーんとなくでーす」


「私は、もしもその女性がアッチの方も整形した『ニューハーフ』だった場合も、交際前にその事実を言わなくてもいいと思っているぽこ」


「それはさすがに、性別は絶対に言わなくちゃまずいレベルでーす! 整形を隠すのとはわけが違うでーす。そもそも交際が発展しても、同性同士では結婚できないでーす!」


「わかったぽこ。とりあえず、ヒヨコが描きたいシーンの登場人物の実際の心情を知るには、実体験をするのが手っ取り早いぽこ」


「実体験でーす?」


 私はやってみたかったことがある。折角だから、ヒヨコを巻き込む事にした。ちょうど今日と明日で2連休だ。


「昨日、採録したぽこが、中国では今、16億円以上の預金を持っている男性限定の婚活パーティーが行われているらしいぽこ」


 16億円以上の預金を持つ人間は、エリート中のエリートである。


「そうなのでーす? 玉の輿に乗りたいという願望を持つ女性が、わんさか参加していそうでーすね」


「私たちも、その合コンに参加してみるぽこよ」


「ええー? ゲートが通じているのは日本の門仲で、中国ではないでーすよ? 冗談でーすよね?」


 しかし冗談ではなかった。私たちは実際に中国に向かった。現在、飛行機の中にいる。ビザがないので『荷物』に化けることで飛行機に紛れ込んだ。私とヒヨコは、荷物の外見のまま会話する。


「そういえば中国は中国共産党という一党のみの国でーすよね」


「うん。そうぽこね」


「共産党って、富を分け与えながら、全員が平等でハッピーになりましょうという考え方なんでーすよね」


「そんな考え方ぽこね」


「ふと思ったでーす。一方の資本主義は、頑張った人はその分、ハッピーになれますよって考え方でーすよね?」


「そうぽこよ? さっきから、何が言いたいぽこ?」


「中国は共産党。日本は資本主義。お金持ちと貧乏人の格差は、どちらの方が少ないのでーす?」


「共産主義をとっている中国の方が貧富の格差が少ない、と言いたいところだけれど、日本ぽこねー。ニュース報道を見ている限り、中国では貧富の格差が社会問題となっているぽこ」


「それ、理屈的におかしくないでーす?」


「机上の空論だぽこ。理論で導き出した結果と実際の結果が一致しないのは、よくあることだぽこ」


「確かに理屈と結果が違うことは実生活でも多いでーす。めちゃくちゃ美人よりも、平均よりやや美人って人の方がモテる現象があるでーす」


「そうぽこ?」


「はいでーす。キャバクラでは、見た目がナンバーワンなベッピンさんよりも、あの人がナンバーワンなの? 的な人が実際にはNO1に多いらしいでーす」


「そういえば、一世を風靡したアイドルグループも、超美人の集団というより、どこにでもいそうな可愛い子が集まった感じぽこもんねー。その総選挙でかつて頂点に君臨していた女の子も、ゴリラ顔だとマスコミから言われていたぽこねー」


「トーク力も含めての総選挙1位でーすね」


 数あるアイドルグループの中で群を抜いた人気を持つ。かつ、そのアイドルグループ内での頂点に君臨する女の子。理屈では日本で一番の美少女であるはずだが、実際はゴリラ顔やブスとも言われており、平均よりややカワイイという女の子であったことがある。すなわち机上の空論。理論と現実は必ずしも一致していないことの証明でもある。ベースとなる論理に対し、様々な要因が横から付加されていき、予想と全く逆の結果が出ることは珍しくないのだ。


「世の中は私たちの理屈では理解できない動き方をするぽこ。だったら、考えられるかもしれないぽこ。私たちが、パーティーを通じて玉の輿に選ばれる可能性も!」


「あれれ? 私の小説のネタのための体験に付き合ってくれるだけじゃないのでーす?」


「……明日には明日の風が吹くぽこっ!」


「意味が分からないでーす。それ、どこかで聞いたことあるでーす」


 私たちの乗った飛行機が中国に到着した。私たちは『荷物』から『アケビコノハ』に化けるや、植物柄をした他の乗客の荷物に擬態しながら引っ付くことで、ロビーを抜けた。そしてボンキュボンな中国美人に化けた。その後、ヒッチハイクをしながら婚活パーティーが行われている会場にまで向かったわけだが……。


「くっそー。門前払いされたぽこっ!」


「やっぱりカタコトの中国語がいけなかったのでーす?」


「というか、行き当たりばったりに、会場にやってきた事がダメだったぽこ。だって、この婚活パーティーに参加する女性は、色々な厳しい審査をクリアしなくちゃダメなんだぽこ。でも、そんな審査、いちいち、めんどくさくて受けてられないぽこよー」


「最初から、だめだったでーーす。飛び入り参加できないのなら、私たち、ここまで何しにきたのでーす!」


「いやあ。めちゃくちゃ美人な中国美人に化ければ、理屈では理解できない展開をするかもしれないと思っていたぽこ」


 私は苦笑いをしながら頭をかいた。ヒヨコはジト目で見つめてくる。


「なるほど、だから飛行機の中で、あんな話をしたのでーーーすね。確かに机上の空論という単語はあるでーすけど、世の中の大抵のことは、理屈通りに進む場合の方が多いでーす」


 まあ、正面口突破が無理なら、また荷物なんかに化けて入るつもりだったが。


「審査を受けなくても、婚活パーティーに入れる可能性は……」


「うん。まず、ないでーすねっ! 私の、貴重な休日の時間を、返せでーすっ!」


 ヒヨコと会場の前で、揉み合っていた数十分後、なんと私たちは奇跡的に会場に入る事が出来た。交通事故やインフルエンザなどで、女性側の欠場者が結構出たそうで、頭数合わせの為に、参加してもいいと言われた。しかし、あくまでも会場を華やかにする『背景』としてであり、厳しい審査を通過して出席を認められた他の女性の迷惑にならないようにしろ、とも言われた。簡単にいえば、サクラとして雇われたのだ。


 会場では立食パーティーが行われていた。


「おおお。会場がすごくゴージャスぽこ。そして料理もお酒も美味しいぽこ。挙句の果てに、私はどーして、こんなにモテモテぽこ」


「それは……」


「おっと。新しい殿方が、やってきたぽこ。ハーイ。ウォアイニーウォアイニー」


「ワーオ」


 今、私の周りに様々な男性が集まってきている。中国語は3割ほどしか分からないので、相手の言っていることの全てを理解しているわけではないが、みんな頬を昂揚させて話しかけてくるのだ。


「マメマメ姉さまは卑怯者でーす。よーく見たら、中国を代表する超有名女優そっくりに化けているでーす。本物と勘違いされているでーす」


「ヒヨコも、中国美人に化けているぽこ。実体験は小説のネタになるぽこ。ラブして、本当に玉の輿になっちゃいそうな時、『実は豆タヌキです』だんて、告白できるかどうか、自分でその時の心情を体験するぽこ。おもしろそーなノンフィクションなラブストーリーが描けるぽこ」


 ちなみに私自身については言わないだろうと確信した。自分にとってマイナスにしか働かないことを伝えても、百害あって一利なしなのだ。正直者は損をする。逆のベクトルの自己アピールをすることで婚期を逃した者は少なくはないだろう。


「私はマメマメ姉さまみたく図太いことはできないでーす。そもそも私はお金目当てでの結婚も交際も反対でーす」


 誰もが、日本語を分からないようなので、私とヒヨコは普通に日本語で掛け合いをする。そんな時、黒服の男がやってきて、私たちを会場の廊下に連れ出して、注意してきた。その後、2人で女子トイレを訪れた。


「さっきの黒服さんに、なんて言われたでーす? 私はマメマメ姉さまより、中国語に疎いから、何を言っていたのか分からなかったでーす。怒っていることだけしか分からなかったでーす」


「……うん。正式な会員じゃなくて、『背景』だから、これ以上目立つと追い出すと言われたぽこ。ガックシぽこ」


「そうなのでーす?」


「どうやら男女がくっついてゴールインした場合、パーティーの主催者側にお金が入るらしいぽこ。まあ、仕方ないぽこ。私たちは補てん要員として会場入りできたわけだし、中国での滞在も出来ない。現実問題、結婚も出来ないぽこ」


「……うん。豆ダヌキだけにでーす」


 それから数時間後、私たちは帰りの飛行機に、再び荷物に化けて乗っていた。


「いやあ。食ったぽこー食ったぽこー」


「途中から、随分と会場でのマメマメ姉さまの食べっぷりが注目を集めていたでーす」


「ヒヨコは今回の中国のエリートさんたちによる特殊なお見合いパーティーを題材にしてラブストーリーを描くといいぽこよ。中国の莫大な財を持つ御曹司を巡っての、女たちの熾烈な戦い。遠目に見ても、感じてたぽこよね?」


「はい、マメマメ姉さま。女性陣は玉の輿に乗ってやろうと、常に微笑みを保ちながらも、狩人のような目をして覇気まで放っていたでーす。恐かったでーす。でも、面白そうなコメディータッチなラブストーリーができそうでーす。当初の目的だった『交際する時に整形したことを話すか話さないかの実体験をする』には失敗したけど、今回の体験を下敷きにした面白い恋愛小説を書いて、新人賞に応募するでーす」


 その翌日……。


「うーん。うーん。吾輩は猫であーる。猫であーーるっ」


「またそれぽこかー!」


「筆が動かないのでーす」


「作家になりたいのなら、どんなネタであっても、短編でもいいから作品を書きあげる力は必要ぽこよー。面白いか面白くないかは、この際おいといて書くぽこーー!」


「吾輩は猫であーる。猫であーーるっ。うーん。うーん」


 ヒヨコが第一作目を書き終えるのは、まだまだ先のようである。

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