『終活で談議ヌス』(ジャンル:生活)
休憩中いつものように卓袱台を囲んで私たちは他愛もない話をしていた。そして唐突にふと思った。『死』とは一体、なんだろうか、と。
「みんな、死ぬ事は考えてるぽこ?」
みんな、ブーーーー、と飲んでいたコーヒーを吹いた。本日はケーキとコーヒーの組み合わせだ。ケーキは東京駅のデパ地下で購入してきたものである。
「急に何を言い出すのでおじゃる? ビックリしたでおじゃる」
「唐突でーす」
「そう。死とは唐突に訪れるものだと思うぽこ。寿命とは老死だけではないぽこ」
「事故死なども含まれるということでしょうか」
「そうぽこね。私たちは間接的にだけれど、人の死を頻繁に扱っているぽこ」
「たしかに歌舞伎俳優、有名司会者、外国の有名歌手が麻薬で死んだ出来事など、色々と扱ってはおりますけど……」
「私たちも死について、ちゃんと考えなくちゃいけないと思うぽこ」
「マメマメちゃん、わらわたちは不老不死でおじゃるよ? さらには、この迷いの森は安全な場所でおじゃる」
「でも女神様、死というのは、やっぱり唐突に訪れるっち。私たちじゃなくても人間も、ちゃんと普段から対策を行わなくちゃいけないっち。少年でいえば書籍の処理についてとか……」
「なんでおじゃるか、書籍って?」
「察してほしいっち」
「私、分かりました。大抵はベッドの下に隠しているらしいアレのことですわね」
「あとはスマホの中身やパソコンの中身とかも気を付けなくちゃいけないでーす。死後のことなんてみんな意識してないだろうけど、何も対策をしていなければ、かなり恥ずかしい事になる場合があるでーす」
「とりあえず、家族に性癖を知られる事になるのは確実っち。運が悪ければ親戚にも。そうなってはもう、生きてはいけないっち!」
「まあ、その時はもう死んでるのですけどねー」
あはははは、と私たちは笑い合う。しかし、確かに対策は立てて置く必要はあるだろう。
この日の夜、私たちは、墓参りをしに日本を訪れた。日本ではお盆のシーズン真っ只中で、墓地は賑わっていた。最初の墓参りの相手は懇意にしてくれていた門前仲町の和菓子店のおばちゃんである。私たちは常連だったので、よく割引してくれた。
「祭りのようだけど、祭りではない……そんな独特の雰囲気ぽこ。お盆期間中のお墓詣りって独特ぽこ」
「そもそも、お盆ってなんでーす。お盆なんて概念は私たちの世界にはなかったでーす。誰か、説明を求むでーす」
「ヒヨコ姉さま。お盆というのは、生前に過ごしたとされる家に帰ってくる先祖や死んだ親近者の霊を迎え、供養する行事の事なのですわ」
「ということは、お盆にお参りをする人たちはみんな、幽霊の存在を信じているのでーす?」
「基本的には幽霊なんて信じてはいないけれど、もしかしたらいるかも! って思っている人が大半なのではないでしょうか?」
「喋るタヌキなんかもいるご時世だぽこ。幽霊がいてもおかしくないぽこ」
「そもそも、私たちの世界では普通にアンデッドモンスターが闊歩してますものね」
日本にはいないが、私たちの世界にはしっかりと供養しないと、人間はゾンビなどのアンデッドモンスターとなる。なお、アンデッド系モンスターになるのは人間のみで、他の動物はならない。おそらく、日本の人間と私たちの世界の人間は、同じ外見であっても、その中身は異なっているのかも知れない。
「死後の世界なんて、あるのかどうかは分からないでおじゃるが、お盆の時期に一斉に戻って来るのだとしたら、大渋滞になるでおじゃるなー」
「何億人規模ぽこ! もしも日本では人間の霊だけではなく他の動物や細菌なんかの霊も現世に戻ってくるのだとしたら、ものすごい規模になるぽこ」
私たちは和菓子店のおばちゃんの墓にくると、持ってきた花をお供えし、手を合わせた。墓参りの手順については学習済みだ。
「それにしても最近は、奇抜なデザインをした墓が増えてきているっち」
「そうぽこね。あれなんて墓なのぽこか? まんまビール缶だぽこ」
お隣の墓石は、ビール缶なデザインとなっていた。
「きっと、生前はビールが大好きな人だったっち」
「あれは? サッカーボールぽこ?」
「きっと、サッカーが好きだったっち」
「おにぎり型の墓もあるぽこ。ギターもバイクも巨大ロボットもコーヒーカップも猫型ロボットもーーー。モザイクをいれなくちゃ、公共の電波で放送できないようなデザインのもあるぽこ! どんだけフリーダムなんだぽこ」
和菓子店のおばちゃんの墓の周りは、ユニークな墓石でいっぱいだった。
「石を加工する技術が近年、高まってきたからでーす。だから、このようなデザインの墓が増えてきているでーす」
「でも、いいぽこか? こんな自分勝手な形の墓を建てても」
「いいのではありませんか。だって、これが正解、なんてものはないのですから」
「そうでーす。あれだって、墓なのでーす」
ヒヨコが、小高い山を指さした。
「え? あれ? ただの背の小さな山じゃないぽこか?」
「あれはね、山のようだけど墓なのでーす。古墳というお墓なのでーす」
「あれは古墳ぽこか?」
「世界の墓には三角形のピラミッド。バッテン印の杭を打ち込んだだけの墓もあるでーす。そもそも、墓なんて元からフリーダムでーす。なんでもありでーす」
「確かに色々な種類があるぽこ。古来から続いている日本式の墓が唯一の正解とはいえないぽこね」
「昔の人はお墓の大きさで、自分の権力の大きさを誇示していたのです。外国でも日本でも考えることは同じです。そして金銀財宝などを、遺体と一緒に埋めていたそうです」
「貴重品を死後の世界に持っていくつもりだったっちね」
実際は持ってはいけないのだろうけど……。
「もっと大昔の日本では、死後の世界に連れて行けると思ったのか、生きた人間も古墳の中に埋めるという、残虐非道なお偉いさんもいたでーす」
「そう考えると、私たちはいい時代の日本に来たもんだぽこ」
私たちは次のお参りをするお墓に向かった。この人も門前仲町で知り合った人で、行きつけだった飲食店の店主だ。彼の作るテンプラは絶品だった。私たちは外食の日を設けて、週一で店に通っていた。店主さんが死んだ時は私は泣いた。
「ついたついた。店主さんの墓はここでおじゃる」
「え? ここなのですか?」
ソラは目を丸くした。驚いているようだ。
「そういえば、ソラは去年は風邪で寝込んで、お参りにこれなかったぽこね。ここが目的地だぽこ」
「何もないではありませんか。目の前には、花壇しか……。はっ! もしかしてっ!」
現在、私たちの前には花壇しかない。私はソラに説明した。
「そうぽこ。自然の中に埋められたい人は、花壇の下に埋めてもらうことができるぽこ。この花壇は、色々な人が埋められるようになっていて、いわゆる墓のシェアハウスみたいなものだぽこ」
「そんなものがあるのですか?」
「もしもお参りに来る人がいなくても、住職さんがお参りしてくれるらしいぽこ」
店主さんは若い頃に、外国人の奥さんをもらったが、日本の地震が怖いから帰る、と妻が子供を連れて自国に行った。もちろん店主の知らない間にである。妻は自国で再婚したらしく、それ以降は音信不通の状態らしい。つまり店主さんは生前、孤独の身の上だった。そして、お参りに来る人がいないため、こうした墓を選択した。
「へー。住職さんがお参りしてくれるなんて、いたれりつくせりですわ」
「墓友というのも近年は有名でおじゃるね」
「なんでしょうか?」
「将来的に一緒の墓に入る事を前提として付き合っている交友関係のことでおじゃる。こういう花壇のお墓には、前もって生前から予約をしなくちゃ入れないのでおじゃるよ」
「それじゃあ、お参りするぽこ」
「はーい」
私たちは店主さんが眠っている花壇に向かって、お参りした。生前は大変な生涯を送ったので、せめて死後の霊生は安らかでありますように、と。
「さーて、帰ろうっち」
「帰るでーす」
私は帰ろうとしているみんなを呼び止めた。
「ちょっと待ってほしいぽこ! もう一ヶ所、墓参りもしたいところがあるぽこ。いいぽこ?」
「いいですわ」
「どなたでしょうか?」
「日本にやってきた当初、色々とお世話になった近所の伊藤さんぽこ。今年の春にお亡くなりになったぽこ」
そう言ったところ、みんな驚いた。
「し、知らなかったでーす」
「伊藤さんには、右も左も分からない時に、たくさんご迷惑をおかけしたっち。墓参りをしなくてはいけないっち」
「では、伊藤さんの墓参りに行くでおじゃるよー」
私たちは墓地を出た後、タクシーに乗った。そして、とあるビルの前で止まった。まず、ヒヨコが不思議そうに訊いてきた。
「あれ? タクシーをここで降りてもいいのでーす? ビルでーすよ?」
「ここでいいぽこ。これはハイテク寺ビルなんだぽこ」
ビルの中に入って、係員に伊藤さんのお墓参りに訪れたことを告げると、伊藤さんの遺骨を機械で祭壇に出してもらった。私たちはお参りをしてから、ビルを出る。
「いやあ。最近では、ビルそれ自体がお墓になってるっちね」
「一応の見た目はビルだけど、寺だぽこ。お坊さんもちゃんといるぽこ」
昔の人はピラミッドや古墳などを墓としていたが、現代では『ビル』である。お参りしたい時だけ、目的の相手の遺骨を祭壇まで機械によって運んでくれる仕組みになっている。
「今って少子化ですからねぇ。墓守をしてくれる人がいないので、このような形態が増えてきたのですね。墓守がいないと墓って撤去されますから」
「え? 撤去されるぽこか?」
それは初めて知った。
「そうですわ。お寺にお金を払い続けないといけないのです。仮にお金を払わなかった場合、撤去されるのです。撤去の前にはお寺から連絡をするのですが、引っ越しなどで住所や連絡先が分からなくなった人もいます。そんな人が数年ぶりにお参りをしようと故郷の墓地を訪れた時、そこに他人の墓が立っていた、というトラブルもあるらしいのです」
「結局はお金ぽこかー!」
「死んでもお金の問題って付きまとうのでおじゃるね」
撤去されたお墓の中の遺骨はどうなるのだろうかと気になった。廃棄処分されるのだろうか? それとも、どこか一ヶ所で預かっているのだろうか。
「みんな、帰る前に、焼きそばとかき氷でも食べに行かないでおじゃるか? お墓参りの帰りに、焼きそばとかき氷を食べるのがツウでおじゃるよ」
「いいっちねー」
「なんで、焼きそばとかき氷を食べるのがツウなのかが分からないぽこ。でも、行くぽこ」
私たちは都会の街を歩いた。現在の時刻は20時半だ。私たちの世界に電灯はないので、暗くなったら人間は基本的には家からは出ない。一方、日本の都会では、まだまだ大勢の人が行き交っていた。ネオンもキラキラとしている。
「あちらの食堂など、どうでしょうか? 『氷』の旗がはためいております」
私たちは食堂に入ると、焼きそばとかき氷を注文した。腹話術ぬいぐるみとなっている森の女神様には『お供え』するだけでよいので、注文は4人分だ。
「私たちの葬儀は、どんなのにしたいぽこ?」
「えー。唐突っちね」
「私はもしも死んだ場合、普通の葬儀にしてほしいですわ。ひっそりとする家族葬がいいのです。葬儀費用は、平均189万円前後らしいです」
「た、高いでおじゃる! 日本からの私へのお布施だけでは、手が出せないでおじゃる」
「女神様は日本では名前に『財』の文字の入っている神様だっち。どっしどっしお布施をされていそうっちけどね」
「理想と現実は違うのでおじゃる。とほほほ」
とはいえ、お布施をしていただけるだけでも、ありがたいことなのだろう。
「お金のかからないやり方でしたら、『直葬』がいいのではないでしょうか。今、人気らしいですわ」
「なんでーす、直葬ってなんでーす?」
「葬儀を行わずに、直接火葬場から始める葬儀のやり方です。さらには、直葬の直後、そのまま火葬場で遺骨を処分する『0葬』も人気があるらしいですわ」
「えー。火葬場の人が、骨を処分してくれるぽこ?」
「そんな便利なのがあるっちね。でも、なんだかトラブルが起きそうでもあるっち」
「……かもしれないでおじゃるね」
焼きそばとかき氷が運ばれてきたので、私たちは食べることに集中した。
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