『限界集落殺人事件で談議ヌス』(ジャンル:犯罪)

 採録の仕事をしていたところ、森の女神様が門前仲町で購入した茶菓子を持って、休憩をすすめにきた。


「休憩するでおじゃるよー」


「はーい」


 私たちは隣の和室に移動し、卓袱台を囲んで座り、茶菓子と一緒に抹茶を飲んだ。最近の私たちのブームは苦い抹茶だ。茶菓子を頬張っていたところ、森の女神様が話しかけてきた。


「マメマメちゃんは、最近採録したニュースで、何か気になっているニュースはあるでおじゃるか?」


 気になっている事件は……ある。


「最近採録したニュースでは、限界集落殺人事件が気になっているぽこ」


「私も、その事件を採録しましたわ」


「私もでーす」


「同じくっち」


 珍しく全員が同一事件を採録していたようだ。とはいえ、この事件は決してマイナーな事件ではない。


 『山口連続殺人放火事件』。2013年7月21日。当時63歳の男性が人間関係のトラブルを動機として、近隣に住む5人を殺害した。


「犯人がご近所の5人を殺害して山の中に逃げ、山道で発見された事件ですよね。不思議な出来事も起きたそうで、私も印象に残っておりますわ」


「どんな不思議なことが起きたっち? 私が採録したのは、事件がまだ解決していない段階だったっち」


 ちなみに各々が同じ事件を採録したとしても、必ずしも事件の解決までをも知っているわけではない。私たちが採録するのは、地デジ放送に切り替わった後の番組であり、その放送時期はランダムだ。なので、事件勃発時の情報しか知らない者もいる。


「犯人が逮捕されました時刻と、犯人が飼っていた愛犬が死亡した時刻の誤差がたったの1分だったらしいのです。不思議な出来事ではありませんか?」


「犬を預かっていた施設の時計が若干ずれていた、という可能性も考慮すれば、同時刻だったという場合も考えられるでーす」


「うわああ。本当に不思議っちー」


「世の中、何らかの得体のしれない力があるのかもしれないでおじゃるね」


 私もそんな不思議な出来事が印象に残って、気になっていた。


「ところであの事件の犯人の動機は何だったっちか。どーして犯人はご近所さんを五人も殺害したっち?」


「おそらくは、犯人は村人たちに怒りを覚えていたからだぽこ。犯人はいじめられていた、と報道されていたぽこ」


「いじめって、人間の大人の世界にもあるっち?」


「あるでおじゃる。だって、人間はいじめが大好きな生き物なのでおじゃる。古今東西、人間が人間をいじめ続けたことは、歴史として残っているでおじゃる」


「こっちでもあっちでも、どの世界でも同じぽこねー」


 私たちは頷き合った。そんな中、ソラが私たちを驚かせる発言を下。


「しかしながら、『イジメ』というのは交流の潤滑油ともなるわけですわ」


「ぽこ?」


「なんでーす?」


「突然どうしたでおじゃるか?」


 私たちは目を見開いてソラを見つめた。


「日本は昔、イジメる相手をワザワザ作り出すことで、世の中の不満を軽減していた時期もあったらしいのです。社会的弱者を設定し、自分たちよりも下にいる人間がいると思わせることで『自分たちの生活は決して最悪ではない』と安心させ、一揆とかを起こさせないようにしていたのです」


「イジメる相手? それは一体、なんだぽこ?」


「エタ・ヒニンというのは知っておりますか?」


「知らないぽこ!」


「エタ・ヒニンは、かつて日本でイジメの的として生み出された方々のことです。社会がイジメても大丈夫な人間を生み出す事で、人々のストレスのはけ口として、社会の安定化に貢献されていたそうです」


「ひどい話っち」


 本当にひどい話である。当時の日本人は彼らを可哀想に思わなかったのだろうか?


「ひどいとはいえ、イジメによって集団の団結力が高まることは事実なのですわ。イジメというのは、イジメられる者にとっては悪でしょうが、社会にとっては善とは言わずとも、『潤滑油』となるのです」


「ふーん」


「もしかして、ドイツでユダヤ人が虐待されていたのには、そういう社会的な理由があったっち? 日本のエタ・ヒニンのように」


 ふと、ラッカセイが呟いた。


「どうでしょうねぇ。私はあったかもしれない、と思っています。ただの豆タヌキであって、歴史学者ではないので詳しくは知りませんけどね」


 『ホロコースト』。第二次世界大戦中に、ドイツ人がユダヤ人に対して組織的行った大虐殺のこと。


 かつてのドイツがユダヤ人をイジメていたのは有名な話だ。もしかすると、ユダヤ人というイジメの対象を作ったことで、ドイツ国内の人々の団結力の向上を目論んだという理由も、あったのかもしれない。同じ人間をイジメることで、グループ意識も生まれるのだ。


「人間は本当にイジメが好きでおじゃる」


「こうしたイジメの対象を作り出すだけではなくて、共通的の敵を作る事でも、集団の団結力は高まるらしいです」


「共通の敵ぽこ?」


「戦後の中国は、国民の一体感が無くなってきたという問題を抱えていました。そうなると内紛やらが起きて国が分裂します。そこで、一つの策を取りました。中国には、たくさんの民族がいます。これまでの多くの国は『宗教』を利用することで国民の一体感を高めてきました。でも、中国は宗教で国をまとめようとはしませんでした。代わりに『仮想敵』を作り、一体感を国民たちに持たせようと考えたのです」


「つまり、敵の敵は味方の理屈っちね?」


 敵の敵は味方。つまりは、同じ敵がいるだけで打倒という目的のために、様々な異なる思想を持つ集団であっても団結する。与党を倒すために団結する野党のごとくに。つまり、共に敵を倒そうと、敵の敵は味方と認識し合う原理である。


「当時、日本は戦争で負けたばかりでした。どれだけ悪口を言っても反撃されない、絶好の相手だったのです。そして国を挙げて『反日政策』というものを行ったのです。すると、それが大成功し、それまで、まとまらなかった国がまとまっちゃったのです」


「人間のグループ心理って、興味深いでおじゃるねー」


 私たちは、ズズズズと抹茶を飲んだ。


「じゃあ、それらを踏まえて今回の限界集落殺人事件も考えてみたいぽこ。村人たちは、のちに犯人となる男をイジめることで、村の一体感を作り出していた可能性が高いぽこ」


「ちなみに、この村が特別というわけじゃなく、限定空間にいる人間は、こうしたイジメのターゲットを作りやすい傾向があるそうでおじゃる。例えば、いじめのターゲットが『こりゃ耐えられんっ!』と限定空間から引っ越やら退社なんかでいなくなった場合、その限定空間に、新しいイジメのターゲットが生まれる可能性が高いといわれているでおじゃる」


「犯人の男は犯行前、村人と仲良くできないことを悩んで警察署に相談に訪れた事があるらしいぽこ。なんでも、胸を村人に刃物で刺された事もあったらしいぽこ」


「犯人の性格って、極悪だったっち?」


「詳しくは知らないぽこ。でも、親の看病の為に村に戻ったらしいぽこ」


 親のために村に戻ったという情報から、私は血も涙もない極悪人という印象は覚えなかった。


「犯人は胸を刺された以外でも、何かのイジメを受けてたっち?」


「草刈り機を燃やされたでーす」


「ええええええ?」


「さらに、死んだ父親に似ていると大事に育てていた犬の生活圏内に、農薬をまかれ、犬を殺されそうにもなったらしいでーす」


「おそらくは最後の最後にブチ切れた、というのが今回の事件の真相でおじゃろうね。そして、近所の5人を殺害したのだとわらわは思っているでおじゃる」


「たしか、こうテレビで報道されておりましたわ。リポーターが村人に、犯人が逮捕されたと伝えたところ、『なんで殺して捕まえなかったのか』と、そうコメントしたらしいのです」


「自分もイジメていたから復讐されるのが怖いからっち?」


「どうでしょうねぇ。一般的に殺人事件は、加害者が悪、被害者は善と思われがちな風潮がありますが、そもそも事件の発端を被害者が作り出している場合もある事を考えれば、一概にそうは言えないと思いますわね。よく、殺人事件を扱うドラマが放送されていますが、被害者があまりにも加害者に対して酷いことをしていた場合、加害者が逃げ延びる展開を期待してしまう時もあります。実際には、そのような展開は放送されませんけどね」


 私たちは抹茶をずずずず、と飲んだ。


 今回のケースは、実際にこの目で見たわけではないので、報道されない裏で加害者と被害者の間で、どのようなやり取りがあったのかは不明である。なお、犯人は裁判で死刑を言い渡された。


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