『ナッツリターンで談議ヌス』(ジャンル:国際ニュース)

 休憩時間になると、私はくたりと、卓袱台に伏した。


「ど、どうしたでおじゃるか?」


「つ、疲れてしまったぽこ」


「すごい疲労の度合おじゃるね。体調不良でおじゃるか?」


「体調不良というか、暗いニュースの採録ばかりをやっていたからぽこ。ニュース漬け。ニュース漬け豆タヌキが出来あがるくらいに、しんどい思いだったぽこ」


「ニュースの採録って、そんなに疲れるものでおじゃる? わらわはやったことがないので、どれだけ大変なのか、わからないでおじゃる」


「内容にもよるぽこ。ネガティブなニュースばかりを採録していたら、すごく気が滅入ってしまうぽこ」


「わかるでーす。そう言う時は、ドラマかバラエティーの採録をするのが一番でーす」


「そうですわ! 暗いニュースばかりを採録していると、滅入ってしまいますわ」


 私たちは、採録あるあるで盛り上がった。


「ちなみにマメマメちゃんは、どんな事件の採録をしていたのでおじゃる?」


「ついさっきやったのが、スペインでの電車の脱線事故だぽこ。ギュギュギュって曲がろうとして、コロンっと倒れるシーンが流れていたぽこ」


 『サンティアゴ・デ・コンポステーラ列車脱線事故』。現地時間2013年7月24日に起き、79名が死亡。人身事故とみられている。


「私も以前、そのニュースを採録したことがあるっち。たしか80キロ制限のカーブを190キロで曲がろうとして脱線したっち」


「どんだけでおじゃるかー。2倍以上の速度でおじゃるよー」


「なんでそんな無茶なスピードをだしたのでしょうか?」


「さあね。知らないぽこ」


「この事故で73人が死亡したっち。原因は運転士のミス。事故時に、運転士が電話をしながら運転していた事が判明してるっち」


「まったく。ちゃんと運転してほしいでおじゃる。日本では運転士がタバコを吸っていただけで、ニュースになるのに、スペインは運転中の電話の使用は禁止になってなかったのでおじゃるか? 運転士は多くの乗客の命を預かっておると自覚してもらいたいものでおじゃる」


 確かにその通りで、多くの命を預かっていると自覚を持つべきであった。韓国では沈没船する船『セウォル号』の船長が、乗客たちにその場で待機するように命じて、船上が騒ぎになる前に一人で避難したという。全くあり得ない話だ。


「スペインの場合は電話をして、それに気を取られて事故に繋がった可能性が高いぽこ。他にはこんなニュースも採録したぽこ」


「どんなのでーす?」


「中国の新幹線の車掌さんぽこ! なんと、居眠りをしていたぽこ。百キロ以上も出ている状態で」


「本当なのでーす?」


「乗客がその車掌さんがぐーすか眠っている様子をスマホの動画モードで録画して、ネットに流した映像が、日本のニュースでも取り上げられていたぽこ」


「日本は大丈夫なのでしょうか?」


「日本の新幹線は無事故らしいっち。鉄道神話! 日本の鉄道は、世界最高峰で事故知らずっち。……と言いたいっちが、運転は人が行うっち。新幹線はまだしも、福知山線脱線事故などの大事故もあるっち」


 『JR福知山線脱線事故』。2005年4月25日に起きた事故で、107名が死亡した。事故後も、ニュースやゴールデンタイムのバラエティ番組で再現ドラマなどとして取り上げられている。毎年4月25日には、どの局のニュースでも報じられる大事故である。


「日本では事故が起こり難いとはいえ、100%安全というわけではないぽこね。35歳の車掌が普通列車を運転している時、居眠りして、駅に到着してもドアを開かなかった事だってあったぽこ」


「たしか2014年の事件でおじゃるね」


「電車は絶対に安全だと思うわけにはいかないのですね。うぅぅ。電車には今後、乗り難くなりそうですわ」


「とはいえ電車事故に遭うのは、宝くじに当選する確率ぐらいらしいっち。それほど過敏に気にしないほうがいいと思うっちよー」


 事故は電車事故だけでは……ない。


「さっきは飛行機に関する事件も採録してて、滅入ったぽこ」


「それは一体、なんでおじゃる?」


「ナッツリターン事件ぽこ」


「それは一体、なんでーす?」


「とある空港会社の副社長が、離陸直前の飛行機を引き返させた事件ぽこ。この事件の結果、飛行機を引き返させたその副社長は、1年間のオツトメをする事になったぽこ」


 『大韓航空ナッツ・リターン』。2014年12月5日、ジョン・F・ケネディ国際空港での離陸時に、ナッツを切っ掛けに大韓航空副社長が客室乗務員にクレームをつけて、ランプリターンさせたこととかけて、ナッツリターンと呼ばれている事件。


「でも、どうしてその副社長は飛行機を引き返させたりしたのでおじゃる?」


「提供されたナッツが袋に入っていたからだぽこ」


「それだけで引き返させたのですか?」


「そんなのどうだっていいっち。お腹に入っちゃえば」


「副社長が怒ったのは、マニュアルと違う事をしていたからぽこ。副社長という立場から、『ふざけたサービスしてんじゃなーーい。あんたみたいな半端もんは、飛行機から降りろ!』『し、しかしもう飛行機は、動いているのですよっ! バーイ、機長&事務長』『おりろおりろおりろー! おりろーーーー。機体を戻せーーーーーー』的なやりとりがおそらくはあったんだぽこねー。そして飛行機は戻り、事務長は降りた、という経緯ぽこ」


「そんな出来事があったのですね」


「この一連の出来事で、飛行機が目的地に到着する時間が遅れたぽこ。でも、乗客には一切のアナウンスがなかったぽこ」


「私たちと違い、人間たちには寿命があるっち。寿命というのは時間。つまり、この副社長は、乗客の時間、つまりは寿命という名の『命』の一部を奪ったと同じ事になるっちね?」


「そこまで考慮されたのかは知らないぽこが、韓国の国民はこの一連の話を聞いて、ふざけんじゃなーいっ! と憤慨したわけだぽこ。そして、その副社長についたあだ名は『ナッツ姫』」


「姫? ちなみにその副社長さんって当時……何歳でーす?」


「40歳ぽこ」


「……ふーん」


 みんな、一同に目を細めた。ってか、あんたらも800歳を越えてるから! 森の女神様にいたってはこの星が誕生した時から存在してるから!


「ちなみに、ナッツ姫と同じように『復讐姫』というのも現れたぽこ。ナッツ姫の妹さんだぽこ」


「復讐姫でおじゃるか? 『復讐』とは物騒なあだ名でおじゃる」


「彼女が、姉である副社長の携帯電話に『必ず復讐してやる』という物騒なメッセージを送っていたことが明るみに出たぽこ。ナッツでリターンした機体から降ろされた事務長が、隠蔽工作に応じなかった事を逆恨みしてのメールだとみられているぽこ。おっかないぽこねー」


「というか『隠蔽』って、なんでしょうか! 復讐とは『殺す』という意味なのでしょうか?」


「そこまでは分からないぽこ。ただし、不幸にしてやりたいと考えていたことは明らかぽこね」


 まるでドラマのような出来事である。


「それにしても、一つ引っかかるでーす。この事件、ワガママな副社長が飛行機を引き返させて、数十分遅らせただけでーすね? 別に死人が出たわけでもないのに、どうしてそんなに日本のマスコミの間でも騒がれたのでーす? そもそも、飛行機を引き返させただけで牢屋に1年間って罪が重くないでーす?」


「テロリスト扱い、だからじゃないのでしょうか。ほら、飛行機ジャックしたテロリストだって、機長に『行き先を〇〇に変更しろ』と、言ったりするではありませんか。たとえ死人が出なくても乗客に危険が及ばなくても、副社長はテロリストと同じことをしたわけですからね」


「たしかに言われてみれば、同じよーなものでおじゃるね。ナッツを袋にいれたまま提供した乗務員を飛行機からおろすために、機長に飛行機の航路の変更を強いたわけでおじゃるからね」


「しかしその副社長は、航空会社の人間でいわば関係者ですわよ? 同じ強要による航路変更であっても、テロリストによる航路変更とは違う扱いであってもいいと思いますわ」


「かもしれないけれど、韓国の裁判所がそういう判決を出したんだから仕方がないぽこ。韓国の裁判所は、時として世論の影響を受けた判決をくだすと言われているぽこ」


「ナッツの怒りによって1年間もオツトメすることになるだなんて、生涯というのは何があるのか分からないですわ」


「一寸先は、闇っち」


 私たちは身を震わせた。運命というものは時として非情なものである。どのような形でこの身に禍が降り注ぐのか、予期できない場合だってある。


「ところで、隠蔽って事務長以外でもしたでーす?」


「隠蔽といえるか分からないけれど、まずは一緒に乗っていた乗客ぽこ。副社長がいたファーストクラスの同じ部屋で副社長の怒鳴り声を聞かされ続けるという迷惑を受けた事に対して、会社は『模型』と『カレンダー』をお詫びの品物として渡し、メディアのインタビューを受けた際には、謝罪を受け取ったことを話してほしい、と伝えたらしいぽこ」


「つまり、会社のイメージを悪くする発言をしないで、ということでおじゃるか?」


「暗には意味してたかもしれないぽこね。あと、事件担当の国土交通省の調査官が、会社に調査内容を漏らしたことで逮捕されたぽこ」


「それは一体、どういう事なのでしょう?」


「例えば殺人事件が起きたとするぽこ。そして、とある人物に容疑が向けられたぽこ。その時、その容疑者と繋がりのある刑事が、警察の調査で判明した事を逐一、容疑者に報告する行為、と言ったら分かりやすいぽこ?」


「つまりは隠蔽や対策をやり放題でおじゃるね。事前に質問される内容について、口裏を合わせたりもできるでおじゃる。とんでもない調査官がいたものでおじゃる。逮捕されて当然でおじゃる」


「さっきも言ったけど、事務官さんにも隠蔽の話を持ちかけたぽこ。会社の重役が、副社長に有利な発言をするよう事実を捻じ曲げるよう指示したらしいぽこ。でも、事務官さん、それを拒絶したわけぽこな」


「うわあああ。ブラックでーす。かなりブラックでーす。そこに例の復讐姫が登場というわけでーすね」


「でもこの事件で、唯一、良かった点があるぽこよ」


「それは一体、なんでーす?」


「マカデミアナッツの売れ行きがあがった件ぽこ。事件の発端になったナッツを食べたいと思った人たちが意外にも多かったらしいぽこ」


「私も食べたくなったでーす」


 私たちの誰もがあははは、と笑った。そしてナッツを食べたくなった。この事件はナッツ業界に経済的影響を与えた事件でもあった。


「マメマメ姉さま。ナッツリターン事件は人が死んではおりませんので、まだ笑い話にできます。しかし、人が死んだ事件では笑ってはおられません。飛行機の墜落事故は、時々採録しますわ」


 その通りである。近年にあった飛行機墜落事故では、台湾の飛行機のエンジンが止まり操縦者が住宅地を避けて川に墜落したという事件、マレーシアの旅客機が行方不明になった事件、ウクライナの紛争地帯を飛んでいた旅客機が戦闘機と間違えられて地上からのミサイルで撃墜された事件など、時々、死者が大勢でた飛行機墜落事故のニュースを見かける。それらは到底笑い話にはできない類のものだ。


「飛行機に乗っていても安心できないですわ。とはいえ、飛行機事故は、頻度的には少ないとは聞きますけどね」


「交通事故関連のニュースの採録をした時、とてもネガティブな気分になるでーす」


「そうぽこね」


 乗り物が怖い怖いと言いながらも、私たちは結局は移動の際には乗り物を利用するだろう。日本での移動時には、なくてはならないものとなっている。

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