『ダシで談議ヌス』(ジャンル:生活)
夏、私たちはスムージーを飲み続けると同時に、健康オタクのような生活を送るようにもなった。おかげで、夏バテは感じなくなり、元気いっぱいだ。休憩時間になると私たちは隣の和室に移動し、スムージーと門前仲町で購入したお菓子を食べながら、森の女神様とお喋りをする。
「ねえねえ、ベジブロスって知ってるでーす?」
「私の辞書にはそんな言葉はないぽこ」
「マメマメ姉さまの辞書には、そもそも語彙自体が貧困でーす」
「うぐぐぐ」
言われてしまった。
「ベジブロスというのは、健康野菜ダシのことでーす」
「私も知ってるっち。2015年あたりの採録でよく見かけてるっち。何でも根っ子や野菜の皮とか、本来捨てる部位を煮て作るスープのことっちね」
「なんだそれ。美味しいぽこか?」
「味に関しては人それぞれっち。美味しいと思う人もいれば、美味しくないと思う人もいるっち。そんな感じの味っち」
「なんとなーく。想像がついたぽこ」
「ベジブロスからでも、今私たちが飲んでいるスムージーで摂取できる『フィトケミカル』が摂れるらしいでーす」
「老けなくなるという老化防止の成分のことっちね?」
「ベジブロスの作り方は、ネギの根っ子やニンジンの皮とか、とにかく、いつもは捨ててる部位を、鍋にひたして、少しだけ日本酒を入れ、ことこと弱火で20分から30分煮たら完成するスープでおじゃったね。日本酒を入れるのは、野菜の皮などから有益な成分を取り出しやすくするためらしいでおじゃる」
「ふーん。それがベジブロスぽこね」
「ただ飲むのもいいけど、それを味噌汁にしたり、ポタージュや汁物など、なーんにでも利用出来ちゃうわけでーす」
「料理に使う真水の代用になるわけですね」
「料理では、色々なものからダシを取るという考えは基本だぽこ。コンブからも煮干しからも鳥、豚、牛等々の骨からも摂れちゃうぽこ。今度からカレーを作る時は、そのベジブロスを使って作ろうぽこ。どーせ、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモの皮が余っちゃうわけだから」
「ちなみに、玉ねぎの皮については、注意が必要でーす。あまりにも大量に入れたり、30分以上煮こんだら、にが~~くなるらしいでーす!」
「それ以前に、玉ねぎの皮は、口の中にいれても大丈夫なものなのでしょうか?」
「もちろんでーす。玉ねぎの皮は乾燥させて、粉末にして販売されているくらいでーす。高血圧にいいらしいでーす。ドロドロな血液をサラサラにしてくれる効果が玉ねぎにはあって、皮を捨てるのは、とても勿体無い事なのでーす」
「といいつつも、おぬしら、毎回捨ててるでおじゃるよなー」
「てへへ、でーす」
「調理に使うの、めんどくさいっち」
「ちなみに私が食事当番の時は、カレーを作る時、ジャガイモと人参は皮を剥かずに入れております。皮ごとミキサーで粉砕して、鍋で煮ているのです。飴色になるまで炒めた玉ねぎも同様にミキサーで粉砕して、グツグツ煮ちゃっているのですわ」
「ソラちゃんが当番の日のカレーは絶品でおじゃる。そのようにして作っておったのでおじゃるか」
「その作り方だと老化防止成分のフィトケミカルがそのまんま摂れるでーす。スムージーと同じくらいの効果を期待できるカレーでーす。栄養満点そうでーす」
「しかしながら、具……ソラのカレーに具って……いつも入っていないぽこよ?」
ソラの作るカレーは、3年程前を境にして、ずっと具なしだ。味が素晴らしいので文句を言ったことはないが……。
「そうだっち。ソラ姉さまのカレー、いつも具が入っていないっち」
「具が溶けたような感じでもないでーす。いつも、さらりとしたカレーでーす」
ソラはにっこりと微笑んだ。
「私は30分ほど煮込んだら、こしきで具をこしちゃう派なのですわ」
「えっ?」
私たちは目を丸くした。
「そして、具は全部、捨てちゃう派なのです」
「えええええっ! 勿体無いっ! そこに栄養がたくさん詰まっているでーす!」
「いいではございませんか。栄養のほとんどは、具からお湯に移っていると考えているのですもの」
「どうでおじゃろうか。ミキサーで粉砕したといっても、30分煮ただけで栄養が全部お湯に移るとは、とても考えにくいでおじゃる」
「勿体無いお化けがでるぽこよーっ!」
「せめて畑に撒くでーす。コンビニのおでん大根のように肥料用に撒くでーす」
「なんでしょうか、それは?」
「コンビニのおでんの大根は、どれも同じ大きさの円柱でーす。どうしてだと思うでーす?」
「さあ。どうしてでしょうか?」
「あれは、収穫した大根の真ん中だけを専用の機械で切り抜いているからでーす。だから、真ん中以外の部分は使わないのでーす。でも普通に廃棄処分したら勿体ないから、大根畑に肥料として撒いているのでーす」
「なるほどっ! 循環させているのですねっ!」
とはいえ、野菜くずをそのまま畑にぶちまけてもいいものだろうか? 何かしら肥料にするための工程がある気がする。今度、日本に行った時に図書館で調べておこう。
「ホテルのカレーは、どのホテルでも大抵は野菜をこして捨てるそうですわよ。私はテレビ番組でその事実を採録してから、野菜をこした後は、捨てるようにしているのです」
「ソラのカレーは確かに絶品でーす。うぬぬ。そういう秘密があったでーすね」
「勿体無い気がするけど、味のためには仕方がないという考えもできるっち。しかし、ダシをとった後の野菜をコロッケにしたり、何かしらの利用法は考えるべきっち」
「それにしても、カレーの話をしていたら、カレーが食べたくなってきたでおじゃる」
森の女神様の呟きに、私たちは一同に頷いた。カレーは飽き易い。食べると、しばらくは食べたくなくなる。野球で有名なイチロー選手はコンディション作りのためにか毎朝のようにカレーを食べていると、どこかのトーク番組で話題になっていたような気がするが、本当だとしたら、すごいと思う。さすがに毎日は食べれるものではないと思う。飽き易い味ではあるものの、ある日、無性に食べたくなる日がやってくる。それが私にとってのカレーなのだ。
「そういえば、カレージュースというのが販売されていると聞いたことがあるぽこ」
「カレージュースでーす?」
「カレーは飲み物だという格言を残した芸人さんがいるけど、あれはネタじゃないっち?」
「ネタではなく、実際にカフェで飲めるらしいぽこ。コップに入ったカレーをストローで飲むぽこよ」
ウナギサイダーという飲み物も販売されているくらいだ。カレージュースが販売されていてもおかしくはない。
「うぅぅ……。想像しただけで、美味しくないだろうと思ってしまうでおじゃる」
「それは想像するシチュエーションにもよるぽこ。背景がトイレだったら私だって美味しそうとは思えないぽこ。でも、青い空! 目の前に広がる青い海。白銀の浜で、パラソルを日陰に、イスに横たわっている風景を思い描くぽこ。そこに、ココナッツを切り抜いた容器にストローがささっていて、中にカレーが入っているところを想像するぽこ。美味しそうに思えないぽこ?」
「思えません!」
「うっそーん。本当に、思えないぽこ?」
「私はカレーは、ご飯にかけて食べる様式以外はカレーとは認めていません! 百歩譲ってナンもあり、としています。単体では飲みたくはありませんっ!」
「私も、飲む気はしないでーす」
「飲まず嫌いはよくないぽこ。だったら、一度飲みに行くぽこ。日本のカレージュースを提供しているカフェに行ってみるぽこよー」
「ええええー」
後日、そんなこんなで私たちはカレージュースを飲みに、日本にある某カフェレストランに来店した。店の様子を見る限り、ゲテモノを出しているような怪しい雰囲気はなく、ごくごく普通の一般的なカフェの内装だ。
「こちらになりまーす」
「はーい」
私たちは店員さんに案内されて席についた。渡されたメニューを見て、全員で顔を合わせ、頷き合った。
「ご注文は、お決まりでしょうか?」
「カレージュース、人数分でお願いするぽこっ!」
「かしこまりましたー」
3分後、店員さんはカレーらしきものが入ったコップを人数分、トレイに乗せてやってきた。よく見ると透明なコップには茶色の層だけではなく赤色や黄色の層もある。
私たちは各自のテーブルに置かれたジュースをじっと見つめた。
「ゴクリ……。これが、例のカレージュースっちね」
「見た目は、意外にもカラフルでーす!」
「きっと、野菜でおじゃる。野菜の色によって層になっているでおじゃるよ」
「いいや。果物かも知れないですわ」
「どちらにせよ、飲めばわかるぽこ。ストローで飲むぽこ」
「さあ。飲もうでーす」
私たちは、ストローに口をつけた。そしてズズズと飲んだ。
「こ、これはっ!」
ズズズズっ。
「カ、カレーでーすっ!」
ズズズズっ。
「冷たいカレーを飲んでいるような、感じがしますわ」
ズズズズズっ。
私たちは無言で、一気に吸い上げた。そして口を拭くや、みんなで手を合わせて合掌。
「ごちそうさまでした」
カレージュース、本当にごちそうさまでした。
料金を払って、そそくさと外に出た。店内では誰もが感想を語ろうとはしなかった。
「ねえねえ。煮干しのダシのとり方で、最近は新しいとり方が主流らしいぽこよ。昨日、採録したぽこ」
「唐突でおじゃるな! カレーから一気に煮干しの話に転換でおじゃるか?」
「煮干しのダシの新世代のとり方、気になったりしないぽこ? 実はね、面白い実験をやっていたぽこ」
「どんな実験だったのでーす?」
「従来、味噌汁1杯分の煮干しのダシを取る場合は、頭と内臓をとった煮干し5本を5分間水に浸けて、弱火で10分間ほど煮ていたそうだぽこ」
「へー。そうなのですね」
「このやり方は料亭など様々なところで現在でも『一般的』に使われているやり方ぽこよ」
「古くからそういうやり方で続いているのであれば、それが最も良いやり方だからなのでしょう」
「そうかもしれないけれど伝統というものは、壊して発展させるためにあるぽこよ?」
「そうそう。電灯は壊す為にあるでーす。こう、石を投げて、バリーンって」
「漢字がちがーうぽこ」
「ジョークでーす」
「というか従来のやり方って、そうだったっちか? 私なんてダシをとって味噌汁を作る時には、煮干しをそのまま鍋に入れて、30分くらい煮込んでたっち。ガンガン強火でグツグツと。それでも美味しいっちよー」
「私は、化学調味料派ですわ!」
「地域や家庭、個人毎でやり方は違うだろうぽこ。けれど、一般的な従来のやり方は、さっき私が説明したやり方とするぽこ。それを踏まえて新しいダシの取り方を説明するぽこ。新しいダシの取り方は、頭も内臓も何も取らない手間の要らずのやり方でもあるぽこよ。さらに、このやり方だと、味噌汁一杯に対して煮干し2本で済んじゃうぽこ。つまり、5本必要だった煮干しが半分以下の量でできちゃうぽこ」
「へぇー、それは一体、どのようなやり方なのでしょうか?」
「教えてほしいっち」
みんなが私に注目してきた。私は新しいダシのとりかたを説明した。
「この新しいダシのとりかたは『2本の煮干しを12時間お椀一杯分の水に浸らせるだけ』なんだぽこ」
「頭も内臓もとらなくても大丈夫なのですか? 魚臭くなったりはしないのですか?」
「このやり方では、加熱の前に魚を取り出すから、そこは大丈夫ぽこ。加熱しない、という前提であれば頭や内臓をとり除く処理は必要ないぽこ」
新しいダシの取り方は画期的でかつ、手間いらずのやり方だった。
「マメマメ姉さま、その新しい煮干しのダシの取り方で作った味噌汁が、すっごく気になりますわ。もう味は試されましたの? 私たちはマメマメ姉さまが食事当番だった日に、もう食べたのですか?」
「もちろんだぽこ!」
「い、いつのまにでおじゃるか。気が付かなかったでおじゃる」
「どんな味なのでーす。肝心の味が気になるところでーす。知らない間に食べていたみたいなので、ある意味、食べていながら、食べていないような感じでーす」
「とっても上品だったぽこ。ただ……」
私はなんて言うべきか戸惑った。
「どうしたでおじゃるか?」
「とっても美味しい味噌汁が出来たぽこ。でもね、私は濃い目が好きだから、結局、その12時間浸けこんだ煮干しも、鍋の中に入れてグツグツと煮込んじゃったぽこ。あはははは」
「結局、煮たでーすか! しかも、頭と内臓をとらないままでーす!」
「なーんだ。私と同じっち。さっき私が強火で煮干しを30分煮込んでいると言った時、変な顔をされたのにマメマメ姉さまご自身も、結局は頭と内臓を取らずにガンガンと煮込んでいるではないっちか!」
「私はジャンク系な味が好みなんだぽこ。私の舌は繊細さを求めているわけじゃなくて、大雑把な味を好むぽこ」
「なんだかマメマメ姉さまがされた新しいダシの取り方の説明が、急に安っぽく思えてきたでーす。結局私たち、本当の意味では、食べてなかったでーす」
「勘違いしないでほしいぽこ。繊細で上品な味が好きであれば、この新しい煮干しダシの取り方は絶対にいいぽこよー。お財布的にも節約になるから、節約しながらも美味しいものを食べたい時には、このやり方がベストぽこ。私の舌に合わなかっただけで、ポテンシャルは計り知れないぽこ」
私たちはメトロの改札を通り、門前仲町に向かう電車に乗った。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
手にはめている腹話術ぬいぐるみが動き、森の女神様が私に訊いてきた。
「ところでダシといえば、煮干しだけではないでおじゃるよ。ずっと煮干しで味噌汁のダシを取ると話しておったが、わらわからしたら、何を言っているのだろうという表情で、聞いてたでおじゃる」
「女神様、それは一体どういうことだぽこ!」
表情といわれても、ぬいぐるみだから表情が分からない!
「ダシといったら、昆布。そうでおじゃらぬか?」
「女神様は昆布派っちね!」
「確かに昆布だしも美味しいですわ」
「私、一流ホテルや料亭で使われている昆布だしの取り方を以前に採録したことあるでーす」
全員がヒヨコに視線を向けた。
「そうでおじゃる。ヒヨコちゃんが食事当番の時には、時々、めちゃくちゃ美味しい昆布だしの料理を作っているのでおじゃる」
「へー。それは一体、どんなやり方ぽこ?」
「ヒヨコちゃん。彼女らにも教えてあげるでおじゃる」
「はーいでーす。昆布をパワーアップさせる方法を教えるでーす。この方法はまず、昆布に厚さがないと駄目でーす。利尻、羅臼、真昆布のどれかを買ってきて、それを3センチぐらいの正方形になるようにカットして、日本酒に浸けるのでーす」
「それ以外の昆布じゃ駄目っち?」
「やっぱり厚みがないとダメでーす。そして、それをオーブンで重ならないように並べて110℃で1時間加熱すれば、旨過ぎるスーパー昆布が完成するでーす。それをダシにするのでーす」
「なんだか、惹きつけられるっち」
「次に昆布ダシの取り方の説明でーす。さっきの煮干しと同じやり方で、昆布も水に浸けることでダシを取るやり方が主流になっているでーす。これを『昆布水』と呼ぶらしいでーす」
「昆布水……そのままっちね」
「でも、分かりやすいネーミングでおじゃる」
「昆布水は昆布10グラムを、1リットルの水に入れて作るでーす。この時、3センチの昆布を、今度は2ミリ間隔で刻むでーす。ハサミでチョッキンすれば楽でーす」
「2ミリっちね。ちなみに、どうして2ミリにチョッキンしなくちゃいけないっち?」
「ちっちっち。ラッカセイは分かってないでーす。昆布って、どこからダシが出ると思ってるでーす?」
「さあ。全体からじゃないっち?」
「ブー。不正解でーす。昆布は切り口からダシが出るのでーす」
「……っち~!」
「ハサミで2ミリにチョキンチョキンしたコンブを3時間以上、冷蔵庫に水に浸しておけば『昆布水』の完成でーす。これは熱を加えなくても加えても美味しいでーす。例えば、味噌汁を作る場合、昆布入りの昆布水を、とろ火で30分以上加熱してもいいらしいでーす」
「わらわは断然、昆布ダシ派でおじゃる。ダシの世界での究極は昆布ダシでおじゃる! オーブンを使ってめっちゃ美味しくしたスーパー昆布を使った昆布水のお味噌汁、また作ってほしいでおじゃる」
「了解でーす」
たしかにヒヨコが食事当番だった時の汁物は、美味だと思っていた。こういう秘密があったのか。というか、私たちは今後、調理の知識については共有しなくてはならない!
「でも女神様、煮干しダシだって負けてはいないぽこ。ダシの究極は昆布と煮干しのWスープってことで、どうだぽこ?」
「だめでおじゃるっ!」
「そうでーす。動物性のものと植物性のものを一緒にするなんて、外道でーすっ!」
「え、ええええ? そ、そうなのぽこ? 私は、Wスープを試してみるつもりぽこけど、作っても、飲みたくないぽこ?」
「………………飲みたいでおじゃる」
「女神様と同じでーす」
「あれれれ?」
みんな、目を輝かせていた。
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