『栄養素で談議ヌス』(ジャンル:生活)
森の女神様が仕事部屋にやってくるや、目を大きく開いて訊いてきた。
「どうしたのでおじゃるか? みんな元気がないでおじゃる。今日だけじゃなく、ここ最近、元気がないでおじゃるよー」
私は森の女神様に言った。
「女神様、そうだぽこ。実は最近、ずっとだるいぽこ」
「現在、夏真っ盛りですわ。冷房のかかった部屋で仕事をしておりますが、部屋の外に出た時など、暑くて暑くて汗がびっしょりとなります。部屋の中と外の温度差で、体調を崩したようですの」
「だるいっち」
「ぶっ倒れそうでーす」
私たちは夏バテになっていた。夏バテの医学的なメカニズムは知らないが、気温があがると発汗して体内の熱を下げようとする体の働きは知っている。おそらくは発汗のためのエネルギーを使うことが原因で、バテたのだと思っている。
森の女神様は私たちに休憩するように勧めてきた。私たちは隣の部屋に移動して、卓袱台を囲んで座った。森の女神様はキッチンから以前、勝どきのガレージセールで私たちが購入した世界のチーズと赤ワインを持ってきた。私たちは赤ワインを飲みながらチーズをつまむ。この職場は、日本の一般的な職場と比べ、かなりフリーダムである。
「ニンニクを食べたらどうでおじゃるか? ニンニクじゃ」
「どうしてニンニクでーす?」
「わらわは知っておる。ニンニクには、元気にする成分が含まれているのでおじゃる。食べ過ぎると元気になり過ぎて鼻血が出るほどでおじゃる」
「本当に鼻血が出たら、それはそれで、やばいでーす!」
「ニンニクを食べたら、人間だけではなく、豆タヌキも鼻血が出るのでしょうか? というか、鼻血が出るだなんて、一体なぜです? ニンニクには鼻の上皮細胞を破壊する酵素でも含んでるのでしょうか?」
「く……詳しいことは知らないでおじゃる。だから、つっこんで訊いてこないでほしいでおじゃる。ただし、ニンニクというのはかつての日本では元気ハツラツになるための薬として貴重だったそうでおじゃる」
「その情報は私が採録したものだっち。昔は貴重だった食材が、現在では手軽にスーパーで買える。なんていい時代になったっち」
「でも、ニンニクを食べると息が臭くなりますわ。私からすれば、積極的に食べたいとは思わない食材です」
「そうぽこか? 私はニンニクを食べても、息が臭くなったなんて感じたことはないぽこ」
「ニンニクを食べた本人は気づかないものなのです。自分の体臭が分からないのと一緒です。食べた人から発せられているニンニクの匂いは、発している人には分からないため、『匂う』とそう指摘された時に初めて気が付くものなのです」
「うぅ……」
「どうしたでーす。何か思い当る節でもあるでーす?」
「いや、なんでもないぽこ……」
「まあ……どんまいでーす」
私はニンニクが好きなので、よく食べている。知らない間に、臭っていて、誰かに迷惑をかけていたかと思ったら、恥ずかしい気持ちになってきた。
「ニンニクそれ自体にはそんなに匂いが強いわけではない気がするでおじゃる。すりおろしニンニクなら、匂いはするけど、レンジでチンしたニンニクなら、他の野菜と大差ない強さの匂いでおじゃらないか?」
「違うっち。女神様は私が数年前に採録したデータを読んだの、忘れたっちか? そもそも、読まれていない?」
「も、申し訳ないでおじゃる。はっきりとは覚えてないでおじゃる」
「ニンニクの匂いは、ニンニクに含まれている成分が血液に取り込まれ、それが肺にたまり、呼吸をした時に体外に放出されることで発生するっち。ちなみに皮膚からも匂いが発生してるっち」
「口からだけじゃないぽこねっ!」
「ニンニクを舐めるなっち!」
ガーン。ショックを受けた。口からのニオイだけではなく、体臭でも迷惑をかけてしまった人がいるかもしれない。
「ちなみに、ニンニクの匂い対策はないのでーす?」
「あるっちよ」
「教えてほしいでーす」
「それはずばり、りんごジュースと牛乳を飲むことだっち」
りんごジュースと……牛乳?
「両方飲まなくちゃだめぽこ?」
「だめっち。理由もあるっち。まずリンゴジュース。りんごに含まれる『リンゴ酸』がニンニクの臭いの元である『アリシン』を分解するっち。その結果、口臭予防になるっち」
「だったら、りんごジュースだけ飲めばいいでーす」
「でも、リンゴ酸は全てのにおい成分を分解するわけではないっち。におい成分が腸に到達すると、におい成分が腸は吸収されるっち。そしてその成分は肺にいくっち。それも口臭となるっち。つまり、りんごジュースを飲んだ場合『一時的に臭いは収まるけど、時間が経つと臭いが復活する』っちよ」
「じゃあ、りんごジュースを飲んでも、完全な解決にはならないわけだぽこねー」
「マメマメ姉さま、ここで牛乳が活躍するっち。牛乳を飲むと、牛乳が腸に膜を張るっち。その膜がニンニクのにおい成分が腸に吸収されるのを防ぐっち」
「なるほどー。だから、りんごジュースと牛乳を両方飲めばいいのですね。そういう理由からでしたか」
そういえばニンニクのにおい繋がりで思い出したことがある。
「私、ニンニクの匂いを消す調理法を採録したことがあるぽこ!」
「マメマメ姉さま、それは本当ですか?」
「まぁ、調理法云々の前に無臭ニンニクを使えば早いぽこ。におい成分が最初からないニンニクぽこ。でも、値段が高いし、旨味も弱いから私たちの食卓に登場するのはこの先、ないぽこなー。なので調理法ぽこ」
「教えてほしいでーす」
「いいぽこよ。まず、ニンニクを水から茹でて、沸騰したらお湯を捨てるぽこ。それを3回繰り返せばいいだけぽこ」
「でもその方法だと、お湯にニンニクの栄養が抜け出て、勿体無い気もするでおじゃる」
うーん。たしかに、その通りだ。元気になりたいためにニンニクを食べるのだとしても、元気になるための成分が無くなってしまっては本末転倒だ。結局のところ、やはりりんごジュースと牛乳を飲むという対処方法が一番いいのかもしれない。
「別に、匂ったっていいでおじゃる!」
突然、そう声を張り上げたのは森の女神様だ。
「食べたい時に食べたいものを食べる。それが幸せなのでおじゃる」
「ニンニクは美味しいっち。匂いなんて気にせずにモリモリ食べるっち。匂い? そんなの気にしない気にしない! そして、夏バテを乗り越えて、元気になるっち」
結局のところ、森の女神様の言ったことが正解なのだろう。ニンニクの匂い対策。すなわち、それは『気にしないこと』。まぁ、周りの者は匂いを気にするだろうけどね。あひゃひゃひゃひゃ。
「元気になるためにニンニク注射というのもあるっち。働くサラリーマン戦士さんたちが、効果があると、利用している人が多いらしいっち」
「ニンニク注射ですか……痛そうですわ……。打つ前と打った後と比べて、どれだけ元気になるのかについての興味はありますが、ニンニクのエキスを体内に注入しても、害はないのでしょうか?」
「大丈夫じゃないっちか?」
いやいやいやいやいや……。
「ちなみに誤解してるようだから説明するぽこ。ニンニク注射の中身は、別にニンニクのエキスというわけじゃないぽこ」
「そうなのでーす? 私はニンニク注射とは、搾ったニンニク汁を体の中に注射器で入れるものだとずっと思ってたでーす」
「あれはね、ただただニンニクの匂いがするから、ニンニク注射と呼ばれているだけぽこ。実際の正体は主成分がビタミンの注射なんだぽこよー」
「確か、ビタミンB1が疲労回復に対しての即効性があるのでおじゃったな?」
「そうだぽこ」
「ビタミンB1が血液によって全身に運ばれる事で、体のあちこちの疲れを取り除いてくれるのでおじゃる。その結果、元気ハツラツになるというのが、ニンニク注射の仕組みでおじゃったね」
ヒヨコ、ソラ、ラッカセイは「へー、そうなんだー」といった様子で頷いた。
「女神様、ニンニク注射と市販のビタミン剤とは、どう違うっち?」
「一緒でおじゃらぬか? 麻薬常習者は麻薬を食べずに、注射器で血管に直接送ってるそうでおじゃる。これはおそらくは胃を介するより、直接血液に注入した方が、効き目があるからでおじゃらぬか? 憶測じゃが」
「憶測ぽこねー。でも、あんがい間違ってはいないかもしれないぽこー」
私たちはチーズをぱくぱくと口の中に入れて、ワインを飲んだ。少しばかり、ほろ酔い気分となってきた。
「そういえば、ニンニクがかつて貴重でありがたい薬だったように、サイのツノも同じくらいにありがたい薬だと思われていた時代があったそうだっち」
「私もそれについては採録したことがあります。かつてサイの密猟が多発していたらしいです。ツノをとるためにだけ殺すのです」
かつて人間はサイのツノを狙って、大量のサイを殺害していた。ツノを取った後のサイの遺体は、そのまま放置していたらしい。
「こっちの世界でも向こうの世界でも、人間ってひどいことをするでおじゃるね」
考えてみれば私たちもサイと同じ境遇なのだ。延命を望んだ人間たちが、私たち豆タヌキの肉を食べようとこの身を狙ってくる。そんな狩人たちから逃れて、この迷いの森の奥地で暮らしているわけではある。だが、私たちも日本で牛肉やら豚肉をスーパーで購入し、それを食べることで日々を健康に生きる糧としている。人間以外の動物でも、例えばヒグマはマスの皮の部位だけを食べて、肉の部位は捨てているという。そういうことを考慮すれば、人間を一方的に完全悪と見なすこともできない。利のために他を殺害することは罪か罪でないか。これは答えのない難しい問題である。そもそも罪という概念それ自体が、人間特有の『文化』でもあるためだ。地域によっても善悪の区別自体は違っていることは少なくない。
「ところでー、サイのツノってそんなに栄養があるっち? あれってただの骨じゃないっちか? 食べられるっち?」
「実際のところ、本当に栄養があるかどうかは知りません。でも、昔の人はあると思っていたのではないでしょうか」
「見た目は骨でおじゃる。カルシウムは豊富そうでおじゃるけどな」
「そういえばシカのツノには血管が通っていると聞いたことがあるぽこ。それで栄養が行き渡っているから、段々と大きくなるらしいぽこ」
「栄養が行き渡らなきゃ、ツノは大きくならないですものね。でしたらサイのツノも栄養があるのかもしれませんね」
「そもそも栄養なんてものは、サイのツノだけではなく、どこにでもあるぽこ。そこらへんに生えている雑草にだって、栄養はあるぽこ」
全ての食材に栄養はある。いや、有機物である限りは、どんなものにでも栄養があるのだ。食べられないと思える骨だってハゲワシは主食にしている。葉っぱだって、イモムシなんかは美味しそうに食べている。
「話を戻すけど、ニンニク以外で、だるさがなくなる食べ物ってあるっち? 夏バテを回復してくれる栄養のある食べ物っち……」
「やっぱり栄養のある食べ物を食べて、規則正しい生活をとるべきでーす」
「うむ。一般論でありながら、それが真理であるかもしれないでおじゃる」
みんな頷いた。たしかに栄養のある物を食べて、規則正しい生活を送るのは健康にはよいとされるが……。
「規則正しい生活って、一体なんだぽこ? 栄養のあるものって? その定義は?」
定義はなんだろう。みんな考え始めた。そんな中、ヒヨコが挙手をした。
「走って、食って、寝る。でーす!」
「ど、どういう意味ぽこ?」
「適度な運動をして、青汁粉末で作ったジュースを飲んで、100から150グラムの肉を米かパンと一緒に食べ、7時間半も寝れば、それだけで規則正しい生活を送り、栄養のある食べ物を食べているといえるでーす」
「随分と具体的ぽこー」
「ヒヨコ姉さま、それだけでいいっちか? 規則正しい生活と栄養のある食べ物の定義はそれだけでいいっち? なにかとツッコミたくなるっち」
「ちなみに食べる肉の種類でーすけど、牛と豚の赤身だと精神的なイライラが解消されるらしいでーす。鶏肉だと、肉体的な疲労が解消されるそうでーす。渡り鳥は何百キロも移動するのに疲れずに、目的地に飛んでいくでーす。それは鶏肉に含まれている成分のおかげだそうで、それを摂取することで、食べた者の疲れも軽減されるというらしいでーす」
「野菜の補給は、青汁粉末だけで補えるぽこ? ちょっと、不安ぽこ」
「かといって野菜をカットするのは面倒臭いですわ。キャベツの千斬りとか、玉ねぎスライスとか、時間がかかるのです」
「なっぽこ」
私は納得した。確かに野菜をカットするのは面倒だ.
「青汁粉末を宣伝している番組の採録のデータは毎日のように見るので、青汁を飲む効能は高いと存じておじゃる。とはいえ、そればかりだと少し不安でおじゃるので、スムージーはどうでおじゃる?」
「スムージーとは、なんでーす?」
「超簡単に作れて、超簡単に野菜を摂取できる飲み物のことでおじゃる。野菜だけではなく、果物だって摂取できちゃうのでおじゃるよ。しかも野菜を切らなくても大丈夫でおじゃる! だって、そのまま、ミキサーに入れちゃえば完成するのでおじゃるから」
「野菜が大き過ぎてミキサーに入らなかったらどうするでーす?」
「……まぁ、それくらいは切るでおじゃる!」
「味はどうなのでしょうか? そういえばスムージー、まだ作ったことがありませんでしたね。ミキサーがここにはないですもの」
ゲートにはまだミキサーはない。というのも、ミキサーがなくても生活するのに困らないからだ。
「今度、日本でミキサーを買ってくるのでおじゃる!」
「了解っち」
ミキサーの購入が、森の女神様の鶴の一声で決定した。
「これでスムージーが飲めるでおじゃるな。スムージーとはフリーダムな飲み物だから、使用する野菜や果物の種類で味が変わるし、砂糖やハチミツを入れても美味しいでおじゃる。加熱すると壊れる成分も、効果的に摂取できるこのスムージー。是非とも作る際には、皮ごとミキサーにかけてほしいのでおじゃる」
「か、皮ごとでーす?」
「女神様、気でも狂ったぽこか? 皮なんて食べられないぽこ」
「輸出される果物の皮に、どれだけの防腐剤が浸み込んでいるのか知ってるっち! 更に、オレンジとか、美味しく見せるように色が塗られている場合だってあるっち」
皮に栄養があること以前に化学薬品という『毒』がある場合も考えられる。防腐剤や着色料。ミキサーの導入には賛成だった私たちの誰もが、皮を食べることについては反対した。
「うぐぐぐ。まあ……産地とかに気を付ければ平気でおじゃる。たぶん……。日本国産のものなら、薬品はそれほど使われてはおらぬじゃろう。とにかく、皮にはめちゃくちゃ栄養があるでおじゃる」
「栄養があることについては知っておりますわ。フィトケミカルという成分が、老化の原因となる体内の物質を撃退するらしいのです。つまり、老けなくなるのです。美魔女必須の成分ですわ」
ソラがそう付け加えて説明した。おそらく森の女神様が『皮』を食べることを勧めてきたのは、ソラが採録した文章データを見たからだろう。
「すごーい。フィトケミカルすごーいでーす。覚えにくい名前のくせに、すごーいやつでーす。元から不老の私たちには全く必要のない成分でーすけど」
「でも健康にはめっちゃくっちゃよさそうっち」
「だから、皮ごと食べましょうって話でおじゃる。皮は、どんな野菜であれ果物であれ、果肉を紫外線から護り続けている、それは優秀な騎士のような部位じゃ。それをゴミ箱にポイするのは、なんと勿体ない事でおじゃろうか。サイの話じゃないけど、まさにツノだけとって、それ以外は放置するのと一緒でおじゃる」
野菜の皮をむいて捨てるという行為が、随分と罪深いことのように森の女神様が言い出した。
「スムージー、面白そうでーす。さっそくミキサーを購入して作るでーす」
「ちなみに、だるさを感じているおぬしらに、オススメの食材があるでおじゃる。疲労回復に効果がある亜鉛が含まれているブロッコリーとアボカドを皮ごとスムージーにして飲んでみるのでおじゃる」
「私はそれに、小魚とアーモンドも混ぜてスムージーにしてみたいですわ」
え? 小魚? アーモンドも少しおかしい気がするけど……。
「肉類は止めた方が……きっと後悔するぽこ」
「栄養のためです! 栄養のためにですわ! おほほ」
その日の仕事終わり、早速ヒヨコとラッカセイがミキサーを買いに日本に行った。
そして翌日のおやつ時、さっそくスムージーが完成した。ミキサーはいい仕事をしてくれたようだ。
「みなさーん。作ってきましたわ。スムージーを」
「待っていたでおじゃる。昨日からずっと楽しみにしていたでおじゃる」
「早く飲みたいぽこ」
「うわー。ドロドロしてるっち。さすがはスムージー」
「どんな味なのか気になるでーす」
「みなさんの分もあるから、一斉に飲みましょう」
ソラは人数分のコップに注いだ。私たちはそれぞれスムージーの入ったコップを手にする。
「さあ、みんなで飲みましょう。スムージーで元気いっぱいですわよー」
はーい、とみんな「いただきまーす」と言った後、ごくり、と飲んだ。
「ちなみに、肉入りですわ! 新鮮な刺身が入ってますわよーん。あー、美味しいですわ。この生臭さが堪りませんわ」
ゴゴゴッゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴ。
私たちはスムージーを作ってきたソラを除いて、全員が固まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます