『流通で談議ヌス』(ジャンル:生活)

 ついに夏がやってきた。迷いの森の夏も日本(門前仲町近辺)の夏も同じ時期に訪れる。そして、同じくらいの暑さとなる。仕事部屋には冷房も暖房もあるので、空調に関しては近年特に気にはしていなかったが、今年に関してはいつもとは違っていた。妹たちの額から大粒の汗が流れていたのだ。妹たちだけではなく、仕事部屋に遊びにきている森の女神様も汗をかいていた。


「ふぅ……なんだか今日は暑くないぽこか? せっかく冷房をつけたのに」


「そうですわ。マメマメお姉さまの言う通り、冷房をつけたのに例年よりも暑く感じますわ」


「おそらく冷房の調子がおかしいのでおじゃる……掃除をするでおじゃるか?」


「掃除をしたら涼しくなるっち? だったらすぐに掃除するっち。最後に掃除したのは確か、もう三年以上も前だっち」


「そんなに前でおじゃるか? それなら、すぐにするでおじゃる。暑くなる前にするべきだったでおじゃる」


「私、掃除機を取ってくるでーす」


 ヒヨコが部屋を出て、ドタドタと掃除機を持って戻ってきた。


「はい、掃除機! お待ちどうさまでーす」


「冷房の掃除を始めるぽこー」


 コンセントをがちゃりとして、ブオーンと掃除機を起動させた。冷房の蓋を空けたところ、そこには、びっしりとホコリがくっついていた。


「すごいぽこ。ホコリが溜まっているぽこ」


「今後は2週間おきぐらいに掃除した方が良いかもしれませんわ」


「この家は太陽光発電によるオール電化だっち。だから、曇りの日が続けば、電気が足りなくなるっち。こんなホコリだらけの状態で冷房を使っていたら、電気量がバカにならなかったっちよ」


 掃除をするかしないかで、冷房の使用電気量は変わってくるのだ。


「吸い取るでーす」


 ブオォォーーンとホコリが掃除機の中に吸い込まれていった。冷房内に溜まっていたホコリをあらかた吸い込んだ後、私は冷房の蓋を付けなおす。それを確認して、森の女神様はリモコンを冷房に向けた。


「では、スイッチを入れるでおじゃる。ぽちっとな」


 ピッ、と音がした後、ひんやりと心地よい風が吹いてきた。


「こ、心地よい風だぽこー」


「地獄に仏とは、まさにこの事ですわね」


「気持ちがいいっち。本当に気持ちがいいっちよ」


「しかし本来、夏というのは暑い思いをするのが風流であると日本では言われているでーす」


「こんなに暑い時に、どうしてわざわざ暑い思いをするのでおじゃる? それが本当なら風流を分かっている日本人はみんなドMでおじゃる」


 なにはともあれ、部屋が冷やされていくと同時に、私達は冷房を掃除することの大事さを学んだ。掃除をする前とした後では、まるで違っている。みんな、冷房の前で幸せそうな顔をしているのだが……。


「一つだけ忠告しておくぽこ」


「なんですか?」


「どうしたでおじゃる。マメマメちゃん?」


「マメマメ姉さまも、こっちにきて涼しむっちよ」


「今日は今年になって初めて冷房を使った日ぽこねー。つまり1年分の『カビ』が風の出が良くなった今、目に見えなくても、大量に吹き出しているところだろうぽこ」


 一瞬の沈黙の後、うわああああ……とみんな、冷房の前から退散し、窓をあけて換気した。冷房を久々につけた時には、カビが部屋に充満するため、しばらく窓を開けておくのが健康上よいとされている。


 数時間後、部屋は快適な温度となった。


「ところでおぬしたち、今年の夏の間、ここでパチパチとキーボードを叩いているだけだと、何か空しくならないでおじゃるか?」


 唐突に森の女神様がそう言ってきた。


「別に空しくならないぽこ」


「長寿を求め、私達を狩ろうとしてくる人間から護って頂いているだけで、十分にハッピーですわ」


「私も同じでーす。これ以上、何かを求めたら、バチが当たるでーす」


「私達は幸せ者だぽこ」


「その通りだっち」


 遠回しに、森の女神様への感謝の気持ちをそれぞれが述べた。しかし、森の女神様の求めていた回答はそういったものではなかったようで、あからさまに不機嫌そうな顔をされた。


「わらわは退屈でおじゃるー。おぬしらにもう一度問う。本当に夏の思い出がなくても空しくならないのでおじゃるか? ファイナルアンサーでおじゃる!」


 ………………。


 私達はこれまでの付き合いで、森の女神様の性格を、それとなく把握している。なので、いわんとするところを察した。つまり、彼女は日本のどこかに遊びに連れて行ってくれ、と言っているのだ。森の女神様は単身では裏口ドアから日本に行くことはできない。しかし、日本で作られた人形やぬいぐるみ、キーホルダーなどに『憑依』し、私達に連れられることで、日本に行くことが可能となっている。ただし、その状態で憑依した物質が破壊した場合、不死である森の女神様も消滅するらしい。最初の数年は教えてもらえなかったが、現在はそうした自身の大きな弱点も教えてくれ、その身を私たちに委ねるまでに、私達を信頼してくれているようだ。……もしくは、命を危険にさらしてでも日本に行きたいだけか。


「そうぽこねー。ひと夏の思い出、作りたいぽこ」


「どなたか、現在のリアルタイム近辺で放送されています番組を採録されていませんか?」


「私っち。二日ほど前の放送を採録しているところっち」


「ラッカセイ、何か面白いイベントが行われているか知らないでーす?」


「知ってるっち。代々木公園でマルシェが行われているっち」


「マルシェ……でーす?」


「今、マルシェの特集を採録してるっち。代々木公園は原宿駅のそばだから、門仲からはそれほど距離は離れていないっち」


 もしくは東西線、千代田線と乗り継ぎ『明治神宮前』で下車するという代々木公園へのアクセス方法もある。


「マルシェって、あれでおじゃるか? 野菜とかを露店販売している」


「女神様、そうだっち。明日も開催されているっち。行ってみないっち?」


「野菜の露店販売? そんなのスーパーで購入すればいいぽこ」


「そうですわ。わざわざそのようなところで野菜を買う必要はありません」


 露店で購入しても、スーパーで購入しても、野菜の味なんて大差はないと思う。


「いやいや、珍しい野菜があるっち」


「野菜を購入するだけのイベントなのでーす? B-1とかラーメンの野外イベントの方が面白そうでーす。そういうのは開催されてないのでーす?」


「何を言っておるのじゃ。マルシェ、とても面白そうでおじゃる。わらわはとても興味をひかれたでおじゃる」


 目を輝かせながら言った。森の女神様はマルシェに興味を持たれたようだ。


「……だったら、とりあえず、足を運んでみるぽこか?」


 明日の予定を決めた我々は、再び採録の仕事に戻り、カタカタとタイピングを始めた。


 翌日の正午、私たちはマルシェが開催されている代々木公園で集合した。各々、カルチャースクールに通っている者などもおり、午前中は別行動だった。なので現地集合とした。なお、森の女神様は以前私がクレーンゲームでゲットした腹話術人形ならぬ腹話術ぬいぐるみに憑依していて、それは私の手にはめられている。この状態でなら森の女神様も、私の口を介することで『喋る』こともできるのだ。腹話術ぬいぐるみだけに。


「これで全員揃ったわけぽこね。さーて、行くぽこ」


「あれ? 一人足りないでーす」


「えっ? 足りないぽこか? そんなはずはないぽこ」


 数は確認したはずだが。


「ソラでーす。ソラがいないでーす」


 あれれ? さっきまで私の隣にいたのに、いなくなっている。


「ソラ姉さま、さっきまでここにいたっち。どこに行ったっち?」


 私達はソラを探した。すると、遠くで彼女の姿を見つけた。


「あそこにいたぽこ! 勝手に単独行動をするなんて許せないぽこ」


 私たちはずんずんと、ソラの元に向かった。ソラは単独で露店の見学を始めていたのだ。


「こらああ。団体行動中の単独行動はやめろぽこ。ソラみたい勝手なことをするキャラクターが、ゾンビ映画では必ずチームを危険におとしいれるぽこよ」


「も、申し訳ありません。みんなが集合するまで、ちょこっと露店を覗こうと思ってましたら、妙に気がそそられてしまいましたの」


「昨日はあまり乗り気じゃなかったくせにでおじゃる」


「昨日は昨日の風が。今日は今日の風が吹く」


「かっこいいこと言ってるけど、もっと、私達に言うべき言葉があるんじゃないぽこ?」


「うぅぅ……ごめんなさい。申し訳ありませんでした」


 ソラは日本流の土下座をした。


「まぁまぁ。そこらへんで許してやるのでおじゃる。ところで、ソラちゃんは、何を見ていたでおじゃる? そんな、熱心に」


 私の口を介して、森の女神様がソラに訊いた。


「これですわ」


 ソラが手に取ったのは、マルシェの屋台で販売されている花のついた野菜だった。花のついていないバージョンであれば、私も頻繁に目にする野菜である。


「これはですね、ズッキーニなのですわ。おじさま、一個くーださい」


「はいよ」


 ソラは店の店主にお金を払い、野菜を購入した。


「このズッキーニは、このままでも食べれちゃうらしいのです。ね、おじさま?」


「おう、食べてみなさい」


「ええええー。いくらなんでもそれは……ってもう食べてるっち!」


「ガブガブ。うっまぁぁああああい」


「そんなに、美味しいぽこ? 私達にも味見させてほしいぽこ」


 ガブガブと、私達は回し食いをした。ズッキーニは一瞬にして平らげられた。


「美味しく頂きましたでおじゃる」


 なお、驚くべきことに、ぬいぐるみに憑依中の森の女神様も食事ができる。『お供え』と同じ原理で、お供えしますと念じながらぬいぐるみの口元に食材を持っていくと、食材は消えずとも、森の女神様はその食材の味や満腹感まで感じるとかなんとか。ただし、購入することで所有権を我々に移さないと『お供え』ができないため、スーパーなどで手当たり次第に森の女神様に商品を『お供えする』(=食べさせる)ことはできない。


「この店で売っている野菜はね。すっごい秘密があるらしいのですわ。ねー、おじさま!」


「おー。そうだぞ」


「その秘密、知りたいでおじゃるー。おせーて、おせーて」


 ぬいぐるみの口をパクパクさせながら、森の女神様が勝手にお店の人に話しかけた。しかし、同時に私の口も動いており、声も私の口から出ているので、店主は私が腹話術の真似事をしているとしか思っていないようだ。まさか、ぬいぐるみが意志を持って喋っているだなんて考えもしないだろう。


「いいよ。店の手伝いしてくれたらね」


「オッケーでおじゃるよ」


「ちょっとちょっと……直接働くのは私たちぽこよー。勝手に決めないでもらいたいぽこ!」


 私は手にはめているぬいぐるみに向かって文句を言う。しかし……。


「いいではありませんか。秘密とは野菜の育て方のことですわ。美味しい野菜の育て方の秘密を教えてもらえるのですから、快くお手伝いをしましょうよ」


「ぽこ~」


 そう言われると心惹かれるところもある。人間に見つかったので手放したが、森の女神様と出会う前に住んでいたねぐらには畑があり、野菜を育てていた。野菜の味は日本で販売されている品種改良のなされた野菜の方が断然に美味しいけど。


「へーい、らっしゃいらっしゃい。美味しい野菜でおじゃるよー。花のついてるズッキーニは飾ってよし。食べてもよし。夜のお供にしてよし。購入者さんの自由でおじゃるよー」


「おー。ノリがいいね。今日は相方が風邪で休んで人手が足りなかったんだ。ロハで手伝ってもらえるなんて大助かりじゃ。がははは」


 マルシェを楽しみむ目的でやってきた私たちであったが、どういうことか露店の手伝いを始めていた。主に荷卸しや袋詰め、接客など。何をしにきたのだろうと思うも、きっとこれもまた夏の思い出になるのだろう。店の手伝いは17時過ぎまで行った。片付けをした後、マルシェの店長兼農家のおじさんのトラックに乗せてもらい、おじさん所有の畑にまでやってきた。私達が仕事を手伝ったのは、美味しいズッキーニの育て方の秘密を教えてもらうためである。労働の見返りは金銭ではなく、情報だ。


「ここが、お嬢ちゃんたちがさっきの露店で売っていた野菜を育てている畑だ」


 へー。ここがその畑なのか。


 というか、本当に畑なのか? 馬鹿にされているような気もする。なぜならば……。


「おっちゃん、ここは草がボーボーだぽこ。手入れをしているようには見えないぽこ」


「そうですわ。野菜を育てたことのあるものは誰でも常識として知っております。雑草は抜かなくてはいけないものだと」


「そうだっち」


 目の前に広がるのは畑は畑でも雑草畑だった。こんなのを見せてもらうために、店の手伝いをしていたわけではない。しかし、おじさんは意外な顔をしながら言った。


「なに言っておる。これこそがその秘密じゃぞ。この畑でお嬢ちゃんたちが食べたズッキーニを育てたのじゃ」


「ど、どういうことでおじゃる?」


「そうでーす。意味不明でーす」


「つまり、わしの畑ではな、こうして雑草と一緒に野菜を育てているのじゃよ」


「えええええー」


 雑草と一緒に野菜を育てる? なんだそれは。そんな農法、あっちの世界では聞いたことがない。


 私達が目を丸くしているのを見て、おじさんは説明を始めた。


「雑草と競争させる事で、作物たちはのぉ、雑草たちに負けまいと丈夫に育つのじゃ。それが美味しさの秘密じゃ」


「うっそーん。んな、あほなでーす」


「では私達がねぐらでしていた、あの畑での雑草取りは、無駄だったってことだっち?」


「私、当番の時には、一生懸命に雑草をむしっていたぽこ! 雑草はむしらなくてもよかったということぽこかっ!」


 私のイメージでは、雑草とは作物を蹂躙する侵略者である。しかし、平和ボケをするよりも、近くに脅威があることで作物が強くなろうとする理屈については理解できるところもあった。


「植物社会も、雑草と一緒に競争させられて育てられる、というやり方が広く浸透したら、厳しい社会になるでおじゃるなー」


「雑草はのぉ、虫や病気からも守ってくれるのじゃ。とはいえ、さじ加減は必要じゃ。競争させた結果、作物が全滅するのはもってのほかじゃ。雑草と作物を競争させ、苦戦させながらも、ギリギリ作物を生き長らえさせる、そのサジ加減が必要じゃから、ある意味、職人芸のような農法じゃな」


 なるほど。ただただ、雑草の好き勝手に生やさせるわけではなく、作物の状態を見て、余分な雑草はとり除いてもいたわけか。


「そりゃそうだっち。畑をやっているのに、収穫の時期に雑草しか生えてなかったとなれば、悲惨なことだっち」


「土地の無駄遣いでおじゃる。育った作物は……雑草でおじゃったー、なんてね」


「どうだったかい? 意外じゃったろう。美味しい野菜を育てる秘密は」


「めっちゃめちゃ意外だったぽこ。そりゃあ、目ん玉が飛び出ちゃいそうなくらいに」


「あははは。言うねー」


 こうして私たちは農家のおじさんと別れて、帰宅のために駅に向かった。現在、田舎道を歩いている。空はオレンジ色の夕暮れだ。


「それにしても、マルシェで販売されていた商品は全体的に安かったですわ」


 と、ソラ。


「そうぽこか? 私たちは集合して、すぐに店子をやる流れになったから、全然、他の露店の商品やその値段は見てなかったぽこ」


「そうなのですか、マメマメ姉さま? 見れば良かったのに」


「だから、ソラのせいで見れなかったんだぽこー!」


 あと、森の女神様が勝手に手伝うことを決めたせいでもある。


「ちなみに、安さの秘密を教えてあげましょうか?」


「別に興味がないぽこ……」


 私はかぶりを振るも、ラッカセイが目を輝かせながらソラに訊いた。


「どうしてだっち? 私は気になるっち。ソラ姉さま、教えてほしいっち」


「私も気になるでーす」


 あらら。皆、気になったようだ。


「ソラちゃん、教えてほしいでおじゃる。なぜ、マルシェで販売されている野菜たちが安かったのでおじゃるか?」


「はい、女神様。それはですね、農家が直接販売をしていたからなのですわ」


「それが野菜の安さにどう結び付くのでおじゃるか?」


「ほら、スーパーの従業員さんに払うお金などが浮くではありませんか。生産者が直接販売することで、その分、商品を安く販売できるという仕組みなのです」


「なーるほど! それは、消費者からしたら嬉しい限りでおじゃるね」


「でも、流通業者やスーパーで勤務している人にとっては悲鳴ものだっちね」


 ふと、私は思い出したことがあった。


「知ってるぽこ? すしざんまいという寿司チェーンを」


「もちろん、知ってるっち。築地の初競りで2億円近い額で1匹のマグロを競り落とすという奇行を行った会社だっち!」


「私も採録して知っております。台湾の寿司チェーン店と競い合ったのですわよね?」


「そのニュースは私も採録したでーす。あのマグロをどのようにして売ったのか不思議なのでーす。マグロは億単位で競って購入したでーす。ということは元をとるため、寿司一貫を数十万から数百万円単位で売ったということでーすか?」


「初競りというのはプライドとプライドとのぶつかり合いの場でもあるぽこ。それに宣伝にもなるぽこ。すごい金額で落札したらニュースになるぽこ。初競りで落とした金額には宣伝費用も含まれているから、奇行ではなく計算された行動でもあったぽこ」


「たしかに、普通に考えて適正値段を遥かに超えた値段で購入するなんて、商人としてはやってはいけないことだっちね」


「そのすしざんまいは、直接漁師さんからお魚を仕入れているらしいぽこ。つまり、本来は市場を通すところ、漁師さんから直接買い付けるぽこね。市場で働く仲買人さんへの給料分を、節約しているから安くネタをお客さんに提供できるぽこ。それゆえにすしざんまいは成功しているらしいぽこ」


 まぁ、商売の話なので未来永劫、黒字が続くというわけではないと思うが、少なくとも私が採録した時点でのすしざんまいは、他の寿司屋よりも成功しているらしい。


「マメマメちゃん、ま、まさか来店したことがあるでおじゃるか?」


「8回ほど来店しているぽこー」


「私もっち。寿司は美味しいっち。すしざんまいのネタは鮮度が高かったっち」


「漁師の釣りたての魚が、そのまま店にまで運ばれて、すぐに販売されるから、新鮮そのものなのですわ。じゅるる。思い出してたら、お寿司が食べたくなってきました。ちなみに、私も来店経験はあります。イケスを泳いでいたイワシを、その場で捌いてもらったことがあります」


「お金が貯まったら、また行きたいでーす」


 私達はそれぞれ、すしざんまいに行ったことがあると告白した。そんな中、森の女神様は大きくショックを受けているようだ。私と腹話術ぬいぐるみを介して繋がっているからか、も森の女神様の感情の変化がダイレクトで伝わってくる。


「がーん。なぜ、わらわを連れて行かなかったでおじゃる? わらわもすしざんまいに行きたいでおじゃるー!」


「女神様はその時はまだ私達に、憑依をすることで日本に行けるって教えてなかったぽこ。今度、連れていくぽこ」


「約束でおじゃるぞ! わらわも寿司を食べるのでおじゃる」


「了解だぽこ」


 寿司は『お供え』した後に、私達が食べるので量的にも金額的にも変わらない。


「市場を通さないで漁師から直接仕入れる的な方法が有利であるということが分かりましたが、デメリットはないのでしょうか? そもそも、様々な飲食店が真似したらどうなるのでしょうか? 市場で勤務する人や運送業を営んでいる人は生活できなくなってしまいます。つまりは、日本の経済の縮小に繋がるのではないでしょうか?」


「まあ、そのコネクトというか、経路を繋ぐまで、様々な交渉とかも必要だろうぽこね。おそらく、それは大変なことで、中々できることではないぽこよ」


 市場というのは不動産のようなものだと思っている。不動産には家主と借り手を繋ぐという仕事がある。家主と借り手が直接契約を結べば、仲介手数料は支払わなくても済むからといって、そうしたやりかたが主流となることで将来に不動産という業界が衰退することはまずないだろう。家主と借り手が直接契約を結ぶことは、とても難しいことなのだ。同じように漁師や農家などが、飲食店と直接契約することも、それほど簡単にできることではないことを知っている。


「そういえばお魚繋がりで、角下魚類というところも成功しているらしいっち」


「そこはどんな会社でーす? お寿司屋さんでーす?」


「魚屋さんだっち」


「ただの魚屋さんでも成功の秘訣とかあったりするわけでーす? そこもすしざんまいのように、漁師さんから直接購入して、安く販売してるでーす?」


「将来的にはそうなるかもしれないっちね。でも、私が採録した時の角下魚類は市場を通して、普通に店で販売するための海産物を仕入れていたっち」


「聞く限りでは普通の魚屋さんとなんの代わりもないでおじゃるよなー」


 市場で商品を購入し、店で販売する。それはどの魚屋でもやっている普通の活動だ。


「それでも、角下魚類は普通の魚屋さんよりも成功してるっち」


「一体、どこに成功の秘密があるのでしょうか? 市場で魚を仕入れた魚を売るという、ごくごく一般的な魚屋さんとは違うのですか?」


「もちろん普通のやり方をしたら、普通の魚屋さんと差がつかないっち」


「だったらどこが普通のお店と違うぽこ?」


 ラッカセイは人差し指を立てて、説明を始めた。


「角下魚類は、市場でその日に大漁だったりして安ぅ~く販売されている海産物を大量買いして仕入れるっち。たとえば普通のスーパーだったら、どんな種類の魚も常備されているっちよね?」


「確かにそうだぽこ。主婦が今夜はエビフライにしましょうと思ってスーパーに行けば、エビが買えるし、カレイの煮物にしましょうと思ってスーパーに行けば、同じようにカレイの切り身を買うことができるぽこ」


「スーパーマーケットの鮮魚の仕入れ方法は、まずは店で予め購入リストを作成するっち。そして買い出しの担当者さんが、そのリスト通りに市場で海産物を仕入れるというやり方っち」


「なるぽこ~」


「一方、角下魚類は、そうしたやり方はしないっち。角下魚類には、商魂たくましい買い出しのプロフェッショナルがいるっち。そして、独自の判断で、その日に大漁で安いものを、どっかーんと購入するっち」


「ど、どかーんとぽこ?」


「同じ商品を仕入れ過ぎて、売れ残ったらどうするでーす?」


「そうなるリスクもあるわけですものね。半長博打のようにも思えますわ」


「そこはプロの技だっち。角下魚類が儲かっている秘密は買い出しのプロが、その日安いもの大量に購入することが一つ目。そして、二つ目の秘密は店長が立てる販売戦略っち。例えば『イカを大量に買い占めましたー』と、買い出しの担当さんから連絡がきたら、店長はイカが店に運ばれてくるまでの間に、イカをどのように売るのかについての本日のシナリオを立てるっち。新鮮な時には刺身で売って、時間が経ったら手を加えて、今晩のお父さんのオツマミ的な惣菜にするっち。店頭に置かれていたイカを引っ込めて、色んな惣菜にして売るから廃棄率が極めて低いらしいっち」


「面白い売買システムでおじゃるなー。だったらわらわ達も角下魚類を見習って買い物をすれいいのではないでおじゃる?」


「女神様、それはどういう意味ぽこ?」


 私は森の女神様に質問した。ちなみに、この様子を外から見たら、自分の手にはめているぬいぐるみに話しかけているようにしか見えないので、私はきっと変な人だと思われるだろう。


「一般家庭でも、この方法は活用すべきでおじゃる。まずは献立をあらかじめ決めずにスーパーマーケットに買い出しに行くでおじゃる。そしてその日、安売りしていた食材を大量に購入するのでおじゃる。そしてゲートに戻り、購入した食材を見て、本日の献立を考るのでおじゃる」


 おおお、と私たちの口から驚きの声が漏れた。ソラは拍手をしている。


「女神様、それは素晴らしいお考えですわ。そしたらきっと、節約した上で、かつ美味しい料理が作れますわ!」


「そのシステムは確かに優れているぽこね。でも、料理を作る方にとっては頭を悩ませるぽこー。プレッシャーだぽこー」


「しかし、いい作戦だっち。角下魚類のこの戦略を、私たちの日常に取り入れたら、ソラの言う通り、食費を節約しながらも美味しい料理が食べられるっち」


 私たちは安くて美味しい惣菜がキッチンテーブルに並んでいる様子を想像し、誰もが朗らかになった。そんな中、ヒヨコだけがかぶりを振った。


「ちっちっち。あなたたちは本当におめでたいでーす。そんなの節約に貢献するわけがないでーす。机上の空論というやつでーす」


 ヒヨコのみが、森の女神様の案を否定した。


「ヒ、ヒヨコちゃん、それはどういう意味でおじゃる?」


「そうですわ。理論的に考えて、隙のないやり方ではありませんか? 机上の……空論なのですか?」


「私は机上の空論だとは思わないっち。今後はその方法でお買い物をするっちよ」


「そうぽこ。スーパーに行って、その日、安売りしていた食材を買って、その後に献立を考えるという角下魚類の戦略を応用したこの賢い買い物の仕方が、どうして節約にならないぽこ? どうして机上の空論になるぽこ?」


 机上の空論になる、といっているヒヨコの真意が分からない。みんな、眉を寄せた。


「だったら訂正するでーす。節約になるかもしれないし、ならないかもしれないでーす。そうだとも言えるし、そうでないとも言えるでーす。あなたたちは、肝心な点でずれているでーす。私から見たらオオカミの前で、わーいわーいと万歳している羊の子供でーす! 思慮が足りないでーす」


「もっと具体的に言ってくださいませんか、ヒヨコ姉さま?」


「そうだっち!」


「わらわも、角下魚類の戦略を応用することが、節約に繋がると思うでおじゃるが、どうしてヒヨコちゃんは、そうならない場合もあると思っているのでおじゃる?」


「食材を安い時に大量に購入する、これこそ節約の基本じゃないぽこか?」


 一体、ヒヨコはどうしてこの方法が節約にならないと考えているのだろう。


「だったら言わせてもらうでーす。今、あなたたちが持っている袋の野菜は、なんでーす! 歩きながら食べてる野菜はなんでーす!」


「え? これ、さっきの農家のオッサンから買ったものだっち」


「手伝ってくれたから、おじさま、定価の半額で売ってあげるっと言ってくれましたからねえ。いい買い物をしましたわ」


「しかも、畑から自分たちで収穫したてホヤホヤの鮮度の高い野菜たちだぽこ。ちょーお買い得だったぽこ」


「ぷっぷっぷ。本気でそう思っているのでーす? だったら、とてもおめでたいでーす。そしてスーパーは、そういったあなたたちのような存在を、ネギを背負って歩いてきたカモだと見ているでーす」


「どういうことでおじゃるか?」


「スーパーは、恐ろしいところでーす。あの手この手で購買意欲を高めてくるでーす。そして、購入した後、いい買い物をした、と思わせる天才でもあるのでーす。しかも、気づかれないように」


「それは言い過ぎだぽこ……と思う反面、思い当る節もあるぽこ」


「私もですわ。なぜか、知らないうちに財布が軽くなるという不思議……」


「そうだっち。経験があるっち……」


「ふふふ。そうでーすそうでーす。あんなにたくさんあった財布の中のお札が、気がつけば、あれ? なんで、なんで無くなってるんだっけ? という状態にしてしまう。それがスーパーなのでーす」


「スーパー怖いでおじゃる! スーパー超ワルでおじゃるな!」


「ちょうど私たちが向っている駅前に、有名な大型スーパーマーケットがあるようでーす。私がテレビから得た知識の、心理学から導き出される、スーパーの陳列戦略の極意を教えてあげるでーす。ちなみに、繁盛しているスーパーとそうでないスーパーは、この戦略の有り無しらしいでーす」


 しばらく歩くと、田舎道が途切れた。さらに歩くと、喧騒のある繁華街にやってきた。そこには、ここら近隣で一番大きいというスーパーマーケットがあった。大きな駐車場には、たくさんの車が停まっている。


「いざ、出陣でーす。中にはいるでーす。なお、私たちのターゲットは今晩の晩飯に使う豚肉でーす。店頭にあるチラシに、豚肉は『割引』と書かれているでーす。つまりは『広告の品』でーす。準備はいいでーすか?」


「オッケーだぽこ」


「いくっち」


「豚肉を購入すればいいだけだなんて、楽勝なミッションですわ」


「それでは、ゴーするでおじゃるよ!」


 私たちはスーパーマーケットに入店する。目的は特売の豚肉を購入すること……だったが。


「ちょ……ちょっと待ってほしいのでおじゃる。あそこに、果物ゼリーが2つで98円で売られているでおじゃるよ!」


「はっ! 本当だっち。果物ゼリーが、安いっち! いつもの半額以下だっち」


「私、1つ購入しますわ。仕事中に小腹が空いたら、ついつい食べたくなるのですわ。これ」


 店に入ったすぐそばで、果物ゼリーが激安で販売されていた。賞味期限が間近となっているのが安売りの理由らしい。私たちはそれぞれカゴを持ってきて、カゴの中に果物ゼリー全種類を一個ずつ入れた。


「さあ。肉の特売コーナーに急ぐぽこ! 目的地はまだまだ店の奥だぽこ」


 私たちは肉のコーナーに向おうとするが、ソラが引き留めてきた。


「ちょっと待てくださいませんか? 3つのパックの納豆が2つで100円になっておりますわ」


「本当だぽこ」


「どうしますか?」


「今、買っておかなくては損だぽこ。納豆は毎朝使うから、安い時に買い溜めしたいぽこー。ラッキーだぽこ」


 納豆は毎朝食べるので、どれだけ購入していても問題はない。なので私は一週間の朝食分の12個をカゴの中に入れた。


 ふと、周りにいたみんなが鮮魚コーナーに移動していた。私も鮮魚コーナーに向かう。


「みなさーん、鮮魚コーナーでタラバガニが特売で普段の60%引きになってるでーす。タラバガニは食べた事、まだなかったでーすよね」


 ちなみにカニは私たちの世界には存在しない。私たちはベニズワイガニなら日本で食べたことがあるが、毛ガニやタラバガニはまだない。なぜなら安い時でも一匹2000円以上の値段なので、高額ゆえに手が出せないからだ。それが今回は60%引きとなっており、何とか手を出せる値段となっていた。


「食べたいでおじゃる。一生に一度は食べたいでおじゃる。タラバガニってどんな味なのか、知っておいて損はない気がするでおじゃるよー」


「私、購入するっち!」


「私もぽこ。折角安くなってるから、買わなくちゃ損だぽこ」


 ラッカセイに続いて、私もタラバガニをカゴの中に入れた。


 このタイミングで、若い男性の声が聞こえた。トレイを持って店の奥から出てきた店員さんのようだ。


「天ぷら、揚げたてでーす。たった今、揚げたばかりのアッツアッツでーす」


 私たちの目は、てんぷらに釘付けとなった。美味しそうな匂いが鼻を刺激する。


「あ、揚げたてなら、買わなくちゃ……勿体無いぽこ……」


「時間がたったテンプラの衣ってフニャフニャってなって美味しくなくなるでーすもんね?」


「私はカボチャのてんぷらが大好きなのです。カボチャのてんぷらを店を出た後、無駄口で食べる用に購入しますわ」


「ソラちゃん、食べる前に、わらわにお供えしてほしいのでおじゃる。そしてマメマメちゃん、レンコンのてんぷらとカラアゲも買うのでおじゃる。じゅるるる。美味しそうでおじゃる」


「がってん承知のすけだぽこ」


 私はプラスチック容器に揚げ物をトングで入れて輪ゴムをした。


 近くで、ヒヨコの声が聞こえた。


「みなさーん。割得でプリンが69円になっているでーす。定価150円のプリンがでーす」


「買わなきゃ! いつ買うぽこ?」


「今でしょーーーーーっ!」


 私たちはそれぞれのカゴにプリンを何個か入れていく。


「折角だから、お菓子も買っていきませんか? 期間限定の割引商品となっているお菓子がありますわ」


「私は間食用にインスタントラーメンを補充しておくっち」


「よーし。そして今晩使う分の豚肉も、ゲットしたぽこ!」


「じゃあ、目的も遂げたし、精算するでおじゃるよ」


 ピッピッピ。レジには長蛇の列ができている。どのお客さんのカゴを見ても、たっぷりと入っていた。私たちも精算を終えて、商品を袋詰めし、スーパーマーケットの外に出た。ふと気付くと、ヒヨコが私たちを見ながらニヤニヤしていた。


「あなたたち、顔色がいいでーす。何かハッピーなことでもあったでーすか?」


「ハッピーですわ。だって、なんだか得した気分になりましたもの」


「いい買い物ができて嬉しいっち。私も揚げたてのてんぷらを買ったっち。まだ熱いっち。ほくほく」


「いい買い物ができてラッキーだったぽこ」


「本当にそうでおじゃるなー。いい買い物だったでおじゃる。てんぷら、ウマいでおじゃるよー」


 私たちそれぞれ意見を聞いた後、ヒヨコは口元を手で覆って笑った。


「ぷっぷっぷ。あなたたち、見事にスーパーの戦略にハマりましたでーす。というかハマり過ぎてて、私は内心、途中からかなり心配になっていたでーす。あなたがたの行く末を! 豚肉を買いに来ただけなのに、重そうに持っている、それらの袋はなんでーす!」


「あっ」


 私も含めてみんな、正気に戻ったようだ。今回のミッションは広告の品の『豚肉』を購入するというだけの簡単なものだった。なのに、私たちは豚肉以外の商品を大量に購入した。


「スーパーこわーい。スーパー超こわいでおじゃるよー」


「知らない間に、たくさん購入しておりましたわ……」


「私もだっち」


「私、床下陳列の法則とか、様々なスーパーのマル秘戦略を教えようと思ってたでーす。でも、あまりにもみんな、買い物に熱中し過ぎてて説明、出来なかったでーす」


 なるほど、角下魚類の戦略『安いものを大量に購入。購入したもので販売戦略を立てる』を家庭に応用したシステム『その日スーパーで安いものを大量に購入。購入したもので献立を考える』。たしかに理にはかなってはいるが、実践するのは難しいかもしれない……プロでない限りは。というのも、私たちのような一般の者がそのシステムをスーパーで実践しようとしても、安い安いと思いつつ、いや、思わされて、様々な商品を購入してしまうからだ。気がつけば財布が軽くなっているという事態になる。むしろ、あらかじめ購入するべき食材の『リスト』を作ってから、計画的にスーパーを訪れた方が結果的には経済的なのかもしれない。


 私たちは電車に乗って、ガタンゴトンと揺られながら門前仲町に戻った。袋の中を見て、余計な買い物をたくさんしたと思った。お金を使うことを誘導されたようだ。しかし、微塵の後悔もない。帰宅中みんな、笑顔だった。

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