『男の性欲で談議ヌス』(ジャンル:犯罪)

 私達4姉妹がこの迷いの森に足を踏み入れてから、もう8年の月日が経った。長女の私はマメマメ。次女はヒヨコ。三女はソラ。そして末っ子はラッカセイという名前を持つ豆タヌキである。実年齢は4姉妹とも800歳を超えるが、若くして老化が止まり、見た目は16歳ほどだ。さらに今の私達は人間の姿になっており、四角い木造のテーブルに設けられたパソコンと向かい合ってキーボードをタイピングしている。『パソコン』というものは、この世界にはないもので、異世界である『日本』というところから購入した『電化製品』である。


 この世界には、火薬すらまだ発明されておらず、歴然とした文明の差がひらいていた。なお、私達を匿ってくれている『森の女神様』は、日本と迷いの森を繋ぐ建築物を建てるという特殊な能力を持っていた。私達は森の奥というロケーションにも関わらず、太陽光発電の機材を屋根に備えたオール電化の一戸建て住宅(ゲート)に住んでいる。冬は暖房で暖かく、夏は冷房で過ごしやすい。冷蔵庫まである。


 普段は豆タヌキの姿で過ごす私たちだが、日本で購入した家具や仕事で使うキーボードなどが人間仕様で作られているため、ほとんどの時間は人間に化けている。


 パソコンは、森の女神様の力で入手した電波をメモリーして、日本のテレビ番組を視聴できる仕様になっていて、私達は受信したテレビの番組をビューワーで再生しつつ、モニターを見ながらその放送内容をメモ帳に『文章化』するという仕事をしている。森の女神様は私たちの作るデータを欲しているのだ。


 情報を欲するその動機は『退屈しのぎ』らしい。特定の場所から動くことができず、ずっと孤独と隣り合わせで暮らしてきたそうで、『退屈過ぎるため死ねるのであれば死んだ方がまし』とさえ言っている。


 なお、異世界である『日本』とこの世界を繋ぐ一戸建て住宅(ゲート)についてだが、表口のドアは迷いの森に繋がっており、裏口のドアは日本の門前仲町に繋がっている。建物は迷いの森側から見ても、門前仲町側からみても同じ建物だ。


 森の女神様は、日本でも『女神』として崇められていた。日本側の一戸建て住宅(ゲート)近くの寺で祀られており、森の女神様はそこでなされた貢物やお布施を得られるという能力も持っている。例えばオレンジを供物として捧げられた場合、森の女神様の手元にオレンジが出現するという仕組みだ。一方、そうした経緯以外では森の女神様に、一切が届かないようにもなっていた。ただし、日本の物品で欲しいものがあった場合、私たちが買い物に行くなど、第三者を介せば入手は出来る。情報も同じく、私達はパソコンのモニターで関東エリアで放送されている『テレビ番組』を視聴することができるが、森の女神様には画面が『真っ暗』にしか見えず、音も聴こえないらしい。物品類だけではなく情報についても、第三者を介さないと入手できないという。


 日本語については、森の女神様の力ですぐに修得することができた。元々豆タヌキは人間並みの知能があり、新しい言語を習得しやすい種族でもある。


 仕事を始めた当時、テレビ番組を文章化するという活動を通して、新しい事ばかりを知って、驚きの毎日だった。今では日本の常識が当たり前のように身に着いている。毎日テレビをウォッチし、採録を続けていれば嫌でも精通するし、頻繁に日本にも行っているからだ。また、ブラインドタッチが出来るようにタイピングのスキルも向上した。


 この日、私達がいつものように採録の作業をしていたところ、森の女神様がお茶と煎餅をお盆に乗せてやってきた。仕事は1~2時間毎に休憩を挟みながら行っている。


「おぬしら。手を止めて、休憩にするのでおじゃる。和菓子を貢いでもらったので、手に入れたてほやほやでおじゃるよ」


「はーい」


 私達はマウスをクリックして、ビューワーを一時停止にしてから、隣の部屋に移動した。採録を行っている作業部屋は12畳のフローリングで、その隣は同じく12畳の和室になっている。和室は居間と寝室を兼ねており、夜は布団を敷いて寝ていて、昼間は布団を片付けて卓袱台を部屋の真ん中に置いていた。私達が卓袱台を囲むように座ると、森の女神様は淹れたてのお茶をそれぞれに配った。


「女神様、ありがとうぽこ」


「このお茶、とても美味しいでーす」


「お茶だけではなく、この和菓子も美味しいのですわ。これは、門仲の有名和菓子店の煎餅ですね」


「ちょうど疲れてて、休憩がほしかったっち」


 私たちは湯呑を手に取ると、ずずずーっとお茶飲んで落ち着く。森の女神様は、にこにこしながら言った。


「ところで、おぬしらが昨日採録したデータの中に、とても興味深いニュースがあったでおじゃる。あれはまことに、うぷぷな事件でおじゃるよ」


 なんだろう? 私は森の女神様に訊いた。


「女神様、それは何の事件だぽこ?」


「あれれ? あのニュースでおじゃるよ。わらわの中では激ホットな、うぷぷ度合でおじゃる」


 ちなみに、私達が採録する番組はリアルタイムで放送されているものではない。地デジ化した以降の番組を全般的に扱っているが、時間軸にはラグがある。2019年のニュースを採録した翌日には2012年のニュースを採録するなど、いわゆる『時事ネタ』を扱ってはいないのだ。これについては、どうすることもできない。森の女神様の力で、時空間に漂っている電波をランダムに取りこんで、パソコンに落としているのだから。


「女神様。私たちは様々な年度のニュースを扱っておりますので『うぷぷな事件』だけじゃ、わかりませんわ。もしかして、Kさんの2股ならぬ5股が発覚したというニュースでしょうか? もしくは……ありがとーセンテンススプリング?」


「ちなみに、私のホットなニュースは、熊の手っち。あんなに都知事を批判していたのに、巨大ブーメランっち」


「私のホットは、五体不満足な男性が複数の女性と不倫していたニュースでーす。ある意味、健常者じゃなくても、不倫ができるのだ、と可能性の広がりが見えたでーす。希望がわく瞬間を目撃したでーす」


 ソラ、ラッカセイ、ヒヨコがそれぞれのホットなニュースを口にした。時期に開きがあるが、どのニュースも日本を沸かせたものばかりだ。居酒屋などでサラリーマンたちは、一度は酒の肴として話題にしたものばかりではなかろうか。しかし、森の女神様はかぶりを振った。


「違うでおじゃる。どちらかといえば、そういったワイドショー的なニュースではなく、ガチンコな犯罪の話題でおじゃるよ」


 ガチンコなニュース?


「女神様、分からないぽこ。どんなニュースを女神様が気になったのか、もっと具体的に教えてほしいぽこ」


「う、うぬぬぬぬ。もしかして、うぷぷな気分になったのは、わらわのみでおじゃるか? ほら、下水管の側溝にまつわるニュースでおじゃる。知らぬか?」


 なんだろう? 私は首を傾げた。ヒヨコとラッカセイも知らないようで、私と同じように首を傾げている。しかし、ソラだけが思い当たる節があるのか頷いた。おそらく、ソラが採録した文章を森の女神様が読んだのだろう。


「あの事件のことでしたか。女神様も、なかなかマイナーなところに目をつけられますね」


「どんな内容のニュースっち?」


「知りたいぽこ。下水管の側溝がどうしてニュースになったぽこ?」


「教えてほしいでーす」


 知らない組の私達は、それぞれ訊ねた。すると、森の女神様が誇らしげに胸を張った。


「知らないのなら、わらわが教えてあげるでおじゃる。実は、下水管の側溝に潜ってのお、側溝の上を歩く女性のパンティーを盗撮していた男が逮捕されたのじゃぁぁあああぁぁぁぁ!」


 えええええー! 下水管の下に潜って写真?


「下水管の側溝って、普通はコンクリートの蓋が閉まっているぽこ。どうやって写真を撮ったぽこ?」


「コンクリートの蓋ではなく、鉄製の素材が網目状になって作られている蓋じゃないっち? その種類の蓋の下からなら、写真を撮れるっち」


 ああ、あれのことか。私も思い至った。たしかに鉄製な網目状の側溝の蓋もある。雨の日などは、その網目から水が側溝に入る仕組みとなっている。しかし、そんな私達に向かって、ヒヨコが指を左右に振った。


「マメマメ姉さまとラッカセイ。どちらもトンチンカンなこと言ってるでーす。日本に行った時のことを思い出すでーす。ラッカセイが思い描いているだろう鉄が網目状になっている蓋は、側溝の下も丸見えだから盗撮に適してないでーす。そして、マメマメ姉さまが最初に思い描いたコンクリートの側溝の蓋は、完全に塞がっているわけではなく、工事をする人が手を入れて取り外しやすいように、凹があるわけでーす。その蓋を2つ並ばせると、丁度穴が空いたような隙間ができるでーす」


 普段、気に留めていないが、たしかに穴のようなものがあった気もする。


「そーいえば、そうだぽこ! 取り外しをするための凹があったぽこ!」


「私も思い出したっち。数日前に、側溝の蓋を大量に盗んで、側溝の蓋の販売業者に売っていたという、とんでもないオッサンが逮捕された事件を採録したばっかりだっち。思い出したっち」


「その販売業者も、よく買い取ったでおじゃるよなー。側溝を盗もうと考える人がいたことにも驚いたが、買い取る業者がいたことにも驚きでおじゃる」


 そのニュースは私も知っている。私も採録したことがあるからだ。なお、ニュースは重複する場合が多い。というのも、同一のニュースが複数日に渡って放送された場合や一日のうちに何度も放送された場合。そして複数の局で報じられたニュースの場合には重複して採録することになる。たしか私が見た局の番組では、報道陣が側溝の蓋の買い取った業者を直撃取材していた。その際、業者側は『まさか盗んだものだとは思いませんでした』と言っていたが、私は内心、確信犯ではなかろうかと心の中で疑っていた。


「おほほほほ。話を戻しますが、逮捕された男は、側溝の蓋と蓋の間にできる隙間の穴から、女性のパンティーを隠し撮りしようとして、ずっと下水管の側溝に横になってスタンバッてましたの」


「き、気持ち悪いでーす。本当に気持ち悪いでーす!」


 その様子を具体的に想像してしまった。私たちは、誰もが眉間に眉を寄せた。一体、その執念はどこから生まれたのだろう。そして、別のことに向けられなかったのだろうか。


「途中で雨が降ったらどうするつもりだったぽこ?」


「そこまで考えてはいなかったと思うでおじゃる」


「もしも仮にゲリラ豪雨があって、排水溝から出られなくなったら、溺れ死ぬわけです。警察に発見されたら、謎の不自然死と扱われ、犯罪の可能性さえ疑われたかもしれませんね」


「普通、排水溝なんかに寝そべったりしないっち。しかも蓋の下で」


「ゲリラ豪雨に遭わなくて良かったぽこ!」


 きっと、運悪く死んだりしたら、来世はアスファルトに生まれ変わっていたのかもしれない。


「しかし、すげえ根性でーす。そこまでしてパンティーとは写真におさめたいものなのでーす?」


「今回は小学校の通学路を狙ったそうですが、この方法のデメリットは、狙った女の子を撮れないという点ですわ。側溝の下から写真を撮るので、顔も見れません」


「苦労した挙句に、老婆のパンティーばかり撮れちゃう場合もあるっち。トラックなんかが側溝の上に停まって、出られなくなっちゃう場合もあるかもしれなかったっち」


「もう、命懸けぽこ。パンティー撮るのも!」


 それにしても、逮捕されて本当に良かった。側溝に隠れ潜んでいることが見つからなければ、この犯罪はそのまま闇に葬られていただろう。犯人も心を入れ替え、再犯をしないでもらいたい。私は側溝男が再び犯罪を犯したというニュースを採録する日がこないことを願った。


 私達はお茶をズズズっと飲む。


「ところで私、今さっき、この人以上の変態な人が逮捕されたニュースを採録してたでーす」


「おお? ということは、わらわもまだ知っておらぬ可能性があるでおじゃるな? ヒヨコちゃん。変態とは、どのような変態なのでおじゃる?」


「銭湯の女湯に侵入して捕まった男の話でーす」


「もしかして、露天風呂なんかをよじ登って、侵入を試みたぽこ?」


「違うでーす。入り口から堂々と、番頭さんにお金を払って侵入したそうでーす」


「ええええええー」


 私達は口をそろえて驚いた。


「男は女装して銭湯に入ったでーす。ごくごく一般客としてでーす」


「本当っちか?」


 仮に本当なら、なんというチャレンジャーだ。種の保存を図るために、異性の体に興味を覚える気持ちは分かるが、女装して女湯の正面口突入はさすがにない。妄想はすれど行動には移せる類のものではないだろう。


「本人は、名案だと思ったのかもしれませんわね。そして逮捕された時に、どうして女装が見破られたのかと戸惑ったかもしれません」


「なお、銭湯の番頭さんは証言してたでーす。明らかに、筋肉ムキムキで不自然な化粧をしたオッサンが、女湯に入ろうとしていた、と」


 あははは、と私達は笑った。それにしても女装して女湯に入り、逮捕されたこの容疑者も、エネルギーとその行動力をもっと別のことに向ければいいのにと私は思う。


「女装してうまく女湯に入っても、オバチャンたちばかりだったら、残念な時間を過ごす事になっていたでおじゃるなー」


「いやいや女神様。人間の男には熟女が好きな男もいるぽこ。更に熟れた完熟好きもいるかもしれないぽこ」


 男は必ずしも若い女性ばかりが好みというわけではない。


「こうした分かりやすい犯罪なら、労なく逮捕できるっち。でもハイテク化するに従って、性犯罪が見つかり難くなってきているらしいっち」


「そうなのでーす?」


「例えば、小型の隠しカメラを靴の先っぽに取りつけて、満員電車なんかで、靴を女性の股の下に忍び込ませるっち。そして、カシャカシャしてパンティーの写真を撮るという手口があるっち。その男の不自然な行動に疑問に思った女性が、男を駅員に突き出すことで犯罪が暴露したっちけど、発覚したのは、偶然に近しいことっち」


 たしかにそうだろう。普通、満員電車であれば、誰かの靴の先が、自身の股の下に入っていても気にはしない。男が犯行にいたった現場の状況は知らないが、女性に不自然に思われたということは、よっぽど怪しい行動をしたのだろう。他にもスペースがあるのに、わざわざ近くに寄ってきて、股の下に靴を差し込んでくるなどの……。


「わらわは一つ、ビジネスを考えたでおじゃる! そこまでして、パンティーの写真がほしい人がいるのなら、もう、おぬしらがパンティーを穿いているところを自分で下から撮って、それを日本で販売すれば、儲けになるのではないでおじゃるか?」


「女神様なのに、なんてこと考えるぽこ! そして、それは全くビジネスにならないぽこっ!」


「なぜでおじゃる? お金を稼げたら、わらわたちの食事がワンアップもツーアップもするでおじゃるよ?」


 森の女神様は不思議そうに言った。なお、森の女神様は食べなくても死なない体だが、味覚はあるらしく、美味しい物を食べたがる。ゆえに私達と同様に3食を食べている。一方、私達は不老不死ではあるが、食べないと飢え死にするので、日本のスーパーで食材の買い出しを行っている。また、私達の給料や食材のお金は、森の女神様を祀る日本の寺でのお布施でまかなわれている。しかし、お布施は安定収入ではない。それゆえ、食費は出来る限り切り詰めていた。以前に森の女神様は、迷いの森に彷徨い込んだ人間を食材の買い出し係として雇っていたが、森の女神様との契約を一方的に破棄して、そのまま日本に移り住んだそうだ。同時に、森の女神様が貯め込んでいたお布施を全て持ち逃げした。そのため、現在の森の女神様の貯蓄は雀の涙ほどになっている。


「そんなの商売にならないぽこ。女神様は全然分かっていないぽこねー。パンティーを盗撮したがる男たちは、私が考えるに、パンティーの写真それ自体が目的じゃないぽこ。不特定多数の、特に横切っただけの女性のパンティーの写真なんかに、それほどの興味は感じないと思うぽこ」


「だったら、どうして盗撮犯たちはパンティーの盗撮をしていたのでおじゃる?」


 森の女神様は不思議がっている様子だ。それについての私の持論を述べた。


「人間の男は太古の昔は狩猟民族だったらしいぽこ。その血がまだ残っているから、獲物をハントした時、猛烈な快感や達成感を覚えるぽこ。おそらく、盗撮という悪い事を成し遂げた時のドキドキ感を求めてるんじゃないぽこかなぁ」


 犯罪者の心理なんて知らないが、結果よりも過程に価値を見出す人は確実にいるだろう。彼らにとっては、過程をいかに楽しめるかが最大の焦点なのだ。


「側溝男や女装銭湯突入男もインパクトがあったぽこが、私が採録した事件の中にも凄まじいインパクトのニュースあったぽこ」


「ほう、マメマメちゃんのホットなニュースでおじゃるか? それは一体どんなニュースでおじゃる?」


 私は半年ほど前に採録したニュースを語った。


「この事件で逮捕された男は中年の公務員さんで、電車通勤をしていた人ぽこ。ここで前提として抑えておきたいポイントは、『人は変化を嫌うという生き物である』という点ぽこ」


「たしかに。人間は変化を嫌う生き物ですね。人間に限らずとも、動物はみんな変化を嫌っているものですけどね」


「それが事件と、どう関係があるのでーす?」


「そうでおじゃる!」


「変化を嫌うという習性によって、こういう現象が起きるぽこ。『いつも同じ時間に家を出て、いつもと同じ時刻の電車の、いつもと同じ車両に乗り込む』という現象が。この事件は、電車通勤者さん特有のそうした習性がキーとなるぽこ」


「確かに、人間にはそういうところがあるでおじゃるね」


「いつも同じ時間に同じ車両に乗っていると、顔見知りさんができるぽこ。自分と同じリズムで通勤している人だぽこ。今回、公務員さんは、いつも一緒の車両に乗り合わせていた女性のことを気になり始めたんだぽこ。いつも遠くから眺めているだけだったけど、お近づきになりたいと思う気持ちがどんどんと膨れ上がっていったぽこ」


「恋をしたっちね。彼の中では、もしかすると妄想の中でデートしたり、新婚生活なんかを思い描いていたかもしれないっち」


「しかしながら二人は全くの赤の他人で、接点もないのですわよね? いきなり、『好きです』とラブレターを渡しても困惑がられることでしょう。学生までは許されるのでしょうけれど、中年になってからでの告白は、なかなか厳しいものがありますわ」


「普通なら遠くから眺めるだけの片想いで終わる恋のシチュエーションぽこ。でも、その公務員さんは、恋愛大作戦なる、とある行動に移したぽこ」


「何をやったのでーす?」


「この世の中には多種多様のサイトがあるぽこ。その中に『痴漢サイト』というものがあったらしいぽこ。そこに公務員さんが書き込みをしたぽこ。女性会員のフリをして、『是非とも、私を痴漢してくれる心のお優しい方はいませんか?』と。そして、食いついてきた男に対しおそらく、こう返したぽこ。『このような願望に対してのご返答を頂き、本当にありがとうございます。普通に生きていたら、痴漢をされたいと思う女なんて、ましては実際にしてほしいと名乗りをあげる女なんて、痴女としか思われませんよね? 蔑まれますよね? でもね、私は痴漢をどうしてもされたいんです。実は、以前に痴漢をされた経験がございまして、あの時は涙を流し、悔しい気持ちで一杯だったのですが、後々、妙に痴漢をされたその時を振り返るようになりました。そして、無意識に手淫している自分に気づきました。最初の頃は自分のそんな淫らな一面を知り、ショックでしたが、最近では性癖として受け入れています。そんな折、このサイトの存在を知りました。考えました挙句、可能であるのならば再び、痴漢を受けてみたいと思い、勇気を出して掲示板に書き込んだ次第です。私の願望、叶えてくれますでしょうか?』なーんてぽこ。そして、受け取った相手はそのメールを読んで。『叶えます! それは寂しい日々でしたね。僕で良ければ、是非! あなたの、寂しさを紛らわすために痴漢させてください!』とでも返したんじゃないぽこかなぁー。実際はどのようなやり取りがあったのかは知るよしもないぽこが、おそらくは大体こんな感じだろうぽこ。誤解のないように注意しておくけど、このやり取り、私が考えたぽこよ」


「やけに生々しいでおじゃるなー」


「肝はここからだぽこ。公務員さんは前もって、痴漢役の男にこうしたメッセージを送ったと考えられるぽこ。『前もってお伝えします。痴漢をされている時に私は【嫌がる素振り】を見せるかもしれないというご承知しておいてください。もちろん、これは気分を盛り上げるための【演出】です。リアリティーがあった方が、痴漢をしている方もされている方も盛り上がりますものね? なので、そうした【嫌がる素振り】を見せるかもしれませんが気にしないで、【痴漢行為を続けて】もらいたいのです。お願いできますか?』なーてね。そして当日の指定した時間帯に、公務員さんは痴漢役の男に『本日私、〇色の服と〇色のスカートを履いてきています。パンティーの色は、あなたがご自身でお調べください』とかなんとかって送っちゃったりするぽこ」


「その公務員さんの意図が、私には分かりませんわ。一体、片想いの女性に対して見ず知らずの男に痴漢させようとして、そのメリットは一体なんでしょう!」


「そうだっち。メリットがないっち」


「行動原理が摩訶不思議でーす」


「そうでおじゃる! 一体メリットはなんでおじゃるか!」


 事件の概要を知っているはずの森の女神様まで不思議そうに訊いてきた。忘れているのだろうか?


「いやいやいや。すごーく、分かりやすいぽこ! 昔の漫画は、不良たちに囲まれたヒロインを主人公が助けて仲良くなるという展開が主流だったらしいぽこ。おそらくは、その公務員さんは、そうした時代に青春時代を過ごしたかもしれないぽこね。逮捕された後に公務員さんは警察に自供したぽこ。電車の中で痴漢されている女性を助け、それを切っ掛けに仲良くなるつもりだったと」


 みんな、驚いた顔をした。


「すごい手が込んでるでーす。手が込んでるというか、普通そんなこと、しないでーす!」


「いえいえ。それが表になっていないだけで、実際にあちこちで行われていることなのかもしれませんわ。片想いの異性に雇った悪者をけしかけ、ヒーロー面して助けて、仲良くなるというケースが。くわばらくわばら」


「でもどうして、公務員さんが主犯だったことがバレたっち?」


「浮気役の男が警察の取調べで自白したぽこ。そして、警察は『痴漢サイト』に辿り着き、残っていたIP情報などから、公務員さんを特定したぽこよ」


「しかし、わらわは気になるでおじゃる」


 森の女神様は首を傾げた。


「女神様は何が気になっているぽこ?」


「公務員さんは結局、片想いの女性が痴漢されている時に助けなかったでおじゃるね? どうしてでおじゃるか? わらわもこの事件のことを思い出したが、たしか報道によると、その公務員さんは片想いの女性が痴漢されている様子を遠くから、ただただ見ていただけらしいのでおじゃる」


 確かに採録したニュースでは、公務員の男は痴漢行為が行われている最中、それを見ていただけで、助けようとしなかったと報じられていた。それは一体、なぜか?


「その理由に関しては……分からないぽこ」


「いえいえ。マメマメお姉さま。私には分かりますわ。おそらくは勃起して動けなかったのですわ!」


 しばらくの沈黙の後、私達は神妙な面持ちで頷き合った。


「たしかに可能性としては十分あるでーす。股間が激しくテントを張っていたら、動けないでーす」


「もしくは、土壇場で怖くなったのかもしれないっち。助けにいかなかった真の理由は私達には分からないけれど、どちらにしてもこの事件で公務員のイメージが落ちたっち」


「とはいえ公務員であろうとも、男ですわ。もっとも身分のある人でも、性犯罪をする場合があるのです」


「そうぽこか?」


「例えば、とある柔道協会の偉い人がエレベーターの中で、女子柔道選手に抱きついた、というニュースがありました」


「エレベーターの中でっち?」


「私の想像ですが、おそらく『抱きつかせてくれよ~』と偉い人が言ったところ、女子柔道家は『だめよ~だめだめ』と返したのでしょう。『いいじゃないか、いいじゃないか。抱きつかせておくれよ~』に対し、再び女子柔道家は『だめよ~だめだめ~』と言ったのですが、偉い人はそれを無視してガバリっと!」


「そんなやり取り、本当にあったのでーす? 嘘つくなでーす」


「詳しいやり取りはもちろん知りませんが、偉い役職の人が、女子柔道家に抱きついたということは事実です。日本の柔道の協会は、そこの事件で悪化した不信感の回復に努めていく方針だそうです」


「偉い人でも、性犯罪を犯すっちね」


 私達が頷いていると、森の女神様が言った。


「わらわは、もっとすごい役職の人が行った性犯罪を思い出したでおじゃるよ!」


「女神様、それはどんな性犯罪ぽこか?」


 何だろう?


「事件当時、韓国にあるアメリカ軍の基地で、アメリカ軍に所属する兵隊さんによるレイプ事件が多発していることが問題になっていたでおじゃる。そこで韓国の大統領が、アメリカの大統領の元に文句を言いに行ったでおじゃる。レイプというものは許してはならない犯罪である、と」


 つまり、我が国民にこれ以上、レイプさせないようになんとかしろ、と言いに向かったのだ。


「韓国の大統領は、側近として特に偉い人たちを引き連れてアメリカに向かったでおじゃる。その数日後、全世界を震撼させる事件が報じられたのでおじゃる」


「ああ。あれは有名でーす」


「ここまで聞いて、私も何の事件なのかが分かりましたわ」


「あれは、すごい事件だったっち」


「私も思い至ったぽこ」


 あの事件は本当に全世界に衝撃を与えた事件だった。


「大統領の側近である韓国の偉い人が現地で、アメリカ人の女性をホテルの一室に呼び出したのでおじゃる。その時、韓国の偉い人は素っ裸で待機しており、アメリカ人の女性にチョメチョメなる事をしでかしたのでおじゃる。翌日、ホテルに呼ばれたアメリカ人の女性が、ずっと泣きじゃくっていたのを心配した同室の友人が何があったのかを聞き出したことで、セクハラを受けたことが発覚したでおじゃる」


「韓国の大統領が『レイプは絶対に駄目! 許さない』と伝えようとしたその前日に、その大統領の側近がヤッちゃったのでーすね」


「皮肉ですわ。韓国の大統領がアメリカの大統領に、セクハラを自国民にしないでほしいと文句を言いに来たのに、一緒に来た韓国の偉い人がアメリカ人の女性にセクハラしちゃったのですもの」


「その性犯罪者は、大急ぎで自国に逃げ帰ったのでしたわね。その後、韓国では、他国に行く時には、セクハラをしてはいけません、というルールが出来たとか?」


「小学生の遠足ぽこか! いや、小学生の遠足のルールにもそんなルールは書かれてないぽこ」


 男の性欲は留まるところを知らない。思い出せば、性犯罪にまつわる事件なんて、まだまだたくさん出てきそうだ。ゆえに……。


「しかし、こうした『エロ』って道徳的には悪いようには言われているぽこ。けれど、生物学的に見れば悪いことではないと思うぽこ」


「え? 何を言ってるっち。マメマメお姉さま」


「そうでーす。何を言っているでーす」


 みんな不思議そうに私を見てくる。


「なぜかって? それは、こうしたエロがあるがゆえに、人類は滅亡せずに、今も繁栄を続けているからだぽこ。エロが無くなったら、人類は滅亡するぽこ。人間のこうした習性……絶滅の危惧にある我ら豆タヌキ種も、こうした習性があれば今とは違った状況になっていたかもしれないぽこ」


「たしかに、そうでおじゃるね」


 人間は急速に繁栄し、支配層として君臨している。その要因の一つに繁殖力の高さがあげられる。私達豆タヌキも『エロ』の習性があれば、状況は違っていたのかもしれない。ひっそりと隠れて暮らす生活ではなく、人間に代わり、この世界で支配層として、堂々と暮らしていたのかもしれない。


 私達はずずずず、とお茶を飲んだ。


 休憩を終えて仕事に戻ると、再びそれぞれがカタカタとキーボードを打ち込み始めた。

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