9月25日
「アーちゃん、おはよう!」
「わっ…とと、びっくりした…。おはよう、シオン」
俺がいつもの通学路をいつもの時間に歩いていると、いつのもようにシオンが合流してきた。いつもと違うことは今日は俺をびっくりさせようと背中を手で押してきたことである。
昨日のことを思い出すとこのいつも通りという日常がどれだけ素晴らしいことなのか再確認できたことが今日のハイライト。
「ねぇ、昨日貸したマンガ読んだ?」
「あ、あーあれな。ごめんまだ読んでないわ」
俺が読みたいと言っておいてすぐに読んでないあたり、凄く申し訳ない気持ちになるが、昨日の夜はいかにシオンという存在が俺にとって大事かのレポートをまとめるのに必死だったのでどうか許してほしい。
「そっか。あのいつも一緒にいた仲間が突然姿を消して――」
「ちょ!おまっ。それネタバレだろうが!やめろ、それ以上言うな!」
必死に食い下がる俺を見てシオンは無邪気な笑顔を見せる。
いつもは自覚していなかったが、シオンの笑い方は昔から変わらないな。無邪気で本当に今が楽しそうな笑顔。
それに気付けただけ昨日の出来事があって良かったってことにしておこう。
「ねぇアーちゃん。今日一緒にお昼ご飯食べない?ほ、ほら今日すっごく良い天気だし、たまには屋上で食べるのもいいかなって」
「ん?あぁ、それは全然いいけど?」
突然の誘いに疑問系で返してしまった。
学校に入学してから数回屋上で昼飯を食べたことはあるが、シオンの方から誘ってくるのは珍しい。基本的にシオンはお行儀がいいからなぁ。
「良かった!じゃ昼休みになったら屋上で!」
パアっと明るい笑顔を見せてくれたので俺はもう満足です。
学校に到着し靴を履き替える。そして自分のホームルーム教室に入るのだが、しばらくシオンと離れることになると考えると何だか気分が重くなるなぁ。
「じゃあね、アーちゃん。また後で!」
「あぁ、また」
小さく手を振ってくれるシオンが見れたので、午前中は離れていても大丈夫です。
また会えることを考えて授業中乗り切るぜ、と思いながら自分の席に近づくと。
「げ、何だ?アサギリ…。気持ち悪い顔で近づいてきやがって…」
「何だとは何だ。そんなおかしな表情してた?」
「いや、表情もおかしいが、何より顔が気持ち悪い」
「…おい。それ普通に悪口じゃねぇ?」
「……」
「何とか言えよ、おい!」
ランタがいつものように前に座っていてホームルームが始まるまで何の変哲もない会話を繰り広げた。
そんな中、俺はしみじみとこの平穏な日常がずっと続けばいいなぁと思った。
☆
昼休みが待ち遠しいぜ…。
そんなことをずっと考えていると、各授業時間中に先生に大丈夫かの確認をされた。
普段から真面目な俺が思い詰めていると心配になるのだろうか。
四時間目の科目は国語。担当の先生の話が長くてつまらないので寝てしまいそうになる。
しかし!ここで寝てしまうと昼休みになってすぐに屋上に向かうことが出来なくなるので必死に我慢していると、念願のチャイムが鳴り響いた。
「っしゃ!昼休みだぜ!」
「アサギリうるせぇ」
そんなに大きな声で言った感覚はないのだが、前に座っていたランタには十分に聞こえていたらしい。
ともあれやっと昼休みになったので、急いで屋上に向かう。
やっぱりこういうのは男が先に待っているもんだよな。
と考え事をし、いざ屋上に繋がる扉を開けると。
「あ、アーちゃんやっほー」
シオンが先に座って待っていた。
「お、おう。早いな…!」
小さく手を振るシオンに向けて言葉で返す。
出鼻を挫かれ辿々しくシオンの隣に腰をかけると、シオンは元気よく話題を振ってくる。
「やっとお昼だね!私、昼休みが待ち遠しくて授業中そわそわしちゃった」
若干照れながら言うシオンに対し、心の中だけで俺も俺もと連呼する。
「な!授業って長く感じるよな~」
そう言いつつ俺は持ってきた弁当を広げた。
その様子を見たシオンも同じように弁当を広げ食べ始める。
俺も弁当を食べていくが、しばらくして会話がないことに気が付いた。
「今日、良い天気で良かったな!」
「う、うん!そうだね」
会話終了。というか会話に困って天気の話をしたらダメだよな…。
俺が内心困っているとシオンは突然に。
「ねぇ、アーちゃん。実はずっと言いたかったことがあるんだけど」
改まってそんなことを言うシオンに、俺は何を言われるのか想像する。
…これはまさか告白じゃないのか。
突然の呼び出しに二人きりの屋上。それにずっと一緒にいた幼なじみといえば条件的に告白の流れではないだろうか。
チラッと視線だけシオンの方に向けると言いづらそうに上目遣いでこちらを見ている。
やっばいドキドキしてきた。俺の方から言うべきか。でも違ったら恥ずかしいし。
と、無い脳みそを使い思考をフル回転させているとシオンは少しずつ言葉にしていった。
「ねぇ、アーちゃん。実は私…」
シオンは何やら言いにくそうに下を向く。
そんなシオンの反応を俺は何も言わずに待っていると、シオンは決心がついたようでうんと頷き、そしてそっと口を開いた。
「私、三日後死ぬみたい」
…今、何て言った?聞き間違いかと思いシオンの方に顔を向けると頬に涙が流れていた。
「え?死ぬ…って何で?」
理解が追いつかない俺はそんなことしか口に出来なかった。
でもシオンは俺に分かるように説明をしようとする。
「昔、裏山の山神様にお願いしたことがあって。その時に出された条件が18歳の誕生日に私が死ぬことなの」
……。思考を停止しているのが分かる。
それでもシオンの話を少しずつ紐解いていった。
裏山の山神様については当然知っている。理解出来ないのは18歳の誕生日に死ぬってところだ。
「…はぁ?何言ってんだ?そんなことあるわけ――」
「本当なの」
俺の言葉にかぶせるようにシオンは真剣な表情で言う。
まだ目には涙を浮かべていたが、その表情を見るだけで嘘ではないと判断できた。
「…ちょっと待ってくれ。そんなことを急に言われても」
納得したくはないが受け入れるしかない状況にもっていかれたことで、嫌でも精神的に負荷がかかった。
「…困るよね。あはは、まいったな」
シオンは少しでも場を和ませようとしたのか真剣な表情を解き、困ったような表情で明後日を見た。
そして言葉を紡ぐように、話を続ける。
「山神様は…分かるよね。小さい頃に出会ってお願い事をしたの。そうしたらその願い事を叶えるには私の寿命が必要だったみたいで…。必死だった私は何でもいいからお願いしますって言ったんだ。…だから私はもうすぐ寿命が尽きて死んじゃうの」
「…何でそんなこと受け入れたんだよ。そこまでして叶えたいお願いって何なんだよ!」
この際、山神様がいるとかいないとかそんな事はどうだっていい。
どうしても自分では納得出来ないところだけを問う。
「それは…」
言いにくそうに口ごもるシオンに畳み掛けるように俺は。
「何隠してんだよ!言い出したのはお前だろ、全部話せよ!」
「…アーちゃん落ち着いて?その上で私が言ったこと飲み込んでほしいの」
「…落ち着く?これが落ち着いていられるかよ!何でお前はそんなに淡々としてん――」
そこまで言ってから気が付いた。シオンが必死で堪えていることに。
俺が言葉に詰まっているのを見て、シオンはまるで本当に重たそうな口をゆっくりと開いた。
「…アーちゃんありがとう。私のことなのに、こんなにも心配してくれて。でもね、私も落ち着いている訳じゃないの。本当は苦しいし、辛い。死ぬのだって怖い。だから…だか、ら…ね。ごめん」
そこまで言ってシオンは立ち上がり小走りで去って行く。
「あ、おい。待てよ」
シオンの言葉と態度を見て一気に熱を冷やされた俺は、シオンの後ろ姿をただ見守ることしか出来なかった。
「…弁当箱、忘れてんぞ」
「では気を付けて帰宅するように」
先生がそう言い終わると教室の空気がガラリと変わり、皆各々に帰り支度を始めた。
そんな中あまりにも不機嫌な俺を見逃さなかったのだろう。
「何?お前、どうしたの」
ランタは振り向くことなく問うてくる。
「…別に何でもねぇよ」
「いや、絶対何かあったろ」
帰り支度を終え、振り向くランタはほらと目で訴えてくる。
「…いや、ホント大丈夫だから。それよりシオンのところ行って帰る」
足早に話を切り上げる俺に対し、ランタは突っかかることなく手を振り見送る。
「じゃあな。…頑張れよ」
「…おう」
教室のドアを開け、迷うことなく二個隣の教室に向かう手前で。
「あれ、アーちゃ…じゃなかった。アサギリ君?」
突然声を掛けられたので少し驚いてしまったが、確かシオンと一緒にいた女子二人が声を掛けてきたことに気付いた。
「あぁ。この前はどうも」
若干急いでいたのでそっけない態度をとってしまった。
今はアーちゃん呼びがどうとかそんなことどうでもいいぐらい気持ちが急いでいる。
「もしかしてだけどシオンに会いに?」
顔にでも出ていただろうか、どうやら先読みをされてしまったらしい。
「…そうだけど。シオンは?」
「それは残念ね~。シオンなら早退しちゃったわよ」
女子二人は顔を合わせてうんと頷く。
「え?早退…。いつ?」
「昼休みが終わった後、保健室に行って帰ったのよ。アサギリ君何か知ってたりする?」
俺と会った後に早退。原因は痛いほどに分かっていた。
「…いや、何も」
二人の目を見て言えなかった。
そんな様子を見たからだろうか、二人は遠慮がちに聞いてくる。
「アサギリ君ってシオンの家の隣だよね?良かったら封筒持って行ってくれないかな?」
差し出されたのは今日配布されたプリントなどが入っているであろう茶封筒。
その封筒を一瞬迷ってしまったが受け取った。
「…了解。渡してくるよ」
今度は二人の目を見て封筒を手にした。
二人は微笑み、じゃあねと言い去って行く。
そんな二人に若干感謝しながら俺は帰り路を歩みだした。
シオンの家のインターホンを押す。
しかしピンポンのチャイムだけがこだまするだけで何も反応はない。
しばらくしてもう一度インターホンを押すが、先ほどと同じ事が繰り返されるだけ。
「…なんだよ。早退したんじゃないのかよ」
段々感情が昂ぶっていくのを感じながら、俺は持っていた封筒をポストの中に入れる。
そしてまるで目に焼き付けるようにシオンの家をもう一度だけ見て隣の家に向かった。
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