ハルカの女難
歩きながら端末に届いているいくつかのメッセージを眺めるハルカ。
何件も届くメッセージは十中八九女の子から。
毎日のように女の子の店で遊ぶハルの端末には勿論営業のメッセージも来る。久しぶりの
求められている満足感、男としての優越感。
満たされる自尊心に自然と口角が上がる。
今日はどの娘と遊ぼうか、なんて考えていると急に目の前に出現した壁にぶつかった。
「イテッ。お、ワリィ」
「……前見て歩け」
「ハルさんったら端末見ながらニヤニヤして、どうせ女の子でしょー」
ぶつかったのは1.9m級お化け肉壁。もとい、蓮の背中。
その隣から覗き込むように顔を出してきたのが優。
二人がランチに行くのでどうかと誘ってくれたので、まだ済ませていなかったハルも同行したのが始まり。
ついていくだけだったのでここまで歩いた街並みは見てなかったが、どうやら目的地についたらしい。
二人ともハルの性格は知っているし今更隠すこともないので、本日の遊び相手を選んでいたことを認める。
「モテモテだからな、今夜はどのコと遊ぼうか考えてた」
「はーいはい、いつか痛い目見ても知らないんだからね」
じゃあ入ろう、と店の方に向き直った優。
その脇を通って正面からハルに向けて拳を振りかざす知らない男。
彼女の背に手を添えた状態でその男の挙動をただ眺めている蓮。
瞬間的に渋滞した視覚情報をなんとか処理してハルは振り下ろされた拳を半身で避けた。
「ッお前! 今のは一発食らう流れじゃないか!!」
「いや、はァ? 急に殴りかかられる意味が分かんねェよ喧嘩か?」
「
とにかく一発殴らないと気が済まなそうな頭に血が上った男に、流石のハルも引き気味でとりあえず周りの被害が出なさそうな道の真ん中まで下がった。
突然襲われたものだが、彼は他人の女に手を出して、と言ったか?
ブチ切れている男の言葉に優は感動し、見えないカメラに向かってわざとらしいしゅんとした表情を作った。
「言った傍から現実になるなんて……。いつかやると思ってたんですよ」
「……誰に向かって喋ってるんだ?」
「おいコラそこ不名誉着せんな! 何かの間違いだろ、他人の女に手ェ出すほど困ってねェよ!?」
「僕はお前と彼女が一緒に居るところを見たんだ、言い逃れは通用しないぞ!」
言い逃れというよりハルのポリシーだ。
女の子との関係に溺れることはしないし、他人のものは盗らないし、去る者は追わない。まあ来る者も基本的には拒まないが。
昨今の國には人権を有する人の中でも、保有するスキンは様々だ。
サイボーグでさえ人権を獲得し生活する現代において、ハルカの濃い肌の色は特徴的だが特筆して珍しいものという訳でもない。オシャレのために日焼けサロンに通って色をつける人だって居る。それを含めても全体の割合で見れば褐色肌というのはある程度少数派に分類される訳だが。
人違いではないかと言おうにも、見間違えにくいハルの特徴はこういう時に不利ではある。
「あれか? スキンカラーで迫害する差別ってヤツ? 流行らねェぞそれイマドキ」
「馬鹿言うな! お前、僕のエリナと寝たんだろ!!」
「これが噂のNTR……!」
「やめなさい」
ランチの為に店に入ろうとしていたことも忘れて目の前の修羅場を野次馬する優。
そんな彼女からNTRなんて単語が出てきたことに蓮は眉間を押さえた。
対してようやく彼の女だと言い張る娘の名前が出てきたので、ハルは顎髭に触れながら記憶の女の子一覧を引っ張り出す。
とっかえひっかえしている割にちゃんとどの娘も覚えているのがハルの良いところだ。
最近の記憶でヒットした女の子がいたようで、パチンといい音で指を鳴らした。
「エリナちゃんってハニーブラウンのセミロングヘアの女の子で合ってるか?」
「そうだ、僕の彼女だ!」
「ははーん、なァるほど……」
コン、とハルが口の中で舌を打つ音が響く。互いの認識が一致したらしい。
彼女を大切にする真面目な人のようだ。
優はきっといつかこうして女の子にまつわるトラブルを起こすと思っていた、いやまあ既に何件か過去に起こしているような気もするが。
呆れを通り越してもはや感慨深ささえ湧いてくる。
「ハルさんもとうとう間男の実績解除かぁ」
「間男ってなんだ?」
「ん? うーん、蓮さんはならないって信じてるから大丈夫」
文脈から不名誉な称号らしいことは読み取れるが、知識外の言葉に首を傾げる蓮だった。
ハルの反応的に男と面識はなさそうだし、それはそれとしてまだ解決には至らなそうだ。
程よい段差に腰掛けて心置きなく観戦する構えをとり、隣に立つ蓮に違う話題を投げてみる。
「相手の男の人、二十歳過ぎってとこかなぁ。脚の筋肉すごいね」
「……極東重工と見た。戦闘員とは違う」
「うっそー! そうじゃないかと思ってたけど何で? 極東の人って女性に慣れてないイメージあるよね!」
「それは……少し偏見的に思うが」
曰く、下半身の筋肉に対して腕や肩の筋肉が薄いのはパワードスケルトンを扱う人間の傾向らしい。これに武器を振り回すようになると肩周りが分厚くなってくるとかなんとか。
蓮の見立てだと工場など内部的な現場職だろうと。
自分の予想と蓮の推理が合致したのであればきっと間違いないだろう。
前に極東の人と付き合ってた隣の部署のお姉さまが相手のことを、真面目でいいけど融通利かなくて重い怠いなどと愚痴ってた事を聞いていた優である。
そんなやり取りをしているうちに、ハルたちの方も少し話が進んだようだ。
「僕はエリナに結婚を申し込むんだ。プロポーズのプランも、これから買う指輪だって決めてある。お前なんかにとられてたまるか!」
「うわ重……いやいや、待ちな兄弟。一旦冷静になれって」
「お前に兄弟呼ばわりされたくない!」
「「それはそう」」
シンクロした蓮と優の合いの手はさておき、ハルは男をどうやって止めてやるか考える。
良く言えば一途。悪く言えば盲目的な彼は、野次馬の予想通り恋愛経験が少ない。
彼が想うエリナという女の子と、エリナ本人の意思は大幅に食い違っている。
それはハルが彼女と遊んだから分かることだ。
女性を口説くのは十八番だが、野郎を説得するにはどうしたものか。
女の子の方の肩を持つのはやぶさかではない。
だが男の相手となるとどうにも気乗りしないし、価値観がどう見てもハルとは真反対。
どうにも男の恋心が成就する未来は見えないので、ここは諦めるように促すしかないか。
「別にエリナちゃんを悪く言うつもりねんだけどさ。彼女、まだ遊びたいんだと思うのよ。俺たち以外にも関係作ってるだろうしさ」
「マッチングサイトで知り合ったんだ。結婚したい意思があるから使うものであって、遊びとは違う!」
「ウヒャァ……しんど……」
その手段全てを否定する訳ではないが、何か根本をはき違えている男から射出された爆弾発言はハルにとっての地雷である。
結婚を前提にお付き合い、なんて胃がひっくり返りそうな気分の悪さだ。
「エリナには会う度にプレゼントを贈っている。どれも心から喜んでくれるんだ、アクセサリーを贈ったときのあの笑顔に偽りなどあり得ない」
「あー彼女トーク上手いしな。まあなんつうか、聞いてる感じお前あんまり彼女とさ、相性が良くないっていうか、その」
「ねえ、それ詐欺とか援助交際の手口じゃない?」
ハルが言葉を選びあぐねているのを感じたか、火曜サスペンスばりの展開に胸やけしたか、優が言葉を差し込んだ。
男は絶句し、ハルは肩を竦める。
ちなみに蓮だが、痴情のもつれのややこしさが理解しきれないのでただ傍観に徹していた。本日イチ楽なポジションである。
ネットからのきっかけ、逢瀬の回数と釣り合わない贈り物の金額。
古来より用いられてきた手法だ。
こういうのはいつの時代も変わることのない男女間トラブル。あなや無常なり。
「さ、詐欺、援助交際!? そ、そんな」
「否定できないんだな……」
「言っちゃえばそういうことだよな。まあ諦めないでまた女の子探したらいいじゃん。すぐ見つかるって」
「ハルさん基準はちょっとまた感覚が違うと思うんだけど」
昼夜問わず好みのレディを見つけては息するように口説き関係を作るハルと、片やマッチングアプリがないと女性と接点が作れないような男ではもはやスタートラインが違う。
優から見ても感じ取れる彼の性格や態度、風貌は少々自ら進んで関係を持ちたいと思えるものではない。
横にいる男のレベルが高すぎる? えへへ。
話のテンポも崩れたし、そもそも乗り気じゃなかったハルが大きくため息をついた。
まあアレだ、とかなり強引に結論へと繋げていく。
「寂しい思いさせてる男の方が悪いんだよ。女の子には男を選ぶ権利っつうモンがあんだ。諦めな」
「ハルくらい割り切ってると逆に清々しいな」
「うーんなんというか、可哀想に」
「エリナ……うぅ」
ハルを殴りに来た時よりも明らかに小さくなっている背中に、相当ショックだったであろう事が窺える。
本人は結婚まで考えていたほどだしそれもそうか。是非とも恋愛経験値を上げてほしいものだ。
それはそれとして、ハルの夜遊び遍歴も一般的な恋愛とはかけ離れている事を忘れてはならない。
そうして男はハルを殴らずに帰っていったとさ。
別の日、居住区にて。
「テェェンメェェェよくもオレのハニーを誑かしてくれたなァァァァァ!!!」
「だぁから知らねェっての何なんだってばよ最近はよーッ!!??」
ハルが別の男に女性トラブルで追いかけ回されているのが目撃される。
情緒酌量として過去に彼の損壊事案をいくつか揉み消してあげていた灰田優も、これにはお手上げ。
これに懲りて女遊びを控えたりしないのかと思うものの、ハルのことだからそれはないなと一色蓮は結論づける。
ある意味これも平常運転。騒がしい日常のワンシーンであった。
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