いわゆるSDGsってやつ



"お前服にこだわりある派?"

"特にない"

"じゃあ明日仕事終わりにでも寄ってくれ"



これと言って特筆すべきもない平日夜。

自室で小説を読みふけっていると、携帯端末が新着のメッセージを知らせる。


蓮にとっての端末は誰かに、もしくは誰かが用件があるときにメッセージなり通話をするとき使うものだ。蓮はハルや優のように他人との繋がりが多くはないので、端末が何かを知らせる頻度も友好関係に比例している。

夜。大体の人間がプライベートな時間を過ごす頃合い。こんな時間に連絡してくるような人はあまり居ない。

向こうにとってそれが当てはまるかは、別の話だが。


蓮はポップアップに表示されている名前を見て目を瞬かせる。

ただでさえ選択肢の少ない中から、カリンからのメッセージとは珍しい。まして急用でも事務連絡でもなさそうな内容。

シグマの方には定期的に会うこともあるが、カリンはそこまで蓮と接点があるわけでもなかったりする。

かと言って断るほど嫌う仲でもない。メッセージで了承を返し、再び手の中の物語に意識を向けた。








ヘアサロンはクローズ。エムたちは居ないようだ。

仕事を終わらせてから来たので、時間的にもそういうタイミングだったのだろう。

脇の少し狭い路地に滑りこみ勝手口から上がる。



「おう、来たか」

「ん。用件は?」



丁度台所付近に立っていたカリンが蓮の来訪を知る。

まあ入れと招き入れて、空いている椅子に座る流れは勝手知ったる何とやら。

しかしこの日はカリンは座らず、そのまま奥の部屋へと蓮を呼ぶ。

そちらの部屋にはシグマも居た。



「その恰好、仕事終わりか?」

「昨日カリンに呼ばれた。 ……これは何をしているんだ?」

「わからんか。終活だ」

「おいシグマ、それ俺たちが言うと洒落にならねェぞ」



しかも相手は蓮だ、と二人笑っている。ので、蓮にもそれが冗談だと認識できた。どこに面白みを感じていいかは分からなかったが。

主にカリンが収納から服を引っ張り出し床に置いて部屋を散らかしているのだ。夜逃げの準備にも見える。

しゃがんでいたカリンが蓮を見上げて言う。



「蓮、脱げ」

「…………そういうのは、困る」



急に貞操の危険を感じた蓮が自らの腕を抱いて一歩下がった。







「フッ、くく……」

「ツボに入ると長ェぞこいつ」

「あれはカリンの言い方が悪い」



腹と顔を押さえながら暫く笑っているシグマ。

目的をそもそも伝えていないカリン。

言葉を言葉の通り受け取る蓮。


そう、ここに集まる男たちは壊滅的な言葉足らず三銃士。起きうる化学反応の爆発力は未知数だ。

カリンが蓮に言いたかったのは、装備をつけた今のままだと分厚すぎるので薄着になれということで、素っ裸になれという事ではなかった。当然だが。


装備やらマントやらを脱いで纏める。

インナー姿になった蓮をまじまじとカリンが観察した。



「思ってたより腰細いなお前」

「そうか?」

「まあ骨自体はしっかりしてるしこれが最近の若者体型ってやつ? よしこれ着ろ」



若者体型って何だろう。最近の子は脚が長いね、みたいな感じか。わからない。

手渡されたのはカリンの服。つまり和服。

たしかこれは着物の下に着るものだったろうか。



「近頃カリンは甚平や作務衣を着るようになったからな。以前着ていた服が不要になったので譲り先を探していた」

「背だけならハルとそこまで変わらないと思ったが」

「あいつが和服着ると思うかよ。それ袂が逆」



そう言われれば、彼は寝るときに服すら着ないタイプだ。

和服ともなれば確かに着なさそうに思う。重ねた衿を直しながら蓮は納得した。



「逆に知り合いに和服着るやつ居ねェか?」

「ひとり知ってる」

「俺に身長似てるならそいつにやってもいい」

「いや、カリンよりは低い」



じゃあ詰めないと着れないから手間だな、と一着広げながら蓮の背後に立つ。

曰く、カリンは着物を長めに自分のくるぶし丈で作っているのでカリンより身長が低いとそのまま譲れないらしい。

カリン自体かなり体格がガッシリしているし身長もそこそこ高めの分類になる。そうなると必然シグマは着れないし、選択肢が限られるのだ。


上から試しに羽織らされた着物に腕を通す。

カリンの骨張った指先が衿を撫でつけ、着姿を整える。

手際良く帯を腰に巻き付けキュッと締めてくれた。

間近で見るカリンのなんともない表情が不思議と着せられた後も記憶に残る。何というか、カリンにこうやって丁寧に扱われるのが意外というか。



「ふむ、カリンの着姿より短く仕上がるとはいえ奇怪にはならんな。むしろ粋ではないか」

「若者にゃ短ェ方が似合うってもんだろ。何だよその顔は」

「……何でもない」



頭や脚を通すだけでいい洋服とは手順が違う。比べると和服はその分が手間に思えるが、このカリンが着ていたということは慣れなのだと思う。

実際、着せられてから完成するまでの時間は洋服を着るのと大きく差はなかった。


蓮の和服姿を見てシグマとカリンがいい評価をしてくれる。カリンの和服の生地色がどれもシンプルな色なのもあるだろう。

シグマが姿見を指差し、蓮も和服姿の自分を見た。

和服を着たことはなかったが違和感はない。古着だからこそ肌馴染み良いのも理由か。



「帯ってどうやるんだ?」

「基本は形良く固結びするだけ、簡単だ。お前ならベルトでもいいだろ」

「気に入ったか? タンスの肥やしになっていたからな、他も試してみるといい」



一度帯を外し着物を肩から落とす。帯の締め方は後で教えてくれるらしい。

カリンが別の着物を蓮の肩にかけた。



「……カリン、これ」

「なんだ?」

「裾に血がついてる」

「はーん。俺のじゃねェな」



じゃあこれは無し。カリンが丸めて遠くに放る。

別に誰の血痕かなんて聞いてないし、蓮も戦闘職である以上、服についた血の落としづらさはわかる。

確かに捨てた方が早い事が多い。

カリンがこれを着ているとき裾に彼以外の血が付くシチュエーションがありありと想像できて、蓮は少し顔を顰めた。


その後何着か試着して、帯を教えてもらい古着を譲ってもらえることになる。

あまり着る機会はなさそうだが、たまにはいいかもしれない。






だから、これは出来心というやつだ。


休日。蓮は自室でページを捲りながら約束の人を待つ。

カリンに貰った和服の中にあった松葉色の着物に白銅色の帯を締めた。


やがてブザーが来客を知らせる。

部屋の主の返事を待たずにドアが開く音がしたのは相手がハルだから。長年つるんだ相棒の部屋に入り込むのに彼は遠慮というものを知らない。

蓮とて今更彼に上品さだとか礼儀作法を求めるのは、彼の武器炎陽で切腹させるより難しいと分かっている。



「れーん、俺は出かける準備出来たぜ……んぁ? 珍しい服着てるじゃん、師匠のやつか」

「貰った。想像していたより手順も難しくない」

「へェ、似合ってるしいいんじゃね。蓮が和服着ると雰囲気違って見える」



ハルは蓮には忖度なく物を言う。だからこうして近しい人に受け入れてもらえると安心できた。


更に外からパタパタと走るような音が聞こえる。入り口に凭れて蓮を呼びに来ていたハルも廊下の音源を見る。

ハルの表情やタイミングからして優なのだろう。



「蓮さんお待たせッたい!! なに、ちょっ、ハルさん前見えないんだけど!?」

「お前に見せると危ねェかと思って」

「どういう意味!?」



ハルが優の到着のタイミングと位置を合わせて彼女の目を塞ぐ。痛くはなかっただろうが結構いい音が響いた。


あとはいつも通り。

そのまましばらくハルと優がじゃれて、解放された優が蓮を見て絶句、その場にへたり込み幸せそうになんかありとあらゆるものに感謝を捧げていた。


和服は部屋着として留めておこうかと少し悩んだ蓮だった。


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