お花見しようよ!
皆さんご機嫌麗しゅう。
本日はお日柄もよく、暖かな陽気に包まれた素晴らしい日。
こんな素晴らしい日は何をしましょう?
たまにはちょっと時間をかけておしゃれしてショッピングとか、友達を誘ってカフェ巡りなんかもいいかもしれない。
だがしかし、こんないい日だというのに灰田優は今現在、出来得る限り瞬きすることすら許されない状況にあった。
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのぉ?」
視界で飛び交うのは人、怒号、人、酒瓶、人、人、人。
恐怖から目を瞑ってしまいたいが飛び交うものは勝手に避けてはくれないのだ。自分が避けるしかない。
場違い極まりない状況下から抜け出すこともできず、穴があったら退避・避難的な意味で入りたい。
「雑魚はすっ込んでろオラァ!!」
「優、ハルか俺から離れすぎるな」
「善処してるんですぅ……」
動き回ってるのは二人の方だし、お察しの通り目下戦闘中というか対全方位へ喧嘩中なので近づきすぎると逆に巻き込まれは必至である。セーフティーポイントがあるならそこから出ないがそんなものは今この場に存在しない。
高身長故の高高度から繰り出される蓮のフロントキックでまた一人沈められる。
その間ハルは少し離れたところで奪った酒瓶をバットにしていた。
どうしてこんなことになっているのかを説明せねばなるまい。
ヘアサロン兼シグマとカリンのセーフハウス。
ハルはヘアカットついでに。優と蓮はそんな彼についてきただけ。
立ち寄ると必ずシグマがお茶を淹れてくれる。勿論茶菓子付き。もはやそんな流れが習慣になりつつあった。
アンダーブロック部分の刈りたての触り心地に手を伸ばす優と蓮の手を煩わしそうに避けながらティータイムに勤しむ中での会話である。
「ここ来るとき大通りがクソほど混んでたんだよ。なんだあれ」
「あーすごかったね。蓮さんバリア無かったら私ミンチになるとこだった」
「……たまに思うんだが、優は運んだ方が早い気がする」
尚、人権を省略するものとする。
蓮の発言にハルが納得するような声を出したので、たまにでもそんな風に蓮に思われていたこととそれに若干の同意を示したハルの思考に優が絶句する様子を、シグマが愉快そうに見ていた。
「毎年この時期大通りじゃチェリーブロッサムの投影イベントがあるじゃない。みんな集まるのよね」
「それでか、確かに近頃暖かな陽気も続いている。 ……ふむ、条件は悪くない」
サロンの客を捌く合間、バックヤードに備品の整理をしに来ていたエムが混雑の答えをくれる。
接客中での話のネタとしてよく上がってくるのだろう。こういう時、人を相手に仕事をしている彼の引き出しの多さには素直に尊敬した。
「本物の桜を見たことはあるか? いい機会だ、穴場を教えてやる」
「わざわざ見に行くの? まあ、ピクニックできるなら悪くないかもね」
「我々も準備をして後から向かう。お前たち、まずは席を確保してこい」
「あそこ激戦だぜ。気ィつけろよ」
シグマに言われて優たちはお互いに顔を見合わせた。
この時期にどこか用事で出かけようものなら下層を通らない限り主要な道で桜の投影を見かけるものだ。
優には生の桜をわざわざ足を運んでまで見に行く必要があるとは思えないが、みんなで楽しく出かける理由になるならばと軽い気持ちで準備を始める。
蓮、ハル、優の背中にカリンからかけられた言葉がやけにシリアスなトーンだった気がした。
教えられたのはザフト地区、外縁部寄りの某所。
入り口には何やら立て看板が特設されておりとても分かりやすかった。
「桜を見る会、会場はこの奥だって。親切だね」
「ンー……」
案内に従って進んでいく優とついて行く蓮。
親切な看板だがその後ろに本来の所属の表札が、ナントカカントカ第十一事務所とか書いてあるような気が。
ハルは同意とも言えぬ微妙な唸り声で答えるしかなかった。
敷地に入れば拓けた場所にみっちり、グループごとにレジャーシートを敷いて楽しむ人がひしめき合う。
新たな客の登場に誰もが宴の手を止め注目した。
シグマが紹介した穴場は、某組事務所敷地内……。
浴びるように酒を飲んだのか、離れていても飲酒の形跡がわかるオールバックの兄ちゃんが窓口として用件を聞きに立ち上がる。
何かを察した優はそっと蓮の後ろに隠れた。
「おうおう、おめーらなんだ、混ざりに来たのかぁ?」
「確かに穴場だな、ここ」
「いや違う。俺たちは席を取りに来た」
「はは、イイね。特等席、"獲って"みろ」
窓口の兄ちゃんの歓迎の辞を、皮切りに。
背後から近づいていた組員の振り翳したビール瓶がハルの頭を殴って砕け散る。
殴られて前のめりになったハル。散らばるガラス片越しに、蓮と視線が絡む。
ハルの口角が吊り上がり、蓮が周囲の脅威を識別する視線を巡らせた。二人の姿を、優はただ見ていることしか出来なかった。
ここまで来てしまえば冒頭に至るまでは長くない。
酩酊具合もまちまちな某九龍所属事務所の桜を見る会、構成員を相手取り立ち回る。
着々と分厚い人の層を進むにつれて相手も手ごわくなってくる。
つまり、この会場の特等席が近づいているということだ。
構成員たちが暴れまわっているのを見て面白そうに野次を飛ばすのはきっと余興や催しかと思い込んでいるお偉方なのだろう。
視界の端で鮮血のついた何かがひらりと舞い落ちる。
わぁきれー。なんだろ今の。
目を奪われた優がそれを確認しようとしたタイミングで、いい加減最前線で何十人も転がしたハルが文句を言いながら一旦下がってくる。
「こうなるんだったら炎陽持ってくんだったな」
「なんでお師匠があんな優しく注意してくれたのかよくわかったよ……」
「全く、この時期どこに居たってARの桜が見られるだろうに。こんな苦労をしてまで見る必要があるのか?」
「それマジ同意。ジジィ共の道楽に使われてるだけだろクソ腹立つ」
流石に前準備もなしに大勢の相手をするのは骨が折れるらしく、蓮ですらストレートに愚痴を吐く始末。
半分以上は出来上がった酔っ払いの始末だからまだいいが、力の抜けた大の大人をブン投げるのも一苦労では済まない。
立ち向かってくる酔っ払い構成員の拳を手首を引いて受け流し転がす蓮と、めんどくさくなってきて勢いのまま膝蹴りを食らわすハル。
何人かそうして捌いていると、ようやく本命が姿を現した。
「おーいガキ共、その辺でいいぞ上出来だ」
「あらあらあら! いいじゃないの~ 早速シート敷いて始めましょ! ジェイくんケイちゃん端っこ持ってくれる?」
「よい席ではないか。ご苦労だったな」
「いい席って、まだこいつ等倒せばもっと奥に……」
バスケットやらなんやらを持ち込んで大荷物な後発組が嬉しそうにしている。
わざわざサロンを閉めてまで準備したらしく、スタッフのジェイとケイまで連れてきたらしい。
せっせとシートを敷き始めた彼らに、もっと奥に行けるとハルが指し示そうとした瞬間、少し強めに風が吹き込み口を閉じる。
喧嘩に夢中で周りが見えていなかった。
淡い色の大輪の花がすぐ頭上で風に揺られ、柔らかな花吹雪をもって蓮たちを歓迎してくれていた。
「へェ……。 全然違うんだな」
「……これは確かに、腑に落ちる」
「そう?」
枝花が擦れる音を聞きながら、儚くも力強く雄大なその存在感に圧倒される。
目で、耳で、鼻で。五感をフル活用して捉えたその感覚は、確かにARで表現された桜では決して得られない経験だった。
蓮たちが席を決めたことにより方々でもまた宴会が再開される。
シートが敷かれ準備が整い、シグマが場所取り係たちに声をかけた。
「改めて、席取りご苦労。飲み食いできるものを持ってきているからあとは好きに寛ぐといい」
「ホント綺麗ねぇ。決めた、次のヘアカラーこの色でケイちゃんにお願いしよっと」
「オメェの頭で毎日花見しろってか? そりゃちと風情が無さすぎっつンめてェ! 人の身体に水を這わすな!!」
「あらカリンちゃんったらまだ飲み始めたばっかりなのにもう酔っちゃったのかしら? しょうがないわねぇ、今日は夜まで介抱してあ・げ・る」
既に酒瓶を開封して飲み始めるカリンと、持ってきたランチボックスを各人が取りやすいように配置するエムの茶番を他のみんなが呆れながら見ている。
とても賑やかで楽しい花見会だ。
文句を言っていた蓮とハルも、大人しく座って飲食と会話を楽しんでいる。
本物は、ちょっと風が吹いただけで枝につけた花弁を零す。その様はまるで燃え尽きかけた残り火のようで。
優だけは本物の桜というものがどうにも贔屓するほど好きにはなれないが、ふふっと周囲に釣られて笑みを浮かべる。
「私はARも本物も、同じに見えるんだけどな」
どちらも見上げる人の笑顔は変わらない。価値とはそういうものだと、優は思っている。
彼女の呟きは誰に拾われることもなく柔らかな風に溶けて消えた。
優はランチボックスからジャムサンドを手に取り、春の空気を頬張った。
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