vs 鬼神衆
我ら、國に忠する夜叉なり
群であり、個にあらず
國仇なす者は例外なく滅絶せん
之なるは、鬼神衆―
闇を裂きながら跳んで進み、陰に溶け込み対象に近づく。
小走りで移動する対象が細い路地から抜けた瞬間、仕掛ける。
護國を振りかざし、一方からは銃弾が迫り、また一方からは
これを、黒染めの外套を纏った死神は悉く躱してその場を離脱した。
死神が振り返り我々を視認する。
「
我々が来たことに驚いている様子はない。
対象が報告中でも構わず次の行動に移る。
「まだ
小太刀、護國が風音を奏でる。
相手の舶刀により護國の太刀筋が打ち上がるが、これには護國の重さが勝る。
あまり大きく逸れることのなかった軌道に、この一撃ならば獲れると力を籠めて押し込んだ。
「誰も出来ないとは言ってねェ。了解」
気を入れた一振りではなかったらしい。するりと死神は別の路地へと滑り込んだ。
狭い場所に入られれば我々も追いづらいが、対象を袋の鼠にすることもできる。
路地の陰影に溶ける瞬間、死神は身体ごと振り向いてこちらを
追駆、続行。
ハルからの報告を受け、かけていたナイトビジョンゴーグルを額に上げる。
予測していたよりも早かった接敵で、事前に立てていたプランがいくつか不要になった。
おかげで行動を選びやすくなったとも言える。
であればこちらも頃合いだろう。
立ち上がった蓮に、高層ビル特有の足元から吹きあがるような強風が彼のマントを激しく暴れさせる。
煽られ外れそうなフードを押さえ目を細めた。
階層プレート一面が見渡せるほど飛びぬけて高いビルの屋上。
腰、腕と装備の固定を締め直しながら一歩、二歩、三歩。
申し訳程度の低さでつけられた落下防止用の手すりに近づき
屋上へと唯一出られる扉から、鬼面、狐面、夜叉面をつけた黒装備パーティがタイミングよく雪崩れ込んできた。
「エレベーターは使わなかったのか? 健脚なことだ、ご苦労さん」
素早く展開される陣形を見ながら、蓮は腰かけた低い手すりよりも向こう側へと緩やかに身体を倒す。
それは、まるで身投げする自殺志願者のように。
逃げ場のない死神を確実に追い詰めたはずの鬼神衆は、彼の行動に驚愕を隠せない。
ようやく登りきった高層ビルから落ちていった死神の行く末を確認しようと狐面が身を乗り出して覗き込む。
と、荒れ狂う風に混ざり銃声が聞こえたような気がした。
身を乗り出した狐面の隊員の身体は、先ほどの死神の投身を真似るように上体の自重でズルリ……と屋上から落ちていく。
残された鬼面と夜叉面の隊員が互いを見合い、同時に下を覗いて確認した。
見えたのは直滑降するふたつの影。
「ほら、追って来い」
さながらそれはサーカスの一芸のように。
十分勢いを殺して、ついでに2、3個分のビルや建物の上を移動して転がりながら慣れた様子で着地した。
さて、相棒の方は手こずっていないだろうか。
ハルには彼にとって好みとは言えない指示を言付けたが、これも仕事だ。
文句を垂れても粛々と遂行してくれるのがハルの重用される利点。
合流するため彼の居る方角へと向かった。
目が慣れなければ何も見えないほど陰に塗り潰された裏路地。
暗色の夜叉面が何かから距離を取るようにバックステップで着地した、瞬きひとつ分後にフードで顔を隠した死神が追いつき飛び付いて肉薄する。
カットラスと小太刀の数度の打ち合いで火花が散った。
死神は視界の端に一瞬見えた飛来物の煌めきを、手にしたカットラスで弾いて防ぐ。
クナイに気を割いたその短い時間で良いところまで迫った夜叉面には逃げられた。
相手が立ち替わりハルに小太刀で迫る鬼面。
小太刀の剣戟を捌きながら距離をとり、別の追撃が来る前に壁を蹴って建物屋上に跳び上がる。
「イモってねェで降りて来な」
銃を構えたまま唯一高いところから下を窺っていた狐面を巻き込む。
そもそも細い路地に入り込んだのは相手から銃撃という選択肢を奪うためだ。
そいつが居るからといって立ち回れないこともないが、折角だからまんべんなく構ってやろうというオキモチ。
”逃げているが逃げ切れない、負けないがトドメも刺せない”、そんなギリギリで場をもたせるようにという半端なオーダー。
援軍を呼ばれないくらいの立ち回りを要求されているハルは、いつもの七割増しで丁寧な対応をしている。勿論まだ本気も出していない。
指示通り時間稼ぎに徹している。
足場の良くない屋上をうまくバランスをとりながら駆ける。
元々真っ直ぐ走れない足場だ、正面から向かっても銃に狙われることはない。
迫りくるハルへの対処に迷う素振りをしている内に狐面は死神の接近を許す。
「……!」
「ハズレ、よく見ろ」
引き付けたカットラスの振り下ろしを素早く抜いた
打ち合いで生じたエネルギーシールドの発光が双方を薄い赤紫に染めた。
ハルは既に
追うように自分も降りた。
追撃をかけようと鬼神衆を追えばまた開けた場所に出る。今回の路地裏レースもドローに終わる。
さあ三走目、と始めようとしたところでハルの傍に黒い影が降り立つ。
その影を追ってきただろう敵の頭数を見て、ハルは片眉を上げた。
「俺を差し置いてお手付きか?」
「合流前に減らしておいた。そっちは?」
「別に。よくある
チームリーダーは中の誰かが兼任している、連携効率のいい動きやすいパーティ編成。
蓮が合流したことにより、相手側も隊編成を合併して役割を振り直したようだ。
5人の鬼神衆が散開する。
「ただの雑魚じゃねェぞ。油断すんな」
「……ハルにとっては
いくら熱が入るのはゆっくりとはいえ温まれば早いはずのハルが、こうも冷めきったままとは。
実際、小隊としての完成度は高いのだろう。ハルの言った通り油断していい相手ではない。
ハルがカットラスをクルリと回して逆手に持ち右に跳ぶ。
鬼面、夜叉面の2人とかち合った。小太刀とカットラスの短い衝突音が響く。
呼吸を乱すことなく近接攻撃を捌きながら時に反撃を交ぜる。
ならばと蓮はゴーグルをかけてモードを切り替えた。
パトリオットを装填して離れた標的を定める。
他の鬼神衆への警戒及びハルのカバー。相手の役割分担が誠実だからこそ、それだけに気を割けるのがありがたい。
ハルを狙う鬼神衆に威嚇射撃を行えば素直に引っ込んでくれる。
敵の持つ装備に何を思ったか、ハルが呟いた。
「こいつら持ってる銃、NWK撃てんだよな」
『市街地で対人に使う装備ではないし、許可も要るはずだ。俺たちに向けることはないだろう』
「いや、使ってみてェなって。俺が」
『……、機会があるといいな』
呆れたようなトーンで言われたので蓮の居る方を振り返る。
おいコラと態度で示しつつ、一方で彼との実際の距離を再認識し、この隙だらけに見える行動にはあとふたつ意味がある。
「獲った」
「っと、あぶね。スレスレ狙いすぎだろ」
シュッと数発の銃弾が身体の近くを通過する音を聞いたハルは文句が口をついて出る。
がら空きのハルの背中を好機と捉え、頸部に小太刀を振り下ろす夜叉面は蓮の銃撃をマトモに食らって沈んだ。
蓮が”獲った"と言った以上、ハルは少なくとも先程まで相手をしていた背後の夜叉面はもう意識していない。
再度蓮の側に戻る。
「んじゃ、ヨロシクゥ」
「ああ」
チームの夜叉面が落とされた今、彼らに一番距離が近いのはハルの相手をしていたもう一方の鬼面だ。
鬼面はハルが羽織っていたマントを大きく広げながら着地し、相方の死神が少し煩わしそうに自分にかかるマントを手の甲で除けているのを見た。
自重でふわりと落ちていくマント。
その下には居たはずの死神が、居ない!?
「どこを見ている?」
ぞっとした背筋に、この時ばかりは鬼面も直感が手足を動かし護國を振るった。
何とか致命は防ぐ。だが振るう剣戟は一撃も当たらず太刀筋が全て見えない剣に
いや、一瞬だけ遠くで灯る街灯が剣身を透過して歪んで見えた。それで剣の
護国より長さはあるが恐らく形状は直剣、ならば間合いを見誤らなければよほど問題にならない。
むしろ距離を作ると危険。そう判断した鬼面は護国を手に長身の死神へ張り付いた。
もう一方の死神は何処に?
少なくとも蓮と対峙する鬼面にはそれを探す余裕はない。
まさに手品のように彼らは消え、片方が現れた。油断などしていなかったはず。
味方も消えた死神を見つけられずにいるようだ。
下手に距離を取るよりも近づいた方が安全だというのは一理ある。
鬼神衆の扱う得物は大きく振り回す必要がない。懐に入り込んだ位置でこそ攻守の選択が可能となるというもの。
判断は悪くない。
そろそろひとりくらい近接として追加戦力が出てきてもいい頃合いだが、隠れたハルが見つけられない以上迂闊に出ても来れないのか。
蓮がいつものようにパトリオットに持ち替える瞬間、視界の隅で小さく紫電が弾けたのを見た。
反射的に持っていたパトリオットを投げつけながら反対に跳ぶ。
宙でぶつかり合ったパトリオットと
『ハハァ、それカスタムから返ってきたばっかじゃね。始末書何枚だ?』
「不可抗力だ。 ……ハル」
『おっと八つ当たりはすんなよ。俺は言ったぜ、油断すんなってな』
八つ当たりのつもりはなかったが、続けようとした発言を制されて口を噤んだ。
ようやく前線に出てきた狐面を捉える。
パトリオットを失った代わりのサブとして携行していたグロックを抜いた。
だがそのタイミングで今まで姿を消していたハルが堂々と現れる。
背に担いでいるのは、裏方をしていた鬼神衆のひとり。
場の全員に見せつけるようにドサリと足元に転がす。
「そろそろいい時間じゃねェか? ここらで一旦小休止はどうよ」
これで再び鬼神衆はもとの3人。メンツが同じチームだったかはさておき。
相手の死神は両方とも姿を見せている。仕切り直しには悪くない状況。
膠着。戦闘を続行するのか否か、鬼神衆の小隊隊長の判断に委ねられる。
だがここで今までなかった機械の駆動音が新たに耳に入る。
『お待たせしました! I.P.E チームの増援到着ですー』
現れたのは武装ドローン。聞こえたのは我らのよく知るオペレーターの声。
ホバリングしているドローンの操縦者が近くにいるはずだがそちらの姿は見えず、さらには増援がどの規模かもこの状況では分からない。
相手もこれ以上交戦する意思はないように見える。
不定数の増援が決定打になったようで、鬼神衆は暗がりに溶けるように姿を消し退却する。
やがて監視するような気配が消え、安全を確認したのち”増援”が顔を見せた。
「スピーカー、帰ったら外しますからね」
『えっ、警告とか威嚇するのに丁度良くないですか? 有効活用してくれていいのに』
「あいつそういう動くオモチャ大好きだから、せいぜいパシられないように気ィつけな。おいそっちは片付いたんだろうな」
I.P.E.法務部二課、ベナトル。
自分のドローンにつけられたスピーカーが不本意そうだ。
オペレーターの灰田優がみんなの装備している無線ではなく、彼のドローンに載せたスピーカーから音声を出力しているせいでドローンを乗っ取ったみたいになっている。
それを連れざるをえないベナトルが一番不服なことだろう。
ハルの確認に優はイエッサーと軽々しい返事で完了を報告。
さっきから会話に混ざろうとしてこない蓮を疑問視した。
『二人とも怪我とかはないよね? 蓮さんは……』
「あー、今機嫌悪いからあいつ」
「……悪くない。戻るぞ」
フードを被り直し、颯爽と踵を返す蓮。
不機嫌を否定しつつも僅かににじみ出た態度の粗さに、ベナトルがそっとハルに状況を尋ねる。
「どうしたんですか?」
「舐めプしてミスってご機嫌ナナメ」
「してない。ハル、戻ったらミーティング」
小声でハルなりに簡潔にまとめた一行を、無線を切り忘れていたので本人どころか全員に伝わり珍しく蓮の語気が強まる。蓮が食い気味に否定してきたのでハルはピュウと口笛で誤魔化すがもうこれは逃げられない。
ちなみに、察した優は早々にチャンネルから退出していった。
「お前も早く帰れよ。ああっと、そういやマント拾ってねーや。とってくるわー」
「はい、お疲れ様です」
「……ハル? 戻ったらミーティングだと言ったが」
「いや落とし物くらい拾いに行っ、ちょ、なんで追ってくるワケ? おまふざけんなジップラインムーブはズルいだろうがストップ! ステイ!!」
ベナトルの肩を叩いたハルが、進行と逆方向へと向かう。
今度はきちんと無線は切ったはずだが、目敏くハルの逃走に気付いた蓮がワイヤーを使って距離を詰めてくる形相は死神そのもの。
挙句ハルまでその日使わなかったワイヤー移動で逃走を始め、追走劇の序章をベナトルが見ていた。
止めようかどうしようか。
でも帰れって言われたし、多分あの二人だと自分じゃ止められないし。
大人しく帰っておくことにしたベナトルだった。
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