ON/OFF
高らかに
自身の行いを。自身が抱く想いを
盲目に信じることはしない
正しいことはいくらでも変わる。欺瞞に塗れた時代を生きているのだから
利用し、利用され、その役目がいよいよ無くなったとき
その日が自身の死神と対面するはじめての日である
片腕では銃を抱え、片手では透き通った刀身の
昼間、人気のないどこかの企業の廊下を黒いマントを着た高身長の男が悠然と歩く。
迷いはない。少なくとも今は迷うときではない、と思わせるような確かな足取りだ。
彼はひとつふたつ、角を曲がり、とある小部屋に入った。
入った部屋にはターゲットの男が一人。
黒マントの男、一色蓮は彼のフルネームを呟き、人物を照合する。
「しっ……死神、」
「合っているな」
よっぽど相手が上手でなければ、間違うこともない。
入念な下調べ、下準備、計画を練った上で今日という実行日がある。
今日の蓮の装備はかなり軽装で、顔を覆うのも口元のハーフマスクのみ。
見える目元から同じ人間だと知ることができる深層心理がもたらすのは、安堵か、絶望か。
少なくとも見下すその眼光からは、一切の温情は感じることは出来ない。
蓮は部屋の中に足を踏み入れ、開け放たれていた扉を静かに閉めた。
「待って! 待ってくれ、聞いてくれッ! 私は、悪いことをしていると、思って、思ってたんだ。だけど上に言われて、逆らえなくて……」
蓮はターゲットの男の釈明を静かに聞く。
ないとは思うが万が一、有益な情報があるなら聞いておきたいし、何よりそもそも急いでない。
すぐに手を下してこない死神に、弁明する時間が貰えたと思った男はほんの少し落ち着いて喋り続ける。
「殺しに来たんだろ? 頼むよ、見逃してくれ。もうこの仕事には関わらないと誓う。私をやった、し、証拠がいるならチップのある右腕をくれてやってもいい」
フ、と蓮が思わず笑ったかのような吐息を漏らした。
この部屋は蓮が閉めた扉以外に出入口はない。男の作業部屋だったのか、必要最低限の備品がある以外は簡素な部屋だ。
壁を壊して脱出するなんていう芸当があるなら別だが、男にそういった用意や力があるわけもなく。
「……命乞いを聞いたのは久々だな」
「私の価値なんて逐一殺して処分しなくとも何かが変わるようなことはないだろう? この通りだ、死にたくない……っ」
「仮に、ここで見逃したとしてこの後どうするつもりだ」
「砂漠に行く。そうすれば仮に生きていたとしても、どこかを経由してI.P.E.や他の企業に関わることもない」
祈るように組まれた手は、強く握りすぎて白くなっていた。
閉めた扉に凭れている蓮が自身の耳の後ろに触れて通信を繋ぐ。
「……ハル、先に帰っていい」
『あ? 今日唯一開放されてる出入口からターゲットが出てこないか見張ってろって話だったじゃん。もうそっちで終わったワケ?』
「もうすぐ終わる」
『あそ。んじゃぁお疲れさん』
男に通信相手の声は聞こえないが、蓮の短い発言やタイミングから自分が逃げられる手筈を整えてくれたのではと僅かに安堵した。
それでも死神が剣を握り直すのを見て頬を引き攣らせる。
「腕を」
「あ、あ……っ」
腕。ああ、右の腕。
確かに右腕をくれてやってもいいと言ったのは自分だ。
腕一本で命が助かる。見逃してもらえる。
わざとらしく見えてしまうほど大きく震えている手で、右側の袖を捲る。
腕、腕が落ちたら、止血。止血をする。
ちゃんとやれば死なない筈だ。落ち着いて、冷静に。
肘上まで袖を捲り、突き出す。
流石に自らの腕が落ちる場面を見ていられるほどの精神は持ち合わせていない。
俯いてただその刻を震えて待った。
あくまで事務的に、蓮は肘関節を狙って剣を落とす。
見慣れない者なら驚くほど簡単に、腕が男から分かたれた。
「う゛ーーッ!!! ハア゛ッ゛!! づ、グッ、ウッ……」
「……ほう」
血がボタボタと足元に落ちていく。
切られて感じるのは熱さか、痛みか。それらが混ざって殴られるような責め苦に、男は自分の服に噛み付いてできるだけ音を殺していた。
自分の叫びで失神する事もある。無意識だろうが、痛みや喪失感に叫び喚くと思っていた蓮は感心した。
男は切られた方の上腕を握って必死に止血しようとしている。
蓮は噴出した血溜まりから腕を拾う。ついている血の滑りで落とさないように、手首の部分を持ち直した。
「っ、?」
「お前の生死を決めるのはもとより俺ではない」
「い、いやだ待ってな゛んでやだやめ゛……!」
蓮は一歩近づいて剣を振っただけ。
裂けた喉から、部屋の天井まで勢いよく飛び散った赤色が付着する。
床に倒れ、事切れるまで男の顔はずっと"どうして"といった疑問を浮かべていた。
見逃してもらえると本気で思っていたのか。
腕のICチップの回収は必要なタスクだったし、殺害も既に決定事項だ。
ハルを先に帰らせたのも、そこまでの用意が必要なかったからである。
蓮ももうここに用はない。
部屋を出て、男の腕のICチップを使いドアロックを掛けてその場を去った。
装備を脱いで私服になった蓮。
勿論報告書や成果物の提出も済んでいる。
その日の仕事は終わりだ。
部屋で寛いでいるとドアチャイムが鳴ったので、入口まで迎えに行く。
「ん……入って、」
「お邪魔しまーす!」
「おっと」
扉が開いた瞬間、蓮の腹に勢いよく人が飛び込んで来た。
身体で受け止めて、更に首を下に向ける。
「蓮さん聞いて〜。今度のお休みで行ってみたいところ見つけちゃった!」
「そうか。中においで」
「うん、でもちょっと待って。もう少しだけハグしてたい」
「……ああ」
しっかりしがみついて嬉しそうに頬ずりする彼女、優につられて蓮も表情を和らげる。
可愛い。
彼女の頭に手を置こうとして、一瞬だけ自分の手を気にした。
……大丈夫、グローブは外しているから血は付いてない。
安心して蓮は大切な想い人を抱きしめた。
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