見えない、聞かない、言わない


傷痕の話。


ストレスだとかトラウマだとか、いわゆる心的外傷のことではなく、単純に切った擦ったで実際に身体に受ける方。

人間、ちょっとやそっとの細かな傷は勝手に治るし痕なんて残りもしない。

傷痕として残るのは傷の深さや広さにもよるし、治すときの処置方法や傷を負った部位に大きく左右される。あと治癒能力の個人差。


トレーニング上がりにクールダウンを終えて、汗を拭きながら着替える相棒の身体をぼーっと眺める。

戦闘職である以上、どんなに気を付けても怪我はする。

だから致命にもならないような細かい傷であればあるほど無視、放置されがち。



「……人の着替えを見つめて楽しいのか?」

「俺の視界でストリップショー始めたの蓮の方だろ、コスト払えばいいのか?」

「棚が空いてたからな。ハルが目を逸らすとか何かすればいい」

「女子かオメェ」



細かな傷には今更頓着しない、見かけより案外ズボラな蓮。言うほど見られていることを気にしてもいないだろう。

自分も人のことを言えた性格ではないが、そうして過去につけた傷は現在も戒めのように蓮の身体にいくつも残っている。

薬の効能が進歩してる昨今、処置が要る大きな傷にはそうしたものが使われるので、逆に浅い傷が痕として残るのは道理か。


着こんだ服の下の、普段は見えない傷痕。

大小関係なく見るならばやはり多いのは腕になるだろうか。

やはり剣を持つ方の腕とは逆の腕が傷つきやすい。

蓮は両手持ちも片手持ちもして切り替えるタイプだからこそ、負う傷の傾向も自分と似通う部分がある。

たまに腕捲りした時に見える前腕に、浮いて目立つ傷痕が一線あったのを覚えている。



「見えねェな、そんな風には」



L字にひらいた両手の親指と人差し指。

合わせて作ったフレームの中に蓮を収める。

お綺麗な顔したこの男の服の下には、一体どれだけの傷痕が隠されているのか。



「……盗撮は犯罪だぞ」

「ちげーよ、どっちかってと観察」

「1分1000コスト」

「どこのホストだオメェ」



握手は3000コスト、とわざわざ近寄って手を差し出してきた蓮。

とんでもない悪徳商法を吹っ掛けられたものだ。

差し出された手を退けるようにはたいて立ち上がった。



―傷痕 見えない








自分の手のひらに、それよりももっと小さな手のひらを置いて重ねる。

その差はまるで大人と子供。蓮の手のひらに乗せると、優の手はだいたい中指の第二関節までしか届かない。


彼女は左手を蓮に預けて好きにさせ、右手で膝に置いたタブレットと戯れる。

カバーに付属しているスタンドの機能で角度を調節しているので、左手の自由がなくても問題ないらしい。

肌の表面から透けて見える血管を上からなぞってみたり、指を絡めてマリオネットのように操ってみたり、半ば無心で彼女の左手を弄ぶ。



「で、そりゃ私は天才だし? だいたいなんでも出来ちゃうから頼りたくなる気持ちはわかるけどさ」

「ああ」

「私の本業は妨害とか支援とかなわけで、冷静に考えたら畑違いもいいところじゃない?」

「うん。……ん」



指先まで温かく熱を帯びた手、その手のひらに癖づいたシワを細かく見ていた。

人差し指の先の淵。よくよく見なければ気づかない、指紋が不自然に途切れている部分がある。

その部分を爪でなぞれば微かな凹凸が引っ掛かる。軽く押してみると白く変わる肌の色の中で浮き上がる形。

触ってみた感触と塞がり方、傷の方向を見るに、当時は割と深い切り傷かなにかだったのだろうか。


だが既にほとんど周囲の皮膚と色も質感も同化、定着している。

指先に怪我をしたなら愚痴や弱音を言ってくるだろうし、自分が知らないとあればこれは知り合うよりも前の傷か?



「頼られるのは嬉しいし、まあこうやって言うほどでもないけどさ。……ねえ蓮さん、話聞いてないでしょ」

「ん……」

「はいはい、どうせ私の独り言だもんねー。むむ? タイミングよくご機嫌をとるように撫でられている。聞いてないくせに勘のいい人め……」



今も昔も、彼女は自分と違って直接的な痛みに慣れているとは思えない。

さぞ痛かっただろうなと思うと自然と慰めるように小さな頭を撫でていた。


自分の知らないこの傷痕の原因を聞いてみようか悩む。

彼女なら笑って話してくれそうな気もするが、敢えて知らないでおくことで自分に理由を増やせるとも思った。

知らない傷痕は、これ以降残さないように。

自分がいる今、彼女に大怪我でもされたら絶対に後悔する。何のために手の届くところに置いたのかと。


彼女をより大切に想うための小さな傷痕を見つけたのは収穫だ。

優越感に似た感情を抱き、自然と口角が上がって……急に触っていた手が動き、蓮の手指を無理やり握りこんだ。



「っ、ん?」

「ねえ蓮さんくすぐったいってば!」



動きを邪魔されたことに驚いて意識が戻る。

どんな触り方をしていたのか覚えていないが、我慢ならないほどくすぐったかったらしい。

彼女は笑っているような困っているような絶妙に半端な表情をしていた。


呆気にとられた蓮だが、滅多に見ない種類の彼女の表情に感動して愛でる動作を再開するのは、これからすぐのことである。



―傷痕 聞かない







世間には、骨折までは掠り傷と同じ、などと抜かす人がいる。

ハルさんのことである。

遊び盛りの子供でもあるまいし、いい大人がしょっちゅう身体のどこかしらに白いガーゼを貼り付けているのは本来おかしいことの筈である。



「郷に入らばルール守れって感じの言葉あるだろ?」

「喧嘩したいからスラムに行くっていうのは順序が逆だから当てはまらないよそれ」



彼の浅黒い肌色は貼り付けるガーゼの純白と対照的で、嫌でも目に付いてしまう。

しかしこの人はまるで武勇伝のように得意気に、その怪我の経緯を話す。


周辺地域で有名なスラム街だと知った上で通過すれば、目論見通り暴力沙汰になるだろう。

自分から手は出してない、そんな場所だなんて知らなかったと口先だけの嘘をつけばそれまで。下っ端を転がして遊んでいればちょっとデキるヤツが出てくる。

そしたらいよいよ楽しい時間だ。



「まっ平らな広場も動きやすくて嫌いじゃねェけど、やっぱゴチャゴチャしてるとこの方が使えるモン多くて楽しいんだよな」

「危ないよ、引っかけて転んだりしそうだし」

「邪魔そうなのは先に退かしておくんだよ。そういやこっちの傷は何かに引っ掻けてできたやつだったな」



こうもカラリとした笑顔で対処し忘れていた新たな傷を見せられても怒るに怒れない。

こんなことを長年続けているせいで、大小様々な傷痕が残っている。傷が傷痕に変わる頃には怪我の原因もさっぱり忘れているのが常だ。


ひとつ、彼の左胸には皮膚が引き攣ったように残る傷痕がある。

これだけは詳しく喋ろうとしない。火傷の痕だ、とは言っていた。

以前気になったとき、蓮さんに聞いてみたことがある。

彼も詳細は分からないとした上で、ハルが扱う熱源は制限武器くらいじゃないかとも言っていた。



「ねえ、ハルさんの武器炎陽って難しいの?」

「ンなわけねーだろ、持って殴るだけなんだから」

「ふーん……」



その認識がハルだけのものであると知った衝撃は今でも覚えている。

一課各自が所有する制限武器は独特で、メンテナンスにかかる日数もまちまちである。出した当日に返ってくるものもあれば、数日かかるものもある。

作戦を立てるときいつものように彼を組み込もうとしたのだが、メンテ待ちで2~3週間は制限武器がないと言われ、その長さに驚いたものだ。


剣技、銃技とは全く別の技術。それらを並行して磨いていくのは、生半可な覚悟で出来たものではないだろう。

恥ずべき傷ではないと思うが、努力の過程を見せたがらないのはカッコつけたい男の心理というものか?

ニクいほどに憎めない、困った人だ。



―傷痕 言わない




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