偶にはイチャついてください
シュークリーム。
薄く焼かれた軽やかなパフの中に、そのお店にとって看板とも言える珠玉のクリームをこれでもかと注入した生菓子。
生クリームに限らず、カスタードクリーム、チョコクリーム、いちごクリームなどバリエーションも豊富で、ひとつひとつとの出逢いはどれもワクワクする作品と言ってもいいだろう。
ミルククリーム入りのたっぷり中身の入ったずっしり重めのシュークリームを、幸せそうに見つめる優。
「んふふ、シュークリームの重さは幸せのパラメーター」
「……そうなのか?」
「ついさっき私が考えた名言。使ってもいいよ」
機会があれば、と蓮が目の前の彼女の嬉しそうな表情に毒気を抜かれて適当な返事をする。
ショップのイートインスペースにて、持ち帰り分とは別で今食べる分を購入した。
蓮も彼女に付き合い、頼んだコーヒーカップの淵をなぞる。
手にしたシュークリームを見て楽しんだあとは、念願の一口目。
シュー生地を破り舌に乗る濃厚なクリームが体温でじんわりとろける感覚。
最高の幸せにほう、と吐息が漏れる。
「んまぁ……。蓮さんも味見する?」
「いや、俺は帰ってからでいい」
美味しそうにスイーツを頬張る彼女を見ているだけで蓮も満足指数が上がる。
持ち帰りでいくつか買ってもあるのだから、この場はコーヒーだけで十分だ。
まるまるひとつ、シュークリームを食べきって指を拭く優。
気づいていないようなので、蓮が彼女から使っている紙ナプキンを受け取り声をかけた。
「優、こっち」
「はーい?」
「……ん、もういい」
頬についていたクリームを拭ってやれば、嬉しそうにぺろりと口端を舐めて優がお礼を言った。
テイクアウトしたシュークリームの入った箱をハルの部屋に持ち込み早速広げる。
上機嫌な彼女を見ながら、留守番係だったハルが思わず蓮に尋ねた。
「あの様子だとあいつ、さっき食ったんじゃねェの?」
「食べてたな」
「んでまた食うんだろ。相変わらずだな」
「流石にさっきとは違う味にするもん、そんな目で見ないでよ心外」
シュークリームの重さなら一日にふたつ食べても大丈夫!とよくわからん理論を豪語する優に、そういう問題じゃないんだがと思いつつ口を噤んだハル。
蓮は先ほどシュークリームの重さは幸せのどうこうと彼女から聞いた気がしたが、この際聞かなかったことにする。どちらも。
この世には不思議が沢山あるのだ。その中のひとつと思えば明らかにこの場に居る人数分より一個多いシュークリームの乗せられた皿も些細な不思議と言えよう。
「こっちから、ミルク、チョコ、カスタード、いちごね。私さっきミルククリーム食べたから蓮さんかハルさん食べていいよ。めっちゃおいしかった」
「俺カスタード食いたいからそっち蓮にやるよ」
「じゃあ私チョコといちご!」
「ああ。 ……?」
果たして今蓮に選択肢はあっただろうか。
消去法により自然と自分の正面までやってきたシュークリームを見つめて首を傾げる。
特に選びたかったフレーバーがあった訳ではないのでこの結果に異論はないが、形容できないもやもやが生じた気がした。
紅茶やコーヒー、各自好きな飲み物も用意して臨む O・YA・TSU・タイム。
ハルが早速かぶりついたシュークリームから零れそうになったカスタードを受けた親指を舐めとっている。
「シュークリームって食うのムズイよな」
「一口を欲張るからだろう。少しずつ食べればいい」
「でもいっぱいにクリーム頬張るの幸せだよね」
ズズズ、とシュークリームを食べるのに中々聞かない音を立ててクリームを吸ったハルを見る優。だいたい彼女も似たような食べ方で、持っているシュー生地からチョコクリームが零れ落ちそうになっている。
さっきは外だったからか、少々遠慮しながら食べていたらしい。
「クリーム、零すぞ」
「わっ、と……危ない危ない。クリームは全て胃に納めないと」
「……そうだな、勿体ない」
「ん?」
落ちそうだったクリームを優先して食べた優の発言に蓮が同意して腰を上げる。
まだ自分の分を食べきってないで皿に置いた蓮を不思議に思いながらハルがその行動を目で追った。ハルは既に食べ終わりコーヒーを啜っている。
ローテーブル越しに自分に手を伸ばしてくる蓮を見る優。
蓮の手が頬に添えられて、親指が口元を滑った。
その親指の先にはチョコクリーム。
「ついてる」
「ん、蓮さんあり、が、……」
「胃に納めればいいんだろう?こっちも美味いな」
「ひょぇゎぉぁ……?」
拭われたクリームは蓮の舌が舐めとる。
ド至近距離で見せつけられた行為に優が目を回して固まった。
昼間はそんなことしなかったのに?Why?
顔を真っ赤にした優と、白々しく席に戻り自分の残りを食べ始める蓮。
やがて蓮から目をそらした優も、今度は一層気を付けていちごクリームの方もちまちまと小動物のように食べ始めた。
ちなみに。
何かを察したハルはコーヒーカップを片手に洗面所に退避していた。
普段バカみたいにへばりついてるくせに何でその程度で急に照れるのかとか、あの雰囲気を目の前で展開されたら腹壊しそうだとか、蓮の急に入るスイッチほんとにタイミングわかんねーとか、言いたいことが盛りだくさんなのだが。
ズリズリと壁に預けた背が沈んでいき、床に座る。
「ここ俺の部屋だって分かってんのかあいつら」
被害者ハルカ氏、完全なとばっちりを喰らった様子。
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