エレクトリカルパニック



底冷えする寒さが沁みる季節。


國が今年の冬の気象条件予測から、暖房器具などで消費電力が例年より増加するとして計算した場合、供給できる電力が不足しかねないとの見解を発表した。

國の政策として国民や企業に節電を含めた省エネの実行を呼びかけたおかげで、居住区に巡らされた電力設備も省エネモード。

例年より低い気温にもかかわらず、エアコンの設定温度が去年より低いという全國津々浦々に寒冷デバフがかけられているこの状況。


さらに水道光熱費の基本料金をかなりの割合で高騰させるという政府の強気な政策により、國民からは大ブーイングが巻き起こっていた。



「すんげー、こんなクソ寒ィのによく外でデモなんてやってられんな」

「集まっておしくらまんじゅうしてるから暖かいのかもよー」



ヘアサロン”LOSERS”、その奥。

シグマとカリンが居住スペースにしている隠れ家は、まるで全國民及び政府にもケンカを売るようにエアコンや電気ストーブを通常稼働させ、暖かな空間を作り出していた。


テレビモニターが垂れ流していた生産性のないニュースに、興味のなさから見当違いな感想を述べたハルカ。

炎が揺らめく暖炉のような演出をしつつ部屋を暖めるオシャレな電気ストーブの目の前。一番温もりが享受できる場所に寄り添い優越感いっぱいの顔で、モニターの向こうにいる國民を小馬鹿にするのが灰田。



「お前たちが此処で休日を過ごすのは一向に構わんが、何を目的に来たか忘れてはいまいな」

「いや俺たちは蓮についてきただけだし」

「シグマさんハウスは暖かくていいね、毎日ここに居たいな」



椅子の背もたれを片腕の脇で挟んだ体勢で自宅のように寛いでいるハルと、猫のように電気ストーブを占領する灰田に、シグマは車椅子の肘置きで頬杖を作り不満げにジト目を向ける。


ちなみに本日のヘアサロンは、エムがスタイリストの仕事の方で外にいるためクローズしている。賑やかな人物もいなければ利用客も居ないのでとても休日らしい静かさだ。

ヘアサロン含めこの拠点の消費電力は全てデミ・サイコであるシグマの生産、蓄積した電気で賄われているため、寒波に見舞われる國内だろうと際限なく電化製品を使用できる仕組みである。

電力供給がカツカツな電力会社に売電までしているので、他の光熱費を合わせても収支がプラスになるとエムとカリンは喜んでいた。



「でもめちゃめちゃ乾燥してるね。エアコンじゃなくてオイルヒーター置こうよ、シグマさん居れば電気代気にしなくていいんだし」

「つうか師匠どこいんの、仕事? 優、俺にもハンドクリーム分けろよ」

「まったく……蓮、説明もせずにこやつらを連れてきたのか?」

「……そもそも、俺も詳しく聞いていないんだが。カリンが出て行った経緯を始めから説明してほしい」



蓮が人数分のお茶を淹れて戻ってきたタイミングで会話に加わる。

どうやらシグマが蓮を呼びつけたのには理由があるらしい、と灰田がハルの手にハンドクリームを適量出しながら蓮を見上げた。


客先でよく色んなコーヒーや茶を飲むカリンと現役時代は部下に機嫌を取らせていたシグマ。

あとついでにエムの趣味もあり、三人分の肥えた舌のおかげでこの家に置いている飲み物は素人でも美味しいと感じる特上品だ。余談である。


蓮に淹れさせたほうじ茶を啜ってひと息ついたシグマがさも仕方なさそうな態度でふんぞり返る。



「知らん。あやつが急にキレて出て行きおった」

「それシグマさんが何かしたんじゃないの?」

「心当たりがまるでないから困っている。俺とて人の心は持ち合わせているつもりだが、謝罪してやろうにも原因が分からん」

「今の笑うとこ? 分かんない事を相談されてもなァ、腹の虫の居所悪かっただけじゃね」

「なら、最近の様子でおかしいところとか。いくらカリンでもきっかけ無しにキレないだろう」



取り付く島もない滑り出しに初手から手詰まり。

もう少し詳しく、カリンの様子をシグマは改めて振り返る。






カリンが出ていく直前の会話。

仕事は順調か、こんな面白いことがあったなどを話しながらカリンが自分のついでに茶葉を蒸らしていた。



「近々、ちと準備含めて手付けてェとこがある。数日家空けるからな」

「ああ、分かった」

「まあ必要なモンとかあったら蓮でもハルでもパシって……」



カリンが淹れてくれた緑茶の湯呑を差し出してきたので、受け取ろうと手を伸ばした。

カリンもその瞬間はシグマの手に直接渡そうとしたが、しかしカリンが急に顔を顰めた。



「ッ……、テメェいい加減にしろ!」

「なんだ?」

「あ゛ー、クッソ腹立つ! もういい!」



急にキレたカリンが湯呑をシグマの手ではなく机に、割れない強めの力加減で置いた。

腹を立てた勢いそのままに、荷物を纏めて出て行った。






「……分かってはいたが、シグマ視点の話だけだとまるで原因が分からないな」

「んー、お師匠に直接聞いてみるじゃダメなの?」

「放っといたほうがいいぜー、あいつそういうの掘り返されるの嫌がるから」



じゃあどうする、と蓮たちは頭を突き合わせて考える。

やがて灰田が立ち上がった。

"現場検証を始めよう" と。






シグマを当時の定位置だった、彼の作業机の前へ。

灰田がその時渡される筈だったという同じ湯呑にお茶を淹れたていで、カリンの真似をして片手で掴み気をつけながら持っていく。



「はい、シグマさん」

「ああ」



ぽむ、と中身のない湯呑がシグマの手に乗った。

灰田とシグマが首を傾げる。



「今のでなにか分かったか?」

「いや何もムカつくとかキレる要素無かったよ、いつもこんな感じなんでしょ?」

「その筈だ」

「では次、ハルさん。同じように」



たったそれだけの行為から、当たり前だが得られるものは何もない。

灰田がその湯呑をハルにパスした。

受け取ったが、ハルは横で茶を啜る蓮に首を傾げる。



「なァ、これ意味あると思う?」

「……さあ」



同じ現場検証を何度も行う意味についてはよくわからない。

まあ原因が分からなければ帰してもらえそうにないので、仕方なくハルも立ち上がってキッチンの方から出てくる。


片手で掴んだ湯呑をシグマに差し出し、シグマがそれを受け取る。



「ほれ」

「あはは、なんかお師匠っぽいそのやり方」

「ところどころお前の所作はカリンの子のように見えてくるな」

「待て待て、子ではねェ。間違えるなそこ」

「……で、今ので何かヒントはあったのか?」



ハルの投げやり気味な渡し方が灰田とシグマ的には重なるものがあったようで、関係の比喩表現をハルが心底嫌そうに眉間にシワを寄せる。その顔もカリンに似ていて灰田は笑い転げた。

既に灰田が現場検証としてやった行動を再びハルが繰り返したわけだが、特に二人とも気になることはなかったらしい。


自然と空の湯呑の所有権はアンカーである蓮に渡る。



「今さっき俺はちゃんと中身入りの茶を淹れた筈では」

「でもシグマさんに手渡しはしてないじゃん、蓮さんもやってみて」

「……わかった」



ファイル3。一色蓮の場合。

促され、仕方なく蓮も湯呑を持ってキッチンのほうから出てくる。

シグマも三度目ともなれば面倒になってきたのか、最初から湯呑をセット出来る手の形にして待機していた。


蓮がそこに湯呑を置く瞬間。



「痛ッ……」

「おっ、いい音したな今の」



パチッと静電気が爆ぜた音がした。

静電気とはいえハルたちにも聞こえる程の音量で小爆発を起こしたのは、蓮とシグマの手が近づいたとき。

合点がいった灰田は手を叩く。



「きっとそれだよ! この時期は乾燥するし、職場にも静電気に怒ってるお姉さまたち居るもん」

「ふむ。俺にとって静電気などはこの体質になってからよくある現象でしかなかったが、確かに頻発すれば煩わしいものではあるか」

「優も俺も起きなかったじゃん。なんで蓮だけ?」



痛かった、と指先をさする蓮。

流石の蓮も今のは油断していたようで、突然の痛覚に眉を寄せていた。


不思議がるハルにシグマはどう説明してくれようかと、その昔デミ・サイコになる施術をするために研究した内容を分かりやすい言葉に脳内変換する。

が、ふとそれ以前にもっと通じやすそうな彼らの行動を思い出した。



「お前たち、ハンドクリームを使っただろう」

「「あー!」」

「その時の互いの触れ合いで放電もしている筈だ。蓮はその場に居なかったからな」



人間は手足を動かしたりする指令を脳からの電気信号で云々……とシグマが話始めようとしたとき、なにやら賑やかな足音が店の入り口の方から聞こえてきた。





「あらあら靴がたくさん! ただいまぁ~担当してた女優さんのクランクアップでお菓子いっぱい貰っちゃったのよ、食べきれないからみんなで分けましょ~!」



店のカウンターで一度荷物を整理しているらしく、声はしたもののまだこちらに顔は出さない。

丁度いい、とシグマが企むような悪い顔をした。



「あれはお前たちも知っての通り、純正のサイコで水分の扱いに長けている。奴は静電気に悩まされているところを見たことがないが、そういう事だろう。やってみるか?」

「……それ静電気の量か?」

「うひゃぁ、今のシグマさんに触ったら絶対痛い」

「いくらエムでもそれはどうなんの……」



シグマが片手の人差し指と親指の間でパチパチと小さく電気を弾けさせ、自身を意図的に帯電させる。

やがて大小様々な土産袋を引っ提げたエムがシグマたちの居住スペースに顔を出した。



「これちょっとみんなで開けてくれるかしら? いっぱいあるから優ちゃんたち居てくれて助かっちゃう」

「エム、手を出せ」

「なにかしら?」



テーブルに貰った菓子を広げたエムをシグマが呼ぶ。

握手を求めるような手の形だ。躊躇なくその手に向かってエムも手を伸ばしたのを見て、灰田はちょっと眉を寄せ、蓮とハルも興味深そうに結果を見守る。

しかしシグマの過剰に溜めた静電気が弾けることはなく、さらにエムは握手ではなくわざわざ手を取り恋人のように指を絡めた。



「どうしたのシグマちゃん、アタシもカリンちゃんも居なくて人肌恋しくなっちゃったのかしら。心配しなくても明日はお店開けるしカリンちゃんもそのうち帰って……」

「ええい、纏わりつけとは言っておらん。結果は分かったから早く離れろ」

「ほんとだー、エムさんは静電気痛くないの?」



シグマに求められていると思い込み、嬉しそうに絡みつくがあしらわれ仕方なく離れるエム。

灰田の疑問に、エムはつけまつげで飾った瞼をぱちくりと瞬かせた。



「冬ってどこにいても乾燥するじゃない? 乾燥はお肌と髪の大敵だから、この時期は特にアタシの近くだけお水集めて湿度高くしてるわよ」

「エム自体が加湿器ってワケか」

「その表現が正しいだろうな。湿度が高いと帯電効率が落ちる」



エムはさも簡単に言ってのけるが、こういった使用例は彼だけしか行っていないであろう程に変わり種且つ、常に力を使い続ける行為という観点では同じ水系統の使い手でもデミ・サイコには同じことはできない。

貰って来た菓子の包みを開けながらエムがそういえばと居ない人の話をする。



「カリンちゃんまだ帰ってきてないのね」

「出て行ったのは突然だが、近々数日空けると言っていた。その用事ではないのか?」

「忘れ物したらしいから一旦戻ってくるみたいよ。あら、噂をすれば」



本日のヘアサロンはクローズしているので、エムも店の入り口から遠慮なく入ってきた。

同じく、店の扉につけられているベルがチリンと可愛らしい音を鳴らしてカリンの帰宅を伝える。



「あー、室内あったけー。なんだ、ガキども来てたのか?」

「カリン、急いでないなら茶でも淹れてやるから飲んでいけ。今なら菓子も豊富だ」

「そーする。ハル、お前の武器貸せよ。カイロにするから」

「何のための制限武器だよ、俺以外に扱えてたまるか」



無茶なオーダーをするカリンが一度腰を落ち着けるために、着こんでいたトンビコートやマフラーを外していく。

カリンはついぞ出て行った原因を忘れているようだが、シグマはきっと詫びのつもりだろう。

これから新たに淹れようとしていた茶の湯呑を来客用からカリンの湯呑に差し替えて一番に茶を淹れてやる。


差し出された湯呑。受け取るために伸ばされた手を見て、菓子の仕分けを手伝っていた蓮がカリンに慌てて待てをかけるが……


バチンッ!!



「……しまった」

「うわ、聞いた? 今日イチだよ今の」

「だから待てと……間に合わなかったが」

「テンメェ……、いい度胸だなコラ、あ゛?」



同じ轍を踏んだシグマ。繰り返したことで完全に思い出したカリン。

怒りに戦慄くわななくカリンを見て、灰田とエムはそっとテーブルを部屋の隅に寄せるため対角を持ち上げた。

蓮とハルは静かに腰を浮かせる。



「事あるごとに静電気飛ばしやがってこの野郎今日こそぶっ飛ばしてやる!! 離せクソガキども邪魔すんな!」

「落ち着けカリン、シグマも悪気があった訳じゃない……!」

「なんでシグマも同じ事して怒らせてんだよバカ!」

「いやなに、帯電した後に放電しておくのを忘れていた。済まん」



とりあえず一発殴らせろと暴れるカリンを蓮とハルが抑えるが、もみくちゃで大変なことになっている。

とりあえず灰田はライオン達のプロレスを傍目に、ささやかながら良さげな加湿器をネットで買ってあげた。



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