鬼ごっこ



赤茶けた砂、埃が積もった廃プラント。

錆びた鉄柵のついた高所点検作業用の通路が軋む音。

力をかけ間違えれば踏み抜いてしまいそうな不安定な場所を軽々走り抜けるのは、I.P.E.法務部一課の黒マントを靡かせる男。


老朽化して既に底が抜けている箇所から、マントを引っ掛けないように身体をひねりながら飛び降りる。

フロアに両手足をついて柔らかく降りてきたのはハルカ。

その着地を狙っていた蓮が死角から手を伸ばす。



「こ、の……!」

「あっぶね」



床についた手の力も使って半ば無理やりハルが方向転換した。

辛うじて羽織っていたマントが蓮の指に引っ掛かり、手繰り寄せるがハルの身体はするりと逃げていく。

今のは惜しかった。

蓮がもぬけの殻となったマントを丸めて捨てれば、既に離れた場所にいるハルが汚れるだろうが!と文句を叫んだ。


いわゆる、鬼ごっこ。

範囲はこの工場内だけ。捕まったら鬼は交代。クールタイムは30秒。

仕事中の時間ではあるものの、指定された集合場所に早く着いてしまった為アップも兼ねて行われていた遊び。


特にハルはこういう遊びが得意だ。馬鹿正直に追いかけたところで追いつけない。

逃げたハルを目で追って彼の通るであろう道を予測する。

バッティングするであろう場所に目星をつけてそこを目指した。


既に機能の失われた工業機械に登り、ハルのリズミカルな足音で彼の現在位置を知る。

息を潜めてクレーンのアームを掴んでぶら下がり少し待機すれば、足音は蓮を見失ったようで一瞬テンポが落ちた。

再び軽く走り出す。蓮の予測通りハルはさっきとは別の点検通路を使っている。

タイミングを合わせて一気に通路の手すりに移り、懸垂の要領で通路外からハルの足を狙った。



「うおっ!?」

「逃がすか!」



なんとか蓮の手を躱して手すりに乗ったハル。

しかし老朽化した通路は成人男性二人が急に暴れた負荷に耐えきれず、通路を吊っていた片側の留め具が外れてしまう。

ガクンと一段下がった場所で何かに引っ掛かり止まった。

蓮はバランスを崩して硬直したハルの腰ベルトを掴んでフッと息を吐く。



「……捕まえた。鬼、チェンジ」

「あ、これ助けてくれたんじゃねェの」

「この程度の高さから落ちても怪我はしないだろう」



30秒待って今度はハルが蓮を追う番になる。

広々と空間で設備を障害物として使う大人の本気の鬼ごっこ。

幼少期、蓮は思い切り身体を動かすような外遊びをしてこなかったせいか、意外とアクティブな運動系の遊びに対してノリがいい。

じわじわと身体が温まってきて自然と蓮の口角がいつもより柔らかくなる。


一旦タンクの物陰に隠れたところで、蓮の無線に部隊合流の指示連絡が入った。

時間切れ。蓮がハルを探そうと首を巡らせる。

頭上で聞こえた物音にそちらを向けば、丁度ハルが降ってきたところだった。

気づいたときにはすぐ近くまで迫っていたハルを避けきれずに受け止めつつもつれ込んで一緒に倒れる。



「よっしゃ!蓮、確保ォ~」

「時間切れ。ハルの鬼で終わり」

「はァ?勝ち逃げはズルいだろ!」



予想以上に早く捕まえられたことに喜ぶハルだが、時間切れを知って不服そうな声を漏らした。

上から退いてもらうついでに手を借りて一緒に立ち上がり、指定された地点へ。


合流した部隊員は埃まみれの二人に首を傾げた。

誰も知らない、二人の遊び。


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