I My バースデイ


「……ハル、聞きたいことがある」

「はい蓮クン。質問ドーゾ」

「ハルは下層孤児だったろう。両親と面識がないとも」

「おー、そうだな」



本社オフィスの一区画、共用パソコンを利用して溜めに溜めた報告書を作成しているハル。

と、彼の監視。そのついでに雑務の処理で蓮も居る。

見るからに事務仕事に飽き飽きしているハルに、蓮は最近気になっていたことを聞いた。


一般的には少し重たくナイーブな問題かもしれないが、ハルはこういう話題を気にしている様子もない。だからこそ聞けるというのもある。

完全に手を止めて頬杖をついてモニターを眺めているハルがやる気のない声色で続きを促した。



「ハルが使っている生年月日は正しいのか?」

「いんや?テキトー」

「……適当?じゃあ何を根拠に決まってるんだ」



知りたがる蓮の表情に気づいたハルが、得意げな顔でニィと口端を上げる。

最近はお互い生活レベルも揃ってきてそういう機会もめっきり減ったが、出逢った当初下層のことを何一つ知らない蓮に色々教えている時のハルはよくこういう顔をしていた。


蓮の質問に悪意はない。

彼は自分がさほど不自由なく生活してきたことを自覚しているし、赤子が病院施設以外の場所で産まれることがあると知っている。

下層生まれ下層育ちを理由に見下すような男ではない。

聞き方に彼の相変わらずな不器用さが表れているが、ただ知らないことを知りたいだけ。


何をどこからどこまで話そうか考えるハルが一瞬の間を置き、口を開いた。



「聞くけど、俺の使ってる生年月日が正しくないって知ってどこまで考えた?」

「急にハルらしくない話の進め方だな」

「たまにはマジメに話してやろうってワケ。ホントに俺と蓮の歳の差は二つなのか、そもそも俺は蓮より年上なのか、どうよ?」

「……分からない。考えたことがなかった」



という、この回答では駄目らしい。

答え、もしくは新たな問いを出さないとハルは続きを話してくれそうにない。

いつもの三人で居たりするとき自然とハルが最年長ムーブというか、率先して動いてくれることはあるが、ハルの年齢が本当に上なのかどうかなんて気にしたことがなかった。

ただそういうものだ、と受け入れていた。

蓮は再度ハルの問いを吟味する。


勤勉ではなかったが天理協会にも通い、ハルは成人と共に就職している。

例え肉親以外からでも生まれを認知している人が居れば生年月日は知れる可能性がある。

だが幼少年期のハルのように肉親が誰だかも分からず、住所を持たない生活をする人や流浪人も多い。


体格?違う。昔から蓮の方が大きい。

知識?外的要因に左右される曖昧な境界だから当てはまらない。

自己申請?可能性は一番高いが、ICチップを入れるタイミングは人によって違うからあまり適当なものは入れられない。

自分の誕生日すら知らないなら彼らはどうやって自身の年齢を知る?


笑みを浮かべたまま回答を待っているハルに、蓮は首を傾げた。



「……何か調べる方法がある、とか」

「ビンゴ、ってことでいいだろ。誕生日までは割れなくとも、年齢はほとんど正確に調べられるシステムがある」



科学の進歩って凄ェよなァ、なんてハルが面白そうに笑った。



「頬っぺたの内側から取った細胞のDNAを解析すんの。読んだ情報から逆算して年齢を割り出すんだが、せいぜい誤差は一、二ヶ月だそうだ。あとは個人で好きな日を生年月日として登録して、公的な提出物に使っていいことになってる」

「そう、なのか。ハルが使ってる日に設定した理由は?」

「なんだっけ、覚えやすかったからじゃね?特に理由もきっかけもねェな」



何かと人は記念日を作りたがるが、特段ハルに関してはこの限りではないようだ。

思えばお気に入りの風俗嬢のバースデーを祝っている記憶はあるが、自分自身の祝い事に頓着する様子は見たことがなかった。


当たらずしも遠からず、事実と異なる日だろうそれを生年月日として使う。

偽物かもしれない。そんな不確定な生年月日を使う程に、自身の存在が曖昧なものになっていきやしないか?

ハルなら、何を考える?




席を立ったハルは押し黙って考え込む蓮を横目に、部屋の隅にあるドリンクサーバーからコーヒーを淹れる。

自分の分と、ついでになんだか余分なことを考えてそうな相棒の分。

彼の前に湯気の昇るカップを置いた。



「アニバーサリーを大事にすんのはいいことだろうが、裁量は個人の自由だろ。お前自分が産まれた瞬間覚えてんのか?」

「……ない」

「なら蓮だって自分の誕生日がその日だって確証は、実際に腹から出した母親の証言でしかない。似たようなもんだろ?俺も、お前も」



ハルの結論はそういうことだ。

確かにその昔、他人にはあって自分にはないものについて、考えたことがあったような気がする。

指折り数えたところでハルは早々に考えることが無駄なことだと感じた。

あるかないか、それだけの違い。

たったそれだけのことが、それほど大きな差だとは思えなかった。



「証明になるものがないと、不安になったりしないか?」

「ハハッ、お前まだ思春期引きずってんのか。証明されてることなんて、俺が今ここに居て蓮と話してることくらいだろ?生年月日に限らず、名前だって、本当にそうなのかなんて俺にもわかんねェし」



プロフィール、人物像というのはほとんど全て他人からの視点により形成される情報にすぎない。

時にそれらは事実とは違うものが浸透していることもある。

事実と違っていたとしても、他人からそう認識されていればそれが事実として上書きされる。



「俺がお前を蓮って呼ぶように、お前が俺をハルって呼ぶんだから俺はハル様なんだよ。記憶したか?」



お前がそう呼ぶからこそ、自分の形がこうだと知れる。

自分を形容できる誰かが居る限り、自分は確かにここに存在できる。



「……そういうことなら、わかった」

「イイコだ。腹減ったし飯行こうぜ、蓮」

「構わないが、報告書それの提出期限は明日だろう。上にどやされても知らないからな、ハル」



上手いこと報告書から逃げたつもりだったが、目ざとく釘を刺した蓮にはよく俺のことが分かってる相棒だなんて感服した。

へいへい、と適当に返事をしてパソコンの電源を落とす。


勿論、提出期限には間に合わなかった。


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