和やかな時間に
「伝達事項は以上、これにて本日の仕事は完了だ」
つつがなく仕事を終えたチームF、隊長シオンが意気揚々とさあ飲みに行くぞと速足で帰る。
いつもの隊長の背中を見送りながら自分のペースで帰投する如月と辻本。他のメンバーもそれぞれの用事や日課の為に散っていく。
如月と辻本が居住スペースに戻ったとき、エントランスで意外な人物が二人の肩を組んで圧し掛かってきた。
「よーぉ、やっと終わりか?」
「っと……ハルさん、お疲れ様です」
「うわ、酒くさ。出来上がってるっすね」
「いい酒手に入ったんだよ、お前らにも飲ましてやるから来な」
酔ってねェとハルが否定するが、凭れてかけてくる体重は重いし飲んでない二人からすれば十分アルコール臭い。
お酒の力か、普段より上機嫌なハルが手に入れたお酒を飲ませてくれるようだ。
「自分はこの後出なきゃいけないんで、如月さんどうぞ」
「じゃあ一旦部屋戻って、談話スペースに顔出しますね」
ハル、辻本と別れて如月は自分の部屋に戻る。
簡単に仕事用の装備を片付けてシャワーを浴び、適当なツマミを持って談話スペースへと顔を出す。
ハルは良く女の子と遊んでいるし、カワイイ子とかの紹介してもらえないかななんて下心。
さっきはだいぶ酔っていたように思うが、ハルが器用に座っている椅子の後ろ脚二点でバランスを取って遊んでいた。
シオン隊長が酒飲み中にあんなことをしようものなら転倒する未来は免れない。待たせすぎたか?
「すみません、待ちました?」
「飲み切っちまうとこだったわ。お、イイモン持ってるじゃん」
「部屋にあったの持って来たんで、お酒に合うかはわからないっすよ」
飲み切ると言いつつもまだ瓶から透けて見える中身の線は半分くらいはある。
テーブルに乗っていた深緑色の瓶はパッと見なんだか分からなかったが、一緒に置かれているグラスが華奢な脚のワイングラスだったのでワインだろうと見当をつけた。
テーブルにスナック菓子を広げて如月も座る。
ボトルを手に取りラベルを見れば、今年のボジョレーだ。
「買ったんすか?このサイズ結構いい値段しますよね、ボジョレーだし」
「女の子からのプレゼント。シオンに着いてったら飲めなかっただろ?ツイてるな」
「ワインの飲める女の子か~大人っぽい女性も素敵ですよね」
「逆。飲めない子。店からノルマで配られるんだが自分が飲めないからこういうイベントの日は内緒で貰いに行ってやんの。初日に飲んで味を詳しく教えてあげて、あとはその子がほとんど客に飲ませて上手くやるんだよ」
世渡り上手でカワイイ娘だから手伝ってやるんだ、と新しいグラスに如月の分を注ぎながら言う。
ついでに自分の分も注ぎ足して、特に乾杯の会釈もせず飲み進める。
そういう席でもないし、と如月も気にせずグラスを手に取った。
「そうやって女の子のことナチュラルに手伝ってあげるの、ハルさんらしいっす」
「それ蓮にも言われたんだけどなんだ俺らしいって。カワイイ子が困ってたら手伝うだろ、フツー」
「そういうところだと思いますね。……あ、今年のボジョレー去年より好みかも」
「去年の味なんて覚えてねーや。飲みやすいとは思った」
去年より酸味がまろやかで果実味が強い。香りも華やかだ。
如月も、もっと小さいボトルのお試しサイズだが、しばらくすると出回るボジョレーを毎年見かけたら買って飲んでいた。
女の子との話のタネに出来るように、そういう流行はしっかり押さえるのが如月流。
ハルも流行りモノには強いが、アパレルやスイーツなど女の子の好きなモノに特化している。
その他の流行は女の子とのデート中の会話から仕入れ。ハルもハルでそういう立ち回りや話術が上手いのだろう。
「俺が言うのもあれですけど、ハルさんって決まった子と身を落ち着けようって考えないんすか?」
「ねェな。何で?」
「ハルさんの居る一課って特に命懸けだったりするじゃないですか。そういう時、帰る場所とかあったほうが安心するのかなって。わかんないっすけど」
常日頃ハルと関わっているわけではないが、そんな如月から見ても彼の生活の仕方は極端に刹那的だ。
彼の身近にはそんな生き方とは正反対の仲良しさんたちも居る。
思い直すタイミングはいくらでもありそうだがどうなのか。
「灰田ちゃん、しっかり者だし遊んでばかりいると言われそう」
「昔からこうだからな、言われたことねェや。あーでも嬢の香水落とさないままあいつのとこ行くとすげー変な顔するぜ。女は匂いモノ敏感だからな、お前も気をつけろよ」
「他の女の子のところ行くときはそういう横着しないのに……灰田ちゃんはそんなに邪険にしていいんすか?」
嬢と関わるときと比べて、灰田に対するそれは随分粗雑なように見える。
だからと言ってハルが彼女と盛大な喧嘩をしているところは見たことがない。
むしろお互いにちょっかいをかけあってじゃれているような?
そういうものなのかも、とワインを舐めるハルを見ながら考える。
「コミュニケーションの一種だろ?ああやって遊ぶのが楽しいんだよ、俺もあいつも」
「なんか、仲良しの兄妹みたいっすね」
「それが一番的確なんじゃね?妹みたいなもんだ、抱こうと思えば抱けるけど」
「ブッ!!?ごほっ、近親相姦じゃないですかそれ」
ワインを噴きだした如月を面白そうにハルが笑う。
そもそも血縁じゃないだろ、と言われて確かにそうだと思い直した。灰田とハルの距離感が近すぎるので認識がバグっていた。
それより彼女には蓮がいるのだ。敢えて盗るような真似をするつもりはない。
「二人を見てていいなーとか、思ったりしません?」
「思ってたらこうはなってねーだろ」
「はは、自分で言うんすかそれ。蓮さんって凄く真面目な人なのに、ハルさんみたいな人と馬が合ってるのちょっと不思議っす」
「俺がいい加減だって言ったか?」
スナック菓子をつまみ、ワイングラスの曲面を掴んだままハルはテーブルに上体を寝かせる。
腕を顎で挟んで丁度いい高さになるよう調節しながら唸っていた。
ハル特有のグレーの虹彩は見方次第で温かくも冷たくも見えるな、なんて関係ない事も考える。
「まァ、俺が一番付き合い長いしな。蓮が真面目ねェ……あいつめちゃくちゃわがままチャンだぞ?」
「え、わがままですか?」
ハルから聞いた蓮の一面が意外で思わず聞き返してしまう。
如月は蓮から話しているところをあまり見たことがない。いつもハルや灰田が一緒に居て、二人が蓮の意思を汲んで行動しているイメージ。
彼自身が意見するところはあまり見たことがなかった。
わがままとは一番縁遠い性格に見えるが、ハル曰くそうらしい。
「負けず嫌いだし、意地も悪いし、場に合わせた言葉は選べないしぃ?」
「はぁ……」
「パーソナルスペース狭すぎ。決まった人間にしか頼れないし、あいつ俺とか居なくなったら生きてけなそう。つうかなんで俺とか優が居る前提で物事進めてんだよ横暴かよ」
「あれ、もしかしてこれ愚痴聞かされ……」
「でもあいつの頼みって、無茶なモン程つい聞いちまうんだよなァ」
蓮に対しての日頃の愚痴がこの勢いで永遠に並べられるのかと思ったが、急にハルが静かにぽつりと別の感情を零した。
こんな風にハルが感情を吐露するのは珍しく見える。
如月は彼の発言を邪魔しないように、手元のワインを傾けた。
「あいつ一人でも十分強いじゃん。でもそれじゃダメなんだとよ」
「どういうことっすか?」
「守りたいものを守るには一人じゃ絶対足りない、だから俺に居てほしい。おかしいだろ。自分が守れるように強くなるとか言ってる癖に」
どんなに強くなったとしても、一人だけでは穴が出来る。
だからハルにも居てほしいと、過去に蓮は言ったらしい。
「それって俺が万全な状態なの前提じゃん。俺が居なかったらどうすんだっての」
「信頼されてる、ってことじゃないですか」
「そー、いつでもあいつのプランに俺は組み込まれてんの。優もそうだ。だから」
いつどんな時でも蓮の無茶振りには応えられる俺でなきゃいけない。
その重責は共にいる年月で骨の髄まで染みていた。
責務はとっくに習慣へと昇華している。
証拠に、蓮を語るハルの表情は暗いものではない。どこか満足した得意げな顔が示していた。
「兄弟居たことねーから分かんないけど、あいつでっかい弟みたいでカワイイのがさ、俺と暇つぶしに、アプリの対戦……」
「…………ん?」
ちびちびとワインを味わっていた如月が異変に気づいたのは、テーブルから投げ出された手からワイングラスがゆっくりずり落ちて行くのを見た時。
慌てて手を伸ばして、フロアに自由落下しようとした中身の入ったグラスを救出した。
「あっぶな!?えっ、ハルさん?」
「…………ぐぅ」
「こ、このタイミングで寝ます?……どうしよ」
残っているワインもそうだが、まさかここで寝られてしまうとは。
完全に脱力した成人男性を運ぶのは中々骨が折れる重労働だ。
誰か通らないかなーなんて淡い期待で廊下を見ていると、都合よく今日は非番だった霧島と竹ノ内が通りかかる。
呼べばこちらに気づき近づいてきた。寝こけたハルを物珍し気に観察する。
「お、如月お前潰したのか?やるなぁ」
「いやいやそんな野蛮なことしないっすよ!?」
「珍しい組み合わせですね。どんな話してたんです?」
危うく竹ノ内から不名誉な称号をもらいそうになり否定すれば、ボトルを手に取り眺めながら霧島の方が首を傾げた。
そういえばずっとハルの話を聞いていたが、女の子の話より蓮の話が多かった気がする。
「熟年カップルのノロケ……?」
「はい?」
霧島と竹ノ内に変な顔をされてしまった。
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