パパラッチ!
高い高い天井のバンケットホール。
人が千人単位で収容できそうなほど広いホールで催されているのはイヅナ精密電子が主催するレセプションパーティー。
大企業各社の重役や今日のための代表者、I.P.E.に出資している上流階級、提携企業を招いてのおもてなし。
ザフト地区上層、老舗ホテルのホールをひとつ貸し切った本日。
豪華だが煩くない内装、調度品。中でも目を引くのは天井に釣り下がった本物のシャンデリア。
調度品さえホログラムで表現する昨今において、やはり手入れの行き届いた本物を飾るのは老舗としてのプライドもあるだろうか。
ちなみに天井はモニターになっており、満天の星空がプラネタリウムのように表示されている。
こういう場所に馴染みがない同僚は、精巧な自然の夜空を映し出す天井をみて不可思議な顔をしていた。
庶民でも莫大なコストのかかっている事が分かるホールだ。実際の額を聞いたら大概の人は卒倒するに違いない。
『
「了解」
仕込んでいる骨伝導イヤホンから聞こえた指示に短く返す。
艶めいた木製扉を静かに押してバンケットホールから廊下に出た蓮は、指定された場所に向かう。
ホール自体が円形状で広いので、出入口が多いのだ。そのためにI.P.E.一課や二課の兵士が非武装状態で警備にあたっている。
纏っているのは体格に合わせたスリーピースのオーダースーツ。
蓮の体格にミリ単位で調節され、職務上の急激な動きにも対応出来るストレッチ性、傷や汚れにも強い生地。
機能面は勿論、スーツとしての美しさも申し分ない。
チャコールグレーの色で纏められた全体。近づいてみれば見えてくるシャドーチェックの柄が品の良さを演出する。
中はシングルボタンのベスト。ちらりと見えるジャケットの裏地はシルクが張られており、着心地の良さが窺える。
中に着ているのはワイドカラーの襟のシャツ。襟に合わせてネクタイは立体的に見えるよう大きめのノットが作られていた。
宴席の一種なので、客人も警備も非武装をドレスコードとしているが勿論こうして警備にあたる蓮たちは見えない場所に武器を隠し持っている。
重要な招待客それぞれが連れている護衛も同じだろうが。
とはいえ
指定された扉に到着し警備を代わる。
「一色、ここ結構お客さんの出入りあるから扉の開け閉めも手伝ってやりな」
「……俺はコンシェルジュではない」
「そういう風に装った方が場に馴染むってわけよ」
渋々引き継ぎを了承して扉の傍に立つ。
言われた通り、出入りする招待客を手伝いながら周囲にも目を配る。
視界の端で何かが光った気がした。
そちらに目を向けないように、蓮は無線を繋ぐ。
「8番、応援要請」
『どうかしたか』
「不審人物を発見。確認に行きたい」
すぐに蓮の元に他の一課が来る。
数言言葉を交わし、タイミングを見て蓮は出てくる招待客たちに紛れた。
「うっひょわお、この横顔とか優さん絶対気に入るっしょ。いや角度が完璧。っはぁぁ濡れるコレはマジっすよ」
廊下に置かれた休憩用の皮張りソファに座り、撮ったばかりの写真を眺め鼻息を荒らげていたのはどこから湧いて出てきたんだか分からない、黄昏劇団の零次。
姿を確認した瞬間に蓮は思わず頬を引き攣らせた。
「……零次」
「はいは……んどっせい!?!?」
「煩い。念のため聞くが、ここで何をしている」
場にそぐわない奇声を上げる零次を今すぐ摘まみだしたい衝動を抑えつつ、なるべく騒ぎにならないように職務を全うする。
見つかってしまった以上こそこそするつもりもないようで、いやぁと彼は肩を竦めた。
「そんな不審者を見るような目で見ないでくださいってばー。自分も仕事っすよ?バッチバチにスーツでキメた彼氏さんの写真が欲しいってご依頼がありましてですね。まあその前に優ちゃんセレクトの超おいしースイーツで買収されちゃってごにょごにょ」
「…………だから……今日のことは言わなかったんだが……」
蓮がスーツを着るとなれば優がやたらと過剰な反応を示す。
やれすれ違った人が孕むだの、やれ蓮が無事で帰ってこられないだの、やれひん曲がった性癖が叩き直されて全人類が恋をするだの。
蓮にはどうにも理解できない言語をばら撒いて興奮して泣いたり沈んだりと情緒不安定に陥るので、今日の仕事のことは誰にも、ハルにさえ言わなかったのだ。
しかし彼女の方が一枚上手で、やり過ごすことが出来なかった。
『一色、状況は?』
「……ああ、異常なし。持ち場に戻る」
いつまでも零次にかまけているわけにもいかない。
あまり不審な動きはしないように強く言いつけて持ち場に戻る。
その日警備の仕事は何事もなく終わったものの、蓮は零次の舐め回すように感じる視線にうんざりとしていた。
レセプションパーティーの翌日、蓮はハルに昨日あったことを話して聞かせていた。
「優がわざわざ、嫌ってる筈の零次を雇って俺の画像を欲しがる」
「ほーん」
「そういうのは慣れていないから、どうしていいかが分からない」
「へェ」
ハルは連れである二人の悩み相談を星の数ほどこなしてきた結果、大概が相談という名の惚気話だと分かっているので話半分で適当な相槌を打つ。
しかもこいつら惚気話の自覚が微塵もないテンションで話してくるから質が悪い。
ちなみにハルは昨晩、優の部屋に引きずり込まれ、撮れたてほやほや蓮のスーツ写真速報で貰った画像を
「まー、好きなやつが自分の好きな格好してんだし、画像で手元に残したくなるのは当然なんじゃねーのー?」
「……それは、確かに」
とはいえ二人の性格も熟知しているハルだ。
どう対応していいのかが本当にわからない様子の蓮にハルは思い付きで提案する。
「んじゃ、あいつが遊びに行く日とかに零次つけりゃいいじゃん。これでイーブン」
端末を弄りながら深く考えず発した言葉にハッとしたハルはやっべ、と慌てて手で口を覆う。
蓮のことだからてっきりモラルに欠けるだのなんだのと即座に否定されるかと思ったが、想像していたような言葉は返ってこない。
不審に思いそろそろを視線を上げると……
天才か?と表情で語る蓮がいた。
適当に言っただけなんだよなぁと思わずハルは真顔で口を結んだ。
「ハルカさん!今日は宜しくお願いしまっすウィッスうぇいうぇいっす!」
「チッ!な・に・が・楽しくて俺様はわざわざ貴重なオフの日に野郎とデートしなきゃならねんだ?あとオメェ、次フルネーム呼びしたら切れ込み入れて左右半分ずつ頭皮引き剥がすからな」
「それ聞くだけでめっちゃ痛いっすよ!?自分まだハゲたくない!」
零次と合流したのは私服で完全オフのハル。
いつもの休日なら気の向くままに嬢を構いに行くか、バイクでも転がしに行くか、いずれにせよ自分のために時間を使う。
今日は優が出かけるらしいという情報を得たのだが、生憎蓮の仕事が空かず、偶々休暇だったハルが抜擢されたのである。
流石に零次だけで彼女をパパラッチさせるのは抵抗があったようだ。
「いやぁでも、今日の優ちゃんの服装気合入ってるっすね。うーん広告になれそアッ、その横顔いただきっ」
「あー……?」
近頃、嬢のカジュアルドレスや私服ばかり見ていたおかげで気づかなかったが、言われてみれば確かに彼女にしてはちゃんと前日悩んだらしいコーディネートだ。
誰かと待ち合わせしているようだし、ただスイーツ巡りをするだけなら彼女は印象にも残らないような適当な服を着る。
蓮は今日仕事だし、となれば……。
「女子会だな」
「マジっすか!?それめっちゃ撮れ高期待できるやつっすよ。お友達はどんな人カナー。あ、来た来た……あれって最近アマテラスの技術開発局に着任した
「今お前とんでもない四字熟語作らなかったか?……交友関係どうなってんだあいつ」
上品なクラシカルロリータを纏って微笑む、いかにも
最新のトレンドを取り入れつつも自身の雰囲気に合うようにエッジをきかせた着こなしをするサクラ。
まるでタイプの違いそうな二人とどこで繋がりが出来たのか不思議だが、彼女の交友関係がとんでもないところから広がるのはいつものことかと思考が行き着く。
ニコニコと笑顔でタブレットで二人に何かを見せている優。行き先の提案だろうか。
女子グループ特有の楽し気な雰囲気に、零次はここぞとシャッターを下ろしていた。
まあ本人も楽しそうだし、彼女から近づくような友人なら問題ないか。
「女の子の集まりってそれだけで可愛いっすねえ。三人とも映えるし」
「女子会にわざわざ男が入る隙間はねェしな。動くぞ」
十分距離を取って後をつけると女性陣は大型のショッピングモールに吸い込まれていく。
投影されているフロアマップを弄り行きたい店舗について話している。
行き先が決まって歩き出した……が。
「えっ、ちょっと優、R!あのショップに入るわよ、もう次のシーズンの新作が出てるなんて!」
「サクラちゃんお気に入りのブランド?雰囲気合ってる~」
「あら、終わったら隣のショップもいいかしら。こんなところにも私好みのブランドが出店してるなんて知らなかったわ。灰田さんにもきっと似合いますよ」
「うわぁ……これもしかして生のラズベリー?ケーキに綺麗なひと粒が丸々乗ってる……」
「生の果物ってそんなに珍しかったかしら。でも確かに、ラズベリーは滅多に出回らなかったかもしれませんね」
「まだ見て回りたいところあるんだから、気になるなら後で来たらいいわ」
「随分珍しい茶葉を扱っているんですね。色味も美しい……」
「香りも素敵ね。休日の昼下がりにぴったり」
「普段ティーバックばっかりだけど、お休みの日はこういうのもいいねー」
サクラが目に入ったアパレルショップへ二人を連行して物色してみたり、優がスイーツショップのショーウインドウから離れなかったり、Rが茶葉の専門店で優雅に試飲と吟味に時間をかけてみたり。
結局最初に行きたいと決めていたショップがどこだったのか全く分からなかった。
零次は優だけではなく他の二人にもカメラを向けてひたすら撮り続けているが、ハルはかなり暇だ。
当事者が隣にいるなら嬢とのデートで慣れているし構わないのだが、今日の
ひとしきり物色した女性陣が休憩でカフェに入っていく。
ハルと零次も離れた席に座り休憩の時間だ。
勿論、零次はカメラを手放さない。
「零次、何飲むんだ」
「コーヒーでいいっすよ、ブラックで!」
「コーヒーにも種類があんだよ。んじゃあアメリカン二つ」
「はぁ~、ケーキをつついてお喋りに花咲く女の子。良きですわ。絵になるぅ」
注文したコーヒーを飲みながらようやく一息。
女性陣は時折ケーキやドリンクを口にしつつ、話題をコロコロと変えてお喋りに興じる。
そんな様子を遠くから撮影したり、時折撮った写真を確認したりと忙しくしている零次。
どっちも放っておいていいだろう、とハルは自分の端末を弄って時間を潰す。
「少し席を外しますね。すぐに戻ります」
「あら、どうしたの?」
「大人の女性は秘密も多いんですよ」
「Rさん大人だね~」
席を立ったRに、サクラが首を傾げる。
唇に人差し指を当ててしー、とポーズしたRが席を離れ、優が彼女の見せる大人の魅力にほんわかと笑った。
そんなやり取りがされている事は露知らず。
写真データを見ている零次と、端末をつつくハルにふと影がかかる。
「こんにちは。そのカメラ、素敵ですわね」
「はい!ありがとうござわああああああああ!?!?」
「うっせーな零次……っと、やべ」
ハルが顔を上げると覚えのある上質な生地のワンピース。
完全に無警戒だったハルの目の前で、カメラに集中していた零次がRに首根っこを掴まれてぷらーんと持ち上げられていた。
唖然とするハルに、零次を片手に持ったまま優雅に一礼してRは女子会テーブルまで戻っていく。
ハルはとりあえず会計を済ませ、その辺の店で購入した双眼鏡で遠くから様子を窺うことにした。
空いている椅子に座らされ、いつの間にか紐で縛られていた零次。
優は関わりたくなさそうにそっぽ向いて知らん顔を貫き通している。
サクラはゴミを見るような目で零次を見下していた。
「さて、カメラのデータを見させてもらってもよろしいですか?覗き魔さん?」
「覗きっ!?サイッテー!」
「の、の、の、覗きなんてそんな!自分はただ可愛らし~女性を後世に残すというスーコーな使命を帯びてレンズに収めていただけでぇッ!!」
言い訳する零次にゴン、と音が聞こえてきそうな重たいRの握り拳が振り下ろされた。
ハルはRこそ
「データ、見せてくださるわよね?」
「う゛ぁい……」
ともあれ鉄拳制裁により零次が泣く泣くカメラを差し出す。
カメラを受け取り中身を確認するR。その両サイドでサクラと優がくっついて覗き込む。
「それで?貴方はどうして私たちを盗撮してたんですか?」
「クライアントの情報だけは喋りませぐほぉ!?」
二度目の鉄拳。たんこぶが鏡餅の形になってしまった。
それでも零次の仕事魂なのか口を割らず、見かねた優が仲裁に入る。
「まぁまぁRさんその辺にしといてあげよう?Rさんの力でそう何度も殴ったら零次の頭蓋骨割れちゃうよ。物理的に」
「物理的に!?アッ、いえ何でもないですぅ」
「本人も反省してるみたいだし、勘弁してあげたら?あっ、このRさん綺麗だよ」
「ホントね。こっちの画像も仲良しな感じしていいじゃない」
「ええ、よく撮れていますね。せっかく撮ってもらえたんですから、いくつかデータを戴きたいわ」
中身の確認がまた女子の話の種になり花が咲く。
零次も盗撮とはいえ、撮ったものを褒められるのは悪い気がしないのかニコニコしている。
きちんと見えるところから撮った上でデータをくれるならば撮影してもいいと協定を結び、女性陣は後半戦のショッピングを楽しむことになった。
「んふふ、これをこうやってこうして……アラ素敵ッ!女性らしさが更に際立ってよき」
「なー、俺にはなんかないわけ?お付き合いありがとうで賞」
「ハルさんに?なんかご希望あれば撮りますよ」
「グラビア未公開ショット」
「そういうのはやってないっすね」
零次の現像作業を見守るハルの望みは却下された。
翌日、やけに上機嫌で調子の良さそうな蓮と優に挟まれ辟易しているハルが目撃されたとか。
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