暇人たちの遊び


今日は蓮の部屋に三人がたむろして好きなところに座っている。

ハルは自分の携帯端末。蓮は紙の本を捲りながら静かにしていた。

灰田はタブレットペンを握り、何やら絵を描き込んでいる。



「蓮さん、絵しりとり繋いでハルさんに回してよ」

「ん?……わかった」



本にしおりを挟んで置き、タブレットとペンを受け取る。

受け取った画面にはおそらく【リンゴ】が描かれていた。

何故か切り分けられているリンゴの絵だったが。


新しくページを追加して白い画面に蓮が描き込む。

描きあがったものをハルに渡した。



「ハル、絵しりとり」

「何だこの絵」



蓮が描いたのは柄の長い音符みたいなものと小さな丸。

多分この部屋のメンツだと蓮からこういうものを始めることはないので、優が描いたと思われる画面を表示する。……何でリンゴの断面?


ご……から始まるとなると、ゴルフだろうか。いや、蓮ならばゴルフクラブの可能性もある。



「蓮、これどっちだ?両方?」

「……こっち」

「おけ」



蓮にペンを渡すと矢印を追加してくれたので、【ゴルフクラブ】の方だと分かった。

以前ゲームでやったのが記憶にあったのだろうか。


改めて言葉探しを考えるとパッと思いつくものがない。

というか濁点で回して来るな。

悩んだ割に描く時間は短く、サッと描いて優に返した。



「んええ?何これ、鳥?」

「答え言ったら絵しりとりじゃねェだろうが。隣のリージョン行くやつ」

「ん゛ー?ハルさんせめてもうちょっと描いてよヒント」

「しゃーねーな」



ハルが描いてくれたのはどう見ても走り書きした小文字のmだ。

隣のリージョンに行くやつとは?交通機関か?

あんな形の乗り物は見たことがない。鳳仙会の空輸機だってあんな形はしていなかった。


ほれ、と戻されたタブレットには多少描き込みが増えていくつもの線が足されていた。

ここまで描かれれば分かる気がする。多分これは乗り物ではなく連絡橋、【ブリッジ】の方だ。

その前がゴルフクラブだと思うので、この絵がブリッジなら合点がいく。


次が蓮、と考えるとなるべく彼が分かりそうなものを描きたい。

難しくないようにあまりぐちゃぐちゃと描き込まず、シルエットを描いて渡す。

優は、【銃】を描いたつもりである。しかし普段それに触らない彼女に銃の絵は描けない。

悲劇の始まりである。



「はい、蓮さん」

「…………これは」



タブレットを受け取った蓮が眉間にシワを寄せて画面を見る。

ただ線を描いてきたハルとは違い、灰田が描いたのはシルエット。

初見で答えるなら積み木なのだが、カーブを描く長方形の内側の部分に何やら小さな部品がついている。

彼女にもう少し描いてもらおうか悩むが、これを描き足させるのは危険だと彼女と過ごした蓮の経験がストップをかけた。


前のハルの絵を見ても彼らの会話を脳内で反芻しても、もうそこから分からない。

優が携帯端末から顔を上げて小首を傾げる。



「よく見るやつだよ?」

「よく見る……?なるほど」



分からん。

絵を見たまま一向に描き込まない蓮にヒントを与えたつもりだろうが、余計に混乱させられる。

多分ハルのターンから絵しりとりが複雑になっている。

軌道を修正せねば、と簡単な形で次を描いてハルに渡した。

ちなみに蓮は優の描いた絵に【バナナ】とアタリを付けた。蓮は【涙】を描く。



「お前さー、濁点ばっか回してくんなって」

「描けそうなのがそれしかなかった」



蓮の描いた雫の形を見てハルは分かってくれたらしい。

濁点ばかり回される事に不平を漏らしつつもまたペンを滑らせて優に渡す。

案外早く回ってきたことに目を丸くしながらハルが描いた絵を見た。


円の右上、二時くらいの方向にチョンと印が打ってある。さらに円の外周に添うようにチョンチョン細かく点のような線のようなものが打ってあり思わず眉を寄せた。



「ええー?」

「何だよ傑作だろうが。見たまんまだろ」

「見たまんま?そっか、まあ確かに……」



爆弾にしか見えない。しかしそれだとしりとりが終わってしまう。

流石にハルもそこまで考えなしではないはず。ならばこれは【爆発物】だろうか?


実際、ハルが描いていたのは【ダイヤル】

蓮の読み違えた【バナナ】【涙】【ダイヤル】の順で行けば奇跡的な一致を果たしたのだが、もうバナナの時点でこの絵しりとりは破綻しているのでノーカウント。

ハルが描いたダイヤルも円の内側につけたポイントが少し外にはみ出しているのがギルティ。確かにあとコンマ数秒で爆発を控える爆弾だと思えば、外周の目盛りがその周囲にしか描かれていないので紛らわしい。


つ、から始まる物を考えて蓮の顔を見た優。

ピンと来た発想に嬉々としてペンを動かした。



「出来た!蓮さんパス!」



タブレットを受け取った蓮。

今度は描かれた絵を見て溜息をつきそうになるが何とか堪え、自分の前髪をぐしゃりと握った。


それもそうだ。自信満々に渡されたのが斜めに描かれた半円で、内側に半分にされたウサギのシルエットが描かれていた。

いくら半分にされていてもウサギのシルエットだということは分かる。

だからこそ、この絵がなんだか分からない。


半円が斜めに描かれていることに何か意味があるのか。ウサギが真っ二つにされているのがヒントなのか。

こういう食品がある気がする。

子供が喜んで食べるようにと、子供から好かれる絵や形になっている練り物のような加工食品が。つまり【かまぼこ】か?


いや、絶対違う。

蓮は渋々、二人に提案した。



「…………答え合わせしないか。悪いがこれは分からない」

「え!?蓮さんだったら分かると思ったのに。それ【月】だよ!」

「はァ?どっから”ツ”が出てきたんだよおかしいだろうが」

「待て、それ以前にもっと前からおかしかった。初めから行こう」



ハルが腰掛けているソファに集まって並んで座る。

蓮はタブレットをトップバッターである優に明け渡した。



「これは【リンゴ】だよ、分かるでしょ?定番だし」

「そりゃわかったけどよ、何で切ってある絵を描いたんだ?」

「パックジュースに描かれてる絵ってこんなじゃない?」

「あぁ、それでか」



リンゴ。

変なギミックこそあれど、満場一致の正解。

確かにしりとりから始まる定番の単語であるし、これは誰が描いてもある程度認知しやすい形状でもある。


次は蓮にタブレットを渡し、蓮が自分の描いた絵を表示した。

四分音符と全休符のような組み合わせだが、音符の丸い部分が角ばっていて左側にある。

故にこれは音符ではないし音符は"ゴ"から始まらない。



「【ゴルフクラブ】だろ?」

「そう。合ってる。確かにハルに言われなければゴルフの可能性もあった」

「ああ、それで矢印つけたんだね」



ゴルフでもゴルフクラブでも濁点を取れば同じだった事に気づいたハルだが、今更墓穴を掘りたくないので次の画面にして説明に入る。


ハルが最初に二つ山のような、小文字のmのような線の絵で渡してきたもの。

結果線が足されて言葉によるヒントも貰ったので、若干反則気味だが一応優には伝わったこの絵。



「【ブリッジ】のつもりだけど、分かっただろ?」

「これ最初ハルさんカモメのマークみたいな線書いてきたんだよ!最終的にわかったけどさー」

「……それでブリッジは流石に無理がある」



そんなバカな、と自分の絵に何故か自信があるハルが再度一番手の優にタブレットを回す。



「ハルさんのブリッジは分かったもん。だから二人に馴染みがある【銃】にしたんだけど」

「銃、だったのか……そうかだからこのパーツ……」

「アッハッハ!!マジかよお前そりゃねェぜ!萎えたチンコかと思ってたわ、こんな形の銃ねェだろが」

「いや流石にそこまでは……バナナかと思ったんだが」

「バナナもチンコも似たようなモンだ、イテッ」



ハルの額に高速灰田ネコパンチが叩き込まれた。

私にパトリオットなんて描けるか!と逆ギレする優。

そしたら別のものにすればよかったのに、と言う前に蓮は口を閉ざした。

彼女なりに伝わるはずと信じて描いたのだ。こちらが悪いことにしておこう。


銃だと言い張るアーティスティックな図形から次の絵へ。



「んで?バナナからの蓮が描いたコレは?」

「【涙】を描いた」

「水とか雫かと思った。ハルさんは分かった?」

「おう。まあ強いて言うなら伏せた目くらい描いてほしかったけど勘で。長い付き合い特典だわな」



簡単な形状で特徴もないので軽くスルー。せっかく蓮が軌道修正したつもりなのに酷い。

次は"ダ"、から始まるハルの一枚。



「ん?じゃあハルさんのこれ爆発物じゃないの?」

「何でお前普段平和なとこ居るくせに発想がそっち寄りなワケ?」

「……いやでもこれはハルも悪い。そう言われると俺も爆弾に見える」



どこがだよ。【ダイヤル】だろ。と絵に解説を入れていく。

円はツマミで、このシルシが合わせるところ。周りの点は目盛り。


言われてみればそう見えないこともない。優と蓮は一応納得する。



「それで、最後優が描いたのは……本当に月なのか……?」

「だって月ってウサギが描いてあるんでしょ?」

「いやそういう風に見えると言われるだけでこんなシルエットでは……見たことないか」

「月なら何で三日月にしなかったんだ?そっちのが分かりやすかっただろ」



下層育ちでそもそも身近な場所に空がある生活はしてこなかった。

大人になってからも一人で夜には余り出歩かない。知識はあれど、知らずとも生活は出来る。

ましてわざわざ月を見るなんて彼女にとって馴染みのある行動ではないのだ。


それはハルにも言えることだが、彼は日向ぼっこが好きで太陽に馴染みがあった。

日中に見える月もあるだろうから、かつての彼の師匠とそういう話をしていてもおかしくない。



「……何でそしたら半月の形なんだ?」

「蓮さんは満月のイメージだったけど、満月とただの丸を描き分けられる自信がなかったから」

「円にこのウサギ描かれたら、頑張っても饅頭にしか見えねェわな」



どうやら噂に聞く月に描かれたウサギはこうではないらしいと理解する優。

まあ半月だけ描かれても何だか分からなかっただろうが、暇潰しにはなった。


蓮が端末で天気予報を見て二人に提案する。



「今日は丁度満月が見える。夕飯、済ませたら月見に行くか」

「たまにはいいんじゃね。上着取ってくるわ」

「私も持ってくる!じゃあ後でエントランス集合ね!」

「ハル、高倍率のスコープ持って来い。月の表面が見える」

「マジ!?月って覗いていいんだっけ?すげェ楽しみだわ」



蓮も月を余り見たことがない彼女の観察用に16倍スコープを手にして身支度を整え部屋を出る。


何だか平和なところに落ち着いた絵しりとりで始まった話。

これで分かったことと言えば……


【三人には絵心などない】

ということであった。



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