パラレルネメシス 〜決着


蓮の車はハルカと目的のキーチップを回収して走る。

ドアを閉めてシートベルトをしながら興奮冷めやらぬ様子でハルが両手で鼻と口元を覆う。二人は知らないが、推しに興奮した灰田と似たような反応である。



「めっっっちゃキザなことするじゃん、蓮!あのパフォーマンスはヤバい最高に興奮した!!」

「やられっぱなしは趣味じゃない。ハルも、よく動かなかったな。目でも瞑ってたのか?」

「そんな勿体ない事するわけねーじゃん!マジあれ気持ちよかったわ」



普通は怖がって逃げるだろう。最後のバックスピンは特にハルが一歩でも動けば破綻する技だった。

相棒だから信じてたし、なんて得意気な顔で言われるので蓮は何となくムズ痒い鼻を掻く。



「……気分が悪くなったらその場で捨てていくから早めに言え」

「え、せっかく迎え来てくれたのに?絶対嫌なんだけど」



そうは言っても運転している蓮は急いでいた。

減速してからハンドルを回し徐行で曲がる、なんていう丁寧な運転ではない。

カーブの度にアスファルトにブレーキ痕を刻み込む曲がりカット。普段の生活で身体に掛かるGとは桁が違う。


乗り物酔いするタイプの人間なら目下この國で乗りたくない乗り物ナンバーワン。



「もしあの時間内でハルがもたついて回収できないようであれば、見捨てるつもりだったが……お前のせいで時間がない」

「結局俺のせいかよ!つうか全然メッセージ見てないんだけど、納品場所決まった?」

「九時から九時半。シャハルのツクヨミ本部だそうだ。よほどのプログラムらしいな」



グループのメッセージを遅れて確認したハルが車の向かう方向に疑問を持つ。

確かもっと近い道があったと思ったが、蓮が知らない訳がない。

自分の端末で調べてみると、最短ルートのターミナルは終日工事で閉鎖中。こういう時に無駄足を踏まない蓮の性格に感心する。



「迂回か。もしかして結構ギリ?マジで行けるのかよ」

「行ける」



蓮が今いる場所から目標地点までの最短ルートをナビゲーターに入力。現在時刻を確認。

算出された到着予定時刻は指定の時間を大幅に過ぎた、十時過ぎ。


ハルは蓮の横顔を見つめる。



「…………計算上は」

「計算上!?」



いや計算上行けてないけど、と思わず突っ込みたくなるハルに蓮が追加で説明した。



「ナビはオートパイロットモードで走行したときに着く時間を示す。実際はマニュアルで走るからもっと早い」

「へ、ヘェ?」

「どれだけタイムが縮められるかは腕次第だが、……ハル、掴まれ」



連絡橋へと繋がるターミナルを通過。

説明しながらデジタルルームミラーに映ったものを見て蓮が急ハンドルを切る。

後ろに何台か追っ手がついてきていた。助手席から上半身を出している兵士が何かを射出したのでそれを回避。

近くをオートパイロット走行していた車に当たり急に失速する。



「システムダウン?……吸着式EMPか。厄介だな」

「しつこいなアイツら。もう顔見飽きたっつの」



追っ手として張り付いているのはシオンたち。

貨物積載スペースに数人乗っているピックアップトラック、バン、オフロード車と連れて走るには嫌でも目立つラインナップ。

不本意ながら無関係の一般車も巻き込んだので、そのうち均整局の交通機動隊も出てくる筈だ。


再び狙われているのを見て蓮が舌打ちした。



「キリがないな。この速度で俺が事故ったら後ろにいるコイツらが安全に止まれるとも思えない」

「で、どうすんだよ?」

「トップスピードに乗れるまでもう少しだけ熱が足りな……っ?」



キンッ、と何かがリアスポイラーに当たって弾いた音。

別の車両からアサルトライフルを構えた兵士が居るのを見て、蓮の中で何かが切れる。



「俺が、お前らの命を握っていると知らずに、俺の車に傷を付けたのか……?このボディにいくらかかってると思ってるんだパーツ代搾り取るぞ……!」

「それよく見るデブの煽り文句」

「座席下、ハルの足元。取っ手を手前に引け」

「足元ォ?」



ハルが足元を覗き込むと言われた通り引き出しがある。

足を上げて引き出すと色んな道具が収納されていた。

ハンドガンにしてはずんぐりしたハンドキャノンみたいなもの、太くて短い筒、他にも何個か使い方の想像できない道具に首を傾げる。



「その左手に持ってるやつ。トリガーを引くとネットが射出されて、タイヤに絡んでロックする」

「俺がやんの?」

「シューティングゲームだと思えばいい。ついでに今狙ってきてるEMPでも返してやれ」

「すげー面白そうじゃんそれ。あ、やっと均整局もお出ましだぜ?」



サイレンが響き、後ろにチラつくパトロールランプ。

普段からしょっちゅうオイタをしている訳ではないが、蓮にとってはまあまあ見慣れた光景なので動じる心もない。追いかけられてもどうせ撒ける。

ハルが窓から上半身を乗り出してタイミングを計る。

蓮は邪魔しないようにハンドルをまっすぐ固定し、念の為ハルのシートに引っ掛けた片足に手を添えた。


ハルは次のEMPを射出しようと構えている車を狙う。

自身の反射神経は自慢のシロモノ。それに慣性の法則もこの向きなら味方してくれる。

撃ってきた軌道を見てからでも負ける気がしなかった。


蓮に足首を握られたと思ったらガクンと車体が振られる。

車体にしがみつき堪えると今度はリアウイングが銃弾を弾く音。均整局に追われていて尚発砲してくるとは、あちらもよくやる。

こちらの体勢が整いきるより先にEMP装置が飛来するのを見て、ハルは待ってましたと言わんばかりに口端を上げた。


不安定な体勢でもやる事は同じ。

即座に片腕を伸ばし空中のEMP装置を狙い撃つ。

トリガーを引けば硬質なネットが広がり、EMPを絡め取った。

先頭にいたオフロード車はなんとかネットを避けるが、その後ろのピックアップトラックの足に絡まりタイヤがロック。EMPのせいで制御を失い道を塞ぐように横向きで停止した。

その後ろにいたバンと均整局の車両もことごとくストップする。



「ヒュゥ、せっかく出てきた均整局に活躍の尺やれなかったわ。今の何点?」

「よく他も巻き込んだな。200点、花マル」

「いただきました花マル〜。高評価キタコレ」



拳をぶつけて喜びを分かち合う。

蓮も一発で殆どを巻き込めると思っていなかったので、それは素直に称賛した。


さて、ラスト一台。



「スパイクストリップ。……その四角い箱のだ」

「スパイク?わかんねェけど、何する道具?」

「車殺し。合図したら思い切り側壁にぶつけろ」



全開にしたウインドウから、車の速度分の風量が流れ込んでくる。

オートパイロットで道を流している車を避けて前へ。蓮は改めてサイドミラーで追ってくるオフロード車の運転手を確認する。


確かあれがシオンだったか。その車でよく着いてくるものだと感心する。



「……大事なのはマシンの性能じゃない。誰が乗るかだ、と」

「それ、某映画のセリフじゃなかったっけ?」

「そもそも俺はあんなガラクタには乗らないが。ハル、準備」



一般車を抜けば前方が拓ける。これならシオンの車だけが足止めできるだろう。

他の車が居なくなり拓けたからか、シオンの車が速度を上げた。

蓮は面白そうに口角を引く。


ハルに投げるように合図。言われた通り全力で持っている箱を連絡橋の側壁に投げつけた。

箱はぶつかった衝撃で跳ね返り展開。弾けるように横へ伸びて鋭い棘を現す。

速度を上げたシオンの車は当然急に広がったそれを避けられる訳がなく、しっかり踏んで前輪をパンクさせる。


ようやく車も欲しい熱まで上がってきた。

トントントン、とリズミカルに三つボタンを押して車に内部機関を組み替えるオーダーを入れる。

視界の端で起動した投影に”READY”と赤字で表示された。

失速した車をミラーで見送りながら、蓮は機嫌を良くする。



「俺にケツを見せられない時点でお前たちの負け。残念だったな」



”OK”と緑に変わった表示。ペダルを踏んで手元のシフトを入れ直せば、車は更に加速する。

あとは蓮の独走。あまりにも速すぎる車には、何故かこれ以降均整局の追っ手もついては来なかった。







ふわあ、と灰田は大きく欠伸を零す。

これはイケないと咄嗟に手で隠すが、運悪く一緒に居た人たちにバッチリ目撃されていた。



「寝不足っすか?」

「んー、少しね。問題ないよ、推しを眺めていたら朝だったなんてよくある事さ」

「あーわかるっす。自分も撮った写真眺めてたら朝だったってよくありますからね!」

「お、推し……?」



シャハル地区。天理機関ツクヨミ本部の門扉の前でそんな気の抜けたやりとりが行われる。

灰田の他に男性が二人。隣で同意したのは彼女と顔見知りらしい新聞記者、零次。カメラを抱えてラフな格好で面白そうに笑っている。

もう一人は灰田たちを迎え入れるために出てきたツクヨミ側の職員。きちんとスーツを纏った男で、早速灰田から発射された馴染みない単語に首を傾げた。



「灰田エンジニアリング、灰田様。本日納品の予定で伺っております。私が担当させていただきます」

「おや?そしたら初めましてだね。担当変更の連絡は貰ってないんだけど」

「担当の者は体調不良により、急遽私が。ご連絡できず申し訳ありません。ところで、そちらの方は?」

「本件の特集記事書かせてもらってます、POPPO新聞の零次です!」

「彼は私の友人だし、心配いらないよ。都合の悪い部分は記事にはならない」



ツクヨミ側も急遽連絡なしに担当変更をしているせいもあり、事前に聞いていない追加の来客には強く言えないようだ。

門扉を潜り、内部へ。あまり奥に行き過ぎない場所の客間に通される。

そこは灰田も何度か通された場所。零次はこういうところに通されるのが初めてなのか、そわそわと好奇心で辺りを見渡していた。


客人とはいえ確認もなく誰よりも先に座った灰田。彼女の格好もスーツではなく普段と変わらない作業着姿。

服装や所作から、年上を舐めるような態度が滲み出る。

若くして世代交代をした時の人、とはいえ年下の小娘にそんな態度を取られて心地いい訳がない。担当職員は内心眉を寄せるが、これも仕事だ。



「急な担当変更でしたが、滞りなく引き継ぎは済んでおります。神威のシステムアップデート、及び動作確認は責任をもって私が遂行致します」

「……ほほう」



灰田が心から満足げに笑う。その表情は意外と年相応の女の子のもので、担当職員の嫌悪もほんの少し和らぐ。

次の瞬間、そんな気持ちも消え失せるが。



「まっ、君がきちんと引き継いでくれてるなら任せるよ」

「は、はい……」



思わず溜息が零れそうになるがぐっと我慢。

来客用のコーヒーが場に出てきて上機嫌で砂糖とミルクを溶かす灰田。



「零次君、ブラック?」

「そうっすよ。砂糖とミルク欲しかったらどうぞ~」

「ありがと~」

「それでは早速ですが納品の方は……」

「まぁまぁ、まずはコーヒーでも飲みたまえよ」



まるで灰田は担当職員の方が客であるかのように目の前のコーヒーに手を付けるよう促した。

男は仕方なくコーヒーを口に含む。彼女の独特なマイペースにイライラがつのる。

ようやく始まったお茶の時間に嬉しそうにして、灰田はカフェオレ色のコーヒーに口をつけた。


神威の機能アップデート。それは綿密に、かつ秘密裏に灰田エンジニアリングと打ち合わせてきたもの。

一般には今日のことが漏れてはいけないし、確実に完遂しなくてはならない内容。

外部委託していることも、内容のことも、全てが秘中の秘。灰田エンジニアリングにはそれらを託せるほどの信頼があるはず。

記事として書かれ、世に出回るのは明日以降。それならば世間へ國の尊厳を見せつける機会としては良いものではあるのでそちらは良いが……


だらだらと時間を稼ぐような談笑。主に灰田と零次が会話をしているだけだが。

聞いてもいない話を振られて簡素な返ししかしない男を見かねて、灰田がやっと今日の用件について口を開く。



「そんなにイライラしなくともいいじゃないか。何か悪いことでもするのかな?」

「いえっ、そんなことは。申し訳ありません」

「こっちも謝らなくちゃいけないことがあってね。実は納品予定のプログラムとキーチップなんだけど、キーチップの方がトラブルで手元にないんだ。時間内には届くから安心してほしいな」

「トラブル、ですか」



こっちだけでは使えないけど、と灰田はケースに入れたチップを取り出す。

本当は揃えて渡すつもりだったのだが、彼を落ち着かせるためならこちらだけでも渡しておこうか。

担当も、灰田のあからさまな時間稼ぎに理由があったと知れてトゲを丸くしたようだ。



「プログラムだけ先に渡しておくよ。零次君、納品シーン撮りたいんじゃなかったっけ?」

「待ってましたっ!渡してるポーズのまま動かないでくださいね!」

「どっちにしろキーチップないと開けないから、そっちは少し待ってね」

「……わかりました。ありがとう、ございます」



プログラムを受け取った男は灰田からも零次からも見えない側で、ゆるりと口端を上げた。




灰田から詳しく事情を聞けば、物はもうすぐ届くそうで彼女は頻繁に端末の位置情報を確認していた。

何度かメッセージを返した彼女は徐に立ち上がり提案する。



「タロスが裏の搬入口の門を開けといてほしいって。もうすぐ到着するよー」

「勝手知ったるツクヨミ本部って感じっすね。搬入口って灰田さん開けられるんですか?」

「外部の人間にそんな権限あるわけないじゃない。担当さん、開けてもらえるかな?」

「アッ、開けさせる感じでっ!?」



さも当たり前のように言う灰田にツッコミつつ後ろをついていく零次。

彼らから主導権を取り戻すように担当の男が前につくが、灰田は申し訳なく思おうという顔さえしないので終始調子が狂う。


来客を歩かせても問題ない通路を通って、裏の搬入口へ。

門を開けてもらい、三人は邪魔にならないよう外の様子が見える部屋で蓮たちの到着を待つ。



「時間に余裕作っておいてよかったな。零次君、仕事もいいけど私の推し達も格好良く撮ってね?」

「イヤイヤイヤ、仕事っすよこっち!?」

「あの、裏門とはいえセキュリティで検問がありますが、まさか……」



それらを破ってくるつもりか?と眉を顰める担当の男。彼女は明確に答えず笑うだけだった。

そしてその答えはすぐにやって来る。


マフラーの排気音が聞こえた、次の瞬間には一台の車が入口で減速することなく侵入。

何台か中に駐車していた他の車に並ぶように、玉砂利を蹴散らしながらピタリとドリフトダイナミック駐車を決めた。

蹴散らした石がツクヨミ御殿の障子紙に飛び込んだ気がしたが、障子なんて時代錯誤な物を置いているのが悪い。灰田は見なかったことにする。


車から出てきた蓮とハルカに窓を開けてカメラを向ける零次。

担当の男が二人を迎えに行き、灰田は部屋に入ってきた二人を拍手で迎えた。



「あ゛ー、心臓止まるかと思った。絶対あれ車じゃねェよ、違法改造ジェットコースターだって……」

「……依頼の品だ、確かに渡したぞ」

「ブラボー!二人とも流石だよ、ここまでお疲れさま!暫くゆっくり見物するといい」

「見物?……まあ、そうさせてもらう」



ようやく地に足がつけた確かな感触を確かめながら来るハルを横目に、蓮が灰田に直接キーチップの入った宝石を手渡す。

瞬間、扉が再びバァン!!と大きな音を立てて開かれた。



「◎$△¥!!!!●&?#$!!!!!」



何人もの制服が流れ込んで来る。

と思えば、先頭にいる一人のサイボーグが全員の頭をかち割る、超ウルトラ特大ボリュームで何かを叫ぶ。

灰田や零次、蓮とハル、担当の男やサイボーグの周囲にいた制服たちさえも耳を塞いだ。

キーンと耳に残るハウリングに、眉間にシワを目いっぱい寄せたハルがブチ切れる。



「煩すぎて何言ってるか分かんねェよ何つった!?」

「ちょ、ちょっとアルファ君。もっとボリューム下げて……」

「すみません先輩!!気合い入れすぎました!!覚悟しろ、均整局だ!!!!」

「分かったけど煩ェよ!!」



均整局、と言ったアルファたちを蓮は観察する。

腰には警棒や刀、拳銃などの刺さったホルスター。軽武装した均整局の実働部隊。

シオンたちとカーチェイスを楽しんでいる最中は確かに均整局が居たものの、あれ以降追っ手はなかった。待ち伏せならば普通、車を囲う。

メカヘッドは視線が読めなくて困る。この部屋の誰が狙いだ?


アルファは部屋にいる人間を確認して一目散に、灰田とやりとりをしていた担当の男の身柄を拘束する。

床に押さえつけられた男はさも理解出来ない様子で動揺していた。



「な、何かの間違いでは!?一体何の罪で……っ」

「観念するんだな!!証拠は全て揃っている!!!!」

「アルファ君もう少しボリューム下げて~」



拘束した男の鼓膜をブチ破る勢いでアルファが吠える。

灰田は零次にあとは自由に撮っていい事を伝えれば、彼も捕らえられた男や均整局に向けて好きなだけシャッターを下ろした。


零次があまりにも変な体勢でカメラを構えているので尻が出ている。教えてやれよと、蓮とハルは無言で互いを肘で突き合ってた。


灰田は担当の男が拘束された時に落としたプログラムのメモリを拾いながら笑う。



「私の勝ちぃ」

「こンの、小娘ェ……!」

「楽しんでもらえたかな?君たちの方は作戦が単純すぎたね、もう一捻り欲しかったかな。ああ、でも私はすごく面白かったよ!ありがとうね」

「……おい、どういう事だ。説明しろ」



状況が読めず蚊帳の外にされかけている蓮が腕を組んで説明を求める。

状況は読めずとも灰田の手駒にされたのは分かる。聞く権利はある筈だ。


今回、灰田の納品の受付担当だと言って今捕らえられている男。彼の仲間も何人か均整局によって捕えられ、拘束され部屋に集められる。

捕えられたのは全て國の職員だった。



「この人達の目的は知らないけど、せいぜい神威の操縦権を奪って國獲りでもしようとしてたんじゃないかな?それで今日弊社からの納品だ」

「神威のシステムメンテ、アプデともなれば必ず動作チェックは行う。そこを狙われたってことっすね~」

「じゃあ俺たちの苦労は何だった訳?色んな奴に邪魔されたんだけど」

「それもこの男の描いた絵図面の一部だよ。あまりにチープだったから私が少し描き足して遊んであげたのさ」



ぐうの音も出ない様子の男を見下しながら、灰田は淡々と語る。


閃光の店の件だけは偶然だが、回収に向かわせた蓮とハルをあちこちで襲わせたのはこの男の謀略の一部だった。

一難あって……奪い戻されることによって品物の重要性を示し、その上でプログラムを書き換えて神威自体の操作権限をハックしてやろうという計画である。


キーチップはハルが盗んだことに始まった事だが、あそこで盗まれてなければ運んでいた人たちが襲われていたので実質ハルは人助けをしたことになる。

敵は上手く計画をリカバリーしたつもりだろうが、それをも読んで灰田が蓮とハルカをプレイヤーに選んだ時点で気づくべきだった。……彼女の下心は抜きにしても。



「だから私も一難用意してあげたのさ。キーチップを取り戻しに行った二人が予定外の事件に巻き込まれて、それでも時間内に来てくれたから君も安心してくれたよね」

「まさかビルドラゴンの事か?親切な人というのは灰田か、……通りで」

「はァ?アイツお前の差し金だったのかよ」

「そう睨まないでよ。素敵なレクリエーションだったでしょ?」



シオンたちは敵の差し金。ビルドラゴンは灰田の差し金。

どちらにも振り回された蓮とハルにとってそれらがどちらの領分かなど知ったことではないが、お陰で仕事が一層複雑になったのは言うまでもない。


灰田が上機嫌にネタバラシをして楽しんでいると、もう一人新たに部屋の扉をくぐる長い銀髪の女性。

人懐っこそうな柔和な表情でスカートスーツの裾を揺らしながら、部屋に集まる男たちの脇をスルスルとすり抜けてくる。



「すみませーん、道あけてくださぁい。

あーやっぱり居たわね、灰田!あんたのところのシステム使ってる、ターミナル交通調整用の監視カメラが順番に調子悪くなったんだけどどうなってるの!?しかも警備車両に搭載してたカメラまで!」

「おや、ナズナちゃん久しぶり。相変わらずのキャラクターだね。……君、スサノヲ部隊じゃなかったっけ」



その視線が、灰田を見つけた瞬間カッと見開いた。

ハイヒールを鳴らし、柳眉を逆立て灰田に指を突きつける。

部屋の外で控える均整局の男性陣には人の良さげな甘い声で対応するが、部屋に入り灰田を見つけた瞬間目くじら立てて声のトーンも下がる。

若干名の男性が彼女の豹変ぶりに引いているのを見ながら、灰田はナズナにも変わらない調子で対応した。



「動作不調か。それは災難だ。でも、まだ何か問題があるのかな?」

「私が応援で向かわされた時にはとっくに直ってたのよ。無駄足踏まされたわ」

「じゃあうちの優秀な社員が対応したんだね。流石、辻本君。置いてきた仕事をきちんとやってくれた訳だ」



ほくほくと自社の優秀な社員の働きに満足する灰田。

これも彼女の策略で、事前にデータ通信が出来なくなるように仕掛けておいたのを、会社に泊まっていた辻本に朝一で直すように仕事を置いておいた。


均整局車両やターミナルのセキュリティカメラのデータ通信が不可能になった時間に、暴走ジェットコースター状態の蓮の車を安全に通したのだ。

通りで最初以降、均整局に追いかけられなかったと答えが分かった蓮が灰田の荒業スキルに口を結ぶ。


事のついでに、と灰田はもう一つ爆弾を投下した。



「さっきから何か勘違いしているようだけど、これただの録画システムのアプデパッチだよ。神威の話はガ・セ・ネ・タ」

「なっ、なんだと!?」

「さて、君たちは一体どこからそんな情報を知ったのかな?」



灰田に惨敗した男たちが、気合い十分なアルファ率いる均整局によって電子手錠をかけられ連れて行かれる。

均整局の手が空いてそうな人に灰田は、敵に嵌められた本来の担当さんがどこかに居るだろうから探してあげてね~と言うだけ言って部屋から散らした。


最後に事務手続きのために残った均整局員に囲まれて灰田は零次を盾にする。



「ちょっと!自分仕事中ですって、記事にする側っす!される側じゃないんですけど!?」

「依頼品を納めてそちらの異分子炙り出しまで手を貸したじゃないか~面白くないタダ働きはしたくないよ~」

「そうは言われましても規則ですので……」

「ちょっと灰田、見苦しいわよ。大人なんだから協力しなさい」



ナズナにまで叱られた灰田は唇をひん曲げてそっぽを向いた。

零次を押して駄々をこねるがこの盾は使えないと判断した灰田が蓮とハルを見る。

蓮もハルもシンクロしたように同じタイミングで溜息をついた。



「証言が欲しいなら、関係者全員を見てる二人がいいけど……」

「断る」

「ムリ。拒否」

「だよねー」



即答で断った蓮とハルに頷いて同意を示す。灰田もそこまでは二人をこき使うつもりはないらしい。

だが均整局も公務である以上事件を事件として処理するために、事細かに調書を取らなくてはならない。

彼女たちに協力してもらえるように下手に出てゴマを擦る均整局員たち。

そこで灰田は閃いたと手を叩いた。



「ああ、それならもう一人証言できるのが居た。タロスー?」

「此処に」



カメラを片手にガラッと窓を開けて堂々入ってきたタロス。

全員がタロスの急な出現にドン引きする中、灰田はカメラを預かってきちんと録画が出来ているかを確認した。

きちんと切れ目なく撮影が出来ていそうで満足した灰田がタロスを撫でる。



「よくできまちたね~偉いぞわんわん。あとは残って均整局さんに付き合ってあげて」

「承知した」

「ッ……!ふ、ぐぅ……!!」



額当てを撫でられ抵抗なくパシリにされるタロスに、何故かナズナが膝から崩れ落ちしくしくと悲しみに暮れていた。







「はぁいタクシー、会社までお願いしたいな」

「……毎度あり」

「うえ、コイツ乗せてくのかよ」



運転席に乗った蓮と助手席に乗ったハル。帰り支度を整えた二人を灰田が覗き込む。

追加の乗客に蓮は車の後ろ扉を開けた。

散々な目に遭ったハルは隠すことなく嫌そうな顔をする。


来るときとは違いオートパイロットで帰路に就く。

後部座席から灰田はにこやかに前の二人へ話しかけた。



「付き合ってくれてありがとね。報酬って事で振り込んでおくから後で確認してほしいな。二人はこれからどうするの?」

「……どう、とは?」

「俺は帰って寝るぜ。眠ィ」

「違う違う。せっかく二人仲良くなったのに、何か一緒にしないのかなって」



夜通し動いて眠そうに欠伸を零すハルが運転席の蓮を見る。

蓮もハルを見て首を傾げた。

オートパイロットでも脇見運転はダメ、絶対。



「タクシードライバーがスリ師の何を手伝えと?盗品運搬か?」

「ストリートパフォーマーHARUKA様だぞ、アシスタントやろうか?とかまずそっちだろ普通!自分だけカタギ気取るなよ」

「泥棒のアシスタントは……興味ない」



やいのやいのと騒ぐハルをおちょくって遊ぶ蓮。

二人の仲の良さに灰田も口角を上げる。



「二人の得意を活かした"イイ仕事"があるんだけど、話聞く?」

「……どうする、相棒?」

「……聞くだけなら」



後部座席から放たれる気配に蓮とハルは再び顔を見合わせた。


その後、灰田から紹介された仕事をきっかけにとある業界で名を馳せる名コンビが生まれる事になる―――




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