パラレルネメシス 〜騒乱


深夜特有の包まれるような冷え込みに脳が覚醒する。

同時に、聞き覚えのある話し声が聞こえた。



「あ、霧島さん。やっと辻本君から連絡来ましたよ。局長に捕まったから今回こっちの仕事は無理そうですって。それにしても……スタンガンの出力ミスったんじゃないですか?全然起きないしこの人」

「辻本君の分の報酬はみんなで山分けしちゃいましょうよ。それに、もう片方の褐色肌の男にゲイツさんが付いてるし、こっちは見張りだけでいいでしょう」



後ろ手に麻縄で縛り、椅子に座らせている意識のない蓮を見て霧島が肩を竦める。

部屋入り口の扉の外から報告に来た如月も確かに、と同意した。

まだ起きそうにもない男の見張りも退屈なので今のうちに用でも足しておこうかと霧島が蓮に背中を向ける。



「如月さん、そろそろ産まれそうなので少しの間交代お願いします」

「その表現分かりにくいので普通にトイレとかせめてお手洗いとか言ってもらっていいっすか」



部屋から出てきた霧島の背中を見送って、如月が交代で部屋に入る。

すると何故か、さっきまで部屋の中央に居たはずの蓮が居なくなっていた。



「あれ?おかしいな、ついさっきまでそこに、ッうわ!!?」



突如、首後ろに降ってきた脚に前屈みになった如月の身体。入ってすぐ横にある棚の段にのぼり狙われていたようだ。

首だけでは支えきれない人間一人分の体重がかけられてホコリっぽい床へと倒れ込む。

起き上がるより早く腰に脚が乗り、重さで動きが鈍る。


蓮の脚の下から抜け出そうと上体を起こす如月を逃がさないように、腰に乗って曲げた左脚を彼の前首にかけた。

そのまま徐々に後ろに倒れて海老反りのようにきつい姿勢で固定させる。



「おま、え……いつからっ……ぐ、う゛……」

「もう一人がお産に行く前。悪いが、俺の代わりに寝ててもらう」



姿勢のきつさと呼吸のしにくさに、頭に血が回らなくなってくる。

やがて如月が暗闇に意識を落とし脱力したのを確認し、腰に固定されていたナイフを拝借して自身の手首の縄を切った。

両手が使えないだけでも不自由極まりない。


さて、そろそろもう一人の霧島が戻ってくる頃合いか。



「如月さーん、難産でしたー……って、如月さん!?大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ、問題ない」

「いやそれフラグぶへらっ!!!?」



倒れている如月に駆け寄った霧島。

背後に忍び寄った蓮が代わりに返答し、霧島の振り向きざまに容赦なくさっきまで座らされていたパイプ椅子を振り抜いた。

突っ込んだ荷物から白い粉を巻き上げて、霧島も動かなくなる。


椅子がひしゃげる程思い切りやったが、霧島もヘルメットはしているし死ぬことはないだろう。

簡単に二人を一緒に纏めて縛り転がしておく。


蓮は灰田にインストールされたアプリを開き、目的のキーチップの場所を確認した。



「あまり離れてないか、良かった。だが……」



時刻はそろそろ夜明けだろうか。地平線の果てにも等しいリージョンの外縁部から太陽が顔を覗かせるこの時間帯だけが、今いる階層を自然光で彩る。

灰田が指定する配達場所次第ではそろそろ時間が厳しくなってくるかもしれない。

もし彼女が蓮たちの行動を監視してこちらの場所が分かっているなら、物理的に移動が不可能な距離は提示してこないはずだ。というかここにきて今からセヴェル地区集合とか言われたら流石にキレる。

幸い、今倒した二人以外には気づかれている様子はない。ハルには悪いが囮になってもらう。


そっと貨物倉庫から見つからないように抜け出して、キーチップの座標を追った。

倉庫前のトラックヤードのスペースではシオンがハンドメガホンを手に、近くにいるはずもないビルドラゴンに向けて、人質を助けたくば〜などと仰々しい文句を繰り返していたが、一体いつまで勘違いしているつもりなのだろうか。

なんにせよ、勘違いされている方が好都合だ。今は、まだ。





隠していた車を遠隔で呼び出して回収し、アプリの示す座標に向かう。

工業街区へ続く基幹タワーのひとつにほど近い、比較的治安のいい下層街区。

辿り着いたのは……



「……ビルドラゴンミュージアム?」



少し大きめの一軒家。玄関脇に立てられた看板にはそう書いてある。

しかし建物外観はどう見ても、ガラクタ屋敷。

外に突き出た煙突のような物に何か意味があるのだろうか。


閲覧ご自由に、と書いてあるのでノックもする事なく扉を押し開ける。

深夜帯だったら開かないのではないかと思ったりもしたが、そこは拍子抜け。

蓮が足を踏み入れると人感センサーによりパッと廊下や部屋中の電気が付いた。

入口に佇む置き型の案内人形がビルドラゴンの音声からピッチを上げたような声で出迎えてくれた。



「イラッシャイマセ!マズハ正面ニオ進ミクダサイ!」

「美術館と言うよりは……せめて研究所に名前を変えるべきでは」



そこかしこに積まれた機械製品はどれも使い方が想像出来ない奇抜な形状。

美術品、と形容できる感性を蓮は残念ながら持ち合わせてはいなかった。


案内通りに進めば下半身が魚、頭は獅子の形状を模した白いドリンクサーバースタンドがウェルカムドリンクとしてコーヒーを淹れてくれる。

一瞬手に取ろうか迷ったが、機械油っぽいのが浮いていたので止めてスルーしておいた。


ビルドラゴン製品が雑多に置かれた通路を通り過ぎ、展示品が並んだ小さいホールくらいの部屋に入る。

部屋には勿論電気がついていたのだが、急に目を刺すような追加の光量がポップな音楽と共に飛び込んできて思わず手で視界を遮った。

なんかくるくる回っている気がする。



「ッ……おい、眩しくてよく見えないが、なんだそれは」

「よくぞいらっしゃいました、ビルドラゴンミュージアムへ。偉大な人物とは輝いて見えるものです」

「……光ってる理由の方は聞いてないんだが?というか目が痛いからどうにかしろ。あと煩い」

「ムムム、失敬な。これは私に付属したコンセントから電源を用いた合体作品。エレクトリカルビルドラゴンパレード、地域の子供たちには人気の一作でございます」



ビルドラゴンがスポッと後頭部からプラグを引き抜けば、音楽が止まり光も落ちた。

彼を電源にはしていたが、光っていたのは周りの電飾だったので彼が光っていた訳ではないようだ。

美術点は甘くつけても30点。


さて、とビルドラゴンは小箱を取り出し開けて蓮に見せた。

中にはエメラルドグリーンの大ぶりな宝石。蓮が求めるキーチップだ。



「親切な方が宝物の場所を教えてくれましてな。ここまでの上物、中々目にかかれる物ではありません」

「親切な方……?」

「この宝石は作品向きですな。売ってしまっては少々勿体ない」



手元に置いておきたいという宝石愛好家ならまだ分かるのだが、作品にしたいという感性は独特でやはり蓮には同意しかねる。

きっと彼なりの何か想いがある、のかもしれない。

あったとしても割愛させていただくが。


宝石を手にして嬉しそうな雰囲気のビルドラゴン。蓮は早いところそれを取り戻さなくてはならない。

そこで考えた。

蓮はビルドラゴンに一つ提案をする。



「俺は争いに来たわけではないが、それが必要なんだ」

「フム。しかし今は私の手中にある。如何にして取得するつもりなのでしょうか」

「……取引をしよう」



蓮が部屋を進み、作業用の立ち机を教壇に見立ててそこに立つ。

ビルドラゴンも手頃な机と椅子を引っ張ってきて宝石を置き、座る。

蓮が四本指を立てた。



「お前に四つ問題を出す。全て答えられればお前の勝ち、答えられなければ負け」

「シンプルですな。いいでしょう、受けて立ちます」

「準備は、いいな?―――問題」



シン……とした空気の中、蓮が口を開く。

ここからは是非、視聴者のみんなも考えてみよう。



Q.一階と十階それぞれから五階へ荷物を運ぶ。二人が同じ速度で移動した場合、先に五階に辿り着くのはどちらか



「な、なるほど。そういう問題ですな?少々迷いましたが、一階からスタートした方です。単純に階数が一つ少ない」

「正解。では、次の問題」



Q.あなたは徒競走で三位の人を抜いた。今の順位は?



「二位で………否!!危ない、騙されるところでした、三位です!今私は三位になります」

「よく引っかからなかったな。では次」



Q.絵画と額縁が合わせて15,000Cコストで売っている。絵画は額縁より丁度10,000C高い。額縁の値段は?



「それは5,000Cです」

「本当にそうか?確かめ算をしろ、出来なければ天理教会からやり直すことだ」

「5,000Cだと絵画の値段が15,000C……ハッ、合わせると20,000Cになってしまう!?な、何故だ、難しい考え方はしていないはず」



ぷしゅ、ぷしゅ、と頭から煙を噴き始めるビルドラゴン。

蓮の見下すような眼差しにも焦りが助長されるようだ。



「わ、わかりました!額縁は2,500C、絵画が12,500Cです!これなら双方の条件が満たせます!」

「フン、まあいい。次が最後の問題だ」

「こ、これ以上の問題が来る、だと……」



Q.”1”、”15”、”43”、”76”、”91”、”510”、”3048” これらの数字は何か



「な、なんだこれは……!?まるで法則性が見つかりません、一体なんの……」

「……本当に、分からないのか?」

「ッ!あと一分だけ時間を!」



携帯端末で言われたとおりタイマーを設定する蓮。

ビルドラゴンは脳内で必死に考える。

倍数や素数でもない。語呂合わせでもない……。

ヒットしそうな法則性が何も見つからず、敢え無く机に突っ伏した。



「だめだ、分かりませぬ……、降参です」

「……そうだろうな。宝石これは貰っていくぞ」



蓮は取引に勝利した。座ったまま肩を落とすビルドラゴンの前に置かれた宝石を手に、立ち去ろうとする。

出ていこうとする蓮をビルドラゴンは引き止めた。



「待つのです!」

「なんだ」

「せめて、今の問題の答えを教えてはいただけぬか……!?」



徐々に煙を噴く間隔が狭まってきているビルドラゴンの懇願に、蓮も仕方なく先程の問題の答えを教えることにした。



「……さっきの数字は、俺の頭に浮かんだ数字を小さい順に並べただけだ」



プヒィィィィーーーーーー!!!!

ビルドラゴンの頭から高い音が蒸気と共に勢いよく噴射された。



「そんな、殺生な…………ガクッ」



心からの無念を全身全霊で表して机に倒れ込んだ。

オーバーヒートして気を失ったビルドラゴン。

確かにハルの一緒にされたくない気持ちはよく分かったが、ただ見ているだけなら面白い人物なのかもしれない。

そんな風に少しだけ考えて、蓮はビルドラゴンミュージアムを後にする。



外に出ると蓮の持っている携帯端末がメッセージの新着を知らせた。

グループチャット、灰田からだ。

”0900から0930 シャハル地区 天理機関ツクヨミ本部 技術統括局にて納品待機”


ようやく来た。納品場所の指定だ。

脳内で即座にルートを検索、大体の時間を見積もる。



「ここからシャハルのツクヨミ?……三五七番ターミナルは整備工事で終日封鎖されているはず、三一二番の迂回ルートだと……余裕がないぞ」



もう時間的にはちらほら人が起きて活動を始めるような時間。

今から直に目的地へ走り出せば間に合うとは思うが、ハルを救出するとなると時間が読めなくなる。

ましてこれだけの時間があれば蓮が抜け出していることもとっくにバレているだろうし、残してきたハルへの糾弾も強いものとなっている予想は出来る。

もしかすると既に殺害されている可能性も……


所詮はコソ泥。今回の仕事が終われば関わることもない。

このまま見捨てれば、ここで関係が終わるだけ。遅いか早いかの違いだ。

それなら、確実に配達の仕事をこなすべきだろう。キーチップを取り戻した時点でハルを近くに置いて監視をする必要はなくなった。


車の運転席に乗り込みシステムを起動してエンジンをかける。


――もしこれからもお前と仕事とか出来たら楽しいんじゃねェかなって


自然とあの時ハルの言った言葉が反芻される。

眉間にシワを寄せた蓮が手癖で前髪を握り、溜息をついた。





蓮がビルドラゴンとの取引で勝利を手にしている頃。

腕を身体ごとしっかり纏められたハルカが椅子に座らせられた状態で、ゲイツからの似たような問い詰めに辟易していた。



「お前たちはビルドラゴンとグルなんだろう?なあ!」

「だーかーらー、違うって言ってんじゃん。違うものは違うとしか言えねーしもう少し生産性のある質問出来ないワケ?」

「それにしたってタイミングが良すぎる。本当に予告状の事は知らなかったのか?」

「それも俺たちは知らな……」

「ゲイツさん!一色蓮が居ません逃げられました!!」



バタバタと騒がしく竹ノ内が報告に来る。

すぐに近隣を捜索したが見つからないらしく、付近には居ないとの判断。

自力で脱出できた事に感心しかけたが、別の部屋で捕らえられて居る自分を置いて先にキーチップを取り戻しに行ったということになる。

蓮の性格ならそうするだろうとは思うが、この後の打ち合わせを何もしていないので身の振り方を迷う。


というかもしかして……



「俺ってオトリ?つか、蓮に見捨てられた……ってコト?」

「おいシオン、コイツも情報何一つ吐かないし切り捨てて俺たちも全員で追うしかないんじゃないか。どうする?」

「ちいかわ構文も無視?いやマジかー、まあ……そうだよな。蓮にとっちゃモノさえ取り戻せば俺の事なんて……あ、ちょっとサミシイ」



ハルのボケを無視して無線で会話を始めたゲイツ。

蓮が自分を使って上手く脱出したのであればハル自身ももうここに居る必要はないだろう。

見捨てられたのかどうかはさておき、後は自分でどうにかしろというメッセージかもしれないし、ここはハルも自力で抜け出して合流を試みるべき。合流できなければ帰ればいいや。


なるべく傷つかない方向に思考を進めて、ぎっちぎちに縛られた縄の中で身動ぐ。

隠している道具を取り出す前に突然ゲイツが椅子ごとハルを担いだ。



「どおおおおおお!??無理ムリむり無理カタツムリ!!バカ落ちる下ろせって!?!?」

「お前は最後の人質だ。このままビルドラゴンも、もう一人の男も戻らないのであれば生かしておく価値もない。せいぜいどちらかが助けに来ることを祈ってるんだな」

「せめてもう少しちゃんと背負えよ人質サマだぞ丁重に扱えゴリラァ!!」



身体が固定されているので自力ではバランスが取れない不安定さと高さに喚き散らすハル。

ハルの体重と椅子の分を合わせるとそこまで軽いものではない筈だが、そこはゲイツの馬鹿力。


何とか落とされずに連れてこられたのは貨物倉庫の外、トラックヤードを兼ねた広いスペース。

ようやく安定した地面に下ろされたハルは変な緊張からの解放にぜーはーと息を整える。


連れてこられた場所では腕を組んだシオンが待機しており、ハルを見下ろして鼻を鳴らした。



「お前の片割れも仲間を見捨てる男だったとはな。仲間に恵まれない可哀想なやつだ」

「だから片方は違……あーこのままだと蓮もそうなのか?ハイハイ、カワイソーな男ですよー」

「三十分だ。それ以降お前の命の保証はない。悪く思うな」

「三十分、ね」



てっきりここでハチの巣にされるかポイ捨てされるかだと思ってた。

シオンに若干の暑苦しさを感じるが今はちょっと嬉しい計らいである。

強いて言うならこのまま放置で監視も外してもらえると助かるのだが……


近くにいるシオンやゲイツの武装、中距離や遠距離で周囲を警戒する兵士らの数、位置を確認する。

幸いにも拘束されているのは何の変哲もないロープなので切ってしまえばそれまでだが、胸の下から腰元まで何周も巻かれているので縄抜けするのは少し時間がかかる。

まして近くに二人も人がいるとなるとバレないように動くのは難しい。

せめて近くにいる二人の注目を逸らす手立てを考えたいが、さて。


HARUKAはエンターテイナーだ。いくらでも人の注目を操作する手立ては思いつく。

どれを実行しようか思案を重ねていると、建物に反響して微かに聞こえた車のマフラー音。


ハル達の右手側に居る遠くの監視兵がざわつく。

何事かとシオンが無線を繋いだ丁度その時、向こう側に居る兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。



「おい、お前らどうし……なっ!?」

「こっちに来るぞ、シオン下がれ!」



道から滑り出てきたのはブリディッシュグリーンのセダン。

トラックヤードの広さを存分に使い、ハルの近くへと車が横滑りしてくる。

フロントのガラス越しに見えた、運転席で車を操作しているのは、蓮。


目が合った蓮はハンドルを握った手の指を二本立ててみせる。


”二周する。自力で抜けろ”

言葉はなかった。ただ、立てた指を振っただけ。

たったそれだけなのに、何故かハルには蓮の言いたいことが伝わった。



ハルを中心に車が旋回し土煙を巻き上げる。

車に注目が集まっている今、ハルへの監視はフリー。車に撥ねられないように近くに居たシオンとゲイツも離れている。

雑に動こうと構わないということだ。


ドリフト一周目、拘束されたロープの中で左腕に貼り付けていた被覆カバーを剥がしマルチツールのナイフを取り出す。

二周目にはロープを切りながら暴れて振り払い解放された。


指定した時間内に脱出を確認した蓮が窓から何かを放る。

それをキャッチしたハルが、わざわざ渡された意味を察して口角を上げた。



「あれはビルドラゴンに盗まれた宝石……あの男一人で取り戻したのか!?総員!やつらを逃がすな!!」

「そんなこと言っても、ギャー!!危なっ!……かっ、た……」



ハルが宝石をシオンたちに見せびらかす。

車は停まらずに離れた場所で突撃準備をしていた兵士たちを撥ねる勢いでそちらの方へ。

フロントが彼らにぶつかる直前急ブレーキで停止する。

逃げ遅れた兵士たちは思わず腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


ハルはさっきまで縛り付けられていた椅子を遠くへと蹴り飛ばす。



「次は、HARUKA様のショーでも見に来てくれよな」

「待て!ば、馬鹿なっ!どうする気だ!?」



手元のボタンで助手席のドアを開いた蓮は、ギアをリバースに入れて目視で後ろを確認する。

シオンに向けて演説するハルに狙いを定めて思い切りアクセルを吹かした。


バック走行で十分なスピードに乗りステアリングを切る。

沈んだフロントを滑らせた勢いを操り車体全体を回転させる、バックスピンターン。

しかも車体の向きを変えるだけではなくその回転を維持したまま、助手席の開いたドアで寸分の狂いなくハルカの身体を宝石と共に回収する。

助手席に吸い込まれるように消えたハルは、自身に急接近して来た車体に恐れる素振りすら見せず嬉しそうに笑みを浮かべていた。



「バァイ」



テールランプが尾を引き眼に焼きつく残光は赤い流星。


その場にいた誰もが、たった数分の間に行われた人間離れしたテクニカル走行に言葉を失う。

全ての車両にオートパイロットが搭載されているこの時代において、あれ程のドライビングテクニックが生きているうちにお目にかかれるのは奇跡に等しい。

目の前で何が起きたのか理解すら出来ずに、兵士たちはその場で立ち尽くしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る