パラレルネメシス 〜潜入準備
軽食ついでに入ったカフェ。
テラス席でサンドイッチを咀嚼しながら、反対側の席に座る褐色肌の男を観察する。
所作の端々で窺える、見た目通りの軽そうな性格。人好きそうな顔の下にある何か。
あまり蓮の得意な人種ではない。
「……お前も関わったのか、今回」
「おう、何が入ってるかは知らなかったんだけどイイ匂いがしてさ。
あのレベルの宝石は流石の俺も興奮したね、と盗んだ時の情景を思い出して恍惚の笑みを浮かべる男。
所詮、手癖が悪いだけのコソ泥。キーであるチップの奪還にわざわざ協力する必要があるとは思えない。正直、邪魔だ。
……が、自分一人で動こうとするとネックになる障害があった。
ピロン、と音を立ててポップアップを表示した机上にある自分の端末に目を向ける。
コソ泥もポケットから自分の端末を取り出した。
「うっわ、アイツいつの間に俺の連絡先リークしたんだよ」
「グループチャット……あくまで連帯責任という訳か」
障害は灰田、彼女の存在。
協力しろとは一言も言わなかったが、一緒にあの場に居させたことやこうして連絡場所を纏めてきたところから、一緒に行動せざるを得ない状況を作り上げている。
この男自体も何を考えているか知れないが、自分の手の届かないところで中途半端に首を突っ込まれても困る。それなら不服だが見える場所に置いておく方がいい。
どうやら灰田によると、チップの位置情報を共有するアプリを勝手に人の端末にインストールしているらしい。終わるまで待っていろという指示が送られてきた。
一色蓮は漏れそうになる溜息をコーヒーと共に飲み込んだ。
ハルカもまた、目の前の男の事を観察していた。
身長の高さは天性のものだが、バランスよくついた筋肉は使うことで身につく実用的なもの。
胸の前で組まれた腕はパーソナルスペースの狭さと警戒。机の下で組まれた脚が苛立ちと微弱な威嚇を表す。
よく知らない他人と協力しなければならない状況が気に入らないらしい。というかこれは見下されている。
恐らくポテンシャルの高い自信家タイプだろう。神経の逆撫ではタブー。
せめて警戒だけは早めに解いておきたいところ。
「俺ハルカ、ハルでいい。もしかして俺の事知らねェか?SNSでは割と有名人なんだけど」
「知らん。……有名なのか?」
「ストリートパフォーマーHARUKA様だぜ……って、ホントに知らねェ顔だなソレ。まァいいや、そっちは何で
「……名前。一色蓮、だ。好きに呼べばいい。依頼されたから運んだだけで他意はない」
「へェ、イマドキ個人で
諦めて無理やり納得したような顔。灰田に強制的に組まされたのが効いているようだ。
今ハルカは名前を聞いた訳ではないのだが、それを明かしたということは最低限コミュニケーションをとろうとしている証拠。
ある程度のところまでは踏み込ませて、手の届く所で監視したい意図もあるだろうか。
頑固な堅物かと思っていたが、案外
面白そうな男じゃないの、とハルカはそっとほくそ笑む。
二人分の端末が音を鳴らし、アプリのインストール完了を知らせた。
キーチップの場所はここだから宜しくね!なんて灰田の無責任な投げ方に頭が痛くなる。
これは仕事だと自分に言い聞かせた蓮がアプリを開いて目標物の位置を確認する。
「フィーア地区か?ここ。どっかに出す気かね?」
「……いや、向こう側にあるのはただのカギだ。単品で持ち出すとは思えない」
そもそも敵の正体や目的も不明だ。灰田は相手が分かっているのではないのか?
推測するより聞いたほうが早い。彼女にグループチャットで質問を投げる。
フィーア地区は主に九龍貿易商会が國内外の輸出入の為に拠点にしている。
人や物の出入りが盛んで、コンテナやトラックヤードが点在する。場合によっては國の法律よりも優先して適用される九龍のルールがある。
灰田からの返答を待ちながら蓮は順番に考えを脳内に並べる。
蓮も運び屋としての仕事で行くことがあるが、何か物を隠すならあの地区は一番都合がいい場所。
敵がもし貿易商会の一部なら分が悪いが、そうとも限らない。
フィーア地区に限る訳ではないが特にあの地区は貿易商会のお陰で均整局などの公的機関から目が届きにくい部分も多く、一部無法地帯のような状態がまかり通っている。
貿易商会の影に隠れてこそこそしている輩も多い。
灰田エンジニアリングのような一企業に三竦みのどれかが用があるとも思えないので、その辺の小物ではないだろうか。
どちらにせよ持ち帰るべき物の場所は分かっている。ある程度装備を整え……
「なー。なぁってば」
「…………なんだ」
「どうにも俺の可愛いファンには見えないからさ。あれ、お前の友達?」
ハルがあれ、と親指で示した方には、こちらを恨みがましく睨みつけるガラの悪いグループが自分たちに敵意を示している。
いかり肩でズカズカと歩いてくる鼻テープの男を一瞥しただけで蓮は視線を外した。
「こんなに人相の悪い友人には覚えがない、人違いだろう」
「やいやい!オメェ一色蓮だな!俺の
「人違いだと言っているだろう。返しに来なくてもいいから借りとやらは預かっておいてくれ」
「お、そうか?人違いなら悪かっ……」
「竹ノ内さん!ソイツが一色蓮ッスよ!騙されてます!」
子分だか取り巻きだかに指摘されて、すんなりと騙されかけたことにギャーギャーと逆上する竹ノ内という男。
そういえば灰田から質問の返答が来ていないのだろうかと端末を弄れば、竹ノ内が怒りのままにバン!と机を叩く。飲みかけのコーヒーが少し零れた。
短く溜息をついて残っているコーヒーを飲み干しておく。これで零れることはない。
「俺は、オンオフにメリハリをつけるタイプなんだが」
「へェ?」
「……そもそも考え事の最中に邪魔をされるのが一番嫌いだ」
「うお、おぉわぁああぁぁ!?」
立ち上がった蓮が竹ノ内の胸倉を掴み本気で店の前の通りにぶん投げる。投げられる彼の足が机を引っ掛けて倒した。
テラス席でなければ窓ガラスもぶち破っていた事だろう。
机が倒れる前に二人分のコーヒーカップを持って避難させていたハルは思う。
二人だけの時で考え事してそうな時には話しかけないようにしよう、と。
道に投げ飛ばされた竹ノ内を心配するように取り巻きが
チンピラ相手にこの男が手こずる訳もないだろうが、グローブをはめながら道に出る蓮に声を掛けた。
「手伝ってやろっか」
「……コソ泥の腕なんて借りなくともいい」
「誰の腕だと思ってんだ?見てな」
苛立ちと嫌悪感たっぷりに見下す蓮の横を通り過ぎ、手品用の青いシルクのチーフを取り出す。
クイクイ、と中指を動かしチンピラたちを挑発すれば、見くびられている事に怒った彼らがハルに殴り掛かろうと突撃する。
素人でも避けられそうなストレート、その拳と手首にチーフを素早く巻きつけ関節ごとぐるりと捩れば、簡単にチンピラは痛みで悲鳴を上げて地面に転がる。
しゅるりとチーフを抜き取り、低い姿勢のまま次の相手の足首に引っ掛ける。
勢いよく立ち上がれば足を掬われた男が入れ替わりで倒れ、面白そうにハルが笑った。
思っていたよりずっと動けるらしい。視野も広い。
そこは素直に蓮も感心する。
まあ、チンピラの片付けにエンターテイメント性は要らないのだが、背後から襲い来る相手に対してチーフ一枚で対処してしまうその度胸と技量はただのコソ泥とは違うものだ。
「テメエ……ッ!」
「ナイフの使い方が成ってねえな。それじゃ野菜も切れないぜ?」
サバイバルナイフを向けながら突撃してきた相手が驚きで一瞬硬直する。
ハルは相手の肩に手を置きながら踊るようにクルリと一回転して横を素通りした。
舐めやがってとハルの方に振り向くその動きで、ストンと穿いていたハーフパンツが地に落ちる。
「あらまー、カワイイパンツ」
「ぎゃーエッチ!?!?!?」
「お、お、お前たち……。俺が敵を討ってやる!!」
今の一瞬でハーフパンツのウエスト部分を切り裂いたらしい。
ピンク色のハートが散りばめられたデザインの下着が現れ思わず周囲に笑いが零れる。
散々コケにされたチンピラを代表してとうとう竹ノ内が怒りに震えて立ち上がった。
ボクシングのような構えを取り蓮に向かって走り出す竹ノ内。身構える蓮だったが、急に進路を変えハルに向けて拳を突き出した。
蓮に行くと思っていたハルは虚をつかれたが、なんとか腕をクロスして防御。
反撃としてナイフによる
いい具合で連携が出来たことを喜んだハルが、よっしゃーと無邪気に両拳を頭上に上げた。
「いっちょあがりィ。俺たち息ぴったりじゃん。なァ、相棒?」
「……あまり突っ走るなよ」
蓮はそんなハルとは対称的に微妙な顔で後頭部を掻く。
相棒、という表現が何故か悪い気はしなかった。……コソ泥のくせに。
意識を失い伸びている竹ノ内の胸倉を掴んだ蓮が、容赦ないビンタで叩き起こす。
「おい、起きろ。お前を寄越した友人というのは誰の事だ」
「ブフッ!おま、殴って起こすとか悪魔か!?お、お、俺は
「竹ノ内っていったっけ。もう少し巧く嘘つけよ。目線が正直だぞ」
友人を売れないとは言いつつも、スイ〜っと横に流れる目線に思わずハルが突っ込む。
目線を辿れば、何やら建物の影からこちらを見ている怪しい人間が目に入る。
あれが知り合いなのかどうか聞こうとハルが首を戻せば、掴まれていた胸倉を急に離された竹ノ内が地面に頭をぶつけるところだった。
「イテッ」
「あ?今までここに……って、はっや」
既に物陰の怪しい人物へ
ただでさえタッパがありガタイがいいのだ。あんなデカイ男に急激に距離を詰められるのは中々の恐怖体験だろう。
自分が狙われている事に気づいた影の人物だが、逃げるのが遅い。
しっかりと蓮の仕事道具のワイヤーに巻かれ捕獲。ずるずると引き摺られ連れてこられた。
なんというか、見た目は気の弱そうな成金坊ちゃんといった感じ。
「そいつ誰?」
「……前に依頼してきた奴。俺の仕事に必要なルールを破ったから自宅に乗り込んで倍額払わせただけ」
「ハー!?俺は急に乗り込んできた
ここでも騙された竹ノ内が喧しく騒ぎ立てる。
騒ぐ竹ノ内からそっと目を逸らした蓮が聞こえないように、ボコったのは事実だが……なんて呟いたのは話が拗れそうなので聞かなかったことにした。
お前なんて絶交だー!と切れ散らかす竹ノ内。復讐計画が失敗してしょぼくれる男。
これらを無視して自分の端末を見れば灰田から返事が入っていた。
しかし内容は"そっちは私よく知らないんだよね"なんて実のない返事。
そっちってどっちだ。何の話だ一体。
期待していた返事が貰えなかった上に、”楽しそうなお茶会だね”とまるで監視されているようなメッセージが送られてきてゾッとする。
どこかからか見ているのだろうか。セキュリティの企業だ、その辺りの監視カメラが彼女の会社のものであれば接続権限があってもおかしくない。
だが辺りを見回してもそれらしいカメラ等は無く、奇妙な体験に蓮は首を傾げた。
……タロスの鍛え抜かれた隠密ニンジャウォークはそうそう見破れるものではない。
平たく言うと盗撮およびストーキングなので見つかれば最後、國の狗がお縄にかかる珍事が発生しかねない。現場はつらいよ。byタロス。
騒ぐ竹ノ内を遮って、ワイヤーで巻いた男の身体に蓮はどっかり腰を下ろす。
「……で、俺たちに手間取らせた詫び代はあるんだよな?」
「ひぇ……」
「これ以上面倒なことはしたくない。今なら平和に金で解決するのが手っ取り早いと思わないか?金額はこちらになります」
顔面蒼白になる男と、淡々と述べ営業口調でタブレットの決済画面を男の顔の前に差し出した蓮。
あまりに人情のない冷たいやりとりに思わず竹ノ内とハルは寄り添って、怖いわあの取り立て屋……と主婦の井戸端会議ごっこをひそひそと臨時開催していた。
あまり長引かせると金額が跳ね上がりオマケが付くのを身をもって前回で知っている男は、泣く泣くタブレットにサインして入金処理をする。
毎度あり、とようやく上から退いた蓮から逃げるように男は飛び出していった。
既に男から興味を無くした蓮は続いて竹ノ内の方を見る。
次は自分だと思った竹ノ内は、蓮に何か言われる前に倒された下っ端を纏めて引き摺り回収する。
「俺は夜行かなきゃいけないところがあるんだよ!借りは今度返してやるから顔洗って待ってろ!」
「……洗うのは首。返さなくていいからとっといてくれ」
「お、そうか?わかった!じゃあな!」
賑やかなひと時だった。大したことしてないのに疲れた気がするくらいに。
灰田からは有益な情報が得られないし、変なのには絡まれるし。
「なんか災難だったなァ」
「全く、時間の無駄だ。灰田から何か情報があればと思ったが……仕方ないか。先に現地入りして敵の様子を探る」
「んじゃあ一旦準備のため解散だな。また連絡するわ」
後でな相棒!と、まるでピクニックに行くような軽い足取りで別れたハル。
こちらが認めていないのに勝手に相棒呼ばわりされるのは割と不快なんだが。
アイツは節操無しなのだろうとこちらも勝手に決めつけて憂さを晴らす事にした。
失礼なのはどっちもどっちである。
段々と大人の時間に更け込んでいく夜の時間。
一旦二人は準備のためにそれぞれ自宅に戻ってまた合流し、蓮の運転でフィーア地区へと乗り込んだ。
昼間に確認してからずっと目的であるキーチップの場所は変わっておらず、建物が見える目立たない場所に車を停めて二人は観察する。
「倉庫……っぽいけど、九龍の持ちものじゃなさそうだな」
「だが、人数は多い。小さくても組織は組織だろう。……ところで、この格好はなんだ」
「なんだって、アロハシャツ。お前のサイズ分かんなかったけどピッタリでよかったぜ」
蓮とハルカでそれぞれ青とオレンジの色違いアロハシャツを纏っている。
出発時にこれを着ろとハルに渡され袖を通したものだが、蓮はどういった理由でこれを着せられたのかが理解できない。
アロハシャツなのは見ればわかる。
「コトワザにあるじゃん、"秘密兵器は下層街区に隠せ"って。フィーアに潜むならやっぱコレだろ?」
「……隠れられる気がしないんだが?あとそれ聞いたことがない」
「その時は脱げばいいんだよ。なー、先に飯食わね?腹減った」
「そうだな。もう少し遅くなってからの方が奪還もしやすいだろう」
深夜であれば少し警戒も薄くなるかもしれない。狙い時は監視の入れ替わりがありそうなタイミングがベスト。
明日の朝までに届ければいいのだから時間はまだあるし、潜入すれば食事もしている暇はなくなる。近場で食事を済ませておくべきだろう。
丁度この場所は目立ちにくいのでここに車は置いておこうと、車から降りた蓮は自分の端末をその場で弄る。
何をしているのかとハルが手元を覗き込んだ。
「ここに来るまでに車が見られている可能性もある。ナンバーは家じゃないと替えられないが、色は替えられる」
「……何の話?」
「そういうギミックを仕込んである。燃料の隣にあるNWKボックスの熱を利用してボディに使ってる塗料が反応し色が……」
「待った、ストップ。……この車いくら掛かって、いややっぱ聞きたくねェからいい」
「流石に蛍光色なんかにはならないし多少時間もかかるが、十分カモフラージュになるだろう」
そう言ってきちんと色が変わり始めたのを確認して蓮は車にカバーをかけた。
カバーかけるなら色変える必要はなかったのではないか?ハルの脳内には宇宙が広がった。
ともあれ、車を置いて小さな料亭へと入った二人。
ちょうど店内は他に客がおらず、ゆっくり食事が出来そうな和風のカウンターがこしらえてある。
木目で清潔感のあるカウンターの向こうには、場にそぐわない格好の料理長が一人。
「いらっしゃい。カウンターにどうぞ」
「……攻撃力が高い」
「戦闘力三万くらい」
前掛けの下にはしっかりと衝撃から身を護る
腰の左右両側につけられた合金シールド。
頭部に聳え立つ一本角。
緑色に光る眼差しが二人をカウンターへと導く。
何で武装しているのかとか、その格好のまま料理が出来るのかとか、色々気になる突っ込みたいところはあるが、何から言ったらいいか纏まらないうちに蓮とハルは腰を落ち着けた。
店長 兼 料理長、閃光。
こぢんまりとしたこの店で夜にだけ、来てくれたお客に腕を振るってくれる。
余談だが誰も彼のアーマーの下を見たことがないとかなんとか。
閃光は足元の冷蔵庫から一升瓶を出して見せる。
「日本酒で今開いてるオススメがあるんだが、出してもいいか?」
「蓮、お前酒飲むの?」
「いただこう。どうせ酒気が抜けるくらいまで車には乗らない」
お猪口ふたつと手頃なサイズの徳利に注がれた冷酒。
これから潜入、奪還の仕事があるとは思えない雰囲気で二人は酒を酌み交わす。
人工食料を味付けた小鉢の和え物、天然野菜の天ぷら。上手に食材を使って綺麗に盛り付けた料理が振舞われる。
特別に、と閃光が天然の魚の刺身を数切れ乗せた皿を出してくれた。
「へー、生魚!店長さんマーレ地区まで買い付け行ったりすんの?」
「たまに知り合いが冷凍して送ってくれる。そこのシヨーユも使ってみろ、俺の故郷で扱う物だ」
「……旨い。他の料理にもこのシヨーユを?」
「ああ、使っている。俺にはこの味が一番慣れているからな」
閃光の料理を食べつつ、調味料談義や故郷の話を聞いていれば自然と時間が過ぎていく。
ハルが一旦トイレで席を立つ。
閃光も手元の片付けに入り、蓮は一人で静かに酒を飲み進める。
カラカラ、と店の扉が引かれる音がした。
新しく客が来たならハルが戻り次第店を出ようかと考えるが、五人ほどの床を蹴飛ばすような足音が店に雪崩れ込んだ。
柄の悪い人間が来たのか、と思っていれば、グループの代表らしい男が蓮の横でカウンターを叩きつけた。
「久しぶりです、閃光さ~ん」
「つい一昨日も来ただろう。来客中だ、出ていけ」
「この時間じゃないと会えないんですもん。いい加減オッケーしてくれませんかね?業務提携でのアナタへのメリットは十分説明したと思うんですけど」
蓮がちらりと横を見れば、肩を威張らせて横柄な態度でカウンターに手をつくアロハシャツの男。
しかも青色。色が被っている。
会計してないのに席を立つ訳にもいかず、この話が終わるまで同席しなくてはいけないようだ。
というかハルのトイレが長い。まだ帰ってこないのか?
空気と同化するように静かにしていた蓮だが、店に入ってきた別の男が蓮の肩に手を置く。
「お前見たことない顔だな、どこの事務所?」
「その人はお客さんだ、手を出すな。
「穏やかな話し合いの内に首を縦に振っておかないと痛い目見るかもしれませんよ閃光さん。アナタ一人で自分たちが相手に出来るほど……」
「穏やかな話し合い、ねェ。お喋りするだけにしちゃ、随分物騒なモン持ってんな?」
カウンターで閃光を煽っていた青アロハが急に発生した背後の声にバッと振り向く。
いつの間にか戻ったハルが、男が腰に装備していたらしいハンドガンを
他人の武器を盗んで見せびらかすなんてアイツはバカか。
せっかく首を突っ込まないようになるべく大人しくしているように蓮は努力していたというのに、ハルの行動で全てが無駄になり深い溜息をついた。
一触即発の空気が店内を支配する。
この場にいる誰かが少しでも動けば対応できるような高い緊張。
閃光を脅していた青アロハがハルと睨み合い、事もあろうかハルはわざと挑発するように口端を吊り上げる。
その表情が男の琴線に触れた。
ハルが摘まんでいたハンドガンを取り返しそのまま彼の背に回り拘束、銃口をこめかみへと突き付ける。
「お前ら何モンだ!!?」
「おい、その人も関係は……」
「うるせぇブッ殺すぞ!!」
逆上している人間は危険だ。閃光の声掛けもむなしくハルカの拘束を外させることは出来ない。
蓮も下手に動くことは出来ない。あのまま指のかかってるトリガーにうっかり力がかかるような事があればハルの頭に穴が開く。
どうするんだ、とハルの表情を窺えば彼はへにゃりと眉を下げた。
「悪ィ、蓮。ヘマしたわ。……後悔しねェようにさ、言っておきたいことあんだけど」
「ッ、さっさとしろ!」
しゅんと落ち込むハルが、背後の男に発言の許可を求めた。
銃口を押し付けられながらも許可が下りたことに安心したような顔をする。
「ちょっとだけだったけど、蓮と居るの面白いって思った。もしこれからもお前と仕事とかできたら楽しいんじゃねェかなって」
「お前、何を言って……」
「俺、蓮の相棒になれる?」
ハルの告白に蓮は戸惑う。
昼間にも言われた相棒という言葉。今も言われたそれはなんだかむず痒く、でも同様に悪くないのかもしれないなんて思わせられる関係。
でも相棒というにはまだ関わった時間が短すぎる。
ここは嘘をつける雰囲気でもない。
本気で思って言っているのか真意をはかりかねる質問に返答を迷い、銃を突き付けられ両手を上げているハルに目を向ける。
……上げている右手、その手中に見覚えのない黒いモノを見つけて蓮は思わず頬を引くつかせる。
手の中にあるのは、ハルがさっき盗んだ際に抜いたのであろう
つまり今、ハルに突き付けられている銃にはそれが刺さっていないということで……。
蓮の視線に気づいたハルはペロっと舌を見せた。
見ていた閃光もハルの手際にほうと感嘆を漏らす。
明らかに雰囲気が変わった事に気づいた男たちが慌ただしく動き始めた。
「テ、テメェこのやろ、グフッ……!」
「ハルは、終わったら一回殴らせろ!」
「えー、嫌だよ。今そいつぶっ飛ばしたのでチャラで」
ハルの手から弾倉を取り戻し慌てて装填しようとする青アロハ。
しかし動揺ともたつきで間に合わず、蓮の
床を滑る銃と、ボックス席にテーブルを壊しながら吹き飛んだ男を合図に他の男たちも襲い掛かる。
大の男が何人も居て自由に動き回れるほど店の中も広くはない。
それは長物が振り回される事はないという安心感もあるが、常に敵との距離が近いという欠点を生み出す。
ハルが一人相手をしている間に、蓮には三人が付き纏っていた。
絡みついた一人を振り払い肘で殴り沈める。沈めた男が足元に絡みつき動きを制限すれば、バランスを崩した蓮に別の男が彼に跨り伸縮警棒を振りかざした。
だが振り下ろすその直前。側頭部に押し付けられた銃口の冷たさに、思わず蓮に跨った男は動きを止める。
「なんだ、そのまま殴るんだったらトリガー引いてやったのに」
「……ハッ、馬鹿め。
銃を突き付けたのはハル。
床に落とされたものをそのまま突き付けている。故に、銃には弾倉が刺さっていなかった。
それでもハルは鼻上にシワを寄せて笑う。
「全くもってシロートだなァ。装填済みの銃なら
「っ、ハル、それは止めろ待て……!」
「なーに、すぐに分かる」
蓮の制止は無視される。
引き金に力を込めて。比例してハルが笑みを深くして。
ゆっくりと、見せつけるように。
カチン。
反動も発砲音もない軽い音。
だが極度の緊張の糸を張っていた、蓮に跨っていた男は撃たれたと勘違いして気を失う。音と同時にふらりと床に倒れた。
まァ弾倉に全部残ってたのは確認済みだけど、なんて何でもない風に言って銃を捨てたハル。
イタズラが成功した子供のように笑うその顔に蓮は眉間を揉んだ。
「……お前の茶番劇は心臓に悪い」
「HARUKA様はエンターテイナーだぜ?名演技って言ってくれると嬉しいねェ。それよりこいつらどうすんの?灰田んとこまで持って帰る訳にいかないよな」
「なんだお前たち、灰田君のおつかいか?」
カウンターの内側から、争いを見ているだけだった閃光が二人に声をかける。
不可抗力とはいえ店の内装を壊しているのでお咎めを覚悟するが、そういう雰囲気でもない。
なら手を貸そう。場に出てきた閃光の手には、先ほどまで握っていた料理包丁ではなく彼が愛用する片手剣、鬼切り。
蓮が相手をしていた男の膝を蹴りでつかせ、ボックス席のパーテーション側面に掴んだ頭を思いきりぶつけて
木目にぶつけられた頭の形のへこみ跡。少々の血痕がついているのを見て、蓮はそっと巻き込まれない位置に移動した。
ハルに纏わりついていた二人のうち一人を引き倒して鳩尾を踏みつける。
もう一人はハルから狙いを変えて閃光に警棒を振り翳す。
逆手持ちした鬼切りで弾き、狼狽える男の左サイドに躍り出た。
思い切り振り抜いた鬼切りの柄で頭を強打すればまた一人、閃光によって片付けられる。
最後に、そーっと店から逃げようと四つん這いで入口に向かっていた、蓮がぶっ飛ばした青アロハ。
手加減なしに蹴り転がし仰向けになった男の頭に鬼切りを突き立てようと振り上げて……
ガンッ!と響く衝突音。
まさか今の一撃で命を、と蓮とハルが身を乗り出して閃光の手元を覗く。
男の顔面スレスレに突き立てられた鬼切り。その一撃は男の片耳を切り落とし、歯向かう気力をも削ぎ落としていた。
恐怖で焦点の合っていない、涙を浮かべた男に閃光はタブレットの画面を向ける。
「店の修理代。支払人のところに名前書いてから帰れよ雑魚」
「あ……ひ……」
支払い先を書かせて用済みになった男たちが店の外に捨てられた。
店の隅に退避していた蓮にそっと擦り寄ったハルが小声で呟く。
「やっぱ攻撃力高かったな……」
「……完全同意」
「さて、巻き込んで済まなかったな」
灰田からのおつかいと近くの倉庫がやたら賑やかなのは関係があるのだろうか、とカウンターに腰掛けた閃光が事情を聞く。
肯定で返せば、倉庫に居る集団は余所者らしく雇われ兵ではないかとの事。
連中がたむろし始めたのは今日の昼頃からで、蓮とハルカの予想通りそこそこの人数が招集されているようだ。
閃光からいくつか情報を貰った二人は騒ぎになる前に裏口から出させてもらう。
二人が出て行って暫くすると、趣味で置いている骨董品の黒電話が鳴った。
「閃光だ。只今予約の受付は……なんだ、灰田君か。君のところのおつかいが来たよ」
『たまたまだけどね。いいなー、私も閃光さんのお料理食べに行きたい』
「暇なときに来たらいい。君が好きな煮付けでも作ろうか」
『約束ね!行く日は連絡するから!ところでお店、直すの手伝おうか?』
急な灰田からの通話に驚く事もなく、普通のトーンで会話する二人。
聞かれて閃光は店の惨状を見渡す。
請求先も決まっているし内装だけだ。この程度なら問題ないだろう。
「いや、三日もあれば直るだろう。ついでだから
『生きてる魚が見られるってこと!?完成したら一番に呼んでね!』
お店の壁面ぐるりと一周生け簀にして本物の水族館にしようなんて言い出す灰田に、閃光は管理が大変なのは困ると冷静に返しておいた。
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