連載②

パラレルネメシス 〜出会い


太陽光を浴びたナイフの白刃が煌めき宙を舞う。


空中に高く放り投げられたそれは自重で落下を始める。

やがて重い刃先が下になり、刃が向かうその先には人が居た。

様子を見ていた一人の女性が短い悲鳴を呑み込むように口元を押さえる。


そんな危険な状況でも、落ちてくるナイフを見上げる男は笑みを絶やさなかった。

挑発的な笑顔のまま、魔法のようにナイフが掬われ再び空へと投げられる。


次々に宙を舞うナイフ。その数は四本。

危険なナイフを容易そうに扱う褐色肌の男のテクニックに、道行く人々はこぞって魅入られ足を止め、人だかりを作っていく。

BGMとして流れる音楽でさえ、まるで男の動きに合わせて演奏されているかのような錯覚に陥る。


沸き立つオーディエンスの声色に興奮した男がさらにジャグリングのスピードを上げた。

それどころかただ投げられるだけだったナイフ四本に回転まで加わり、キャッチ&リリースの難易度を跳ね上げていく。

額や首を伝う汗も彼のエロさを引き立るだけ、観客のボルテージを上げる一要素に過ぎない。

終始笑顔でパフォーマンスを魅せた男がニ本のナイフを順に手に収め、落ちてくるもうニ本は乱暴に蹴り払った。


すぐ脇に置かれていた男のプロフィールボードに、乾いた音を立ててナイフが突き刺さる。

褐色肌の男は最後に、まるでドレススーツの男がレディをダンスに誘うような美しい一礼を足を止めてくれたオーディエンスにして見せた。



女性子供に限らず彼のパフォーマンスに魅せられた人々が例外なくチップ入金のため、我先にと端末に手首を当てていく。

冷めやらぬ興奮もそのままに、一芸終えた男の周りには歓声を上げる人だかりが出来ていた。



「ハルくん今日も最高だったわ!今度一緒にディナーはどう?」

「サンキュー。おう、いつでも空けてやるからまずはきちんと休みな。せっかくの白い肌が荒れてるぜ?」

「おにーちゃんすごくカッコよかった!ねえ、ぼくもやってみたい!」

「来週またここに来るからパパに連れてきてもらいなァ。その時教えてやるよ」



古参のファンも新規の客もまんべんなく構って人だかりを捌いていく。


ストリートパフォーマー、HARUKAハルカ

特定のオフィスに所属せず、助手も雇わない生粋のエンターテイナーとしてSNSで人気が高い。

ジャグリング、マジック、パントマイムやアクロバットなど、姿を見せる度に違う演目で人々を楽しませる。彼が道で看板を立てれば瞬く間に噂が広がり人だかりが出来る。


ファンの多いハルカを囲いたい業者も多く、そちらの意味でも彼の存在は引く手数多だ。



「HARUKAさん!今度は是非ウチのステージで!」

「俺は好きな時に好きな事してーの。しつこいオトコは嫌われるぜ?」

「ウチのスタジオなら今回の数倍以上のお客が入りますよ!」

「アンタどこのオフィス?へェ、初めて見るね。縁がありゃまた来な」



毎回あしらわれてもめげないプロデューサーらに感服しつつも絶対に首を縦に振らない。

だがハルカとしても客が欲しいのは確かなので、完全に拒絶することはなく思わせぶりな態度で業者の相手も程々にしていた。

ファンだけでなく私服やスーツの営業マン達を見分けていく。この器用さがモテる秘訣。


今日は珍しく上層街区の大通りでパフォーマンスを行ったので、客層も新しい。

丁度ファンと営業マンの間くらいに、初めてハルカのパフォーマンスを見たらしいスーツのグループが人波に揉まれ出口を見失っていた。


ブランドのスーツとイイモノが入ってそうなアタッシュケース。

ペロリと唇を舐める。



「おい兄さん!スーツ!裾!」

「は?う、うわぁ!火が!」

「騒ぐな!まだ叩けば消える程度だ!」



焦り顔のハルカに指摘された男が咄嗟に彼にアタッシュケースを預け、ジャケットを脱ぎグループのみんなでスーツを叩くはたく

突然の出来事にハルカのパフォーマンスを見たオーディエンスが悲鳴を上げるが、幸い火はすぐに消された。

アタッシュケースを返しながら、ハルカが再犯の防止も兼ねて呼びかけ人を散らす。



「ほら、もうお開きだ。今日は早く帰ってパートナーと夜を過ごしな。兄ちゃん災難だったね」

「あ、ああ。済まない助かった。いいものを見せてもらったよ、重ねて礼を言おう」

「いいってことよ。仕事中かい?頑張んな」



人当たりのいい顔を浮かべたまま帰路に着く子供たちにも手を振ってお別れする。

簡易的なステージを畳みながら、小道具を纏めてハルカも自宅へ足を向けた。



「……いいってことよ。さァ、今日はいくらになるかね」



ハルカの手には指輪やネックレス、ブランドものの腕時計や"大ぶりな宝石”が握られていた。







メディオ地区、商業街区で飲み屋の連なる栄えた大通りに車が停まる。


ダークグレーの車体に高級感のあるツヤ、埃一つ見当たらないボディは小まめに手入れされている証拠。

細すぎず、太すぎないドライバーの手に馴染むハンドル。

外装に見合った座り心地のいいシートはオーナーの趣味嗜好を感じさせ、ラグジュアリーな空間をデザインする。

一般的な車にはない様々な機能やボタンが運転席を中心に取り付けられており、ある種のコックピットと呼びたくなるような複雑な内装。


エアーの抜ける音と共に分割した後ろ扉が、自動で車体に合わせ上方にスライドし口を開く。

車からはいかにも夜のお姉様といったミニドレスを纏った女性が綺麗なお御足を揃えて車から降りる。



「安全運転ありがとう、ドライバーさん」

「……ほとんどオートパイロットだが」

「あら、褒めるところ間違えちゃったかしら。素敵な車よ、また乗りたいわ。ナンバーカード貰うわね」

「毎度あり」



お姉様の手慣れた営業のような投げキッスに顔色ひとつ変えないタクシードライバー。

硬派な印象の男はまた次の乗客探しで車を走らせる。

お姉様がスキャニングしたカードには車の登録番号とドライバー、"一色蓮"の名前が書いてあった。

また呼びたいときはそのデータを使って連絡が来る仕組み。



ドライブ中、短い音が鳴り視界の隅の空間に着信のポップアップが投影される。

慣れた手つきで表示に触れて接続した。



『依頼だ。700gのケースをひとつ、運んでほしい』

「どこで拾う?」

『ザフト、トの36。白いシャツにブラウンのハットの男から受け取れ』

「……30分以内で向かう」



指定の場所付近で言われた特徴の男を見つけて車を降りる。

きょろきょろと周囲を見渡し、敵が居ないかを常に見ているような挙動不審な男。

早々に彼は蓮に荷物を手渡しながら今回の依頼の詳細を説明する。



「位置情報を送る。……この場所に背の高いパンツスーツの女性が居るはずだ。あと20分以内に届けてくれ。出来るか?」

「……近いな。何故わざわざ俺を呼び出した」

「俺だと移送中に邪魔が入るんだ。遅刻はマズイ、行ってくれ」



蓮は片手で持てるくらいのケースを手にしたまま、どこに向かうでもなくただその場で腕を組んだ。

一向に動こうとしない蓮に、依頼した男は何をしているんだ早く行けと焦りを見せる。


蓮は自分の端末の画面を男に向けた。

それは彼の所持口座の収支画面。



「……これは"運び屋ポーター"としての依頼だと思ったが、違うか?」

「ッ、ああそうだよ!だから早く」

「ならルールを守れ。依頼コストの半額は先行入金だ」

「ボスを怒らせたらマズイんだ!達成時に確実に満額払う!」



例外は認めないと言わんばかりに、組んだ腕を解く様子のない蓮。

だがこうしている間にも言われた制限時間は近づいてくる。

血相を変えた白いシャツの男が観念して蓮の指定口座にコストを振り込んだ。

入金を確認した蓮が毎度あり、と不敵に口端を上げた。



「お、おい車使わないのか?」

「すぐ上だろう、走った方が早い」

「走っ……!?間に合わなかったら金返してもらうぞテメェ!!」



口の悪くなった男を尻目に車に積んでいた仕事道具を腕につけしっかりと固定用のベルトを締める。

車は置いたままでも問題ない。蓮にしか動かせないし、この程度の距離ならさほど時間も掛からず戻ってこられる。

準備運動も兼ねてその場で軽く数回跳ねた。

あと18分くらいか。腕時計にタイマーをセットして、蓮の顔が仕事モードにスイッチする。



「……フン、誰にモノを言ってるんだか」



ザフト地区はやはり國の中心で栄えている分、普段の仕事も多い。

その道がどこに繋がっているか、ナビをつけずとも分かる。

車で連絡橋を走るよりも、エレベーターで上がって行く方が効率的。


ジョギングくらいの速度からまるでアクセルを開けていくように加速していく。

可能な限り、道は直線で走るのが最短距離だというのは誰もが知る事実。


スピードに乗った蓮が低い家屋から屋根へ。高い身長と手足を存分に生かして市街地の建物上部を自由自在に跳ね回る。

時折漏れ聞こえる吐息さえ、彼の走りを加速させるリズムのひとつ。


屋上や屋根を跳び、真っ直ぐに駆け抜ける。

高いビル上部に爪のついたワイヤーを射出する。

ワイヤーをウインチで巻き取り短縮しながら、サーカスの空中ブランコよろしく建物をスキップ。


爪を外して飛び降りながら腕時計でカウントしている制限時間タイムリミットを確認する。

層間の直通エレベーターを使えば上の層まで最短3分、中央根幹部のエレベーターまではあと4分40秒もあれば着くだろう。

指定の座標まで10分以内に走れば依頼は達成。


建物から降り立った蓮が直通エレベーターの使用列に混ざった。

一息ついた蓮が服の中に風を通しながらルートの再確認をしていると視線を感じる。

昇降機のボックスで一緒になった母親に連れられた女の子が無邪気に見上げていたので、到着のチャイムと共に小さい頭の上で手を跳ねさせた。


再び算出した直線ルートを辿り、指定の座標にいるスーツの女性の近くへと着地する。

4分の時間を残して依頼完了。



「随分早かったわね。まさか徒歩だと思わなかった」

「……確認しろ、依頼の荷物だ」



ありがとう、と女が受け取ったケースの爪を外し、口を開けばエメラルドグリーンの”大ぶりな宝石”が中央に固定されていた。

運ぶものが動かず保護されているのは助かる。人も、物も。



「助かったわ、"運び屋"の名前は伊達じゃないのね。残りの依頼料も振り込んでおくから確認してちょうだい」

「毎度あり」



きちんと入金を確認した蓮が眉を上げれば、それ以上の挨拶もなしに女はいそいそと荷物と共に路地へ消えていった。



額の汗を拭いクールダウンしながらゆっくり愛車を迎えに行き自宅へ。

車庫に乗り入れ、エンジンを止めて車を降りる。

今日もよく働いた。

新作の酒でも開けようか考えていると背後に人の気配がした。


振り向く、その前に首を叩かれて蓮はその場で意識を失った。







壁一面のモニターと中央にそれらを操作するためのキーボードやボタン。

人間味のない無機質な広い部屋。

複雑な管理コンピューター達に向かって、誰かが座っている。


目を覚ました蓮は身体を起こし、周囲を観察する。

床にそのまま転がされていたらしく、関節が痛い。

蓮が起きたことに気づいたか、椅子に座った人間が椅子ごとクルリと回転しこちらに顔を見せた。



「おはよう、調子はいかがかな」

「お前は……」

「聞きたいことも多いかな。でもお兄さんと別にもう一人呼んでいてね、もうすぐ来ると思うからそこに座って待っていてほしいな」



ジャケットを着たショートボブの小さい女性が目線で示したのは簡易的な折りたたみ椅子。

少し離れた場所で対面する形で用意されていたそれに促されるまま腰かけた。

車庫に車をしまった辺りで記憶は途切れている。

襲われた割に着衣は乱れておらず、持ち物もこれと言って盗られたり破壊されている様子もなかった。


質問はもう一人が来てから纏めて受けると言った彼女。

やがて騒がしい声と共に待ち人はやってきた。



「痛ェって離せ、はーなーせー!」



じたばたと暴れる男を二人がかりで連れて、床に捨てるように蓮の隣に転がされたのはハルカ。

細い縄で後ろ手に手首が纏められている。

連れてきた内の一人が牽制するように傍についた。


本当にコイツが?と聞くような視線を蓮が嫌そうに投げれば、彼女は瞼を伏せて肩を竦めた。

パチン、と手を叩いて彼女は立ち上がる。



「やあやあ、皆のものご苦労。これでキャストが揃ったよ。自己紹介がまだだったね、灰田優だよ。もしかしてご存じかな?」

「灰田……ならここは灰田エンジニアリングか?」

「はァ?何でそんなとこに連れてこられたんだ俺は。つうか隣のコイツも誰だよ」



自分の居場所を初めて知った蓮が冷静に呟く。

灰田エンジニアリングは一部上場企業で、インフラ整備プログラムや警備システムなどを製作する会社だ。

親子二代で急成長させた近年注目の企業としてよくネットニュースに上がっている。

彼女は二代目の取締役だ。父から娘への世代交代をしたと近頃世間を騒がせた。


何となく人間の配置的に勢力図を察したハルカが灰田に敵意を剥き出しにする。

隣の男は両手がフリーで椅子に座らされているというのに自分への扱いが粗雑すぎやしないか。

だって君暴れるんだもん、と悪びれもせずに灰田は言った。

本題に入ろうと一つ咳払いをして、胸ポケットから何かを取り出して見せる。



「実はね、ここに私の組んだプログラムがある。これをとある客先に納品すると弊社には晴れて!労働に対する対価として報酬が支払われるという仕組みだよ。……ところがねー、これを開くための鍵を失くしてしまったのだよ」



透明な板に挟んだ小さなメモリーカードを見せびらかした灰田は続いて背後のキーボードを弄る。

灰田の顔の横に3Dホログラムとして投影された、エメラルドグリーンの大ぶりな宝石。

この中にプログラムを開くために必要なコードの書かれたICチップが埋め込まれているという。


明らかに彼女は蓮とハルカの所業を分かってここに連れて来ていた。

だが投影を見せても尚"失くした"、と嘯くうそぶく灰田は軽妙な言い口でお喋りを続ける。



「こういうこともあろうかと、本体とキーコード分けておいて良かったよ。でも、プログラムコッチに制限時間があってね。過ぎるとデータがクラッシュしちゃうの」

「……時間内に取り戻して来い、と?」

「物分かりの良いお兄さんだ。勿論、何故呼ばれたかも分かっているね?」

「おい待てよ、何で俺の仕業って決めつけんだ。証拠もない癖に」



ハルカが見覚えのある宝石の投影を見て、苦し紛れに言葉を吐く。

段差を降りて、ハルカの前に来てしゃがんだ灰田。への字に唇を曲げた彼に何かを求めるように片手の平を向けて差し出す。


手を見せろ、とにっこりスマイルで要求した。



「縛られてんだろうが」

「とっくに抜けてる癖に?嘘つき」

「……チッ」

「お兄さんの指って指紋ないよね。スリ師でしょ」



バレているなら隠す必要はない。はらりと解けた縄から両手を出して傲慢な態度で胡坐になったハルカ。

知らぬ間に縄抜けされていた事に、後ろにいた監視役が驚きでたじろいだ。

求めた癖に彼の手を見るまでもなく灰田はハルカの事をスリ師、と断定する。

指紋を溶かしている事も、スリ師である事も言い当てられたハルカはぐうの音も出ない様子で天井を見上げた。


蓮が灰田にふとした事を訊ねた。



「……中身が分かっているのなら作り直せるだろう。君は頭が良いと聞いた」

「褒めてくれるの?嬉しいな。しかし、天才は二度同じ仕事をしないのだ。お兄さん達さえ邪魔しなければよかったのに、私が余分に働いてあげる筋合いはないもの」



私の仕事は安くないよ、と立ち上がった彼女は笑う。



ハルカが盗んだ宝石。売り捌いたその先で買い取った何者かがアジトに持ち帰るリレーをしていたところ、運び屋である一色蓮を経由して無事敵方に渡ってしまった、という事だ。


灰田は今のところ二人に責任を取らせようとはしているが責めている訳ではない。少々着眼点が独特ではあるものの、彼女の望みを叶えてやれば自分たちに危害はない筈だ。

逆に、拒否すれば何をされるか分かったものではない。家も職もバレている。



「クラッシュするタイムリミットは明日の朝十時。納品は九時を予定してるけど、間に合わないようなら三十分までは場をもたせてあげよう。私は納品場所に先に行くね、詳しい座標は追々連絡する」

「……既に相手方にICチップが壊されている可能性は?」

「それはねェ。時間さえ来ればあれはチップゴミの混じった大きな宝石だ。上手い事加工すりゃアレ買った時のコストが取り戻せる」

「その通り。それに加えて時間まではキーチップこっちと連動しているのだ。何らかのオイタをすればすぐバレると相手さんは知っているのだよ」



軍資金は宝石を売った時の収入を使うように、とハルカを指さした灰田。

こっそり得できると思っていた彼は心底残念そうな顔をした。





用件はひとまず以上。随時必要な情報は二人に通達するとして、この場は解放する。


部屋には灰田とハルカの見張りをしていた男だけが残された。

蓮とハルカが出て行って暫く、灰田が突然胸を押さえて膝から崩れ落ちる。


蹲り苦し気に呻く彼女を、見張りの男は微動だにせず冷ややかな眼差しで見下ろしていた。

灰田が強く何かを訴えるように男を睨み上げる。その表情は先ほどの飄々とした雰囲気とは打って変わり、至極真剣なものだ。



「っはぁー!!やばい危なかった!口から心臓出ちゃうかと思った!……うわ、うわわ、凄くない?私こんな長い時間推し二人と一緒に居たんだ幸せで死ねる」

「……普段と違いすぎて偽物ではないかとこちらが勘ぐってしまったが、興奮を我慢した結果のキャラクターだったのか」

「だって!タロス!見た!?一色蓮の長くて綺麗な脚とか顎のラインとか男らしい無骨な手とかどこ取っても好き!動く美術品!國宝!!

かと思えば隣にはあのストリートパフォーマーHARUKAだよ!?SNS全部チェックしてるし、絶対今度パフォーマンス見に行かなきゃ。近づいたとき超いい匂いした、香水何使ってるんだろ……ふっふふ、あー手触りたかったな~」

「発言が長くて読みづらい。とりあえず床に転がるのは止めてくれ。髪に埃が付くぞ」



真剣な顔をしたのは最初の一瞬だけで、あとはデレデレと幸せそうに顔を両手で覆って床に右へ左へと転がる彼女。

ばら撒かれたマシンガントークを適当に聞き流した従者タロスは呆れたように見ていた。


灰田優。表の顔は灰田エンジニアリング二代目取締役 兼 開発局長。

蓋を開ければ、ミーハーが高じてハッキング技術がプロ顔負けにまで育ってしまった、ただのネットストーカー。

いつの間にか部屋のモニターは今まで彼女が入手した一色蓮とハルカの画像や動画データを映していた。どれも昨日今日に撮られたものではない。


一色蓮は、運び屋ポーターの仕事最中の息を飲むような美しいドライビングテクニックを偶然見かけた時からのファン。

彼の乗っていた車のナンバーはダミーだったが、ありとあらゆる伝手を駆使して身元を割りストーキングした結果、満足に追っかけが出来ている。


ハルカは彗星の如く世間に現れたパフォーマー。デビュー当初からのファンで、陰からずっと見守り応援していた。

灰田のストーキングによるトンデモ行動力により、彼の関わる盗難やスリの様子まで漏れなく知っているが、真っ直ぐにねじ曲がった強靭なオタク精神が色眼鏡となり全てを美化している。



夢見心地な表情でモニターに映した二人を眺め、思い出したように部屋の隅の引き出しを漁る。



「タロス!タロス!はいこれ!」

「これは……カメラ?と、バッテリーか」

「そう、ここのモニターに繋がってるの。二人の様子を漏れなく記録してきて!タロスの隠密ニンジャウォークしか頼れないのっ!お給料弾むからお願い~」

「隠密ニンジャウォーク……」



タロス。表向きは灰田家の雇われ従者。

普段は自由奔放な彼女の世話役を、世を忍ぶ仮の姿としている。

本来は影から國の平和を守るため、灰田エンジニアリングに潜入しつつ、とある一個小隊を従える隊長。

……なのだがそんなことお構いなしに使ってくる灰田と、タロス元来の頼まれたら断れない苦労性な性格が運命的にマッチングしてしまった。灰田にはもはやそういう設定だと思われている。

結果、どちらが本来の姿か最近分からなくなっている不憫な男、タロスが爆誕したのであった。



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