パラレルネメシス 〜宝石奪取


闇夜の影を明かりが縁取るミッドナイト。


蓮とハルカが狙う貨物保管庫では、何人もの軽武装した監視兵が倉庫内外部を巡回していた。



「しっかし本当に予告通り来るのかね」

「日付しか書いてなかったらしいし、今日中には来るんだろ。あー、ただ建物内回ってるだけってのも暇だよなー」



ペアで警備に当たっている兵士が仕事中だというのにやる気なく巡回コースの廊下を歩く。

少し横並びとはズレて後ろを歩く兵士を、ヌッと現れた何者かが音もなく襲いかかった。


相方の異変に気づかないもう片方の兵士は先を歩く。



「今回の仕事終わったら美味いもん食って、そんで……って、あれ?」



いつの間にか一緒に歩いていた相方が居ない事に気づいた兵士は振り向いて首を傾げる。



「…………ウンコか?」



居なくなった兵士を気にも留めずに一人だけで巡回を再開した。

無能兵士、と呼ばれること間違いなし。




太いダクトの給排気口。建物内の廊下に続くその場所から、兵士二人が通り過ぎていくのを見送った蓮とハル。

音を立てないようにそっとベントキャップを外し、蓮が兵士の後ろへと柔らかく降り立つ。

続いて降りたハルが近くの備品室を開けて確認し蓮にサインした。


蓮が兵士の頭を抱えて口を塞ぎ、手早く部屋に引き込んだ。



「動くな、静かにしろ」

「テメェらっ!二人だと?話が違う……!」



いつでも絞められるように首に腕を回して、耳元で小さく囁いた。

奪還するキーチップの警備体制など聞き出せれば把握しておきたい。

ハルが入り口を見張っている間に蓮が彼に聞き取りを行う。

こんなところで時間を取られたくはない。気道を狭めるように腕を寄せていく。




「チップは三番倉庫だな。ブツの監視は何人いる?」

「なんの話だ?そんなもの俺は知らないッ」

「……宝石の話だ。お前たちが警備している」

「ぐっ……!ご、五人だ!あとはすぐに来られるように交代で巡回が周りに何人も居る!」



苦しさに喘ぎ拘束している蓮の腕を叩いて緩めさせれば、観念した様子で情報を吐く。

情報さえ貰えればこの男に用はない。

頭を抱え直し絞め落とせばカクンと意識を失った男。部屋の保管品であろうごちゃごちゃとした物陰に隠して立ち上がる蓮。



「既に俺たちが来る事はバレていたのか?それにしては敵の警戒の仕方がおかしいような……ハル、何故ダンボールを被っている」



蓮が装備品を確認しつつ、自分でも廊下を覗き敵の気配がないかを窺う。

ハルと意見をすり合わせたくて振り向くと彼の姿はなく、代わりに無駄に大きなダンボール箱が口を下にして置いてあった。

彼がこの部屋に居たという事実を知っていれば、不自然に置いてあるその中にハルが居るのは火を見るよりも明らか。

微塵もハルの行動が理解出来ず苦しんだ蓮に、ダンボール箱の中から返答があった。



「わからない。だがこの箱を見ていたら無性に被りたくなった。いや、被らなければならないという使命感を感じた」

「使命感?」

「こうして被ってみると、これが妙に落ち着くんだ。上手く言い表せないが、居るべきところにいる安心感というか。人間はこうあるべきだという確信に満ちた安らぎのような、ってオイ!最後まで聞いてけよ!」



長ったらしい口上を無視して先に進んでしまおうと、扉に手をかけた蓮にダンボール箱から顔を出したハルが突っ込む。

付き合ってやるのが極めて面倒臭そうに、仕方なく蓮が振り向いた。



「…………で、味は?」

「食いモンじゃねェだろが。別のセリフぶっこんでくんな」

「誰かそこに居るのか?」

「ッ!??」



少し声が漏れたのか、巡回している監視兵が外から声をかけてくる。

敵の警戒が一気に危険フェイズ手前の回避フェイズまで上がった。早く隠れないと見つかってしまう。

慌ただしく蓮とハルが隠れ場所を探す。さほど広くもない小部屋だ、隠れ場所もそう多くはない。


ガチャリと扉の開く音がする。



「何か物音が聞こえた気がしたが……気のせいか」



兵士が覗いた備品室は何もなかった。

そうと分かれば安心して再び警戒フェイズ、潜入フェイズへと移行する。


遠ざかる足音に蓮とハルはホッと緊張を解いた。


なんとか二人で隠れたのは、ハルがさっきまで被っていた特大ダンボール箱。

その中は蓮とハルが二人で入っても多少余裕はあったが、身を寄せて見つからないように息を殺し静止していた状態はきついものがあった。


ハルがダンボール箱という密室になりきれない密室の中で、すぐ側にいる蓮を見つめながらしおらしく頬に手を添える。



「ラブダンボール……」

「殴られたいのか?」



少々トラブルがあったものの、ようやくダンボール箱から出た二人。


部屋を出る際、この部屋でのやり取りが楽しかったのか、上機嫌で笑顔のハルが蓮に”いいセンスだ”とドヤ顔を浮かべる。感想のつもりか。

その表情にムカついた蓮は、”そろそろ本気を出していこうか”とハルの腹にグーパンチを捩じ込んでおいた。


そろそろ先へ進もう。待たせたな。




その後も二人は巡回している無能兵士たちの警備を掻い潜り、危なげなく目的の部屋上部を通るダクトスペースまで辿り着いた。

倉庫内を覗くと運よく降下地点にガラスケースに収められた宝石が安置されている。

警備は雇ったが電子制御系のセキュリティはまるで無し。楽勝だ。


警備は教えられた通り五人。

部屋への入り口は二ヶ所。どちらも同じ方角についているため全員がそちらを向いて宝石と出入口との間に立っていた。

この部屋は滅多に使われないのか、壁や床が薄汚れてパイプについた錆が目立つ。

出入口が限られるので警備のしやすさからこの部屋が選ばれたのだろう。

警備中だが例外なく彼らも暇なようで、会話中に時折笑い声が聞こえてくる。


蓮の仕事道具のワイヤーを身体に巻き付けたハルが、緩みがないか確かめる。



「行けるか?」

「おう。さっさと宝石パクって退散しようぜ」



蓮がベントキャップを外し、ハルの体重を支えるためにしっかりとフチに足を掛けた。

ハルが警備員の目を盗み、音無く一気に降下。床に着く前にピタリと止まる。

宙ぶらりんの不安定な状態でも彼は難なくその場で作業を開始した。


ガラスケースのフタを外して、宝石を掠めとる。

すぐ後ろで行われているハルの所業はバレていない。

今のうちに自身を引き上げるように蓮に合図しようと腕をあげるが、不自然にハルの身体が強張った。

素早くワイヤーを巻き取ろうとした蓮がハルの様子を見て怪訝に眉をひそめる。


鼻と口を片手で押さえ、ハルの身体が小刻みに震え始める。

あのバカ、やめろ絶対に音を立てるなよ……!


蓮の願いもむなしく宝石を抱えたハルが大きく息を吸い込む。



「ぶえっくしゅん!!!」



ハルの盛大なクシャミ。反動で蓮がダクトスペースから落下した。

突如発生した背後の音に警備兵全員が驚き振り返る。

一人がヘルメットのバイザー部分を押し上げて蓮とハルを指さした。



「あぁーっ!お前ら!!」

「痛ッ……こんの、バカ!何でこのタイミングなんだ!?」

「だってこの部屋、ッぐしゅんっ!ホコリやばすぎ。ハウスダストアレルギーなんだよ俺」



腰を打ち付けた蓮が患部を押さえながらあまりにもタイミングの悪いハルにキレる。

ハルは一度では収まらないムズムズにくしゃみを続けながら、仕方なく手品用のチーフで鼻をかんだ。

やいのやいの騒ぐ二人を指さした警備の男が声を張り上げる。



「さっき話した昼間の奴らがこいつらっすよ!」

「お前たちか、うちの竹ノ内を負かしたってのは」

「うちの竹ノ内って語呂いいですね隊長。回文みたいで」

「霧島さん、その話あとにしてもらえます?」



騒いでいるのは昼間に会った竹ノ内。きちんと定職に就いていたことに驚きを隠せない。夜の用事とはこれの事だったのか。

よく見たら全員胸のプロテクターに名前が書いてあった。

一歩前に出てきた上司っぽいのがシオン。呑気に笑った霧島に、臨戦態勢のまま呆れたように如月が突っ込みを入れる。



「お前たちだったんだな、宝石泥棒!」

「人を泥棒扱いされても困る。ハルはそうだが」

「おいこらオメェ、今日は俺と同じだろうが」

「待て竹ノ内。シオン、こいつら様子がおかしい。本当に予告状の差出人なのか?」



シオンの横に並んだ副隊長のゲイツという男。結構背も高くがっしりとした体格なので、尻餅をついている二人からはより大きく見える。

ひとまずこのままでは何も出来ないので立ち上がれば五人から銃口を向けられて反射的に蓮とハルは両手を上げた。


銃を構えて牽制するシオンがゲイツに合図してハルの持っている宝石を取りに行かせる。



「お前たちが何者なのかはこれから聞くとして、その宝石は返してもらおう」



ここで抵抗するのはどう考えても勝てない。視線だけで相談して降参を決めた二人。


ゲイツがハルの手から宝石を取ろうと腕を上げた時、突然全員の視界が真っ暗になった。

なにがあったどうしたんだと騒ぐ。誰かが電気をつけるためにスイッチを探し彷徨う。

何かにぶつかったらしいハルがイテッと小さく声を上げた。



「ハッハッハッハァー!」



コンピューター調の音声が部屋に広がる。

誰かが電気をつける前に、中二階くらいの高さにあるキャットウォークにパッと光が発生した。

あれは……業務用サイズの手持ち懐中電灯。恐らく本人はスポットライトをイメージしているのだろうか?

急に発生した声と明かりに全員がそちらを注目するが、照らしているのが顎の下からなので頭部の凹凸が邪魔をしてホラー映像になっている。いまいち輪郭や人物がよく分からない。

少なくとも人間の頭ではなさそうだ。



「あれは……!」

「……知り合いか?」

「わたくし、ビルドラゴンと申します。しがない宝石盗賊にござい。以後、お見知りおきを」

「認めたくねェけど一応、同業……」



自ら名乗った機械頭。恭しいうやうやしい礼をしてこちらに挨拶してみせる。

暗くて表情は良く見えないのだが、ハルがどこか呆れたような声色で呟いた。


ビルドラゴン、宝石専門の陽気な盗賊。

盗賊としての仕事の成功率は30%以下。偶に成功した報酬で下層の暮らしに役立つ製品を開発し、自身の隠れ家の周辺に住まう子供たちにも無償で使わせているのだとか。

それなら盗賊業より効率的な稼ぎがあるはずなのだが、今のビルドラゴン的な流行らしい。ちなみに前職は清掃業。

ハルの稼ぎ場は少し特殊なのでビルドラゴンとバッティングする事はないが、他の同業者から場を荒らされたと何度か愚痴や話を聞いていた。



「では予告通り、こちらは戴いていきますぞ!」

「あ、いけね。盗られてら」

「待て、ビルドラゴン!くそっ、チームAとチームBは奴を追え、逃がすな!」



ハッハッハッハァーと、登場した時と同じテンションでフェードアウトしていくビルドラゴン。彼の手にはしっかりと、先ほどまでハルが握っていたエメラルドグリーンの宝石があった。

しかし彼はわざわざ予告状まで出してこのタイミングで盗りに来たというのか?何か仕組まれているような奇妙な感覚に蓮は眉間にシワを寄せた。


やがてスイッチを探り当てた如月によって部屋の電気がつけられる。ハルカの手にはやはり宝石はなかった。

シオンが急ぎ無線で警備全員に有事を知らせ指示を出す。



「あいつが予告状の……!お前らはビルドラゴンを引き入れる為のデコイか!?」

「いや違ェって!アイツ、ちょっと複雑な問題出しただけですぐオーバーヒートして煙噴くんだぞ!?そんな難しいこと考えられねェよ!」

「複雑な問題……」



蓮とハルがビルドラゴンとグルではないかと疑うゲイツが更に詰め寄る。

心底一緒の扱いにされるのが嫌そうに否定するハル。あまりにも必死なのでそんなになのかと思わざるを得ない。

だが疑いが晴れることはなく、宝石を取り戻すために隊長のシオンが仲間たちに指示を出す。



「言い訳は後で聞いてやるさ。こいつらを餌にさっきの宝石泥棒をおびき出す!お前たち、準備しろ!」

「だから仲間じゃな、ガハッ……!」

「ハル……!」



ハルのそばに立っていたゲイツが重い拳を一発、鳩尾へと打ち込んだ。

カクン、と力が抜けたハルに呼びかけるが聞こえている様子はない。完全に落とされたか。

蓮にも如月が近寄ってくるので警戒していると、不意に背後でパチリと電気が弾ける音がした。



「失礼しますね」

「ッ……!?」



背後から蓮に囁いた声は霧島のもの。

服の上から押し当てられたスタンガンに、敢え無く蓮も意識を失った。







並べられたデスクトップ。とっくの昔に営業は終わり、本来なら真っ暗な筈のオフィスには明かりが未だについていて、人影も二つ。

小さな女性がやる気なくデスクに頬を付け、もう一人の比較的小柄な男性は呆れたように隣の女性を見ていた。



「局長、この話本当に今じゃなきゃダメですか?僕今夜行かなきゃいけないところあったんですけど……」



外は真っ暗。街灯の明かりがなければ歩けないような深夜帯。というか夜勤などの仕事でない限り、ほとんどの人がとっくに就寝して夢の中にいるような時間だ。

少なくとも今彼らだけしか居ないこの部屋に勤めるような人間は、夜勤とは違う業務だと思われる。

今居る二人だけが特別、ということでもなさそうだが……



「辻本君のような優秀なプログラマーは手放したくないんだよーどこにも行かないでよぉー」

「もー、分かりましたよ。聞きますから、でも代わりに手当つけてもらいますからね」

「辻本君にはダブルワークの警備員さん許してるけど、もう少し稼ぐと報酬枠変わっちゃうと思ったなぁ。引かれる税金も増えるよ?」



局長と呼ばれたのは灰田の事。

まるで重役と思えない態度や雰囲気とだる絡みに辻本も辟易して降参モードだ。


辻本的にはちょっとした嫌味のつもりだった発言も、この後に及んで綺麗に論破されて言葉に詰まる。

社員と距離感が近くフランクな性格なので忘れがちだが、そういえば灰田はこの会社の経営陣だった。


そもそもこんな常識外な時間まで拘束して灰田は何がしたいのか、というと。



「だって今日の推しの事は今日喋りたいじゃないか」

「今日って言ったってとっくの昔に日付変わってます。寝てください」

「だって私、明日の朝から納品に行くんだよ。遅刻とか急ぐの嫌だからもうすぐ出発するし、今しかないんだよー喋れるのが」



顔の横の髪の毛を一束、人差し指に巻きつけて遊ぶ灰田。

こんな時間から出るなんてどこに行くつもりなんだろうか。それよりも気になるのはこれから納めるその中身。



「局長自ら納品に出向くなんて、相手はどんな上客なんです?それとも中身が大事なプログラムとか?」

「両方かな。シャハルのツクヨミ本部に納品に行くよ。ふふん、そうだねぇ。このプログラム、きちんと使えれば國獲りが出来たりして」



サラッとトンデモ発言をした局長、灰田に愕然とする辻本。

確かにそれなら会社の顔として彼女自ら納品に行くのも頷けた。ここまで急速に会社を成長させた親子の実力は、國を始めとした重要企業にも用命されるほどのものなのだから。



「く、國が!?尚更こんな遅くに、しかも一人で出発なんて危ないですよ!いつも居るお手伝いさんどこ行っちゃったんですか?」

「そう!!それ!!!私が辻本君を呼び止めたのはそれが理由なんだよ!」

「わっ、びっくりした。デスク叩いちゃだめですよ」

「一緒に行く人も居るし危なくないよ大丈夫」



バン!とデスクを叩いて立ち上がる灰田。

ぐったりオフモードの姿勢だったので急な動きと音にびっくりした。

こんな深夜帯に待ち合わせするのも普通に迷惑だと思う。



「ちなみにタロスは今おつかいで出払っているのさ。私の推し活の手駒だから」

「言い方が余りにも酷い」



だから話し相手に君が選ばれた、と言わんばかりのドヤ顔。

そんなものにタイミング悪く選ばれたくはなかった。



「今日はもう遅いし辻本君は会社に泊まるでしょ?シャワールームも仮眠室も好きに使って。ついでにこれ。明日やる仕事置いておくから」

「抜け目ないのは流石ですね局長……」

「それでようやく本題に入るんだけどね!推しの蓮さんとハルさんが予定外のトラブルに巻き込まれて……」

「せめて僕を休ませてください~~~」



姿勢を正し、昼間の疲れを微塵も感じさせないほどツヤツヤキラキラした表情で推しを語る灰田。

こんな時間だというのにも関わらず、恐らく向こう一時間は解放されないであろう上司のテンションの高さに辻本の心は涙を流したのだった。



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