老老介護


〜違和感



「そういやお前さ」


再会した廃教会にて、出立の用意をしているシグマの背にカリンが疑問を投げる。



「なんで"我"とか言ってんの?キャラじゃねェじゃん」

「分からんか。演出というものだ。こちらに威厳を見せねば、相手も覚悟を決めないだろう?」

「………え、演出って……おま……」



剣にしか生きてこなかった旧友の知識の古さと少なさと偏りに絶句するカリンだった。




〜闘争の理由



懐かしい思い出にしみじみ浸りながらメディオ地区へ移動中。

久し振りに会った顔見知りに会話も花が咲く。

……内容は物騒だとしても。



「強い奴に殺されてェだぁ?自殺でいいじゃん。最強の自分に殺されるんだぜ、ほれ目的達成」

「それでは意味がない。戦いの中で俺を超えるものに出逢い、死にたいのだ」

「うっわコイツ面倒くせェ」


さらっと素で悪口が言えるのはかつて拳と剣を交えた間柄だから。

昔に比べ性格の大きく変わらない2人。これから死にに行こうという自身に着いてくるカリンは何故戦うと言うのだろうか。



「今のお前を知らんが、その様子ならまだ拳を振るうのだろう。何故だ」

「何故ってそりゃ、好きに選んだ奴にステゴロかましたいじゃん。理由がないと殴っちゃいけねーのかよ」


まるで戦いが気分転換の運動ような口振り。

そう言えば昔から上の機嫌をとったり板挟みになるのを心底嫌がる男だった。


先ずは自由。次いで気分。自由、に含まれる範囲の広さは彼の気分の向くままに。

気分で人を殴るお前も割と面倒臭い男だぞ、と思ったシグマだった。




〜それは師弟と言えるか



普段そこまで喋らないせいか、一度喋り始めると次々話題が出てきて面白くなる。

目の前の男が聞き役だから尚の事。


挑戦者を待つ洞窟でカリンの昔話を聞いていた。



「んで四龍出てってからメディオの溶鉱炉に隠れてたら、こんくらいのチビが絡んで来てさ」

「ほう」

「ヤバい身寄り無さそうだし構ってやったらクッソ生意気に師匠師匠呼んで懐いてさ。面白いぞ、最終的に俺の喧嘩の仕方持っていきやがった」

「お前、実子が出来たら親馬鹿になりそうだな」


まるでシグマの合いの手を聞いていないカリンが、最近何年ぶりに会ったそいつがまるで変わらないだのと調子よく喋り続ける。

適当な合いの手で流しつつシグマも少々思い耽る。



「……弟子か」


剣聖と言われるまで磨き上げた自身の剣技に打ち勝てる者を求めていたが、資質のある者なら……悪くない、かもしれない。



〜やりたい事



ボロボロのシグマのまだある左足と左腕を抱えて背負うボロボロのカリン。

ろくに動けないシグマの怒り、文句を適当に聞き流す。

事実上今回の戦いはシグマにとって負け。だがカリンにしてみれば正直済んでしまった話の結果などどうでも良かった。



「剣しか知らねェお前に色々見せたくなったのよ」

「喧しい。貴様を殺して俺も死ぬ」

「心中は愛してる奴がやる事だぞ。あと今単純に俺の方が強ェ」


クソ、と現状力を使いすぎて雷魔術も使えそうにないシグマがされるがままに運ばれる。


死ねなかった屈辱。

道を外れ文字通り地の底まで堕ちた自分を、何食わぬ顔で傍に来て拾った、太陽を背負う男。

覚悟は決めていたと言うのに、この男には簡単に絆されかけている事実を認めたくなくて、苛立ち腹が立つ。



「……お前のやりたい事とは何だ」

「んー、そうだなァ……」


血が止まって開くようになった右目。その横顔はどこか嬉しそうだ。



「日向ぼっこ」

「……は?」

「ずっと地下居たし、最近忙しくて浴びてねェなって」


まさかこの歳になって日光浴に付き合わされる事になろうとは、変な男に拾われたものである。



~捨てた、拾った



照りつける日差しを遮るように手を翳し、目線で自分を引きずってきた男に文句を言う。

よもや怒鳴る体力はない。



「ようやく出られたなァ。蛇肉も食い飽きたぜ、臭ェし」

「貴様……まさかこの場所に出ると知って蛇皮の日よけなんてものを用意したのか」

「あー、いやあまりにご立派な図体してんのがいっぱい居たからよ、捌いたついでに必要なものをな。よく出来てんだろ」


やはり必要と知っての行い。

天使教団がひた隠しにしていた入り口は知らないとほざいた癖に、死の砂漠に通じる出口は知っている意味が分からない。

勘のいい男だとは思っていたが何なんだこいつは。

リージョンに着いたらなめして売ればいい値段になりそうだ、などと笑うカリンに毒気を抜かれる。



「まずは水の確保と現在地の把握だろう」

「西か北あたりに行きゃイイんだろ?15分くらい待ちな日時計作っから。水はもっと日が落ちたら向こうから来るだろ、夜になったらシグマ光れよ」

「人を誘虫灯の代わりに使うな。砂漠の民を水扱いする男もお前くらいだぞ」


どこで身に着けたサバイバル知識なんだか、大空洞で散々喰らった蛇から引き抜いた比較的真っ直ぐな骨を砂に刺して線を引くカリン。

汚れた横顔を眺めながら、こいつと居るとこんな状況でも何故か死ねそうになくて諦めに似た溜息が漏れる。



「……わざわざ辺境の地に来てまで捨てた。それをお前が拾ったのだからな。楽天家め」

「責任取ってまた指詰めろってか?ンな事しなくとも生きてりゃどこでも行けんだろ、俺とお前なら」


行く方向を決めたカリンが笑って差し出した手を掴む。

凭れてゆっくりと二人は歩き出した。



~可愛くない



長く離れていた年月の割に相性は良く、生活する上では大きな問題もない。

片脚を失ったシグマは車椅子生活になったがある程度の事は自分で出来る。


隠れ家を確保し、ようやく人並みの生活を取り戻しつつあるカリンが日課の資金横流し処理をしていると、シグマが彼を呼んだ。



「車椅子というのは不便だな。乗り物の癖に思っているより進まん」

「……いや、それに乗ったヤツがとんでもない速度出してたらただの凶器だろ。電動でもそこまで速度出ねェよ」

「そうなのか。では新たに車輪を付け替えるのはどうだ。大きいものにすれば進みも良くなる」


何言ってんだコイツ。

徒歩では問題ないような段差も引っかかるから不便、と言うなら分かるのだが、真っ先に速度の話をされるとは。


生活する上では問題ない、とは言ったが時折シグマの奇想天外な常識足らずには驚かされる。

舎弟が面倒を見てきたのだろう、恐らく。



「カリン、今日は魚が食いたい。天然モノの」

「お前今誰の金で生きてると思ってんだ!?」


子供のような我儘をでかい大人が言うのは、可愛くない。



〜飲酒



喉を冷たい液体が通ってすぐ、アルコールの気化する感覚が一瞬支配する。

鼻をふわりと通る米特有の香り、コクに気分が良くなる。



「美味い。やっぱ焼酎は米だねェ」

「わざわざ水分にもならん物を飲んで何が楽しいのか分からん」


手に入れた一升瓶の焼酎を上機嫌に開けたカリンを呆れたように見ているシグマ。

数ある飲用水の中から酒という異質な存在をわざわざ選んで飲む人間の行動が分からない。

飲み物なら他でも構わないというのに。


これと言って何かを喋る訳でもなく、ただ1人で目の前の酒を美味そうに飲み進める彼をじっと観察する。



「ん、なに。シグマも飲むか?」

「舐めるだけだ」


手を伸ばして来たのでグラスを明け渡せば、本当にひと口だけ含んで返される。

飲んでからずっと眉間にシワを寄せるシグマを観察する。焼酎は得意ではないのだろうか?


ものの数分しないうちにシグマは横を向いて、……吐いた。



「……はァ!?お前マジか!?」


焼酎がダメなのではなく、ただの下戸だった事を知ったカリン。

ひたすら水を飲ませたものの、翌日シグマは二日酔いを避けることは出来なかった。



〜海



「お前と海に行ったのは、いつのことだったか」


ある日、シグマが外を眺めながらふと呟いた。



「あん?まだ俺が四龍組にいた頃だから、3、40年くらい前じゃねぇ?」

「まだまだ青いガキだったな。あの頃の俺も、お前も」

「急にどうしたよ。変なモン食ったか?」

「何でもない。あの頃と変わらないのだろうな、海は」


遠くを見ようと目を細めるシグマに、カリンもふっと笑みを浮かべた。



「今度2人で行ってみるか。お前を突き落としてやるわ」

「安心しろ、1人では死なん。お前も道連れだ」


今日も隠れ家は平和だった。



〜義足



失った脚の傷口も癒えた頃、ぎこちない様子で一人で車椅子を動かそうとしているシグマを見たカリンは、義足の提案をした。



「生身と一緒ってわけにはいかねーだろうが、お前ならまた戦えるようにもなるんじゃねェのか?」


そう言うカリンに、シグマは静かに首を振ってみせた。



「俺の戦いは終わったのだ。義足になってまで、戦場いくさばに立とうとは思わんよ」

「そいつは……ハッ。國のお膝元で大見栄切ったヤツと同一人物には到底思えねェ口振りだわ」

「そんなこともある。それにな」

「それに?」

「お前に世話を焼かれるのは存外心地いい」


何でもないかのように言ったシグマ言葉に、カリンは思わず胸を詰まらせる。



「そっか……そいつはよかっ」

「下僕ができたようで」

「はっ倒すぞテメェ!?」

「冗談だ」

「どこまでがだよ!!」



〜リハビリ



カリンが買い物に出かけたある日のこと。


帰りが遅くなってしまったカリンが、慎重に隠れ家の階段を登っている。

ふと耳を澄ませば、床の軋む音と風切り音がわずかに漏れ聞こえてきていた。


家に剣は置いてなかったはずだが。……アイツも、たまには剣を振りたいのか?



「……シグマ、帰ったぞー。ってなんだ、気のせいか」

「買い物ご苦労。気のせいとは何のことだ?」

「いや、外から床鳴りが聞こえたからよ。てっきりリハビリでもしてるのかと」


カリンが言うと、シグマは合点が入ったように近くに置いてある松葉杖を指さした。



「少しばかり棒振りをしていただけだ。最近、流石に運動不足かと気になってな」

「その身体じゃ満足には動けねぇだろうに、どっか気になるトコでもあんのか?」

「恥ずかしい限りだがな。どうも下っ腹が出てき始めた。誰かの作る飯が旨いのが悪いとみえる」


予想外の言葉に、カリンは思わず吹き出す。



「へーい。そりゃ悪かったな!晩飯から無味無臭エネルギーバーにしてやんぜ」

「異議を申し立てる。怪我人には旨い飯を提供するべきであろう」

「じゃあそのまま太り続けやがれってんだ」


不貞腐れる彼の顔がおかしくて、その日はろくにシグマの顔が見られなかった。



〜資金繰り



老眼鏡をかけたカリンがパチパチとソロバンの珠を弾く。

電卓は使わないのかと聞いたが、数字が見えないらしい。老眼で。

古の計算機など良く扱い方を知っていた物だ。


唸り声を上げて髪を混ぜ、大きく息を吐く。



「ちと余裕なくなってきたな。まだ早いが、1件潰してぶん取ってくるか」

「危ない橋を渡るのか?」

「おー、俺1人なら良いんだが、多少生活費は余裕持ちたいしな」


時折、客からの依頼で機会を見て資金の出所潰しを請け負うカリン。

ただの窓口だけでなく、そうした実働作業も1人で行うフットワークの軽さが、洗い屋の事業を拡大させた所以だ。



「苦労をかける」

「捨ててもいいが夢枕に立たれるのも嫌なんでね。感謝しろよ俺様の優しさに」

「ああ、ありがとう。そう言えば……」


素直に感謝を述べた珍しいシグマに、老眼鏡を外しながら目を向ける。

右手首を指さして首を傾げていた。



「ここに四龍組時代の金があるんだが、危ない橋を渡る時の準備に使えるか?」

「さっさとその金出せやコラァァァァ!!!」


スパァンと床に叩きつけられた老眼鏡のレンズが外れて壊れてしまった。



~優しさ差分



「カリン、それ以上は止めておけ」


泣きすする童子の頭を掴むカリンを止める。

止められると思っていなかったカリンが酷く驚いた顔をする。

周囲には追手だった者達が死屍累々倒れ伏していた。



「だって見つかった元凶はこのガキじゃねェか。生かしといてどーすんだよ」

「童子故の要らぬ正義感だろう。構わん、捨て置け」

「はーん、良かったなクソガキ。シグマが優しくて命拾ったぜ」


優しい、優しくないの話ではない気がするが、カリンの受け方はそうらしい。

しかし止めなければ迷いなくカリンは童子の頭蓋を砕いただろう。

カリンはこれまで1人で動いていた分、事を成し遂げる迄の対応が柔軟だ。

だが敵に対して、自身の線引の外側に対しては非情。命のやり取りに迷いを見せる事はない。



「……敵に抜かれたのは油断した。悪い」

「この程度の傷、放っておいても癒える。お前に非は無い」


零れた敵がシグマの久々に放つ雷撃の到達前に腕を斬りつけただけ。その後すぐに倒したし傷もさほど深刻ではない。

帰路で車椅子を押してくれるカリンの顔を盗み見る。


身内に対しては優しい男だ。戦士なら見慣れた浅さの傷でもそういう顔をする。

その日の食卓はいつもより使用する食材も良い物だった。分かりやすい一面もある男である。



〜時間を忘れて



ガチャン、ゴトン。

硬質で重さのある金属の塊が幾つか纏めて置かれた音にシグマが振り返る。



「……いい加減手入れしたらどうだ?」

「は?何を?」


シグマが見ているのはカリンが纏めてテーブルに置いた拳鍔。言われてみれば、土や古い血がこびり付き、錆付いたものもある。

拳鍔それをぶん投げて回収しないこともあるカリンからすれば銃弾のような消耗品扱い。

シグマはずっと剣を扱ってきたのもあって、手入れされない武器が気になってしょうがない。



「どうせ暇だ。置いておけ」


使わない布切れや磨き材を揃えて拳鍔を手にしたシグマを横目にタブレットを立ち上げ自分の仕事に手を付けた。



小一時間のつもりだったが、結局全て捌くのに意外と時間がかかった。身体が痛い。

バキ、と背骨を鳴らして伸び、そういえばとシグマを見る。

……寝ているのかと思う程にどこにも動いていない気がする。だが手元は動いていた。



「……シグマ?もしかしてずっとやってんのか?」

「そんな時間か?見ろ、お前がどれだけ粗雑に扱っていたかが良く分かる。見違えたぞ」


差し出された拳鍔が何故か鏡面仕上げにされていた。

すっげー、と思わず口から出た感想に得意げな顔をするシグマ。


意外とマメで手先が器用。顔に見合わず、飽きずにずっと同じことをやっていられる所は自分と正反対。

それ以来、カリンの拳鍔磨きがシグマの趣味になった。



〜他人からしか見えない



上層街区の外縁部の広間にて、柔らかな昼下がりの日差しを浴びる。

こくりと船を漕ぐ頭を見ながら、仮にも追われている身だというのに呑気な男だと呆れてしまう。


緩んだ衿から和彫りの端が見え隠れしていた。

四龍組には自身の身体に彫り物を入れたがる者が多い。それは自分がそう在りたいと思う夢や思想を着想として墨を入れる。

力強く在りたいと多くの者が願い、それを体現する生き物や文字を身体の好きな部分に取り込む。


火輪カリンは、太陽を背負った。

元々好戦的で強さを求める気はあったが、自らが率先して前に出て道を切り拓くような気質ではない。

人道を照らす太陽に、という訳でもないと聞いた。



絶対不変の自由の象徴だから。


いつだったか酒に酔ったお前が零した背負う太陽の意味。

未だにその意味は測りかねている。



「……へっ、ぐしゅん」

「カリン、そろそろ日が落ちてきた。戻るぞ」

「うい。あースッキリした。やっぱイイね日光浴は」

「風邪を引いても知らんぞ俺は」


この男が求める太陽は知れないが、この男が好きな自由なら何となく分かるようになってきた。


車椅子を押されながら、少しくらい露払いがしてやれるように動けたほうが良いだろうかと考える。

カリンの自由の為ならそれも有りか。



「何でお前そんなニヤけてんだ?」

「………貴様、もう少し言い方という物があるとは思わぬか」

「そして何で急に不機嫌に……」



〜好みが分かれるソレ



出掛けたついでの昼食で入ったバーガーショップ。

窓際のカウンター席に位置取りしたシグマの元に2人分の食事を持っていく。



「シグマとファストフードとか初めてじゃね?こっち俺の」

「最近は特にお前が纏めて作ってくれるからな。偶には良かろう」


包みを剥ぎ食べ進める2人。急いでいるわけではないのでのんびりと咀嚼する。

丸いバンズからはみ出してお得感を見せつけるベーコンを噛みちぎっていると、シグマが機会を伺う顔でこちらを見ていた。



「お前の好きな物をやろう」

「あん?……コラ、お前が嫌いなだけだろうが」


チーズバーガーを食べていたシグマが、自分の物から発掘したピクルスを摘んでカリンのバーガーに乗せてきた。



「漬け物なら食えるんだがな」

「一緒だろキュウリの酢漬けなんだから」

「いや違う。コイツは何かが違う」


親の敵かという程恨めしげにピクルスを睨んでいるので、今回は仕方なく食べてやった。



~約束の指



「約束、か」

「今度は何だ?」


タブレットを膝に置いて何かを見ているシグマがそっと呟いた。

カリンが後ろから手元を覗き込めば、タブレットには文字っぽい物が整列しているように見える。老眼鏡なしでは内容までは読み取れなくて眉を寄せた。



「小説の中にそんな一節があっただけだ。入社したての頃、お前とも約束をしたなと思い出してな」

「あー、俺がお前を部下にしても下克上は無し。だっけ?」

「違うわ馬鹿者。互いに何かあれば助け合う。まだ青かった我らの戯言よ」


本当に自分たちがクソガキだった頃の話だ。

カリンとて忘れた訳ではない。むしろきちんと覚えていたがそれを再び言葉にするのは羞恥が邪魔をした。

それなのにこの頑固者は躊躇いなく口にするのだから、カリンは諦めて肩を竦めた。



「覚えてるっての。ま、俺は約束守ったけどな?」

「確かに……それは、感謝の念が無いわけでもない」

「へーいへい。シュショーな心掛けだな」

「今はこうして厄介になっている身だがな。いつか、お前の身に何かあれば必ずこの恩を返そう。これは約束だ」


フッと笑ってカリンを見上げたシグマが左手の小指を差し出す。



「うわー、お前恥ずかしくないのかよ。まァ、いいケド。………あ」


応えるために自身も左手を出したカリン。そちらの手には小指が無い事を失念していた。

バツが悪そうに左手を見せながら頭を掻いた。



「悪りィ、小指は組に置いてきちまった」

「しょうがないヤツだ。ほら」

「……ありがとよ。こっちのが強そうじゃん、小指だけで約束するより」


小指の契りを握手に変えて、二人は古い約束をより堅く改めた。



~プロレスごっこ



シグマは車椅子から転がり落ち、カリンはただでさえ適当に羽織っている着物が半分脱げている。

取っ組み合った2人が床の上で転がりながら吼えていた。



「ホントにテメェそういうとこだぞ!今日こそブッ飛ばす!!」

「貴様が諦める事だ俺は譲らんからな!!」


いい大人が、しかも同年代と比較して体格のいい部類の2人の喧嘩。

滅多にない事だが、こういう時に止めてくれる人は勿論居ない。

ヒートアップしたシグマがカリンの頭を抱えて固めれば、カリンが一緒に転がって振り払い背後から脚でシグマの胴を締め付ける。



「き、さまには、怪我人を労る気はないのか……ッ」

「あんなしっかりヘッドロックかましてくる怪我人が居てたまるか!」


何とか上体を捻ったシグマがカリンの方に身体を倒し押し込んで隙間を作り、肘を下腹部に振り下ろす。

丁度いいところに入ったカリンが蹲った。



「バカヤロ……おま、金タマは……マジで、ナイ……」

「竿も切り落としてやろうか。どうせ使わんだろう」

「今それ笑えねェ……」

「動いたら腹が減った。カリン、飯を作るんじゃなかったのか」


そう言えばそうだった、と何とか回復したカリンが腹をさすりながら台所に向かう。

喧嘩前に使おうとして出していた卵を見て振り返った。



「あれ、目玉焼きでいいんだよな?」

「たわけ。出汁巻き玉子だと言っただろう」

「………どう調理するかの喧嘩だったなァ!まだ決着ついてねェぞコラ!!」

「勝負あっただろう貴様次は握り潰すぞ!」


きっかけは割と些細な事だった。



~彼の名は……?



「俺と剣を交えた者達は何をしているだろうな」

「ジジィみたいな事言うなお前。元気にやってんじゃねーの?」

「……伸び代のある者が多かったと思っただけだ。確かに、思い返せば賑やかなひと時だった」


シグマの脳裏に様々な挑戦者の顔が浮かぶ。

長年振るった剣に馴染んだ手、剣だこを懐かしむように触った。


考え事を邪魔するように落ちてくる前髪をかき上げる。しばらく放置していたがいい加減どうにかしたいものだ。



「カリン、髪を切りたい。どこか店に入ってくれ」

「あー、俺も1回切っときてェな。あそこにすっか」


丁度良く目に入ったハサミの絵の描かれた看板を目指す。

大通りから少し入った場所で、2人にとっては立地も都合が良かった。


扉を押して来客を告げるベルが音を奏でる。



「いらっしゃ〜い。あら、ロマンスグレーのステキなオジサマコンビ!アタシ好みだわぁ。今日はカットかしら?さぁ中に入って!」

「すっげ……」

「ケイちゃん、ジェイくん、お客さまよ〜」


店の外観からは想像もつかないハイテンションなオカマが奥から現れた。

化粧を施した、綺麗に纏めた女装。後ろ姿は女性とも男性ともとれる体格。


この美容師との出会いが、運命の出会い………になる、かもしれない。



To Be Continued......


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