人の噂も七十五日?



人が集まれば会話が生まれる。

他愛のない話や企業に勤める身であれば仕事の話などその内容は多岐にわたる。

その会話のキャッチボールを通してコミュニケーションをとり、互いの事を知り、共感し、仲を深める。


人には個性がある。

それは個人の色であり、その人しか持ち得ない唯一のものだ。

生まれや育ちによりその差はあれど、濃く、深く浸透しやがて定着する。


色には相性がある。

混じることで新たな自分の価値が見いだせたり、反対に全く生かせなくなる場合が生じる。

人の数だけ色があればそれは当たり前のことだ。

ましてイヅナや他の企業のように多く人の集まる場所では尚更、相性の不具合というものは起こり得る可能性が高い。

特に個性的な、他と馴染みにくい色を持つような人は大勢から爪はじきにされがちだ。



ただ一色いっしょくを銘に記し、他に染まらない色を持つ男、一色 蓮ひといろ れん

淡白、マイペース、無愛想、彼の事を表すならそんな色。少しお堅い性格の蓮。

背が高くそれに伴い体格もいい。どうしても彼をよく知らない人からはその見た目や雰囲気から敬遠されがちで、一部を除きあまり他人と深く関わることはない。

それでも人間社会にいると不思議なもので、あることないこと様々な噂が他人同士の間で生まれることがある。



「一課のめっちゃ背の高いヤツ居るじゃん。役員の肝煎りらしいよ」

「あぁ、だから会合とかの護衛でしょっちゅう呼ばれてるんだ?」



移動中、居住区の廊下でそんな会話が曲がり角の先で聞こえて足を止める。

一課の背の高い、となると十中八九それは自分の事だ。確かに対象の傍に控える形の護衛などは、見た目から威圧できれば有事の際は有利に働くこともある。

何事も起きないことがベスト。自分の体格が役立ち無事に済むならば、それが適材適所というものだ。

重役の肝煎りなのかは知ったことではない。上が自分を選り好みしようと、こちらが仕事を選り好みすることはないからだ。


名前も所属も知らない彼らのコミュニケーションを邪魔するのも無粋だろう、と踵を返し別の道を使う。

根も葉もない自分の噂など、気に掛ける程の事でもない。






「そういうところが取っ付きにくいって言われるんだよ、蓮さん。せっかく自分の話してくれてたなら何の話?って混ざってみたら、友達になれたかも?」

「……その心は?」

「人に可愛がられてると得することも多いんだよってこと。でも仕事に真面目で他人にも自分にも淡白なところ、蓮さんらしいね」



昼下がりの休憩時。

時々利用するコーヒーショップで互いの近況を話すのは優。彼女はミルクのジェラートをつつきながらこちらの噂話を笑っていた。

一緒に居ても気楽で居られる数少ない貴重な存在。

彼女は人付き合いに関して特に得意分野で、その観察力は母親直伝のもの。

蓮には持ち得ないものを沢山持っている。



「……否定はしない。自覚もしてる。……それでも、その他大勢に理解されてなくともいいだろう」

「ふふん、正面切って言われるとちょっと照れちゃうな。ハルさんといい勝負でしょ?」



今自分が大事にしたいと思ってる人に必要な理解が得られれば充分。

そこには勿論、優やハルが含まれる。

言葉にしていない部分を正しく汲み取ってくれるのは長い付き合いで、且つ彼女が自分を把握してくれているからだ。

言葉足らずを自然とフォローしてくれる優とハルがストレスなく付き合える間柄。


日頃の感謝の意味を込めて彼女の髪を撫でれば嬉しそうに目を細める。

相変わらず小動物のようだ、と思った。





噂とは、時に尾ヒレや背ビレがついて形を変える事がある。

興味が無さすぎて忘れていたが、居住区の廊下で偶然自分の話を聞いたその日から数日後。

居住区のエントランスで自分の苗字が聞こえて半分だけ振り向いた。



一色いっしきだっけ、安全な護衛ばっかで一課に居られていいよな」

「確か上層生まれだろ?金積んでるって聞いた。アイツと喋ったことないけど、ちょっと苦手な雰囲気」

「あぁ、やっぱ金か……」



正しくは一色ひといろ。読み間違えるのは大体話したことのないような関係の薄い人間だ。家にも関りがない。

こちらに気づかず行ってしまったが、その三人の後姿はあまり蓮の記憶にもない。

先日廊下で見たのと同じ人かどうかも分からない。共に仕事することもないだろう自分の話の何が面白いのだろうか。


確かに地位とコストは密接に結びつくのはよくある話だ。

一色の家は上層にはあるが所謂外側の歴史も浅い通常の家庭。裕福ではないが貧乏でもないそのくらいの家。

ともあれ、上層に詳しい人でもなければあまり家々の違いは分からないだろう。


それよりも、約束している時間で来ないハルが珍しい。

個人端末に連絡するが、通話も繋がらなければ反応もない。寝過ごしているのだろうか。

不思議に思いながらも一応先に行くことをメッセージに残し外へと出た。






「普通いつも同じ奴に仕事頼んでたら流石の上様も人間なんだし何か喋るよな、一色いっしきとどんな話すんだろ」

「そんでコネが出来るパターン?いいよなぁ、仕事楽そう。実は凄い雑魚だったりして」

「金の力ってのは偉大だなー」



丁度これから会う予定の相棒の話が聞こえてきてハルは何気なく目を向ける。

図体以外は目立たないタイプの蓮の話が、本人不在でされているのが珍しい。


蓮は割と苗字が読み間違えられる。あまりにも間違えられるので本人も訂正を諦めるくらいだ。

ハル自身は名前の呼ばれ方にこだわりがある派なので、間違ったまま認識されているのは自分じゃなくとも何となくむず痒い。

彼らの居る談話スペースへ、足が向くまま彼らの背後に立つ。

三人のうち特に楽しそうな二人の肩を抱え間に顔を出した。



「面白そうな話してるじゃん。俺も混ぜろよ、なァ」

「ヒッ……」

一色ひといろ蓮が、どうだって?」



思ってたよりも低い声が出たのは気づかないフリをして、仲良くお喋りに興じることとした。






結局外にいる間ハルからの連絡が返ってこないまま、自分の用事だけさっさと済ませて帰ってきた蓮。

ハルの部屋に寄ろうと上がる最中の廊下で、人だかりが進路を邪魔する。

親しくはないが一課の顔見知りが居たので声をかけた。



「……なんの騒ぎだ」

「ああ、朧月ろうげつさん、丁度いい。アンタのところの……」

「邪魔すんなすっこんでろ!!仲間じゃないならいくら殴ったって構わねェよなァ、あ゛あ゛!?」



話を聞くよりも先に人だかりの原因が理解出来て思わず眉間を押さえた。


騒ぎの中心に人を分けて進めば四人がかりでフロアに押さえられているハルと、三人ほどの負傷者が転がっている。

いつからやっていたのか知らないがとっくに仕上がっているハルの前にしゃがんで、もういいからと押さえている四人に退いてもらう。

ハルも見知った顔を見て多少落ち着いたようで、イライラした棘のある態度を露わにしながらも立ち上がって埃を払い舌打ちするだけで留めた。


何人かに気絶した三人を救護に運ぶ手伝いを頼む。とりあえず一人だけ担いで関係ない野次馬は散らした。

流石にハルも自分が居る前では暴れる気はないらしい。唇を曲げながらも何も言わずに着いてきた。






社内の診療室に三人を突っ込んで念のための検査待ちの時間。

診察医にはわざわざ来るほどじゃないと呆れた顔をされたが、殴られた三人やハルの体面の為だ。危険な仕事をしている手前、怪我の状態くらいは診られる。

診察の待ち時間は機嫌を損ねている相棒の話を聞く時間に充てた。



「……それで、原因は?」

「ハッ……楽しそうな話してたから何の話だって混ざりに行っただけだよ」

「気に入らない事があったんだろう。……前はそうやってしょっちゅう暴れてた」



なんだか数日前に優から聞いたような話。言う人によって随分物騒な意味になる言葉だ。

ハルも最近でこそ丸くなったものだが、まだ二課に居た頃などは社内でも社外でも考える間もなく手が出ていた。

落ち着いた割に詳しく話そうとしないハルに、どうしようかと悩んでいると端末が蓮を呼ぶ。

ハルを置いて席を立ち、階段の吹き抜けスペースで通話を繋いだ。



『蓮さん、何か変わった事ない?』

「……思い当たる節はないな。何かあったか」

『ああ、ならいいんだけど。今どこに居るの?』



優からのコールを取れば開口一番、普段と少し違った問いかけが投げられる。

まるで何かあるかもしれない口ぶりを疑問に思いつつ、診察待ちだと言えばやはり怪我をしたのかと酷く心配された。



「俺じゃない。ハルが暴れたから怪我した相手を纏めて突っ込みに来ただけだ」

『あぁ、ハルさんの方が早かったか。……でもその様子だとハルさんはまだ何も喋ってない感じ?』

「……何の話だ?」

『うーん、話さない訳にもいかないし、どこから話そうかなぁ』



ここ一ヶ月程、社内の役員達が異動や評価の為にあの手この手の血みどろの争いの真っ最中だという。

特に本社の役員は水面下での争いが苛烈で、互いを蹴落としてまで勝ち組になりたがる風潮が見られる。

本社の所属であるという肩書がよほど大事なものなのだろう。


上様達だけで殴り合ってくれればいいものを、彼等はどうも目に入ったものを全て利用しないと気が済まないらしく、今回飛び火した蓮の存在。

よく護衛としてつける蓮を金で買っているだの、ありもせぬ噂がでっち上げられているようだ。



「くだらない……」

『そうなんだけど更に厄介なのが、喧嘩してる上様が蓮さんの顔に傷つけてまで纏めて失脚を狙ってるみたいでさ』

「なるほど。最近俺の話が聞こえるのはそのせいか」

『犯人探しと証拠集めしてる間に噂の独り歩きが早くて。なになに、新着の噂は……ふっふふ!蓮さんが7股してるって!相手が気になるなぁ』



噂に尾ヒレ背ビレどころか翼と足まで生えてきたようだ。

彼女がこうして笑ってくれるからまだ気楽でいられるが、こうも根も葉もない噂が広まっているのは考え物である。

内容がライトな内に本人が否定しないからこうなってしまったのだ、と言われれば返す言葉もない。噂とはそういうものだから仕方ないとも言われたが。



『変な噂は暫く残るかもしれないけど、根本はこれから潰しておくからそのうちなくなると思う。ハルさんの社内暴力の件もついでに揉み消しとくよ』

「待て。……ハルは何の関係があるんだ」

『私は好きな人の悪口聞いたら悲しくなっちゃうけどなぁ?』



イタズラが成功した時の得意げに笑う、彼女らしい表情が見えるような声色。

優の言葉遊びに、鈍感すぎだと意味を込められているのは伝わった。

”ハルさんによろしくね”と通話が切られ、蓮は端末を手にしたまま彼女との会話を反芻する。


好きな人、悪口、悲しくなる。ハルならどうだろう。……ああ、それが今回の騒動が答えか。

彼女が噛み砕いてくれた意味を考えて、ハルが社内の人間を久方ぶりに殴った理由を察する。

理解すれば少々照れくさくなり、誰に見られている訳でもないが片手で鼻と口を隠した。




ハルの居る場所に戻れば医者からの伝言で問題なし帰ってよし、とのこと。

二人で並んで帰路につく。どことなく気まずそうにしているハルが今は子供のように見える。



「……俺の悪口を聞いて手が出たのか?」

「はァ?さっきの通話アイツかよ」

「直接聞いた訳じゃない。……ハルの件は揉み消しておくと言ってたが」



直接聞いてるじゃねェか、と呆れたように突っ込みを入れるハル。

機嫌もそこそこに、いつもの調子が出てきたようだ。

相棒に感謝を込めて、酒でも飲みに行こうかと誘えば今日は奢れとせがまれる。

そのつもりだと言ったが最後、その日は酒を片手に日頃の愚痴に付き合わされることとなった。






一色ひといろ蓮って居るじゃん。あいつがさ……」

「マジで?それって……」



優が噂をでっちあげていた犯人を何某かの方法で揉み消してから数日。

そこかしこで自分の名前が聞こえてくる事はなくなったが、今日は偶々そんな場面に遭遇した。

一緒に歩いていた優とハルも互いに顔を合わせるが、そのまま蓮が自分の話をしている知らない二人のもとに歩み寄る。



「うおっ、な、何だよ……」



急に出現した噂の人に驚いた二人。近づいたはいいが一言目に何を発するか考えていなかった蓮も二人を見下ろしたまま暫し固まる。

見下ろされる二人としては中々怖い光景なのだろうが、優もハルも、蓮の珍しい行動にいったい次はどうするのかとハラハラしながら見守っていた。



「…………仲良く、するか?」

「は?い、いや、え?どういうこと?この前の新人研修で見かけたとき、射撃の姿勢がいいなって話をしてただけで……」

「ふっ……ふ、あはは、蓮さん、そういうとこ!」



まさかの問いかけに優が不意を突かれて笑いながら崩れ落ちた。ハルもその突飛した一言目の選択に頬を引くつかせている。

知ってはいたが、ここまでの人付き合い不器用だとは。



後に何を思っての行動だったのか優とハルが聞いた。

曰く、変な噂だったら後々が面倒だと以前学んだので必要なら訂正をしたかった、とのこと。

何の話だと聞くのは怖がられるかもしれないから辞めたらしい。

それにしても一言目に発した言葉の選択のセンスは如何なものか。


目の前に急に立たれる方が軽いホラーだったと思うが、面白かったという理由で優もハルもそれは何も言わず。

やはり蓮の人付き合い不器用は優やハルが助長してしまっている、かもしれない……




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