その名を口にする時(三)
蒼天を突き刺すかの如く聳え立つ、超巨大な高層製造プラント”摩天楼”
高さだけで言えばこの國で恐らく一番の設備。
見上げればその圧倒的存在感に目が眩むようだ。
蓮はとある人物の協力を得るために、ザフト地区の京極ハイテックス本社を訪ねていた。
エントランスの受付嬢が黒ずくめの不審な格好をした、予定にない来客に怪訝な顔をする。
「…
「申し訳ありませんが、アポイントのない来客はお断りするよう言われております」
「急いでいる。一色蓮、…弟が来たと言えばわかる」
フードを取り顔を見せれば、納得がいかなそうな顔ではあるものの内線で連絡を取ってもらえた。
別の受付嬢が案内役として先導してくれる。
高速エレベーターをいくつも乗り継いで案内されるまま上へ下へと移動する。
体感では、最終的にエントランスあった場所より少し上くらいに居る気がする。
もっと上に行くときは気圧差で鼓膜に負担がかかるはずだが、そこまでのものは感じていなかった。
扉を開けて通されたのは、吹き抜けから広大な製造エリアが見下ろせる場所に設けられた会議室兼客間。他の会社のプラントに来たのは初めてのことで、さすがの蓮もその広さに一瞬言葉に詰まる。
とはいえ、ここは蓮や一般人が来ても問題がない汎用製品を作る場所。
軍事用プラントとなれば他の階にあるのだろうし、きっとここよりもさらに大きいのだろう。
現在兄は一色家の家督を継いだ傍ら、この場所で製造部の商品開発課顧問の一人として働いている。
年に数えるほどしか会わなくなったが、聞く話によれば現場に手も口も出して関われる今のポジションが気に入っているらしいことは以前言っていた。
國で出回る京極ハイテックス製品の中でいくつか原案を出したその商品化前のオリジナルが、実家に顔を出すたびにコレクションとして増えているのだ。
父も母も嬉しそうだが、そろそろ兄の部屋が溢れそうなのはどうにかしてほしい。
ガシャンガシャンと音がしてそちらを見れば、プラントから伸びる足の長い装置を使用し手すりを超えて直接蓮のいる階に涼が乗り込んできた。
「見ろよ蓮!これ、高所作業用の伸びる作業台。もう五階分は安定して伸ばせるし、四本足にしてあるから風の影響が今までよりずっと少ないんだ。面白いだろ!」
「……画期的だとは思うが、それは家に持ってこられると困る」
そんな大きなものを持って帰られても家には入らないし、置いておく場所もない。
設計図引いたの俺なんだ、と嬉しそうに話す兄に適当な相槌を打ちながら聞き流す。相変わらず明るく、持ち前の社交性を生かして上手く立ち回るのが得意な人だ。
蓮が仕事着なのに気づいた涼が作業用ゴーグルを外して用事を聞く。
「んで?見慣れない格好してるけど、わざわざ何の用で来たんだ?」
「助けたい人がいる。…協力してほしい」
涼は弟の珍しく強い主張に豆鉄砲を食らったような顔をする。
だがその並みならぬ雰囲気を察して部屋を移し、詳しくその話を聞くことにした。
今度は製造工程が見えるような音の多い場所ではなく、イヅナにもある会議や小さい研修が出来るような部屋。折りたたんである机を引っ張り出して椅子も二つ、対面するように座って涼は蓮に先を促した。
助けたい人がいる、と言った弟を思い出して話を聞きながら自然と笑みが零れてしまう。
勿論、仕事着なのだから仕事の一環として来ては居るのだろう。
だが恐らくその助けたい人というのは、蓮にとって大切な人だ。
でなければ開口一番の言葉の選択はあれではないし、わざわざ他社に居る兄を頼りには来ない。
昔は蓮が疎ましく邪魔だと思うこともあったが、今となってはこの一生懸命さと不器用さが愛らしく思える。この歳になって母が蓮を可愛がる理由がなんとなく分かるようになってきた。
滅多に見せない弟の執着心につい笑い声が漏れれば、蓮がその整った眉を不機嫌そうに寄せる。
「聞いてる?」
「はっは、悪い悪い。…なあ、蓮。その子ってそんなに大事?」
「………絶対に守ると誓った、大切な人。何かがあれば、俺の責任」
どう聞いても私事の返答だ。仕事の要素が完全に意識外な蓮が面白すぎて笑いが止まらない。
堅物で他人と関わるのが下手くそ。仕事人タイプな蓮が、その仕事を差し置いてここまで言うのだ。協力してやらない訳にはいかないだろう。
もうそれ恋人じゃん、なんて思うものの、笑いすぎればまた機嫌を損ねてしまうので発言は我慢して席を立つ。
蓮を置いて、再び戻ってきた涼の手には普段使うものより大きな無線が握られていた。
いつもは咽喉マイクと骨伝導イヤホンで受け答えをしているので不思議な感じだが、距離などを考えると妥当なのだろうか。
「お前はメディオに戻れ。その間に居場所が掴めないかやってみる」
まだ全く敵の素性が割れないので危険度は未知数。
だが涼も蓮もまだ彼女はメディオ地区からは出ていないと考えが一致した。
いくら小柄とはいえ荷物として人間を運ぶのは大きすぎる。ターミナルや移動中に不審に思われ声を掛けられるリスクがある。
それに最初から殺害を目的とした犯行なら、靴の落ちていた付近の路地は人通りも疎らで最適な場所。
あの場所に血痕がなかったのなら、まだ彼女は生きている可能性が高い。
優はきちんと自分の価値を分かっている。
意図的に人当たりを良くして敵を作らず、目立ちすぎるようなことはしない。
それでも自分の靴に発信機を仕込むほど、万が一を考える慎重な性格を持ち合わせる。
だから安心していた。
保護した当初から、一人でも上手に厳しい環境にも臆さず生きてこられた。彼女は自分とは違い、他人を頼ることを知っていたから。
守らなくてはならない、その気持ちは変わらない。だが油断していたのは否めない。
一刻も早く彼女の無事を確認したい一心で、蓮はメディオ地区へととんぼ返りするのだった。
じりじりと電気の通る音、静かに小型パソコンの冷却用ファンが回る音、薄暗い部屋で聞こえるのは一人の男の息遣いだけ。
簡素な部屋だ。生活に必要最低限の家具だけが置かれたボロアパート。
床や壁一面に広げられた資料には地図や人物データなどが散らばっている。
ペンで印がつけられているものが多く、資料の顔写真にはバツで消されたものもあった。
用意周到に地形や人物を調べられ、いくつものプランがフローチャートのように殴り書かれている。
机に足をかけ、腰かける椅子の後ろ脚2点だけでバランスを取りながら愛銃についた余分なグリスを拭き取る。
照準を合わせて机にそのアサルトライフルを立てかけて、次の小銃も調子を整えていく。
足元にはコードや電子パーツを組み合わせた未起動の自作爆弾も置いてあった。
画面を覗きもう一度その任務内容を脳に焼き付ける。
荷物を纏めて背負い、男は忌々し気にキサラギ化成のサプリの類を睨みひっつかむ。
「……んじゃ、そろそろ行くとしますかね」
軽そうな印象の声色とは裏腹に、その目に宿る復讐の色は暗く重い。
背もたれにかけたボロ布を被り部屋を出て行った。
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