巡りあう色



刀身が光を反射する。

剣で剣を弾かれ手を離れるが、負けじと懐に潜り込み握りこんだ拳を突き出した。

体重を乗せたパンチは相手が斜め前に踏み込みながら、手首を掴まれ引き倒される。

動きを利用された。

半ば予想していたが防げなかったその動きに、あえて踏み留まることをせず前転して弾かれた剣を取り戻す。


背中に感じる悪寒。剣を手に取った勢いそのままに振り抜けば、それが捉えたのは相手の身体でも剣でもなく、銃から射出された小さなペイントボール。

自分の剣がペイントボールを割って散らばった蛍光インクに驚き、身体が一瞬硬直した。

はっとして相手を探すがすでに眼前には振られた剣を交わした相手の左手が広げられている。

逃げるように身体を引いた。

ここでもまた動きを利用され、がら空きになった足が払われて地面に背中を打ち付ける。

額に照準を合わせ一度引かれた引き金。

射出されたのはもちろんペイントボール。



「勝者!一色蓮ひといろ れん!」

「おま、普通あそこで撃つか!?どう考えても剣でチェックメイトの方が…うえ、ぺっぺ!口に入った…」



オレンジ色のインクを額から滴らせながら文句を言うのはハルカ。

手合わせの時や訓練の時だけで滅多に使われないペイントボールを射出するオモチャのような銃だが、実弾であれば彼は死んでいる。

お互い使っていた剣も刃のないタイプ、手合わせの時にだけ使われるもの。

当然、この模擬戦にて勝利を収めたのは蓮の方だ。



「すげぇ…まだ17歳だろ?ガタイは入ってきた時からよかったけど、今じゃ負けなしだぜ…」

「有事の時もスゴイんだぞ。班員が追いつく頃にはいつも一色ひとりで片付けちまう」

「ハルもよくあそこまで食い下がったよな。オレ、一色の武器がスイッチするとこ全然わからねえもん」



観戦していた班員が後輩の身体捌きに関心のため息を零す。


スクールを卒業してからは希望通りイヅナ精密電子、法務部に就職。

二課へと配属されることとなる。

父母は特別反対することもなかったが、逆に兄と関わりのある京極ハイテックス関連への就職ではないことに少し驚いていた。


恵まれた体格。真面目な性格。加えて堅実に積み重ねた戦闘経験に、そのセンス。

二課に配属されて早二年。

普段の仕事に加え、二課の数々の隊員と手合わせを重ねた。

身体作りも欠かさずに、未成年の頃に比べて筋力もついてきた。

しなやかな筋肉と高い身長は決してパワーの一点のみならず、テクニックや反応速度など様々な恩恵をもたらす。


模擬戦を終えて乱れた呼吸を整える蓮を、ある人物が封筒片手に訪ねてくる。

黒いローブのような制式鎧、フードを取り払い顔を見せる男は紛れもなく法務部一課。

顔にある古い傷跡は歴戦の証。ベテランなのだろう、成熟した雰囲気を纏っている。

いわゆるイヅナ法務部の裏の部隊。死神グリムリーパーと恐れられる人物の訪問にみんな揃ってどよめいた。



一色いっしき……いや、一色ひといろか。珍しい苗字だな。この名前はお前の事で間違いないか?」

「はい」



配属されて暫くは間違えて呼ばれることもあったが、久しくそんなこともなかった。

イッシキであってもヒトイロであっても、滅多に被るような読み方ではないので呼ばれたらどちらも自分のことだろうと思っている。

呼ばれる分には間違われても特に今のところ困っていることもない。故に大して気にしてもいないのだが。

コホン、と形だけの咳払いをしたその人は、手に持った封筒から一枚の紙を取り出して蓮に向けて手渡した。

顔を拭きながら興味津々な様子でハルも蓮の手元を覗いている。



「汝の秀でた才能と努力を認め……法務部一課に転属を要請……、一課に転属!?早すぎじゃねえ!?」

「入社してからたったの二年で、一課へ。類似した前例がない訳ではないが滅多にあることでもない。さて、…いかがかな?」



期待の眼差しをその身に受けて、蓮は左胸に手を当て浅く礼をする。

それはこれから一課にてその腕を振るい、心を尽くすことを誓う彼の真摯な姿勢。

齢17にして、蓮は法務部一課へと所属することとなった。


書類を届けた一課の男と、今後のスケジュールを軽く詰めてその日は解散となる。

男が居なくなってからしばらく、ハルが大変悔しそうに地団太を踏んだ。



「俺の方が先輩なのに!くそー、こうなったら俺もすぐに一課の試験受かって追い抜いてやるから首洗って待ってろよな」

「…楽しみだ」

「上から目線!!最近お前調子乗ってるだろー!」



全身で悔しさをアピールするハルに、他の班員はおかしそうに笑い転げる。

ハル自体が馴染みやすくわかりやすい性格をしているので、ここでも彼はよくいじられ役となっていた。

また、正反対な性格の蓮のとっかかりとして一役買っており、班の中でも二人はセットにされることが多々ある。

特に彼らのやりとりの温度差が周囲の笑いを誘う劇場になることもしばしばあった。

寂しくなるなと班員に言われるが、それ以上に頑張れよと誇らしげに蓮の背を叩いて激励を贈った。






元より勤勉な蓮は、一課に配属されてからも着実に力をつける。

二課に比べて個々の戦闘力が突出した集まりの一課。

各々の武器や戦い方の利点を観察し、自身に取り込んで強くなる蓮の成長速度には誰もが舌を巻く。

自ら進んで手合わせを申し込み、技術の向上には余念がない。


そして蓮に先を越され、悔しさをバネにしたハルはそれでも一年半かけてなんとかギリギリ一課へとのし上がった。

しかしその頃には既に蓮は専用の武器を手に入れて、若くして小隊のリーダーに任命されていた。

つまり……



「…………俺が部下で、蓮がリーダー……ってことか……」

「宜しく、ハル」



一課でもハルは蓮と一纏めにされるらしい。

先輩なはずのハルが今度は後輩である蓮の下に着くことは不服そうだが、気心知れた間柄だからこそ気楽でいいやと開き直る。

差し出された手を取って固く握手を交わせば、蓮もほんのり口角を上げた。






蓮がリーダーとなり様々な仕事をこなして、ハルも一課のメンバーとして馴染んだ頃。

仲間同士が不穏な話をしているのが彼の耳に入る。



「おい聞いたか。ツクヨミの内輪揉めで武力衝突してるんだ。もう二課には鎮圧の指示が出てるんだと」

「本当かよ。今までは小競り合い程度だったのにとうとう大喧嘩か」

「ロ-45あたりだって。あの辺、うちのスクールが出来てから結構治安よくなったのにな」



聞こえてきた区域番号にぴくりと蓮は反応する。

昼休憩で、ハルが蓮の分も昼食のトレーを持って前に座る。

目の前に置いた食事に一向に手を付けない蓮に声をかければようやく手を付けるが、いつもの静かな表情に眉間のシワが加わっている。

早々に食事を済ませ、蓮は一課のトレードマークである黒マントのフードを被る。



「ハル、出撃るぞ」

「そういうのは先に言えよ!」



相変わらずの口数の少なさが起こす弊害である。

これでもイヅナに入社し行動に責任が伴い始めてからは必要なコミュニケーションは増えた方なのだが、気心知れた間柄となると未だに言葉足らずが露呈する。

信用されていると捉えられなくもないが、今回は急に言われた予定に思わずハルが突っ込んだ。

30秒で食うから待ってろと言われてピッタリそれだけ待ってから、蓮は自分の武器である直剣を帯刀する。

武装を整えて向かうのはかつて蓮とハルが通ったイヅナのスクール。

道中でもちらほらと騒ぎや火災が見えたが、そちらは二課に任せて二人はまっすぐ目的地へと向かった。

幸い、かつての学び舎に火の手は回っておらず、内部を捜索すれば何人かの先生と子供たちが身を隠していた。



「よかった、ここはまだ無事か。もうすぐ二課がくるから、それまでは隠れていてくれ」

「ハル君!半分くらいの子供たちはもう帰ってしまったの。ここにいる子供たちはいいけど、みんなが心配で…」



時間的に、ちょうど子供たちが入れ替わるタイミングだったようだ。

ハルを知っているくらい古くからいる先生が、小さい子供を抱きしめながら泣きそうな顔で訴える。

隠れていた先生の中に探し人が居ない。

蓮は白沢先生と灰田先生の所在を訪ねるが、二人は現在スクールを担当しておらずひっそり子供と暮らしているらしい。

そう遠くない場所には住んでいるはずだと言われ、ひとまずこの辺りで起きている暴動を鎮圧しながら探すことにする。


上層から始まり、上に行けば行くほど下層の人間を見下している人間は増える。

それは人間である以上仕方のないことではあるが、だからと言って下層に住まう人には何をしていい訳じゃない。

事もあろうか警察機関である人間までもが、今回の暴動に乗っかって悪さをしているのは許されるものではなかった。

なるべく傷をつけないように人々を抑え込んで二課や総務部に連絡し、その最中も蓮は白沢夫妻を探し続ける。

自然と騒ぎの大きい方へと足が向かった。



「リーダー、あれはやばい」



ハルが離れた場所にいる小太りの男を指さした。

小さな女の子が手を引かれ、騒ぎとは逆方向に連れられるシチュエーションは一見理想的なように見えるが、はっとした表情の女の子が逃げようとすれば男もその手を放そうとはしない。

下層街区出身のハルだからこそ人攫いの不穏な雰囲気に気づいたのだろう。

蓮が拳を握りつかつかと男に近づく。


下卑た声で笑う男の顔面に、歩くスピードそのままに怒りを等倍乗せた拳をねじ込んだ。

一発KOした男には早々に興味をなくし、尻餅をついた女の子を見やる。

ふわりとした黒髪。小さな身体でも人攫いに気づいて抵抗した勇気ある少女だ。

どこか見覚えのある顔立ちで、死神グリムリーパーの名を口にする。

二課とは違い一課はなかなか表に現れることがない。

死神グリムリーパーとは普通民間人が知っていても畏怖され、敬遠されるような通称。

しかしこの子は全く怖がるような素振りが見えない。

どことなく好奇心をともした瞳に、名前を尋ねた。



「―白沢 優」

「………、白沢…?」



まさか、この子が。

話は沢山聞かされていたものの、すでに何年も前の話だ。

何故一人なのか、両親はどうしたのか。どうして騒ぎに寄ってきたのか。

色々聞きたいことはあるが、まだ二課はここに来そうにもない。

まずはすぐそこの大規模な暴動を抑え込まなくては。


小さな手にお守りとしてポケットにしまってあった銃弾を握らせる。

これは蓮がイヅナに入って何度目かの射撃訓練のときに的の中央に当てられた弾。

あの時の静かな水面のような気持ちをいつでも思い出せるように、大事に持っていた。

自分たちから離れないように言えばすぐに頷いて渡した弾を胸に抱いた。

聞き分けがいい。流石先生たちの子供といったところか。


近くの暴動の規模の大きさにハルが愚痴を零す。

だがこのまま放置すれば怪我人も死人も増えるだろう。

被害を減らせるのは今ここにいる自分たちだけ。

おそらく生まれた頃から白沢の苗字の意味を理解していないだろう少女の頭に手を置いて、騒ぎの方へと向き直る。



「それがどうした。これが俺たちの仕事だ」



この場の暴動は蓮とハルの二人だけで鎮圧される。

もとより被害が多くみられた場所だが、あのままではさらに被害が大きくなっていただろうと、勝手に出撃したことに関しては特別にお咎めなしとされた。



それよりも結局この日、保護した優の両親である白沢夫妻は見つけられなかった。

彼女の案内で家に行ったがそこにもおらず、少し待ったが帰宅する様子もない。

ハルにある程度の事後処理を押し付け、優の今後についてを考えた。


近頃、國や他の企業、イヅナ内部においても様々な事件が重なっている。

杞憂に終わればそれに越したことはないが、なんだか嫌な予感がした。

出来れば彼女を守れる場所へと置いておきたい。

下層で暮らしていた頃ならいざ知れず、また下層に戻せば彼女を守ることができない。

12歳ともなればどこに居ても一人で生きていけるだろうが、有事の際には駆け付けられる場所に居てほしい。

そうなれば未成年ではあるが、イヅナへの入社が今できる最善手。

…あの二人の子だ。心配せずとも蓮とは違い世渡り上手なことだろう。


だがイヅナに入社ともなれば、否応でも上層の目が近くなる。

父である灰田先生は歴史ある白沢の姓を大切にしてほしいとそちらで揃えていたが、彼女がこちらで生きるとなれば話は別。

何も知らずにのびのびと大切に育てられた彼女に、今更白沢の姓に囚われてほしくなかった。

ならば今回の騒動に乗じた今が好機。

彼女の白沢姓を封印させ、今後は灰田優として生きていくように言った。

不思議そうな顔はしたものの、きちんと聞き分け良く頷いてくれる。

いきなり両親と生き別れ、一人での生活を強いられる彼女はしばらくの間辛い事だろう。

それは蓮も申し訳なく思う。しかしそれ以上に、あの二人の大切な子を守らなくてはならないと固く心に誓った。


名前を変えさせたのは蓮の意向だが、他の人が知らずとも蓮だけは彼女の本名を覚えておいてやりたい。

だから”灰田”と呼ぶのは何となく気が引けて、灰色繋がりで昔そんな童話を読んだことをふと思い出した。

口をついて出たシンデレラという単語に彼女は得意げな顔をする。



「灰かぶり姫?」

「ふっ、…はっはは、本当に物知りだな。シンデレラの原作、もう滅多に見られるものじゃない。さすが、」



先生たちの子。言いかけた言葉は呑み込んで、ぎこちなく彼女の低くて小さい頭を撫でる。

娘の物覚えの良さは確かにどちらともよく自慢していた。

体格や顔つき、頭の良さは母親譲り。白沢先生も随分と小柄だが行動力のある人だ。

髪や目の色は父親譲り。通りで初めて見た優に既視感を覚えたものだ。髪質はまるで灰田先生と同じである。


さて、そうと決まればこれから忙しくなる。

彼女を入社させる理由は何とでも誤魔化せるが、個人情報であるICチップは誤魔化せない。

裏ルートで新たに灰田優として登録されたものを埋め込まなくてはならないだろう。

似たような事情で天理教会を通さない登録方法もあるし、そういう人もいる。

正規ルートより少し値は張るが用意できないほど高価でもない。

逆手首にでも入れてそちらを使ってもらうことにしよう。



こうして優が灰田として姓を変え、イヅナの総務部へと異例の未成年入社。

といっても未成年である事に変わりはないのでその間は仮入社という形にはなった。

だが社員と同じように住処も報酬も用意されたのはありがたい話である。

両親から教えられた知識や立ち振る舞いを存分に生かし、一年経つ頃には十分な仕事が与えられるほど信頼され実力もつく。

蓮の手を借りずとも思っていたよりずっと早く、優は一人で生きられるようになったのだった。

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