4 「プール」

 俺と紗希は『第3回人類存続会議』も終わり、難しい話から解放され校舎を出て外を歩いていた。


 外にはゾンビや見たことない生物が我がもの顔で道を歩いていたりしているが、学校の敷地内にいるとそんな現実を一瞬忘れてしまう。

 だがそれでも、すれ違う白いガスマスクをした白衣の科学者やグラウンドに張られたテント、そして沢山あるトラックを見れば今は人類が危機にひんしている事を嫌でも思い出させる。


「よりにもよって『学校反逆者のこもり』が8人いる感染レベル0の内の1人だったとはな」


 俺は隣にいる、相変わらず首輪についている鎖で繋がり合った幼女の手を引きながら歩く紗希に話しかける。


「『家の守人』って名乗るだけあって、自分の身体もしっかりウィルスから守っていたんだね」


「世間体は守れていないのにな」


朝家あさいえ こもり』とは俺と紗希の共通の親友であり、よく学校終わりにゲームセンターなどで遊んでいた奴だ。


「実はこもりの探索を進言したのは僕なんだ」


「へぇ意外だな。紗希が親友の命を心配するなんて」


「『意外』なんて悲しいな。まぁ進言とは言っても、家から出てないからこそゾンビになってはいないかもしれないですよって御姉様に言っただけなんだけどさ。あと僕はいつだってみんなの命を大切に思っているから。あっ、勿論1番大事なのはエレナちゃんだけどね。だからエレナちゃん。手首を思いっきり握らないで。そんなに力を入れられると折れちゃうなぁ僕の手首」


 紗希はそう言いながら頬を膨らませて手首を握っているエレナの手を何とか外そうともがいている。


 幼女相手に何をもがいているのやら……。


「ウィルスから守っているといえば、何で俺らがウィルスに感染していないのかってのはまだ分かってないのか?」


「分かってないそうだよ。天才と御姉様がその感染レベル0の8人の共通点と他の感染している人達との違いはなんなのか調べているみたいだけどいっさい進展はないみたい」


「そうか。まぁレベル0の俺自身なんで感染していないのか分かってないしな。紗希はどう思う?」


「さっぱりわからないね。」


 即答かよ。

 まぁ俺と紗希が頭を悩ませたところで何かが解決したことは無い。

 バカの考え休むに似たりだ。


 ……誰がバカだコノヤロー。


「よしついたよ」


 そんなことを考えていると紗希が歩みを止めた。

 目の前には以前は付いていなかった屋根と、フェンスの代わりに高い壁が増設されたプールがあった。


「ジュリアに『探索へ行く前に身体を洗ってきなさい』って言われたからどこに連れて行かれるのかと思っていたが、まさかプールに案内されるとはな」


「新しくお風呂を作ったりするより、元から学校にあるプールを利用する方がコストもかからないし色々な面で都合がいいんだってさ」


「なるほどな。そんなことよりも、雨を防ぐために屋根が作られているのは分かるが高い壁も作られているのはなんでだ? これじゃ覗きが出来ないじゃないか」


「覗き防止のためだって」


「……把握した」


 紗希に真顔で返された。

 紗希は覗かれる側だから特に思う所はないのか……。

 仕方ない。あとで椛と合流した後にでもどうするか相談するか。

 あいつなら脳みそをフル回転させて冴えた覗き作戦を立ててくれることだろう。


「とにかく早く入ってきなよプール。今の時間は誰も入っていないはずだからさ」


「紗希はどうするんだ? まさか俺と一緒にプールに入る「あなた、ころすよ?」わけないよなーうんうん聞いてみただけー」


 ずっと黙っていた紗希の隣にいる幼女が初めて俺に向けて言葉を発してきた。

 背筋が凍る感覚が俺を襲う。

 なんなんだこの幼女怖いんだけど。めっちゃ睨んでくるんですけど。


「僕は今から高希に会わせなきゃいけない人を呼んでこないといけないからプールには入らないよ」


 紗希はエレナの頭を軽く撫でてから言う。

 頭を撫でられた幼女は俺を睨むのをやめ、自分の頭を撫でる紗希の手を両手でつかみそのまま胸の前に持ってきて、抱きしめるように握る。


 何この好感度の差?


「だから高希。プールを早めに出てきてね。あっ、タオルと替えの服とかは更衣室にいくつか置いてあるはずだからそれを適当に使ってね。じゃぁごゆっくりー」


 紗希は軽く俺に手を振りながらそう言い、どこかへ歩み去る。


 出会った時からよくわからん奴だったが、最近もっとよくわからん奴になってきたなあいつ。


 ――とりあえずプールに入れって言われたしさっさと入るか。


 ゾンビは匂いに反応すると言っていたから、探索前は身体を洗い汗とかの匂いをできるだけ消してから探索に行くのが理想だそうだ。

 じゃぁなんで昨日はプール入らせてくれなかったんだと思ったが、どうやら俺が眠っている間に定期的に誰かが身体を拭いてくれていたらしい。

 誰が俺の身体を拭いてくれていたのか知りたいような知りたくないような微妙な感じだ。


 多分だが、白衣の醜鬼ゴブリンこと美代子ちゃんがそこらの世話を受け持っていそうな気がする。

 美代子ちゃんが俺の身体の世話を……。

 あ。きつい。善意の暴力ってやつだこれ。


 俺が自分の想像で精神的ダメージを負いながらも更衣室に行くと、更衣室の扉の前に何かがあるのに気づいた。


「何でここに赤いバトンが置かれてるんだ?」


 赤いバトンは更衣室を守るように立たされている。


 うーん。何か意味がありそうだな。

 後で紗希に聞いてみるか。


 俺はそう考え、赤いバトンを倒さないようにまたぎ更衣室の扉を開けた。



 中では兎耳をつけた女の子が服を脱いでいる最中だった。



「はぁ!?」

「えっ!?」


 2人の困惑した声が重なる。


「なななななんで男がここに!!?」


 半脱ぎ状態のその女の子は突然現れた不審な男(俺)に驚き慌ててはだけた胸元を隠しながら後ずさる。


「ありがとうございます」


 対する俺は反射的感謝を口にした。


「変態だぁぁああ!!」


「しまった待ってくれ! 俺は変態じゃない!!」


「へ、変態じゃないわけないだろ! じゃぁなぜ女子更衣室に入ってきていきなりお礼を口にしたのだ!?」


 クソッ!

 つい目の前に半脱ぎの恥ずかしがるバニーガールが突如現れるというシチュエーションを用意してくれた神様に反射的感謝をしてしまった!


 というか、え!? ここ女子更衣室だったっけか!? この高校に通って2年目なのに間違えたのか俺!?

 やばいやばいそうなるとこの状況の俺は、女子更衣室に堂々と入ってきて女の子の生着替えを見てお礼を言う変態じゃねぇか!


 殺されても文句が言えないぜ!


「違う! 俺は……そう! 女なんだ!」


「何が『違う』だ!? 違っているのは性別ではなくお前の気がだろ!」


 一か八かの賭けにでてみたが秒で嘘が見破られ辛辣な言葉をもらった。


「じゃぁもうどうしろってんだよ!脱げってか?俺も脱げってか!?あぁじゃぁ脱いでやるよそれでおあいこにしようや!」


「いや待て脱ぐんじゃない! その場から動くな、妙な動きをしたらゆるさないぞ!! あぁズボンに手をかけるな何故下から脱ごうとする!? いいからとりあえず出てってくれないか!?」


 クソッなんなんだこのバニーガール! その場から動くなと言うくせに出て行けとはどういうことだ!? 動かないと出ていけないだろう!

 いやまてこのバニーガールは混乱しているだけだ。

 そこに怒りを感じるのは大人気が無さ過ぎる。落ち着けいつものクールな俺に戻るんだ高希。

 そうだな……。ここは1度俺が謝るべきだ。4:6で今の状況は俺が悪い。ならここは潔く土下座するべきだ。


 俺は土下座をする為にひざを地面につける。

 そうすることで目線が自然と下に行く。



 バニーガールは紐パンだった。



「ありがとうございます!」


「なんで土下座してまたお礼を言ってるのだ!?」


 俺の圧倒的感謝にバニーガールは悲鳴のような怒声を上げた。

 何故心から感謝をしているのにバニーガールは怒っているのだろう?

 もしかして言い方が悪いのかな?


「大変素晴らしいものを見させていただき、私の人生に希望の光が差し込みました。私はこの経験を一生忘れず生きていきます。誠に有難うございました」


「やだこの変態礼儀正しい。死ね」


「待ってくァガァアア!?」


 鼻が折れたような痛みがぁあああ!!

 痛い!超痛い!大丈夫?俺の鼻顔に沈んでない!?大丈夫!?


 どうやら土下座をしている状態から俺はバニーガールに顔面を蹴られたらしく、更衣室の外に文字通り蹴りだされたみたいだ。


 そうしてしばらく更衣室前で痛みに転げ悶えていると、中から完全武装をしたバニーガールが出て来た。


 大事なことだからもう1度言う。完全武装をしたバニーガールが出て来た。


 さっきは普通の女の子が着るような可愛い服を半脱ぎしてたのに今は暗めな緑の迷彩色の、なんか見るからにボディアーマーみたいな服をきて長い槍を俺に向けて構えている。


 おいおい殺意高すぎないか?


「この変態が! 私の下着姿を見て生きて帰れると思うなよ!! というか私の蹴りを食らってよく生きているな!?」


「グゥ……! 確かに君の恥ずかしい姿を見たのは悪かったが、事故だったんだ!!」


「殺す」


「俺に争う意思はない!争うどころか、紐パンを履いた女の子とはできるだけ仲良くしたいと思っている!」


「殺す」


「大事なところは見ていない! 信じてくれ! 胸とかも小さくて一切みえなか」


「殺す!!」


 俺は未だ痛む鼻を抑えながら気合いで立ち上がり和解を試みるが、どうやら彼女は殺すという言葉以外を忘れてしまったようだ。


「大体鼻血をだしながら事故だと言っても説得力が無いぞ!!」


「鼻血は顔面をお前に蹴られたからだ!」


「問答無用! 風紀員として貴様の命を刈り取ってやる!」


「風紀員にそんな権限はねぇよ!?」


 そもそもうちの高校に風紀委員はいねぇ!


「お前に許された選択肢は2つだ。罪を悔いて死ぬか産まれたことを悔いて死ぬか泣き叫びながら惨めに死ぬかだ」


「3つじゃねぇか! しかもどれを選んでも最終的に死ぬし!」


「せめて痛みは感じず死ぬがいい」


 そういいバニーガールは信じられないことに、俺との離れた距離を1足で詰め槍を突き出してきた。


「ふぉぉおおお!?」


 俺は視認ギリギリの速さで突きだされた槍を咄嗟に右手で掴む。



『役立たずな才能』!!



 槍は俺の手の形に少しだけへこみ、ピタリと完全にその動きを止めた。


「なっ、私の『罪殺の槍』を止めただと!?」


 バニーガールは押しても引いても動かない自分の槍に驚いたように叫ぶ。


「何その技名ダッサ」


「ぶち殺してやる!」


 バニーガールは槍から手を離し、いつの間に持っていたのかナイフで切りかかって来た。


「うぉぉお!?」


 これを俺は反射的にかわす。

 だがかわす時に槍から手が離れ落としてしまい、女の子は俺の手形のついた槍を拾いまた構え直している。


「これもかわすか……。ただの変態だと思っていたが、只者ではないようだな」


「クソッ。ただプールに入りに来ただけだって言うのに何でこんなことに……」


「プールに入りに来ただけなら何故女子更衣室に入ってくる必要がある。私の裸体が見たかったのだろうこの只者ではない変態が」


「それは誤解だ。男子更衣室だと思ったんだ」


「ふざけたことを。女子が更衣室を使っている場合は赤いバトンを更衣室の前に置いておくというルールは全員が知っているはずだ。私は確かに赤いバトンを更衣室の前に置いていたぞ」


 …………え。


「確かに置いてあった。置いてあったのだけども……」


 俺、その話し知らないんだけど?


「そうであろう。つまりお前は赤いバトンを見て女性が着替えているのを知り堂々と覗きをしてきた変態だということだ」


 バニーガールは俺の戸惑いを気にせず話しを続ける。


「まて、その、赤いバトンを置くなんてルール俺は聞かされていない!」


「フン。バカを言うな。ここに最近きた人間も必ずこのプールのルールは説明されるんだぞ。というか、プールの更衣室に入るときお前はノックとか中の様子を窺ったりとかしないのか?」


 俺は正直に女の子に訴えるが、鼻で笑われた。


「本当だ信じてくれ! 紗希に『今の時間は誰も入っていない』と言われて確認とかしないで入っちゃったんだって!」


「なんだと? 今貴様、『紗希』と言ったか?」


 バニーガールは紗希の名前に反応し、怪訝な顔をした。


「え。なになに何でこんな楽しそうな状況になってるわけ? ちょっと僕も混ぜてくれない?」


 そこにタイミングを見計らったかのように全ての元凶である紗希が現れた。

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終わりゆく世界と始まる学園生活 紅葉/咲 @KouyouSaku5

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