2 「報告」

 学校放送でフルネーム呼びだしをくらったので校長室に行くと、中には既に紗希を含めた5人がソファやイスに座っていた。


 俺は椛が呼び出しを無視したことと、食堂のおばちゃんが食糧を増やしてほしいと言っていたことを伝え紗希の隣に座る。


「む……」


 紗希に抱きかかえられている幼女……エレナが不快そうな顔をするが、出来るだけ知り合いの近くにいたい俺はそれが見えなかったかのように前を向く。


 因みに俺の話しを聞いたこの部屋の主であるジュリアの答えは、椛はあとで拷問室送りで食糧の方は調達班に多めに回収するように言うとのことだった。


 ……今は拷問室もあるんだなこの学校。


「それでは! 人数はまったく集まらなかったけど今から『第3回人類存続会議』を始めるわよ!!」


 俺が座るのを確認してから、何故か若干キレ気味で校長の席に座る『人類最終永続機関じんるいさいしゅうえいぞくきかん』という、殆どテロ組織と同義である機関の最高責任者であるツリ目の金髪少女ジュリアがその小さな胸を張って宣言した。


 なんとか威厳いげんを出そうと腕を組み、声を高らかにあげている様は真面目にやっている本人には悪いがほほえましさすらある。


 ジュリアの側で控えているメイドのアンナに至ってはあの俺らにむける冷たい視線はどこへやら、とろけたような笑みで精一杯という言葉が形になったかのようなジュリアを見ている。


 というか、ちょっと涙目になっていないかあのメイド?


「まず会議を始める前に報告が2つあるわ。まず1つが『在庫を確認してみたら割と盗まれていた人類進化薬』。2つ目は『学校に突如として現れた不審者』よ」


 ジュリアはそう言うと同時に、アンナが素早く校長室に備え付けられている黒板にチョークでその2つの報告を書きこんだ。


 そのツッコミどころ満載な報告を前に俺はとりあえず気になっていたことを聞く。


「なぁちょっといいか? 『人類存続会議』というこの世の終わり一歩手前みたいな会議に参加している人数が、メイドのアンナと紗希に抱きかかえられている幼女を含めても6人しかいないってちょっとヤバくないか?」


 もしかして人望がないのかジュリアには?

 ……だがまぁ普通に考えれば、こんな少女に『会議やるから校長室に来い』とか言われてもやる気がでないのはわかる。


 俺も椛と一緒に学内放送無視すればよかったかもなぁ。


「何がヤバいのよ高希?」


「そりゃ勿論お前の人(じん)ぼ」


 瞬間、チョークが俺の頬を掠める。

 この部屋で唯一チョークに触れるアンナが俺を見ている。

 あれは余計なことを言ったらぶち殺してあげますわよと言っている目だ。

 経験から分かる。


「アーニャ? チョークが飛んでったけどどうしたの?」


「申し訳御座いません御譲様。手が滑りました」


「そうなの? まぁこれからは気をつけなさいね。それで高希。私の何がヤバいの?」


「そりゃ勿論ジュリア様の人類への愛がヤバいです。3回もこんな会議するなんてほんと尊敬します。この会議をサボった椛にもジュリア様の人類愛を分けてあげたいくらいですよ」


 ついでにアンナにも人類愛というか人に優しくする気持ちを教えてあげてくれませんかね? と言う言葉はなんとか呑み込んだ。


「あら。紗希の親友にしてはまともな事言うじゃない」


『紗希の親友にしては』と言うジュリアには、年齢に見合わない疲れが見えた。俺が見てないところで紗希がこの少女をどれだけ困らせているのか少し興味があるな。


 藪をつついて蛇を出す趣味は俺に無いから聞かないが。


「でも高希の言う通りこの会議に6人しか参加していないってのは疑問だよね」


 ジュリアの疲れた顔を無視してか、そもそも興味がないのか疲労感の当事者である紗希が口を開いた。


「本当はそこに放心状態で座っているのクレアさんの他にも、ある10人に声をかけてたんだ。まぁ全員に『行けたら行く』って言われて、結局その10人は来なかったんだけどさ。ある1人にいたっては言葉すら通じなかったし。……で、流石に僕&エレナちゃんとクレアさんだけしか参加人数がいないのは悲しすぎるから数合わせとして高希と椛を呼んだんだよ」


「『行けたら行く』なんて80%行きませんって断られてるようなもんだぞ。というか俺は数合わせなんて理由で学校放送でフルネーム呼び出しをされたのか……」


 すっごい恥ずかしいんだぞフルネーム呼び出し。


 ……因みに紗希の言う通り校長室にいる最後の1人はクレアだ。


 昨日気絶した俺をここまで運んできてくれたらしいからクレアには礼を言いたいのだが、なぜかソファに無造作に転がされている。目は一応開いてはいるのだが光が宿っていない。


 俺がここに来る前に一体クレアの身に何があったのだろうか……?


「違うわよ。皆忙しいだけよ。誰かさんのせいでここの皆は緊張感があまりないけど、今は人類の60%以上がゾンビ化してるのよ? 会議に割く時間がないくらい忙しいのよ皆。そうに決まってるわ。……そうよねアーニャ?」


「はい。お譲様のお考え通りで御座います。皆様死ぬ気でお譲様主催のこの会議に参加しようとしていましたがどうしても抜けられない用事が同時に発生し、皆様は涙を流しながら会議の不参加を連絡して参りました。1人は何を言っているか不明でしたが」


「ほら! やっぱり皆が忙しいだけなのよ! 分かった!?」


「お。そうだな」


 もしかしなくても、あの冷徹メイドはご主人様にはとことん甘いようだな。


「むぅ……! まぁいいわ! 無駄話はここまでにして本題よ本題!」


「いや本題って言ったって、まず『在庫確認してみたら割と盗まれていた人類進化薬』ってなんだよ。管理が雑すぎるだろ」


 ジュリアは可愛らしくむくれながら、話題を強引に変えて来た。


「高希、案外普通だね。割とこの報告は重要というか驚愕ものなんだけど?」


「安心しろ紗希。重要さが理解できてないだけだ。というかまず、どれくらい盗まれていたんだよ『人類進化薬』は」





「90人に投与出来るくらいは盗まれてたわね」





「本当に割と盗まれてんな!? ……なら最初は全体で何人分に投与できたんだ?」


「最初は130人分あったわね。」


「管理してた奴をここに呼んで来い! 半分以上盗まれてんじゃねぇか!! 『割と』じゃなくて『ほとんど』だろうがなにを強がってんだよ! というかそんなにあるなら学校の奴らにもっと投与してやってくれても良かっただろうが!」


「バッカあんたこれから人類を救うって言ってんのよこっちは! 製造に時間がかかる『人類進化薬』を少しでも成功率が高い人に優先して投与しなきゃならなかったのよ!」


「その大切な『人類進化薬』をほとんど盗まれてる奴が何言ってやがる!?」


「だって盗まれるって思わないじゃない! それに『ほとんど』じゃなくて『割と』よ!」


「補足致しますと、『人類進化薬』の製造方法が記された書類もその予備のものも含め全て盗まれていました」


「管理がダメダメ過ぎる!? 大丈夫? これからもちゃんと『人類進化薬』を製造出来る?」


「それは大丈夫! 製造方法はある天才が全て覚えていたわ!」


「その人有能すぎぃ!」


「『1時間もあれば製造方法をまとめた書類を作り直せるわ』って言って本当に作ってくれたわ!」


「頼りがいありすぎぃ!」


「その時『ジュリアちゃんが今どんなパンツはいてるのか教えてくれたら30分で作成できるんだけど?』って聞かれたわ……」


「キモすぎぃ!」


「補足致しますと、御譲様のパンツは私が毎日愛を込めて決めさせてもらっております」


「キモすぎぃ!」


 最後のメイドの補足が断トツでキモいし別に俺に言わなくても良かったと思う。

 そしてセクハラしかされてねぇなこの最高責任者。


「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず『人類進化薬』はこれからも変わらず製造はできるから安心してよ高希。ただ『人類進化薬』が盗まれちゃってるから副作用を持った蟲、じゃないやゾンビに感染しない人間コマが探索班に沢山補充される日が遠のいたって事は覚えといてね」


「わかった。紗希が副作用を持った人をコマと呼んでいる事を俺は絶対に忘れない」


「もー。それはい・ま・さ・ら。でしょ?」


「可愛く言っても駄目だ。その可愛らしい笑顔の下は無表情なのを俺は知っている」


「チッ」


「私的には『前半の副作用を持った蟲』ってのに言いしれぬ不安感を感じたわ」


「御譲様。今からでも遅くはありません。紗希をここから追放致しましょう」


「アンナさん僕に当たり強くない? おこ? おこなの?」


「これはうざい」


「……はぁ。……とりあえず2つ目の報告よ」


 ジュリアがため息をつく。とても重いため息だ。


「あー、2つ目って『学校に突如として現れた不審者』か」


 重いため息を聞き、なんだかジュリアが可哀想に思えた俺は黒板に書かれた妙にきれいな字を見ながら助け船を出す。


「えぇ。さっき話しに出た有能な天才が昨日の夜に遭遇したそうよ」


「遭遇した? 大丈夫なのかその気持ち悪い天才は?」


「外傷はないわ。因みに不審者は何処から入手したのか私達の研究員がしている白いガスマスクをして顔を隠していて、体型も同じく白衣で分かりづらくしながらその天才に近付いたみたい」


「なるほどな。で、外傷はないと言っても不審者って言うからにはなにかひと悶着あったんだろ?」


「詳しく話すと、私達の研究員に変装した不審者は存在どころか名前すら秘匿にされているはずの天才をこの学校内にいる93人から見つけ出し、言葉巧みに天才から私達の大切な情報を聞き出したわ。天才もすんでのところで不審者の正体に気づき全ての情報は明かさなかったけど、どうやらそいつは危機察知能力に優れているようで私達の情報には深追いはせず『バーカバーカ』と言いながらどこかへ走り去ったそうよ」


 なるほど。

 人の秘密を暴こうとする言葉巧みで危機察知能力に優れた捨てゼリフが小学生並の不審者か。


「どう考えても椛だな」


「うん。それ椛だね」


 俺と紗希は同時に不審者の正体にいきつく。はい解散。


「え、椛ってあの気分が悪くなってトイレに引きこもった人よね?」


 ただジュリアはイマイチよくわかっていないのか戸惑っている。


「おう。我が学校が誇る世界1情けない人間だ」


「クズでもあるね」


「確かに情けない雰囲気とクズな雰囲気はあったけど、この不審者は大胆でかつ頭が良いわ。昨日見たあのゴミのような男とは同一人物とは思えないのだけど、なにか証拠とかあるの?」


「証拠はないけど、今この学校で正体不明の変な人を見かけたらまず高希か椛を疑うべきですよ御姉様」


「今この学校で不審者度が高いのは紗希か椛だからな。証拠はないが多分椛だろ」


「……なるほど。つまりただの言いがかりってやつね。ほんとあんたら証拠も無しによく友達が不審者だって断言できるわね」


 ジュリアはジト目で俺と紗希を見る。

 おかしい。100%その不審者は椛なのにこの少女は一切信じてくれていないみたいだ。


「まぁ友達がいがなさそうだもんねあなた達。……さて、では報告はこれくらいにして議題に入るわよ」


 え? 俺もしかして今、紗希と一緒にされた?

 このトラブルの為なら友人をも犠牲にする紗希と?


「議題は『せっかく学校を占拠したのにそもそも登校をしていなかった事が分かったゾンビウィルス感染レベル0の生徒3人の所在』よ」


 サイコパス紗希と一緒にされたという事実に傷ついた俺の心をよそに、ジュリアは『第3回人類存続会議』の議題を口にした。

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