1 「食堂事情」

「天ぷらうどんとカレー、あと肉まんください。」


「はいよ! すぐできるから好きなとこに座って待ってなよ高希君!!」


「おなしゃーす。」


 ガランとした食堂に不釣り合いな活気のある声を出し食堂のおばちゃんは奥に引っ込んで行く。

 いつもは他にも3人くらい厨房に人がいるはずなのに、今居るのはおばちゃん1人だけだった。


 俺は厨房から視線を外し食堂全体を見渡す。

 綺麗だ。椅子はテーブルの下にきちんと仕舞われ、テーブルは光を反射するくらいに磨かれている。床にはゴミどころか埃ひとつない。


 とても綺麗で、とても寂しい。


 いつ来ても食堂には人がいた。

 昼休みでなくてもここでは色々なグループの生徒がたむろしていたり、どこかの先生が時間のズレたご飯を食べていたりした。

 お昼時なんてお祭りか何かかと思うような混み具合で、中には公共の場なのに頭の悪さと比例して声量の大きい奴や備え付けの調味料を独占する奴、果ては椅子を4つ程並べて寝そべる奴がいたような、もしかしてここは学校ではなく動物園なのかなと錯覚するほど騒がしい場所だった。


 それが今ではこんなにもこざっぱりとした場所になってしまっている。

 ……いや、食堂としては綺麗な方が良いにきまっているのだけど、なにか大切なものがなくなってしまったような気がする。


 『中身』がなくなったとでも言えば良いのだろうか?


 そう考えればあの非常識な生徒達も立派に食堂の、学校の『中身』としての役割は果たしていたのではないのかと

「死ぬほど腹減ったんですけどぉ!? おいばばぁ飯できてっか!?」


 俺が感傷に浸っていると、食堂のドアを勢いよく開けて非常識代表の『毒島 椛』が入って来た。


「ん? おい高希。ばばぁは何処に行った?」


 椛は食堂に入ってすぐにおばちゃんの姿がないことに気づき、俺に食堂のおばちゃんの居所を聞いて来る。


「おばちゃんなら今は厨房の奥に行ってるよ。」


「ほぉ。奥に行ってるってことはしっかり俺様の飯を頼んだって事だな?」


 椛は腕を組み、上から目線でものを言う。


「当たり前だろ。そっちはちゃんとゴブリン……じゃなく美代子ちゃんに俺が保健室から出てご飯を食いに行ってくることを伝えたんだよな?」


「あぁ伝えたよ。色々言われると思ったが特に何もなかったな。まっ、それがまた怪しいんだが。」


 俺は今日もまた保健室で目を覚ました。


 俺は朝に弱いので目を覚ましてから数分間保健室のベットでボケーッとして居たら、ドアを開けて椛が入って来たのだ。

 どうやら椛も俺と同じ時間に目を覚ましたらしく、とりあえずする事もないしと俺の様子を見に来たらしい。


 俺の身体、というか昨日の死闘で負傷した左腕などはあの謎の淡い紫色の髪をした少女が言ったように歯型の痕が気にならないくらいにまで回復していた。


 それを確認した俺と椛はとりあえずこれからどうするかと悩みに悩み、とりあえずゾンビとか副作用とか人類の未来とかの前にまずご飯を食べようぜという完璧な答えにたどり着いた。


 椛は保健室の魔物であり養護教諭である美代子ちゃんに俺が保健室を出る事を伝えに行き、俺は先に食堂へ行きいつものメニューを頼むことにしたのだ。


……しまった。紗希の肉まんを流れで頼んじゃったな。


「今の食堂は無料ってのが最高だよな。」


 椛はもう使われなくなった食券機を見ながら嬉しそうに言う。


「それにしても、椛は変わらないよな。」


「? いきなりどうしたよ?」


「椛は変わらず不快だなって。」


「なんでいらない一言を付け加えた?」


「いや、あの平和だった世界の食堂と今の食堂をみくらべてみろよ。」


「あぁん? ……カカッ! 改めてみれば誰もいない食堂は初めて見るな!! こりゃ気分がいい!」


 椛はそういうと食堂に備えつけられているマヨネーズやケチャップを手に取り真ん中のテーブルに行く。


「いやー邪魔くさいモブ共がいないから食堂スペースや備え付けの調味料を自由に使えるぜ!」


 まるでこの調味料は俺様のものだというようにテーブルに置き、椅子を4つ並べて寝そべり高らかに言う。


「すげぇ。俺が思った迷惑行為を全てやってるよこのゴミクズ。」


「自由の化身と呼んでくれて良いぜ?」


「俺の中の自由の化身は常に全裸なんだが?」


「猥褻物陳列罪じゃねぇか!? お前の自由の捉え方歪んでない!?」


 椛は寝そべりながらも驚いたように言う。


「あらなんだ騒がしいと思ったら椛かい。」


 そこに食堂のおばちゃんが厨房の奥からお盆を持って戻ってきた。


 お盆には皿が2つと肉まんが乗っている。


「よぉババァ。カレーは出来てるか?」


 椛は椅子からおり気安く片手をあげながらおばちゃんに問いかける。


「出来てるよ。全く。椛は相変わらず口と頭と顔と性格が悪いね。」


「なんで俺様がそこまでボロクソに言われなきゃならねぇんだよ!?」


 俺は椛の叫びを無視してご飯の乗ったお盆を受け取るためおばちゃんに近寄る。


 天ぷらうどんは湯気をあげ、良い匂いを漂わせている。お腹が空いてくる匂いだ。

 しかし、俺はすぐに気づいた。


「あれ、天ぷらは?」


 天ぷらうどんのはずなのに、おばちゃんが持ってきたうどんには天ぷらが乗っていなかったのだ。


「悪いね。今は食糧も節約しなきゃならなくて天ぷらは抜いたよ。」


 絶望だ。

 そんなバカなことってあっていいのかよ……!


 こんなのただのうどんじゃないか!

 例えるのならこれは、お肉の無い牛丼と同じくらいの横暴……!!


「カカッ! まぁそれくらいで絶望すんなよ高希! 我慢しろよな! ほら、このご時世で飯が食えるだけまだましだろ?」


 うっざ。こんなにうざいセリフを吐ける奴とか見たことないんだけど。


「はい椛はこっちだね。」


「あん? 俺様のって、皿に白米しかないぞ?」


「それ、カレーだよ。」


「これをカレーと言い張るのかババァ!?」


 椛は大声をあげた。

 見れば確かに椛の持つ皿には白米しかなかった。

 ……いや、なんだろう? なんか盛られた白米の隅っこに草が乗せてある。


「悪いね。今は食糧も節約しなきゃならなくてカレーは抜いたよ。」


「カレーからカレーを抜いちゃったの!?」


「大丈夫さ。ちゃんとバジルは入れてある。」


「何が!? 何が大丈夫!? ……あっホントだなんか隅の方に草が乗せてあるぞ!」


「今回のカレーに初めて入れてみたんだよ。校庭にはえていてね。」


「校庭にバジルがはえてるわけねぇだろ!? 絶対ただの雑草だろこれ!」


「まぁまぁ落ち着けよ椛。ほら、このご時世で飯が食えるだけまだましだろ?」」


「てめぇ高希自分だけ普通だからってこの野郎!」


「はぁ!? こっちは天ぷら入ってないんだぞ!」


「こっちはカレーがないうえに雑草入ってるんだが!?」


 もう我慢ならねぇ! 喧嘩だ喧嘩!


 俺は椛に圧倒的暴力ってものをみせてやろうと構えをとる。


「『あー。あー。マイクテストマイクテスト。……さて皆様、今日も無事朝がやって参りましたね。しかし明日はこの放送を聞いている何人が朝を迎えられるか……。いつまで自分が親しい人達とすごせるのか考え、今をしっかりと噛みしめながら今日を生きていきましょう。今この瞬間にも、誰かが死んでいるのですから……。』」


「『朝1の校内放送暗すぎない!?』」


 その瞬間、聞き慣れた声が食堂に取り付けられているスピーカーから聞こえてきた。


「この声ってもしかして……。」


「紗希だな。もう1人の声は……ジュリアか? なんであいつらが校内放送してんだ?」


 俺と椛が困惑していると、声がまた響く。


「『普通に、出来れば明るくなるような挨拶をしてよね!』」


「『わかりましたジュリア義姉様。えー。皆様おはようございます。清々しい朝ですね。青空には太陽が輝き、鳥は美しい声で歌を歌う。草木は鮮やかに芽をだし実をたずさえ、人々の間には笑顔が絶えない。そう、世界は昨日よりも美しく変化しています。私たちは今、幸せと希望に満ちた』」


「『待って待って世界観すら変わってるじゃない!?』」


「何してんだあのサイコは?」


 椛はため息混じりに言う。

 俺も紗希の行動にはため息がでるが、それよりも紗希のここでの立ち位置が気になってしかたがない。


「『もういいわ私がやる……。えーっと。呼び出しです! 今から名前を呼ばれた人は至急旧校長室にくるように!』」


「呼び出し?」


 ジュリアらしき声が呆れながら言った言葉を俺は半笑いで復唱する。


「おいおい。こんな世界の半分以上がゾンビになるような大変な時期に校内放送で呼び出しくらうとかどんな奴だよ。」


 椛が半笑いで言う。

 椛の言う通りだ。こんな大変な時期に校内放送してまで呼び出しを食らう奴の顔が見てみたいもんだ。


「『佐藤 高希』さん、『毒島 椛』さん、至急旧校長室に来なさい!』」


「「そんな気はしてた。」」


 俺と椛の予感は的中したようだ。なんでだよ。


「はぁもう……。紗希が出てきたあたりから絶対なんか飛び火してくると思ったんだよなぁ……。」


「どうする高希? 俺様は面倒になりそうだから逃げるが。」


「椛はそういう奴だよな。……俺は行くよ。行かない方が面倒おきそうだし。」


 椛のこういうとこ凄いよな。堂々と迷いなく逃げるって選択肢を選ぶなんて普通できないだろ。


「ん。わかった。気をつけていけよ。……おいババァ」


「はいはい。私は椛には会わなかったよ。」


 椛が何かを言う前に食堂のおばちゃんが言う。


「なんだわかってんじゃねぇか。助かるぜ。」


「このやりとり何回目だと思ってんのさ。」


 そう言うおばちゃんは、何故か割と楽しそうな表情をしていた。


「じゃ、うどん食べたら行くかなー。」


 俺は何があるのかと憂鬱に思いながらも、美味しいうどんをすする。


「あ、高希くん。紗希ちゃんの肉まんを忘れないようにね。」


そういえば頼んだの忘れてたな。


「それと、ジュリアちゃんに会うんだったら食糧の調達を増やせないか頼んでくれないかい? 流石に少ない食料をやりくりしつつ学校全員分の食事を作るのは酷でね」


「わかった。……そういえばおばちゃんってもしかして1人で全員分の食事賄ってるの?」


「そうだよ」


おばちゃん以外食堂の人が見当たらないのでもしかしてと思い聞いてみたら、なんてこともないようにおばちゃんは答えた。


「いやそれきつくないか!? 1人でこの学校にいる奴ら全員分の食事を作るなんて!」


「ウィルスのせいで外にも出れないし学もなけりゃ力もないからね。料理くらいならと人類最終永続機関(じんるいさいしゅうえいぞくきかん)へ自分で買って出たのさ。皆が人類を救おうとしてるんだ。ばばぁだって底力見せてやらないとね」


 そう言って食堂のおばちゃんは不敵に笑う。


 そこらの男より男らしくてかっこいいぜ食堂のおばちゃん!!


「わかったぞおばちゃん! ジュリアに俺食糧について話しを通してみるよ!!」


「おう! 頼んだよ高希君!!」


 こうして俺はおばちゃんに見送られながら食堂を後にした。

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